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#へたくそだけど許して
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それから数日。 何も変わっていない、はずだった。
朝起きて、学校に行って、帰ってきて、スマホを見て。
あの日会った相手とも、たまにメッセージをやり取りしている。
普通だ。
ちゃんと現実に戻ってきた、はずなのに。
「……なんか、変」
自分の声が、少しだけ遠く感じた。
教室の中。
友達が笑っている。
誰かが名前を呼んでいる。
全部聞こえているのに、膜を一枚挟んでるみたいにぼやける。
黒板の文字を見て、違和感に気づく。
さっきまであったはずの文字が、違う。
いや、違うっていうより——
**「上書きされてる」**みたいな感覚。
「……は?」
瞬きをする。
元に戻る。
気のせい、だと思う。
でも、その“気のせい”が、少しずつ増えていく。
帰り道。
また、あの路地の前で足が止まる。
今日は、見えるかもしれない。
そんな確信にも似た感覚があった。
暗闇を覗く。
……何もない。
なのに。
「ある」
はっきりと、そう思った。
見えていないだけで、確かに“ある”。
あの白い光。
あの選択肢。
あの場所。
目を細める。
意識を集中させる。
すると。
——じわ、と。
暗闇の奥に、白い輪郭が浮かび上がる。
「……っ」
息が詰まる。
やっぱり、あった。
前よりも、はっきり。
近づく。
今度は、迷わない。
まるで呼ばれているみたいに、足が勝手に進む。
自販機の前に立つ。
表示が、また変わっている。
『安心 売り切れ』
『後悔 売り切れ』
『勇気 売り切れ』
『忘却 500円』
『再会 売り切れ』
『真実 売り切れ』
「……なんで」
残っているのは、ひとつだけ。
『忘却』
嫌な予感がする。
でも。
頭の奥が、じんわり熱い。
あの日からずっと続いている違和感。
あの途切れた記憶。
思い出せない“何か”。
それを考えようとするたび、ノイズが走る。
——思い出さなくていい。
そんな声が、内側からする。
「……うるさい」
小さく呟く。
どっちが自分の本音なのか、わからない。
でも。
指は、もう硬貨を握っていた。
カチン。
音が響く。
ボタンに手を伸ばす。
一瞬だけ、止まる。
——やめた方がいい。
確実に、そう思っているのに。
押した。
落ちてきたのは、黒いガラス玉だった。
光を吸い込むみたいに、暗い。
手に乗せると、冷たい。
ぞわ、と背筋が震える。
「……これ」
飲んだら、何が消える?
嫌な予感しかしない。
でも。
なぜか、確信もあった。
——もう、遅い。
口に入れる。
今度は、溶けるまで少し時間がかかった。
じわじわと、何かが溶けていく感覚。
そして。
頭の中で、何かが“切れた”。
気づくと、自分の部屋にいた。
ベッドの上。
スマホが鳴っている。
画面を見る。
あの人からのメッセージ。
『今度また会おうよ』
しばらく、見つめる。
名前。
アイコン。
トーク履歴。
全部、見覚えがある。
でも。
「……誰だっけ」
口から、自然に出た。
何も感じない。
懐かしさも、嬉しさも、何も。
ただの“情報”としてしか認識できない。
胸の奥が、空っぽになっている。
あんなに強かった感情が、綺麗に消えていた。
でも、それだけじゃない。
ふと、鏡を見る。
自分の顔。
見慣れているはずなのに。
少しだけ、違和感がある。
「……こんな顔、だっけ」
笑ってみる。
違う。
何かが、足りない。
目の奥。
そこにあったはずの“何か”が、消えている。
そのとき。
スマホが、もう一度震える。
別の通知。
知らない番号からのメッセージ。
開く。
そこに書かれていたのは。
『次は、何を捨てる?』
「……は」
喉が乾く。
ゆっくり、振り返る。
部屋の隅。
暗いはずのそこに。
——白い光。
自販機が、立っていた。
音もなく。
当然のように。
そこに。
「……なんで、ここに」
足がすくむ。
でも、目が離せない。
表示を見る。
新しい項目が、増えていた。
『感情 2000円』
『記憶(詳細) 3000円』
ぞく、とする。
なのに。
どこかで思ってしまう。
——楽になりそう。
あの違和感も、ノイズも、全部消えるなら。
少しずつ、笑ってしまう。
「……ああ」
なるほど。
これ。
やめられないやつだ。
ポケットに手を入れる。
硬貨の音。
やけに、心地いい。
翌日。
教室で、誰かが話している。
「ねえ、あの子さ」
「最近ちょっと変じゃない?」
笑い声。
視線。
全部、わかる。
でも。
どうでもいい。
窓の外を見る。
ガラスに映る自分。
少しだけ、笑っている。
その目は、どこか空っぽで。
でも。
前よりずっと、迷いがなかった。
その日の帰り道。
もう、探さなくてもいい。
自販機は、向こうから来る。
光が、すぐ後ろにある。
振り返らなくてもわかる。
次は、何を選ぼう。
何を捨てよう。
考えるだけで、少し楽しくなる。
——大丈夫。
まだ、残ってる。
自分は、まだ“自分”だ。
……たぶん。