剣持side
いつからだろう
あの優しい声を
僕だけに向けてほしいって
そんな我儘な願いを持つように
なったのは…
〜♪
雨粒のような歌声がピアノの音にのって離散する
「綺麗…」
世界観さえ変えてしまうほど目の前で奏でる甲斐田くんの旋律は、美しかった。
通常の彼は、優しすぎる故にどこか頼りないけど一度歌い始めれば穏やかな雰囲気を纏ったまま凛とした力強さが漂う
人を魅了し圧倒するほどの透明感だ。
『歌の練習に付きあってほしい。』
貴重な休日にも関わらず、僕のそんな願いを甲斐田くんは嫌な顔せず聞いてくれた
ピアノのある防音室をレンタルして今日は付きっきりで教えてくれている
本音を言えば彼の歌を独り占めしたかっただけかもしれないけど…
「もちさん、僕の歌よく褒めてくれるよね」
一曲歌い終わったところで甲斐田くんが照れ笑いしながら僕に言った
「だって僕、甲斐田くんの歌大好きなんです」
事実を言っただけなのに目を見開いて驚いた顔をする彼
なんか、おかしな事言ったかな?
「………ろふまお始めて気付いたんですけど」
「ん?」
「もちさんって意外と、ちゃんと褒めてくれますよね」
「意外とって何だよ。僕は好きなものは、好きってちゃんと言う主義なだけ」
「ふふ、そっか。」
くすぐったそうに賛辞を受け取る彼に大好きは、ちょっと言い過ぎた気がして恥ずかしくなった。
けれど、横目に見た笑顔が本当に嬉しそうだったので、まぁいいかと苦笑する。
「僕もね、もちさんの歌好きですよ」
「いいよ、褒め返してくれなくても」
「いや、お世辞とかじゃなくて」
会話の礼儀みたいに褒め返されてもなぁ
と微妙な顔をした僕に甲斐田くんは、首を振る
「歌って正直なんですよ。その人がどんな人なのか、どんな想いを持っているのか。誰に伝えたいのか。すぐにわかってしまうんです」
「それは…なんとなくわかるかも…?」
「もちさんの歌はね、自分を信じる強さと他人を信じる強さを感じる」
ニコニコと意味深な言葉を重ねる甲斐田くんに、そんな大袈裟な想いで自分は歌っているだろうか?と眉根を寄せた
「けして手は貸さないけど追いつくまで待っててくれる、追いついたら誰より喜んでくれる。追い越したら振り返るなと背中を押してくれる。」
そんな感じ!満面の笑みで分析結果を報告する魔の研究者
どうやら彼の耳には、よっぽどの美声として聞こえているらしい
「買いかぶりすぎだよ」
「そうかなぁ…。ね!僕の歌は、どう聞こえますか?」
長い指がポロンと手遊びみたいにピアノを弾く。
題名のないフレーズは、それでも綺麗な
音色をしていて元から存在する曲のようだ。
「甲斐田くんの歌は…」
穏やかな眼差しと微笑を向けられて
ドキッとする
静かな湖面を思わせる水色の瞳が
微かに揺れた気がした。
「…風みたいかな」
「風?」
聞き返されて、しまったと後悔する
無意識に言葉が溢れていた。
ちらと見遣れば期待のこもった瞳が先を促している
「…落ち込む人の頬を撫でて。花弁を運んで笑顔にして。抱きしめるみたいに包み込む。そんな優しい風」
「もちさん詩人だね」
「…うるさいよ」
お互いなんて恥ずかしい会話の応酬をしているんだろうと我に返り顔を覆う
黒歴史確定だ
「そっか〜もちさんには、僕の歌がそんな風に聞こえてるんすね〜なんか照れるなぁ」
「ワスレナサイ」
「なんでですか嬉しいのに」
無邪気な笑みを向けられ
眩しさに目を細めた
優しい風は、きっと
誰のもとにも平等に吹く
独り占めは、出来ない
捕まえる事も出来ない
僕のもとに留まってくれるには、
どうしたらいいのかな。
風は、答えの出そうにない問いも
運んできたみたいだ。
おわり
甲斐田くんの解像度低くて綺麗なイメージしかないw
ほんとは、もっと愉快な人だと思うんだ…。
お得意のギターがないのは、ピアノバラードを練習しにきたからです