テラーノベル
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「なつくんって、誰か好きな人いるの?」
帰り道の夕焼けの下。こさめがニヤつきながら、ひまなつの肩を軽く叩く。
「はあ?めんどくせえ。恋とか、そういうの、興味ないし」
ひまなつは気だるげにあくびをするが、頬が微かに赤いのを、みことは見逃さなかった。
「でも、いるまくんの前ではいつも機嫌よさそう」
「みこちゃん、余計なこと言わないのっ!」
こさめが慌てて止める横で、ひまなつは肩を竦めた。
「……まぁ、いるまと一緒にいるのは楽、ってだけ」
「それ、もう十分に“好き”の入口なんじゃないの?」
みことの素朴な一言に、こさめが「わかる〜!」と相槌を打つ。
「俺はらんくんが好き。怖い時もあるけど、俺の全部受け止めてくれるんだよねー!……みこちゃんは?」
「えっ……?」
みことは少し考えて、ふわりと笑った。
「優しい人、かな。手があったかい人が、好きかも」
こさめとひまなつは「おお〜」と盛り上がったが、直後。
──ギィッ。
路地裏の奥から、数人の影が現れる。
「よォ、楽しそうだな、交響のガキども」
かつて倒した敵グループ。その顔ぶれに、みことの笑顔がすっと消えた。
「何の用?」
こさめが警戒し、ひまなつは一歩後ずさる。だが、逃げ道は塞がれていた。
「“復讐”ってやつだよ。今日は、おまえらまとめて潰してやる」
古びた倉庫に連れてこられた三人。何度か殴られ蹴られた後、両手を縛られ、壁際に座らされる。
「こさめちゃん、なっちゃん……大丈夫?」
みことが静かに声をかける。こさめは唇を噛んで頷き、ひまなつは状況を冷静に見ていた。
「……このままじゃ、済まされねえな」
そう呟いた瞬間、敵の男たちがにじり寄る。
「可愛い顔してんなぁ、こいつら」
「やめろっ!!」
こさめが叫ぶと、ひまなつが冷たい目で睨んだ。
「触んな、殺すぞ」
だが、敵は笑うばかり。空気が緊迫した 、
その時だった。
「おい」
みことが、ゆっくりと顔を上げる。
「俺に構えよ。そっちの方が楽しいんじゃない?」
その声は、どこまでも冷たかった。
「てめぇ、何様のつもり──」
敵がみことに近づいた瞬間、ゴキッと骨の折れる音が鳴る。
みことが足を絡めて、男を床に叩きつけた。
無表情のまま、手の縄を鋭く引きちぎるように外し、背後の鉄パイプを拾う。
「やるなら、俺を相手にしてよ。あいつらに触ったら、ただじゃ済まさない」
敵のナイフがみことの腕を裂く。血が飛ぶ。けれど、彼の顔はまったく変わらない。
「痛いの?これが?」
血に染まった手を見つめて、呟く。
「わかんないな……ずっと前から、何も感じないんだよ」
その目は深い闇を湛えていた。
その時。こさめのポケットに仕込んであったGPSが、静かに信号を発した。
──ピピッ。
らんはそれを受信した瞬間、椅子を蹴って立ち上がる。
「……こさめが、危ない」
「みこちゃんも一緒?」
すちの目が鋭く光る。
「なつも巻き込まれてる。場所は……倉庫街。行くぞ」
「ぶっ飛ばしてやる……!」
いるまの拳が鳴る。
倉庫の扉が破られる音。
血まみれのみことを囲む敵の背後から、怒りの塊が突入する。
「よくも……っ!」
いるまが最初の一人を殴り飛ばし、骨の折れる音が響く。
「こさめ……!」
らんが叫び、こさめに駆け寄る。
「らんくん……っ!」
こさめの目に涙が滲んだ。ぎゅっと抱きしめ2人の拘束を解いた後、「潰してくるから待ってろ」と言い残し、いるまに続き相手をなぎ倒していった。
___
倉庫内は血の匂いと鉄の音が混ざり合い、戦場のようだった。
「っ……こいつ……なんで笑ってやがる」
いるまの目が殺意で濁る。
先程、ひまなつの髪に触れようとしていた男の腕を、ためらいなく砕いた。
「てめぇら──今すぐ全員、意識飛ばしてやるよ」
言葉より先に拳が走った。
一撃で数メートル吹き飛ぶ相手。血が飛ぶ。骨が折れる。悲鳴が上がる。
だが、それすら──らんの怒声でかき消された。
「……こさめに、触れたんだな?」
冷ややかで静かな怒り。
らんの一睨みだけで、敵が一瞬すくむ。
その一瞬で──全員の顎が砕かれていた。
「二度と、俺の“天使”に手を出すな」
らんの頬に、血が飛ぶ。まるで、こさめへの誓いのように。
その間、すちは冷静だった。
暴れるいるまとらんを背に、真っ先にみことの元に駆け寄る。
みことの体は切り傷と痣に覆われ、返り血に濡れたシャツがぴったりと肌に貼りついている。
「……この状態で、動いたのか……!」
すちは手早く止血し、みことの顔にそっと触れる。
「痛いか?」
「……わかんない」
みことは本当に不思議そうに、すちを見た。
その目に怯えも苦しみもなく、ただ「事実」を伝えるような空虚さ。
「……すち、また撫でてくれた」
「撫でるより、まずは止血」
そう言いながらも、すちはそっと額に触れてから、手早く包帯を巻く。
「ひまちゃん、こさめちゃん、こっちに来て。3人共傷つけさせないから」
声をかけられ、二人は震える足で駆け寄る。
こさめはすちの背中越しにみことを見つめた。
「……みこちゃん、めっちゃ血だらけじゃん……! なんで平気なの……?」
ひまなつも眉をひそめた。
「てめぇ、自分のこと、もっと心配しろよ」
けれど、みことはぽかんとした顔で首をかしげる。
「なんで……? 大丈夫だよ。立てるし、痛くないし……」
「そういうこと言ってんじゃねぇ!!」
ひまなつが珍しく声を荒らげる。
「血が出てんだよ、お前の体から! それが“平気”ってどうかしてんだろ!」
みことはその言葉に、初めて小さくまばたきをした。
「……そっか。変なのかな、」
「変じゃねぇよ……怖ぇんだよ、お前が壊れそうで……」
ひまなつが顔を背ける。その隣で、こさめがしゃくり上げた。
「お願いだから、無理しないで……!」
みことはただ、不思議そうな目をして二人を見つめていた。
すちは静かに、みことの手を包み込む。
「……わからなくてもいい。けどね、みこと。お前が傷つくたびに、俺たちの心は、痛ぇんだよ」
その言葉に、みことはようやく――ほんの少しだけ、目を伏せた。
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