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みら

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みら

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阿部は暗い廊下を必死に走った。
「っ……はぁ……。」
足が震える。
恐怖で思うように動かない。
何度も躓きそうになりながら、それでも足を止めなかった。
後ろを振り返る。
誰もいない。
まだ十分経っていないのか。
それとも。
もう目黒は追いかけ始めているのか。
分からない。
「怖い……。」
手の中の懐中時計を見る。
カチ。
カチ。
カチ。
静かな洋館では、その小さな音さえ大きく感じる。
(これ、持ってたら場所分かるんじゃ……。)
そう思ったけれど。
時間を確認するためには必要だった。
とにかく今は。
目黒から少しでも離れたい。
長い廊下を曲がる。
階段を下り。
また廊下を走る。
もう最初にいた部屋がどこなのかも分からない。
「……ここ。」
近くにあった扉を開ける。
中へ滑り込み。
音を立てないように、ゆっくり扉を閉めた。
「……衣装部屋?」
広い部屋だった。
壁一面に服が並んでいる。
古いドレス。
コート。
シャツ。
帽子。
何十年も前のものに見える服から、比較的新しそうなものまで。
「……。」
阿部は少しだけ嫌な想像をして。
すぐに考えるのをやめた。
今は。
休みたい。
「ちょっとだけ……。」
ずっと走っていたせいで息が苦しい。
阿部は大量に並ぶ衣装の奥へ入る。
丈の長いコートやドレスの間。
そこへ体を滑り込ませた。
外から見れば。
簡単には分からない。
「……大丈夫。」
自分に言い聞かせる。
「少し休んだら、また逃げよう。」
懐中時計を握る。
カチ。
カチ。
カチ。
「……。」
この音。
やっぱり怖い。
阿部は両手で包み込むように握り締めた。
少しでも音が漏れないように。
その時。
――ギィィィ。
「……!」
部屋の扉が開いた。
阿部の心臓が跳ねる。
(来た。)
早い。
あまりにも早い。
阿部は反射的に口元を押さえた。
足音。
コツ。
コツ。
ゆっくり。
目黒が部屋へ入ってくる。
「……いないかな。」
楽しそうな声。
阿部は衣装の隙間から、ほんの少しだけ外を見る。
目黒がいる。
急いで探している様子はなかった。
一着ずつ。
服を軽く避けながら。
ゆっくり歩いている。
「ねぇ。」
「……。」
「どこ行ったの?」
阿部は答えない。
当たり前だ。
カチ。
カチ。
カチ。
(お願い。)
(鳴らないで。)
懐中時計を強く握る。
「もう結構遠くまで行ったのかな。」
目黒の声が近付いてくる。
「足速いね。」
コツ。
コツ。
近い。
目黒が小さく笑う。
「早く味わいたいなぁ。」
「……っ。」
阿部は目を閉じた。
怖い。
今すぐ逃げ出したい。
でも。
動いたら絶対に見つかる。
目黒の足音が。
とうとう。
阿部が隠れている衣装のすぐ近くで止まった。
「……。」
阿部は息を止める。
カチ。
カチ。
懐中時計の音。
聞こえている。
絶対に。
こんなに近いのだから。
聞こえないはずがない。
「……。」
数秒。
何も起こらない。
そして。
コツ。
目黒が離れた。
「ここにはいないか。」
「……。」
阿部は目を開ける。
足音が扉へ向かう。
「残念。」
ギィィィ。
扉が閉まった。
「……。」
静かになる。
それでも。
阿部は動かなかった。
一分。
二分。
じっと待つ。
本当にいなくなったのか分からない。
ようやく。
阿部は小さく息を吐いた。
(……絶対。)
(気付いてた。)
あの距離。
懐中時計の音。
そして。
目黒は吸血鬼だ。
人間よりずっと感覚が鋭いかもしれない。
自分の呼吸。
心臓の音。
匂い。
何か一つでも分かれば。
簡単に見つけられたはず。
なのに。
目黒は出ていった。
(……わざとだ。)
見逃された。
阿部は急に。
別の意味で怖くなる。
目黒は。
本気で鬼ごっこを楽しんでいる。
自分が怖がって。
逃げて。
隠れて。
必死になっている姿を。
楽しんでいる。
だから。
今捕まえたら。
つまらない。
「……。」
阿部は懐中時計を見る。
まだ。
朝までは長い。
「普通に逃げてたら……。」
絶対に勝てない。
足の速さでも。
体力でも。
感覚でも。
人間の自分が。
吸血鬼に勝てるわけがない。
逃げ続けるだけでは。
いつか目黒が遊ぶのに飽きた瞬間。
終わる。
(……考えないと。)
阿部は衣装の間から出た。
改めて部屋を見る。
そこで。
壁に掛けられていた物が目に入る。
革製の小さなショルダーバッグ。
「……これ。」
阿部は手に取る。
かなり古いけれど。
まだ使えそうだった。
肩へ掛ける。
そして。
懐中時計を見る。
「持ってる必要ないよね。」
時間が知りたければ。
バッグから出せばいい。
阿部は懐中時計を中へ入れた。
蓋を閉じる。
カチ。
カチ。
小さな音が。
ほとんど聞こえなくなった。
「……よし。」
少しだけ。
頭が冷静になってきた。
阿部は衣装部屋を見回す。
逃げるだけでは駄目。
だったら。
「武器。」
何か。
目黒に対抗できるもの。
吸血鬼。
映画や小説なら。
弱点はいくつかある。
太陽。
十字架。
銀。
ニンニク。
杭。
どこまで本当なのか分からない。
そもそも。
この屋敷の吸血鬼に通用するのかも分からない。
それでも。
何も持たずに逃げ回るよりはいい。
「探そう。」
阿部は扉へ近付いた。
耳を澄ませる。
足音は聞こえない。
ゆっくり扉を開ける。
暗い廊下。
誰もいない。
「……。」
阿部はショルダーバッグを体へ密着させる。
そして。
静かに廊下へ出た。
さっきまでとは違う。
ただ逃げるためではない。
生きて。
朝を迎えるために。
「絶対帰る……。」
小さく呟く。
そして阿部は。
吸血鬼から逃げ続けるだけの獲物をやめた。
この屋敷のどこかにあるはずの。
目黒に対抗するための武器を探し始めた。
コメント
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あおいです🌷 3話、読み終わりました……もう衣装部屋の隠れんぼ、心臓がぎゅっとなりましたね。あの「わざと見逃した」に気づく阿部くんの恐怖、読んでいてぞわっとしました。でもそこで「逃げるだけじゃ勝てない」と武器を探し始めた瞬間、彼の目が変わった感じがして、胸が熱くなりました。吸血鬼の目黒さんの楽しそうな余裕も怖いけど、その裏で冷静に打開策を探す阿部くん、本当に応援したくなります。次も楽しみにしてますね🍀