「また誰かに迷惑かけるなら、この汽車に乗ったままでいいや。」
そう話を終えますと、彼はふうぅと長く息をつきました。
「やっぱり俺がいなくなっても馬鹿やってたんだな、安心した。」
「何でこんな話を聞いて安心できるんだい。」
「これを皮肉っていうんだよ。よく覚えときな。」
へえ、と頷きますと、どうにも視界に異変が起きました。
何と、僕の手や足元が透けているのです。
「これはどういうことだい。」
「そろそろ帰れるってことだ。良かったじゃないか。」
まだ優希とどう向き合うべきかもわかっていないのに、何故帰らなくてはならないのでしょう。
そんな思いを無視して、透明な部分はどんどん増えていきます。
「じゃあな。爺になったら顔見せに来いよ。」
気がつくと、霧の立ち込めた真っ黒な部屋の中にぽつんと立っていました。
暫く呆然としていましたが、何かに会えないかと歩き出しました。
と、霧の奥に誰か少年が座り込んでいました。
(違う。あれは小さな頃の僕だ。)
恐る恐る近づいて見ますと、彼は泣いているようでした。
「僕。どうしたの。」
「……ぼく、またおとうさんおこらせちゃった。」
(そうだ。あの時はただひたすらに、怖かったんだ。)
彼は少し大きくなり、小学校低学年ほどへとなりました。
「それから、学校でわる口言われたりしたんだ。」
(何で感情がないのか、この頃から自分のことを責めるようになったんだよね。)
また彼は大きくなり、数か月ほど前の姿に変化しました。
「後、親友が死んじゃった。」
(悲しかったよな。感情が戻ってくるかもって、期待してたんだよな。)
そして彼は、今の僕と鏡写しになりました。
「親友を……親友を、傷つけちゃった、ふたりとも。」
(何で止めてあげられなかったのか、無力感に失望しちゃったよね。)
と、彼はまた小さな頃の僕になり、僕に抱きつきました。
「ぼく、ぼくはただ、あい、あいされた、かっただけでっ……!」
嗚咽を漏らして泣くあの頃の僕は、僕の感じる思いを小さな身体で受け止めていました。
僕は申し訳なさでいっぱいになり、僕を抱きしめ返しました。
それから、とうとう初めて泣きました。
「ごめんね。僕はあの頃の僕に、こんなに背負わせてしまったんだね。大丈夫。これからは僕、逃げないから。もう抱え込まなくて良いんだよ。これからは僕の一部になるんだから。」
僕と僕はいつまでも、抱き合っていました。
二人の僕を包みこんでいた一番大きな幻灯は、いよいよ小さくなりはじめました。