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踏切の出来事から、一夜明けた朝。
玲央は、なぜかずっと胸がざわついていた。
（詩織さん……あんな顔、するんだな）
泣きそうに震えて、必死に平気なふりして。
あの瞬間、守らなきゃと思った自分に驚いた。
◆
学校。
今日の詩織は、やけに静かだった。
玲央が教室前に迎えに行くと、詩織は俯いたまま顔を上げない。
「詩織さん？」
「……おはよう。玲央くん」
声が、弱い。
昨日のことを気にしているのが明らかだった。
玲央「体調、悪いんですか？」
詩織「違うの。ただ……昨日のこと……」
そこで言葉を飲み込む。
玲央は優しく続けた。
「気にしなくていいですよ。誰にだって苦手なものはありますから」
詩織「……玲央くん、優しすぎるよ……」
ぽつり、涙声。
玲央「泣くほどのことじゃ――」
詩織「だって……弱いとこ、ほんとは見せたくないの。
強いしおりでいたいのに……玲央くんの前だと、ダメなの……」
玲央「ダメじゃないです」
詩織「……っ」
玲央「僕は、昨日の詩織さんを見て……ちゃんと“守りたい”と思いましたから」
言った瞬間、
詩織の耳まで真っ赤になった。
「も、守りたいとか……なんなのそれ……ずるい……」
小さく呟きながら、胸のあたりをぎゅっと握る。
◆
放課後。
レッスン前に時間が空いたため、詩織がぽつりと言った。
「ねぇ玲央くん。今日は……玲央くんの家、行ってもいい？」
玲央「え？」
詩織「たまにはいいでしょ？プロデューサーとアイドルの……勉強会ってことで」
――完全に嘘だ。
勉強会の顔じゃない。
昨日のことを引きずって、どうしても玲央と一緒にいたかっただけ。
玲央は少し迷ってから、
「……わかりました。じゃあ、どうぞ」
と許可した。
詩織の顔がぱぁっと明るくなる。
◆
玲央の家。
白を基調としたシンプルな部屋。
整頓されすぎで、なんだか彼らしい。
詩織「……キレイ。すっごく“玲央くん”って感じ」
玲央「散らかってると落ち着かないので」
詩織は部屋を見回しながら、ベッドの端にちょこんと座る。
そして、じっと玲央を見つめてくる。
玲央「……どうしました？」
詩織「昨日の……お礼、したいの」
玲央「礼なんて――」
詩織「あるの。……ほら、こっち来て」
玲央が近づいた瞬間。
詩織はそっと――
玲央の袖を掴んだ。
昨日と、同じ動き。
でも今日は震えていない。
ただ、触れたかっただけ。
「ねぇ……抱きしめても、いい？」
玲央「…………」
詩織は必死で微笑んでいるのに、目は泣きそうだ。
「昨日の私……まだ恥ずかしいの。
でも……玲央くんの腕の中、すごく安心したから……
もう一回だけ……って思って……」
玲央は、拒めなかった。
ゆっくりと腕を回し、詩織を抱きしめる。
細くて、華奢で、温かい。
詩織「……あったかい……これ……好き……」
小さな声。
玲央の胸の奥に何かが落ちた。
（……これ、なんだ）
胸が熱い。
息が少しだけ苦しい。
詩織「玲央くん……」
顔を上げて、すぐ近くで見つめてくる。
「そんな優しい顔……されたら……好きになるよ……」
玲央「……っ」
自覚は突然だった。
気づきたくなかったのに、気づいてしまった。
（……俺、詩織さんが――）
その瞬間。
詩織「……ねぇ、キス、してい――」
コンコンッ！！
玄関からノックの音。
二人「…………」
詩織「……だれ？」
玲央「多分……母です」
詩織「っっ……！！！」
一気に真っ赤になって飛び退く詩織。
玲央は咳払いして、玄関へ向かった。
◆
そして――
この日の“あと少し”で触れてしまうことになる。
玲央の、触れてほしくなかった地雷を。
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