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【鈴木side】
朝だからか、無駄に暑さはない。
少しの生暖かい風と、霧に隠された太陽が、今この地域をいい具合の温度にしていた。
砂鉄が起きる前に、部屋に当然のようにいなければならないが、それもこの心地いい温度でどうでも良くなる。
周りからの視線を避けるため、パーカーのフードを被って歩く。
逆に視線を集めないかと聞かれると、そうと答えざるを得ないかもしれない。ただ、“チョモランマ”として注目を浴びるより、余程マシだった。
細い道を通り抜けると、そこには沢山の人々が行き交い、あたりは雑踏に包まれている。
これだけの人数…いや、これ以上の人数が、過去に僕らの配信を見ていたということだ。
想像しただけで吐き気がする。
今ではもう、僕は死んだ身として認知されているのだから、おかしな話だ。
背景のどこを見ても人、人、人。視線を安定させようにも、少し動かせば目が合う。
人数の多さに、脳が考えることを拒み、さらには吐き気を倍増させる。
フラッシュする前に、さっさと帰ろうとしたその時。
今、一番目にしてはいけないものを見た。
見たというよりかは、“見てしまった”に近いだろう。
視界に入ってしまったんだ。
「ゥ゛…オぇ゛ッ」
気づけば路地裏。声は出たものの、嘔吐物はなかった。
その代わり、抑えていた口元から手を伝って、肘まで唾液が降りていく。
「…ハァッ……なん…で 」
見た事のある顔だった。
明らか染めている、茶色気味た髪。銀色の輝く丸いピアス。太めの唇。さぞモテたであろう 顔面偏差値高めの顔立ち。
わかっていた。
前と変わらぬ所に住んでいるとすれば、前と変わらぬ仕事をしているのであれば。
必ずどこかで会ってしまうと。
分かってはいた。
が、それより現実は予想の斜め上を行く。
「ッはァっ……はっ」
全力で走っていたのか、それとも吐き気のせいか、息が切れていることに今更気づく。
…あいつの横に並んでいた女性。
知ってる。
僕を昨日の夜に助けた人だ。
高い位置のポニーテール。完璧な容姿。その割にはオドオドしていた。
覚えてる。
なんだ?知り合いだったのか?
いや、違う。
そもそもあいつは友人が3人だった。それも無くしたあと、僕と会っていたはずだ。
なら考えられるのはひとつ。
僕が事件を起こした後に絡んだということ。
つまり、簡単に言うならば、僕が彼のそばから居なくなってから、今日までの約一年の間に知り合ったんだ。
…桐山。
貴方は、人間不信になってからは、僕以外とは軽く話も出来なかったじゃないか。
目すら合わせられなかった桐山さん。
それが、どうして。
それに、僕がいなくなってからの関係なら、尚更だ。
僕が貴方をあんな風に切り離したおかげで、きっと、余計人を信じられないんじゃないのか?
なんで…
もしかして嘘だった?
僕も、同じように騙されていた?
それにしたらさすがに出来すぎてる。
なんで?
「ハァッ…はァ…」
呼吸が荒くなる。
苦しい。
桐山を見かけてしまったからじゃない。
次々に浮かぶ疑問が、頭から離れない。
考えれば考えるほどおかしくなる。
どうして…
一番気持ち悪かった。
なんならこの人混みの多さよりも、何よりも。
気持ち悪かった。
そこで見た貴方の笑顔は
今まで見たことないくらい“綺麗”だったから。
【桐山side】
眩しい。
まず、起きて最初に感じるのは毎日これだ。
ベッドの位置が悪いのは百も承知だが、変える気は更々ないし、面倒だ。
それに、日差しのおかげで起きれてるってこともあるのかもしれない。
いつものように、のそのそと上半身を起こすと、埋まっていた釘が動いたような痛さが脳に響く。
「…ッ!」
昨日、家に帰ってからずっとパソコンをいじっていたせいか、なかなか寝付けなかった。
そのおかげで今、頭痛という名の苦痛を味わっているわけで。
久々にアルコールを体に入れたような、重い自分自身がベッドに溶けている。
…ように感じる。
こんなだるい朝でも、容赦なく日光が俺を叩き起こしてくるのは、外に出ろとでも言いたげだ。
俺は、その日光に従うようにベッドから降り、即座に着替えた。
着替えたと言っても、当然のようにあまり外に出かけるような服ではない。
いつもの白いパーカーに、オシャレに見えるジーパン。まぁ、白いパーカーに関しては、少しのデザインは入っているが、あまり目立たないため実質ノーデザインだ。
家にいても、夜まで暇なのは当たり前。少し前までなら、ゴロゴロ暇つぶしやらなんやらしていたが、今日は少し落ち着きがなく、家で暇つぶしをすることでさえ暇に感じてしまう。
と、そんなこんなでいつの間にか玄関の前に立っている。
どうしようか。
まず、外に出たところでじゃないか?
別に買い物をする訳でもない。暇つぶしにしてはめんどくさい。
ただ、夜までの時間潰しと考えればまだ行けそうか?
玄関の前に立って数分。やっと結論を出した。
…夜までの時間潰し。
これだ。
これなら、家でゴロゴロしたくない理由も、外に出なきゃ行けない理由も、日光のせいではないと言える。
別に考えなくてもいいことをいちいち考えてしまうのは自分の癖なのかもしれない。
俺はゆっくりとドアノブをひねり、ドアを開けた。
「…?」
あれ、思ったよりいいかもしれない。
というか、まず気温が適切。
外に出てみると案外軽く足が進み、そのまま広い場所までやってきた。
気づいたらそこにいたって感じで、特に嫌な気もしなかった。
暇なのは暇だが。
そう思ってぐるぐる近くの店などを回っていると、誰かに声をかけられた。
「…桐山さん?」
「え?」
「!…やっぱり!!桐山さんですよね!」
「あっ…。ミナミ…」
後ろからの声掛けだったので振り向くと、そこにはミナミがこっちを上目遣いで見ている姿があった。
多分、ミナミは自信の無さから、顔を少し下にしているんだろうけど、目はしっかり見てくるタイプみたいで、その行動が上目遣いに見えてしょうがない。というか、上目遣いになってる。
その小悪魔的な行動に、自分の胸が踊っているのがわかった。
その行動以外にも、心踊らすことは沢山あったんだろうけど、一番に思ったのはこれだ。
それにこんな朝早くに、しかもこんな所で会うとも思っていなかった。
せめて服だけでもオシャレしてこりゃ良かった。
「ッおはようございます、!」
「え、あ、うん。あ〜…おはよう…?」
礼儀を忘れない彼女は、昨日と同じように挨拶を…いや、昨日と同じではないのかもしれない。俺からすると彼女の挨拶は、昨日よりも元気よく聞こえた。
その割には、俺の挨拶の返しは結構割にあっていない。
彼女は、少し親しみを持ってくれたのかもしれない。そう思っているとなんだか照れくさいが、正直自分の妄想で照れくさいと感じるのはキモイ気もした。
「…ていうか、なんでここに?」
そういえば、どうしてミナミはここに来たんだ?こんな偶然出会ったなら、なにか会話を弾ませたい。なるべく一緒に。
朝に出かけたくなったのは、この偶然が起こることがわかっていたかのような、見事なタイミングだ。
過去の俺と、朝の日差しに感謝する。
「えっと…買い物、というかなんといか…」
彼女は、下を向いて何やら言いにくそうに言葉を詰まらせる。
「…へぇ。何の?」
「あ、えっと…」
相変わらずオドオドした様子。なんでここまで完璧なのに自信がないのだろうか。そればかりが毎日不思議だ。
ミナミは続けて俺の質問に対して返す。
「えっと、この前買おうと思ってた食事の材料とか…です」
「え、この前ってことは、今日まで材料とか何してたの?」
そう聞くと、彼女は照れくさそうに下を向きながら、こう答える。
「…カップラーメン」
「…え?」
「カッ…カップラーメン…です」
「…」
そのまま数秒。ついに笑いがこぼれる。
…もちろん俺の。
「あっはははは!!」
「えっ!ちょ…笑わないでくださいよぉ…」
「んゃ、だって!」
何がそんなに面白かったのか、鮮明な記憶はない。
『笑わないでください!!』
…どこかで聞いたことのあるセリフだったが、それもすぐにどうでも良くなる。
そのくらい楽しい時間だと。
「アーッおもろっ」
きっと奇跡と呼べる日なんていくらでもある。
鈴木ちゃんとの出会いだってそうだった。
今回もそうなんだろ?
裏切られてもいい。
だから、傍から離れないで欲しい。
…こんな奇跡逃したくない。
『お前みたいなやつ本気で関わろうとしてるやつなんかいたかよ。いねぇだろ。だから友人に殺されかけたし、そいつらに裏切られた』
…ごめん。鈴木ちゃん。
いや、チョモランマ。
あんたが言ったあの時の言葉は本気だったのかもしれない。
でも
今この瞬間だけは信じたくない。
この日、この瞬間だけは、ミナミが俺を慕ってくれてると思いたい。
…なぁ
あんたはいったいどういう気持ちで俺と一緒にいたんだ?
…俺は楽しかったよ。
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