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不思議そうに首を傾げる太宰の顔を、じーっと見つめる。
何かが引っ掛かる。働きすぎて忘れていたが、俺は此奴に何かを頼んだ気がする。
記憶を隅々まで遡ると、一つ心当たりが見つかった。
…そう言えば俺、昨日此奴にお守りを頼んでなかったか?
「…おい、太宰」
「なにさぁ…心配して撫でてでもくれるのかい?」
「昨日お守りすっぽかしたよな」
ヘラッと笑っていた顔が崩れ、引き攣った顔が現れる。どうやら当たりのようだ。
「俺、手前に言ったよな。二日間の泊まり込みの任務があるから此奴をみとけって。」
「…」
真っ直ぐと見つめる俺の目線に堪えられなくなってか、太宰は俯いた。
「で、俺がお前にお守りを頼んだのは昨日だけだ。一昨日はちょくちょく帰ってこれるからやらなくてもいい、そう言ったよな。」
「…そうだね」
「なのに手前、昨日何処にいた?」
思い出したら腹が立ってきた。なぜ自分は忘れていたのか。俺は昨日、確かに此奴にお守りを頼んだ。しかし帰ってきたら、ソファの背もたれにもたれ掛かって泣き喚いている赤子しかいなかった。シンクに離乳食を食べさせた痕跡があったことから、夕食まではいたのだろう。だがその後、夕食以降に、此奴が赤子と関わった痕跡が一切ない。
「なぁ、手前もしかして、赤子一人家に残して、遊んでたのか?」
「……だったらなんなのさ」
閉ざされていた口が渋々と開く。そしてゆっくりと顔を上げて、いつものようにヘラリと笑った。
「手前、莫迦なのか…?」
その笑みを見て、これ以上ないくらいに悲しくなった。心臓がぎゅっと鷲掴みにされているような痛みが身体中を襲った。なんで此奴は、こうも命の尊さというものを理解してくれないのだろうか。
命は尊い。大切にするべきだ。これが社会の一般論である。 そんなものを、現マフィアである自分が胸を張って言えることではないし、どうとも思わない。命がどんなに偉大であれど、首領の命令であればその命をも奪う。どんな金持ちだったって、全てを手にした人間だって、死からは逃れられないのだ。首を絞めれば酸素が足りなくなってもがき、何処かを撃たれると血が吹き出て喚く。そして、心臓を打つと、数分後には息絶える。命とはそういうものだ。これを、元マフィアである此奴も、嫌、此奴こそ、それを一番理解している。
だからこそ、命は脆いものだって知ってるからこそ___
「…俺と手前の子ぐらいは…大事にして欲しやってくれ……」
思わずポツリと溢す。今度は自分が下を向いて、拳を握る。悔しい、悔しい。どうせ俺も、俺との子も、此奴にとっては何でもないのだ。ちらりと視界に映る、ベッドの上ですやすやと眠る我が子の顔を見て、さらに胸が締め付けられる。
「中也…」
自分の名前が呼ばれると共に、彼奴の大きい手で、握っていた拳を包まれる。
思わず顔を上げると、顔を歪めて苦しそうに、けれども真っ直ぐに見つめてくる瞳と、目線が重なった。
「っ……」
それを見て、思わず怯んでしまう。許してと言わんばかりの表情に、少し迷う自分に、嫌気がさす。
「なぁ……、もうやめてくれ…」
「頼むから……、」
視界がぐにゃりと歪みだす。駄目だ、これだけは言わなくては、ここで泣いてしまったら…。
「頼むから…もう裏切らないでくれ“……」
縋り付くように彼の服を掴み、力無く叩く。彼は黙ったままで、なんとも反応しない。
「…裏切ってなんかいないよ…」
微かに、震えたような、弱々しい声が聞こえた気がした。思わず顔を上げると、眉を顰めて、涙を堪えている太宰がいた。
「もう…私だってどうすれば良いかわからないのだよ…。」
「それは、どうゆう… 」
「…私は本当に酷い人間だ。だから、怖いのだよ…。君が大事にしているあの子を、私と君の子供を…思わず殺してしまいそうで…」
殺してしまいそう。そう口にした途端に彼の大きな瞳から、ぼろっと雫が溢れた。
「嫌なんだ……中也を取られちゃうのが…。私は、本当は産んでほしくなかった…。ずっと中也を独占したかった…、だって互いに、いつ死ぬかわからないでしょう…?」
確かに、マフィアで有る俺はいつ死ぬかわからない。それは太宰だって同じだ。此奴を産んでからは太宰の自殺はめっきりと減った。だがしかし、太宰も太宰で、軍警すらも手に負えない仕事が回ってくる、探偵社の一員だ。何が起こるかわからない。
「でも、実際にこの子が生まれたら…、嗚呼、家族ができたんだって…なんだか心が暖かくなったんだ…。」
家族…、無意識に太宰の言葉を繰り返し呟く。
「そしたら…次はこう考えてしまう…。この子がいたら、重荷になってしまうんじゃないかって…。私たちは死と隣合わせなんだ…。この子が巻き込まれて…もし、死んでしまったら、それこそ中也は立ち直れなくなってしまう…。」
中也が傷つくのが、嫌なんだ…と溢すように言っては、ふっと息を吐いて涙を溢す。
「…ねぇ、そんなことを考えてたら、煩わしい生き物にしか、見えなくなっていたんだよ…。愛したい、家族を持ちたい…そんな願望はある。だけれど、君を…、なんて考えて…。嗚呼いっそのこと、殺しちゃおうかって……」
そこまで言うと、ぎゅっと口を摘むんだ。申し訳なさそうに目を伏せて。
「…そうか」
ただ一言。それしか言えなかった。此奴にとって、世界は酸化している。そんな世界にいきなり、光がやってきたのだ。自惚れであるが、俺が、此奴の元にやってきてしまった。そうして新しい小さな光をもたらした。その小さな光は、此奴からすれば、いつこの酸化した世界に飲み込まれてしまうのかと、あの光だけで良かったのにと、眩暈を起こすものだったものに違いない。
書き途中&過去のものですがあげます。最近何もあげられてないので。五月病がきつい。