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右足の痛みで、モモはなかなか眠れずにいた。
走ったわけでもないのに、
神経の奥がじくじくと疼く。
ベッドの脇に置いた杖を見つめていると、
静かな足音が近づいてきた。
「……眠れない?」
露花だった。
柔らかな声、穏やかな微笑み。
「足のこと、気にしているでしょう」
モモは一瞬だけ迷って、頷いた。
「……治るって言われてるけど……
正直、ちょっと怖くて」
露花は目を細める。
「そうよね。
――でも、安心して」
彼女は、まるで秘密を打ち明けるように言った。
「モモの足、完全に治してあげられる方法があるの」
胸が跳ねた。
「……ほんと、ですか?」
「ええ。
少し検査をするだけ」
露花は自然な仕草で扉を指した。
「今なら、研究室が空いているわ。
誰にも見られずに済む」
なぜか、
ミオとライナの顔が脳裏をよぎった。
でも――
治るなら。
また、走れるなら。
「……行きます」
露花は、満足そうに微笑んだ。
⸻
◆ アビス研究室
医務室とは、明らかに違った。
白すぎる廊下。
低く唸る機械音。
ガラス越しに見える、黒い培養槽。
「……ここ、病院……?」
「“治療”の延長よ」
露花はあっさり言った。
ベッドに横になるよう促され、
モモは言われるまま横になる。
足首に、冷たい感触。
「……何、するんですか……?」
「少し、眠ってもらうだけ」
その言葉と同時に、
首元にチクリとした痛み。
「――っ」
視界が、急に滲む。
心臓の鼓動が、やけに大きく響いた。
「……ろっか、さん……?」
露花の声が、遠くなる。
「大丈夫。
あなたのためよ」
その微笑みを最後に――
モモの意識は、闇に沈んだ。
⸻
「……モモ!」
声が、すぐ近くで聞こえた。
目を開けると、
見慣れた天井。
いつもの、星守院の医務室。
「よかった……!」
ミオが、ほっとしたように息を吐く。
ライナも、目を潤ませて覗き込んでいた。
「急に倒れたって聞いて、
びっくりして心臓止まるかと思った!」
モモは、混乱したまま身体を起こす。
「あれ……?
私……研究室に……」
言いかけて、気づく。
――右足。
そっと床に下ろしてみる。
……痛くない。
走ったあとに残っていた、
あの鈍い痛みが、消えている。
「……あれ?」
立つ。
歩く。
軽く跳ねる。
「……治ってる……」
完全じゃない。
傷跡は、うっすら残っている。
でも――
“普通に動く”。
ミオとライナが顔を見合わせた。
「……医師が言ってた。
“理由は分からないけど、回復している”って」
ライナが続ける。
「昨日まであんなに痛がってたのにね。
奇跡じゃない?」
奇跡。
その言葉に、胸の奥が少し冷えた。
「……露花さんは?」
ミオが首を傾げる。
「来てたよ。
“検査の途中で気を失っただけ”って」
ライナも頷く。
「心配しなくていいって。
足が治ったのは、偶然だってさ」
偶然。
モモは、足元を見つめた。
なぜか――
胸の奥がざわつく。
⸻
その頃、
医務室の外。
観測モニターに、
三つの波形が静かに表示されていた。
「……定着、問題なし」
「回復速度、微増」
「感知されていないな」
露花の声が、淡々と響く。
「当然よ。
“微々たるもの”だもの」
モニターには、
《アビス因子・微量投与》
という文字が、静かに点滅していた。
「次も、怪我をしたら――
同じ処置を」
「はい」
露花は微笑む。
「ルピナスは、まだ知らなくていい」
「彼女たちは、“守る側”でいればいいのよ」
◆ 深夜二時・星守院 ライナ
喉が渇いて、目が覚めた。
ライナはぼんやりした頭のまま、
スリッパを引きずって廊下に出た。
消灯後の星守院は、異様なほど静かだ。
白い床が、非常灯に照らされて青白く光っている。
「……自販機、どこだっけ……」
角を曲がろうとした、その時。
人の声。
こんな時間に?
無意識に、足が止まった。
少し先の廊下、
「常総部」専用と書かれた区画の前。
ドアは閉まっているのに、
声だけが、隙間から漏れてくる。
「……回復速度、やはり通常の魔法少女より早い」
聞き覚えのない男の声。
ライナは、思わず壁に背をつけた。
「特に、ルピナスの三名」
――心臓が、跳ねた。
「β・γ戦後の損傷からの回復日数、
データ上は“説明不能”です」
別の声。
低く、淡々としている。
「因子の反応は?」
「安定しています。
拒絶反応は、今のところなし」
……因子?
頭が、急に冴えていく。
「被検体本人は?」
「自覚なし。
“奇跡的回復”として認識しています」
短い沈黙。
そのあと、
一番よく知っている声がした。
「――それでいいのよ」
露花。
穏やかで、いつもと変わらない声。
「まだ“守る側”でいられる段階だもの」
「ですが、このまま続ければ――」
「分かっているわ」
露花は、微笑むような声で言った。
「だからこそ、
少しずつなの」
「一気に与えれば、壊れる。
でも、微量なら――」
言葉が、途切れた。
代わりに、
何かを指で叩く音。
「彼女たちは、
アビスと“相性がいい”」
「……とくに、モモは」
その名前を聞いた瞬間、
ライナの指先が冷たくなった。
「今後も、重傷時に同様の処置を?」
「ええ」
露花の声が、少しだけ低くなる。
「怪我をするたび、
“守るための力”は、増える」
「それが、星守院の望みでしょう?」
――守る?
――怪我を、するたび?
頭の中で、
何かがうまく噛み合わない。
そのとき。
「……誰かいる?」
ドアの向こうから、鋭い声。
ライナは、はっと息を呑んだ。
次の瞬間、
反射的に走り出していた。
廊下を曲がり、
心臓が壊れそうなほど鳴る。
部屋に飛び込み、
布団を被って目を閉じる。
「……っ」
息が、うまくできない。
――聞き間違い。
――夢。
――寝ぼけてただけ。
そう言い聞かせる。
でも。
「……怪我をするたび……?」
囁くように呟いた声は、
自分でも驚くほど震えていた。
隣のベッドでは、
モモが静かに眠っている。
何も知らずに。
ライナは、
その寝顔から目を逸らせなかった。
それからだった。
露花を見るたび、
ライナの肩はわずかに強張った。
視線を合わせるのが、怖い。
でも、逸らすのも、もっと怖い。
「……ライナ?」
名前を呼ばれるだけで、
心臓が跳ねる。
「最近、元気ないわね」
柔らかい声。
いつもと同じ、保護官の顔。
でも――
知ってると思ってしまった瞬間から、
その笑顔が全部、別物に見えた。
「なにか、気づいたことがある?」
その一言で、
頭が真っ白になる。
(やばい、やばいやばい……!)
咄嗟に、口が動いた。
「ぷ、プリンの美味しさに……」
自分で言っておいて、
何を言ってるのか分からない。
声が裏返り、
喉がひくりと鳴る。
露花は一瞬、
じっとライナを見つめた。
長い、長い沈黙。
それから――
ふっと、微笑む。
「……ふーん。本当に?」
心臓が、止まる。
「それなら、いいわ」
その笑顔のまま、
露花はライナの横を通り過ぎた。
ほっと息を吐きかけた、その瞬間。
――足音が、止まる。
背中越しに、
声が落ちてきた。
「でもね」
笑っていない声。
「貴方たちは、
私に、生かされているの」
一拍。
「星守院に、生かされているの」
振り返らない。
ただ、それだけを告げる。
「……ちゃんと、理解しておいてね」
足音が、遠ざかる。
ライナは、その場から動けなかった。
指先が冷たくて、
呼吸の仕方を忘れたみたいだった。
(……バレてる?)
(それとも――警告?)
廊下の非常灯が、
やけに眩しく感じる。
露花の言葉だけが、
いつまでも頭の中で反響していた。
――生かされている。
守られている、じゃない。
助けられている、でもない。
生かされている。
その意味を、
ライナはまだ、言葉にできなかった。
でも一つだけ、はっきりしていた。
――もう、
何も知らなかった頃には戻れない。
その日から、露花は――
やけに優しかった。
「ライナ、疲れてない?」
「ミオ、傷跡、痛まない?」
「モモ……無理、してない?」
声は柔らかくて、
手つきは丁寧で、
心配する目は本物みたいだった。
だからこそ、
ライナは余計に怖かった。
(……なんで?)
昨日までの言葉が、
頭から離れない。
――生かされているのよ。
なのに。
「はい、温かい飲み物」
露花はカップを差し出し、
にこりと微笑む。
ライナは受け取るしかなかった。
その横で、
モモが何の警戒もなく笑う。
「露花さんってさ〜、
ほんと優しいよね!」
胸が、ひくりと跳ねた。
「最初はちょっと怖かったけど、
今はお姉ちゃんみたい!」
……やめて。
そんな言い方、しないで。
ミオも頷く。
「管理官というより、保護者ですね」
露花はくすっと笑った。
「ありがとう。
でも私はただ、あなたたちを
正しく導いているだけよ」
その言葉に、
ライナの指先が冷える。
モモは気づかず続ける。
「私ね!
露花さんが選んでくれてよかったって
ほんとに思ってる!」
無邪気で、まっすぐで、
疑うことを知らない声。
露花は一瞬だけ、
ライナを見る。
――視線が合う。
何かを測るような、
それでいて慈しむような目。
「……そう言ってもらえて、嬉しいわ」
露花は微笑んだ。
でもその微笑みは、
ライナにだけ向けたものじゃなかった。
まるで——
「まだ、大丈夫ね」と
確認しているみたいに。
露花が去ったあと、
しばらく誰も口を開かなかった。
モモが首を傾げる。
「……ライナ?どうしたの?」
ライナは一瞬、言葉に詰まる。
言いたい。
聞いたことも、感じたことも、全部。
でも。
(言えない)
(今言ったら、
モモまで巻き込む)
「……なんでもない」
絞り出した声は、
自分でも驚くほど小さかった。
ミオは何も言わず、
ただ静かにライナを見ていた。
その目が、
少しだけ鋭かったことに、
ライナは気づかなかった。
星守院の廊下に、
今日も優しい笑い声が響く。
その下で、
誰にも見えない檻が
少しずつ、狭くなっていた。
◆ ミオ
最初は、ほんの些細なことだった。
(……回復、早すぎる)
ミオは自分の脇腹に触れる。
深く裂けたはずの傷は、
赤い線を残すだけで、もう痛みを訴えていない。
——二日前まで、
歩くのも辛かったのに。
「……」
ミオは何も言わず、
医務室の天井を見つめていた。
「ミオー!見てこれ!」
モモが元気に駆け寄ってくる。
右足はまだ少しぎこちないが、
それでも“動きすぎ”なくらいだ。
(モモは、もっと重傷だった)
右腕欠損。
右足は粉砕寸前。
それなのに——
「もう、こんなに動けるんだよ?」
嬉しそうな声。
それを見て、
ミオの胸がざわつく。
(……おかしい)
「無理、してない?」
そう聞くと、
モモは首を振った。
「ううん!
なんかね……治ってる、って感じ!」
その言葉が、
ミオの中で引っかかった。
――“治ってる”。
医療処置の説明も、
回復促進魔法の詠唱も、
一切、聞いていない。
それどころか。
(私たち、
治療の途中で眠らされた)
思い出す。
戦闘後、
ストレッチャーに乗せられて——
点滴。
薬剤。
視界が暗くなって。
(あの時、
何をされた?)
ミオは視線を落とす。
自分の手。
その指先に、
一瞬だけ走る、黒い違和感。
……気のせい?
(いや)
ミオは魔力を、
ほんの少しだけ巡らせた。
——ぴり、と。
水属性の魔力に、
異物が混じる感覚。
「……っ」
すぐに止める。
気づかれたら、
まずい気がした。
その時、
医務室のドアが開く。
「調子はどう?」
露花だった。
白衣。
穏やかな笑顔。
優しい声。
「問題ありません」
ミオは即答した。
露花は満足そうに頷く。
「そう。
あなたたちは、本当に優秀ね」
視線が、
ミオの腹部に一瞬落ちる。
「……よく、耐えたわ」
その言葉が、
なぜか“治療”ではなく
“実験結果”の評価に聞こえた。
露花が去ったあと、
ミオは静かに拳を握った。
(これは、
偶然じゃない)
回復。
露花の言葉。
ライナの様子。
モモの足。
すべてが、
一本の線で繋がり始めている。
でも——
(今は、言えない)
確証がない。
下手に動けば、
モモとライナが危険になる。
ミオは決めた。
黙って、観察する。
敵は、
アビスだけじゃない。
星守院そのものが、
何かを隠している。
その中心に、
必ず——
綺宮 露花がいる。
結局。
ミオも、ライナも、
はっきりした答えには辿り着けなかった。
回復が早い理由。
露花の言葉。
身体の奥に残る、説明できない感覚。
考えれば考えるほど、
胸の奥がざわつくだけだった。
だから——
ミオは、少し強引に結論を出した。
「……深く考えすぎても仕方ない」
「だよね!」
ライナもすぐに乗る。
「怪我しなきゃいいんだよ!
怪我しなきゃ、回復も何もない!」
モモは目を瞬かせた。
「……え?」
ミオは淡々と言う。
「つまり、
怪我をする前に、耐えられる身体を作る」
「筋トレ?」
「筋トレ」
即答だった。
「魔法だけに頼らない。
体力、筋力、持久力。
全部底上げする」
ライナは拳を握る。
「いいじゃん!
私、もう腕ちぎれるの嫌だし!」
モモは少し不安そうに、自分の身体を見る。
身長143cm。
体重39kg。
他より細い腕。
少し骨ばった足。
「……私、できるかな」
「できる」
ミオは即答した。
「今のモモは、
魔法で無理やり戦ってる状態」
それは、
励ましでもあり、
現実でもあった。
「身体が追いつけば、
もっと安全に戦える」
ライナが笑う。
「よーし!
じゃあルピナス筋トレ部、結成!」
「名前いらない」
「えー!」
そのやり取りに、
モモは少しだけ笑った。
医務フロアの端、
誰も使っていない訓練室。
三人は並んで立つ。
ミオは162cm、49kg。
少し痩せているが、芯はある。
ライナは157cm、50kg。
動きやすそうな、バランスの取れた体。
そしてモモ。
小さくて、軽くて、
でも——一番無理をしている身体。
「無理しないでね」
ライナが言う。
「無理はしない。
“限界まで”は、やるけど」
ミオの言葉に、
モモは苦笑した。
スクワット。
腕立て。
体幹トレーニング。
最初は、
ただの体力づくりのはずだった。
でも。
(……痛い)
モモの右足が、
じわじわと悲鳴を上げる。
それでも、
止まらなかった。
止まったら、
また“怪我してから強くなる”
あの感覚に戻ってしまいそうだったから。
ミオも、ライナも、
同じことを考えていた。
怪我をしなければ、
何も増えない。
それが、
正しい選択なのかどうかは——
誰にも、分からなかった。
ただ一つだけ、確かなのは。
三人は、
もう「守られるだけの存在」では
いられなくなっていた。
最初は、ただの筋肉痛だと思った。
スクワットの途中、
モモはふっと動きを止める。
「……あれ?」
右足。
前にちぎれて、
今はリハビリ中のはずの脚。
ミオが振り返る。
「どうした?」
「ううん、大丈夫……たぶん」
そう言って、
モモはもう一度腰を落とした。
——その瞬間。
ずるり、と。
地面を踏む感覚が、
一瞬だけ“抜けた”。
「っ……!」
体勢を崩し、
膝をつく。
「モモ!?」
ライナが駆け寄る。
「平気!? 無理したでしょ!」
「ち、違うの……」
モモは自分の右足を見つめる。
痛みは、ない。
それなのに——
(……変)
力を入れると、
関節の奥が
ぬるりと動く。
骨でも、筋肉でもない。
もっと奥。
もっと、いやな感触。
「……足、どう?」
ミオの声が、少し硬い。
「うん……動く、けど……」
モモはゆっくり立ち上がる。
普通に、歩ける。
走ろうと思えば、走れそう。
でも。
(なんで?)
あんなにボロボロだったのに。
リハビリが必要だって言われたのに。
もう一度、
思い切って踏み込む。
——じわっ。
温かい何かが、
足の内側を這った。
血じゃない。
魔力でもない。
「……っ」
思わず息を詰める。
ミオが、目を細めた。
「モモ。
今、何か感じた?」
「え……?」
言葉にしようとして、
できなかった。
怖い。
言ったら、
“おかしい”って言われそうで。
「……ちょっと、変なだけ」
ライナは笑って肩を叩く。
「ほらー!
筋トレの成果じゃない?」
「筋肉ついてきたんだよ!」
その言葉に、
モモは無理やり笑った。
「……そう、かな」
でも、
自分の足から
視線を離せなかった。
(これ……
強くなってる、のかな)
(それとも——)
その夜。
ベッドに横になったモモは、
そっと右足に触れた。
傷跡。
消えない、赤黒い線。
その下で、
何かが——
ゆっくり、脈打っている。
心臓とは、
違うリズムで。
「……気のせい、だよね」
そう呟いて、
目を閉じる。
でも、
眠りに落ちる直前まで。
右足の奥にある
“何か”の感触が、
消えることはなかった。
あれから。
モモの右足に残ったのは、
赤黒い線だけだった。
痛みもない。
違和感も、あの夜を境に消えた。
走れる。
跳べる。
踏み込める。
「……ほんとに、なんともないね」
ミオが慎重に言う。
「でしょ?」
ライナは笑う。
「筋トレ効果だって!」
モモは少しだけ、
自分の足を見る。
(……何も、ない)
そう思うことにした。
――そして、次の任務。
市街地外縁部。
人気の少ない倉庫街。
《アビス反応:βクラス×2》
「数、少な」
ライナが弓を構える。
「油断しないで」
ミオは冷静だった。
三人は変身する。
――魔力が弾け、
アストレアスーツが身体を包む。
「サクラ・モモ、行くよ!」
「アクア・ミオ、展開完了」
「スパーク・ライナ、準備OK!」
β型アビスが、
黒い影を引きずりながら現れる。
以前なら、
この距離だけで緊張していた。
でも。
「……来るよ!」
モモが踏み込む。
桜閃ピンクブレイク
淡い桜色の斬撃が、
一直線に走る。
アビスが怯む。
その隙に——
「今!」
桜暁ブレードラッシュ
連撃。
軽く、速く、迷いがない。
「凍れ!」
ミオの魔法が炸裂する。
フロスト・バインド
床から伸びる氷が、
βの脚を絡め取る。
「もらった!」
ライナの雷が、
矢となって走る。
スパーク・ピアース
一体目が崩れ落ちる。
もう一体が吠えた瞬間、
モモが前に出る。
(今なら——)
右足に力を込める。
痛みは、ない。
「燈火——」
燈火クロスブレード
交差する二本の刃が、
桜色の光を描いて
アビスを切り裂いた。
沈黙。
黒い霧が、
静かに消えていく。
「……終わり?」
ライナが拍子抜けした声を出す。
三人、誰も倒れていない。
血もない。
怪我も、ない。
「……怪我、ゼロ」
ミオが呟く。
「やった……!」
モモは思わず笑った。
胸の奥が、
じんわり熱くなる。
(私たち、強くなってる)
筋トレ。
連携。
経験。
全部が、
ちゃんと力になっている。
その夜、
星守院の報告書には
こう記された。
【被害:魔法少女・軽微なし】
【戦闘時間:短縮】
【成長:顕著】
それを見た露花は、
静かに微笑んだ。
「……いい傾向ね」
まるで、
想定通りだと言わんばかりに。
モモはまだ知らない。
怪我をしなかったことが、
「安全」ではなく——
次の段階に進んだ証だということを。