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実に良い物だ。もちろん、俺がウルフの族長から受け取ったネストの杖のことである。
名は知らぬが、きっと名工が作った物に違いない。非力な|魔術師《ウィザード》でも扱える適度な重さ。先端に付いている大きな水晶は宝石の如く輝き、それを保持するよう金属の爪が周囲を覆う。その高級感たるや、最早アンティークである。
持っているだけで沸き上がる高揚感は、この杖の効果だろうか?
「どういうこと、九条!」
そんな俺に水を差したのはネスト。その表情は、悔しさと困惑が半々といったところだ。
「はあ。それはこっちが聞きたいんですけど……」
「そのウルフたちはお前が使役しているの!?」
「やだなあ。そんな言い方やめてくださいよ。友達ですよ?」
それにはハッとするネスト。どこかで聞いたことのあるフレーズだったからだろう。
「カガリ……。あの魔獣もお前が操っているということ!?」
「それを教える義理はないですね。それよりもこっちの質問に答えてください」
俺を強く睨みつけるネスト。この状況だけを見れば、俺の方が悪者に見えるが、尾行していたのはネストの方だ。
なぜ、俺が睨まれなければならないのか。
「なんで俺を尾行していたんですか?」
「……」
それならば、喋りたくなるようにするだけである。残念ながら黙秘権はないのだ。
俺は、近くにあった腰掛けられそうな大きさの岩に目を付けると、杖の頭部に付いている大きな水晶で、それを優しくコンコンと叩いた。
「ちょっと、何をする気なの……」
装飾をいれれば一・五メートルほどはあろうかという長い杖を両手で持ち、大袈裟に素振りをして見せる。
「やめて! それは大事な物なの!」
もちろん、そうだろうと思っているからやっているのだ。
ネストの方をチラリと見てから岩の方に体を向けると、それを思い切り振りかぶる。
「わかった! 言う!! 言うからそれだけはやめて頂戴!」
岩まであと数センチのところで、ピタリと止まるネストの杖。
「で? 俺を尾行したわけは?」
「じ……実は……。あなたのことが好きになってしまったようなの!」
頬を赤らめてモジモジと恥じらうネスト。
苦節三十年ついに俺にも春が! ……って、そんな上手い話があってなるものか。
とは言え、本当であれば役得だろうとその話に乗ってみた。
「ホントですか! じゃあ、結婚を前提にお付き合いも!?」
「ええ……そうね……。ひとまずこの拘束を解いてもらえるかしら?」
「いやあ、こんな美人と付き合えるなんて幸せだなあ。……そうだキスしてもいいですか? 一応付き合ってるんですしね」
「いや、待って! さすがに人目が……」
「こんな森の奥深くに人なんか来ないですよ」
「後ろ! 後ろにいるでしょ!」
「ああ大丈夫ですよ。その人は見てないですから」
後ろでネストを押さえているのは、俺が呼び出したスケルトンだ。当然感情なんてない。
「キスだけじゃ物足りないので、ついでに胸も揉んでもいいですよね? つきあってるんですしね! あわよくば逝くところまで逝ってしまいましょう!」
「は?」
俺は再びウルフに杖を預けると、両手をわきわきとさせながら、ゆっくりネストへと近づいていく。
「やめて……こないで……」
「ひどいなあ。恋人にこないではないでしょう?」
そしてマシュマロのような柔らかさであろう二つの乳房を鷲掴みにする瞬間であった。
「わかった! 本当のことを言うから! だからやめて!」
両手をだらりと下げ、溜息をつく俺。
わかっていた事だが、非常に残念である。
「はあ。次はないですよ? 嘘だと思ったら杖、へし折りますからね」
ネストは不貞腐れながらも、観念した様子で口を開いた。
「私の祖先に|死霊術師《ネクロマンサー》がいたってことは聞いたでしょう? 私はその遺品を探しているのよ……。色々と調べたけど、わかったのはこの辺りで行方不明になっているって事だけ」
行方不明は冒険者にとって珍しい事ではない。
未開のダンジョンで命を落とす者。魔物に襲われ食われる者。骨になってしまえば、もう誰にもわからないのだ。
「このあたりのダンジョンは全て調べた。あとは今アタック中のダンジョンだけ。でも二回のアタックは失敗……。私たちはコット村の炭鉱がダンジョンと繋がっていることをギルドから聞いたわ。そして私はそこである噂を耳にした。九条、あなたが破壊神と呼ばれていることよ!」
「ああ。それは子供たちが勝手に呼んでいるだけで……」
「それだけじゃない。あなたはあの炭鉱にも入ったことがあり、しかも|死霊術師《ネクロマンサー》! 私が探している遺品は三百年前の死霊術の魔法書! そう、今あなたが腰にぶら下げている魔法書の事よ!」
な……なんだってぇぇぇぇ!! と言いたいところだが、全然違う。
俺の魔法書は二千年前の物のはずだ。
「あなたは炭鉱からダンジョンへ入り、ご先祖様の書いた魔法書を見つけた! そうでしょう!?」
「いや……これは……」
「ベルモントの魔法書店でも高値が付いたことは調査済み! 違うと言うなら見せてみなさい! ご先祖様の書いた魔法書は、言い伝えによれば深緑色の装丁のはず! そのカバーを外せばすべてが明らかになるはずよ!」
「はい」
腰の魔法書のカバーを半分剥がしてネストに見せる。
その装丁は、黒かった。
「……あれ?」
あれ? じゃないが……。
再び出る盛大なため息。正直、破壊神の件が出たことでバレたのかとヒヤヒヤしたが、まったく関係はなさそうだ。
こんなことなら、ここまで手の込んだことをする必要はなかったと、俺は少し後悔した。
俺たちがベルモントの町に入る前、カガリに頼みウルフたちに協力してもらえるよう交渉に行かせたのだ。
それに協力してくれるのを確認したうえでスケルトンを呼び出し、戦闘中を装う事でウルフたちがネストの背後を取りやすいよう一芝居打ったのだ。
ネストは顔を真っ赤にして俯き、プルプルと震えていた。
「なんでこんな回りくどいことしたんですか……。普通に魔法書見せろって言えば見せたのに……」
「そんな……そんなこと言える訳ないでしょ! 私はこれでもゴールドプレートよ!」
冒険者でありながら、貴族の娘という生い立ち……。確かにプライドは高そうだ。
「九条。あなたいつから私の尾行に気づいていたの!?」
「一昨日の宿屋の増設工事の時からですね」
恐らく、それは最初からだったのだろう。ネストの顔はさらに赤く染まった。
「俺がその……、ネストさんのご先祖様の魔法書を持っているかもしれないというのは、皆さんご存じなんですか?」
「いえ、そう思っているのは私とバイスだけよ。彼とは腐れ縁でね。だから私に今回のダンジョンの話を持ち掛けてきた。フィリップとシャーリーは関係ない。ファーストアタックでクリア出来なかったから助っ人としてパーティに入ってもらっただけ。ダンジョンで見つかった宝を山分けにする条件でね。魔法書が見つかれば、こちらで買い取るつもりだったけど……」
「それが見つかれば、パーティは解散するんですか?」
「私とバイスは魔法書が手に入ればそれでいいけど、フィリップとシャーリーは調査を続けると思うわ。調査はギルドから依頼されたものなのよ」
どう転んでも明後日の調査を止めることは出来ないようだ。
「まあでも、ミアは救われたようで良かったわ……」
「ん? どういうことです?」
「|死霊術師《ネクロマンサー》の|性《さが》みたいなものよ。例えば、死体を操る魔法があったとしましょう。使える死体は二つ。使い易い方と使いにくい方。どちらを使う?」
「使い易い方ですか?」
「そうね。その使い易い方がミア。死霊術は想いが強いほどかけやすい。それは多分お互いの事を熟知しているからだと思うんだけど、あなたが|死霊術師《ネクロマンサー》として未熟で、三百年前の魔法書を使えなかった場合、使い易いミアを手に掛ける可能性があった。だからあの魔獣がミアのボディーガードになるか試したのよ。尾行にはその監視の意味もあったわ」
意味もなくカガリに命令した訳ではないらしい。
それを俺に話したということは、やはり俺にはそれほどの死霊術は使えないと思っているのだろう。
ネストを押えつけているスケルトンは、見せない方が良さそうだ。
それよりも気になるのは、ネストが探しているという魔法書。
ダンジョンの奥にあった三百年前の魔法書で間違いない。ネストの言っていた通り深緑色の装丁をしていた。
その存在をちらつかせ、それを餌にこちら側に引き込むことは出来ないだろうか……。
それが無理なら仕方ない。解放する前に迷惑料として、胸を一回揉んでおこう。
こちらはウルフたちを使うことが出来るという手の内を一つ明かしてしまったのだ。それくらいええやろ……。
「三百年前の魔法書……。もし俺がその在処を知っているとしたら、どうします?」
「――ッ!?」
そよ風で木々が騒めく中、しばらく無言で立ち尽くす二人。
その均衡を先に破ったのはネストだ。
「九条。あなたの望みは何……?」
結局、俺はネストの胸を揉むことは出来なかった。