テラーノベル
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朝。
カーテンの隙間から光が入って、
部屋の端だけが白い。
わたしが起きた音で、
向こうの床が、少し鳴った。
……まだいる。
「おはようございます」
男が、正座で言う。
「なんで正座」
「落ち着きます」
「落ち着くな」
昨日渡した毛布が、
きれいに畳まれている。
使った形跡はあるのに、
角が揃ってる。
変な人。
キッチンに行って、
冷蔵庫を開ける。
卵、ない。
牛乳、ない。
パン、ある。
賞味期限、昨日。
「……あんた、朝ごはん食べる?」
振り返ると、男が目を輝かせた。
「食べます」
即答。
「じゃあ、これ」
パンを二枚出す。
「焼く?」
「焼くとは」
「トースター」
「……これが」
知らないんだ。
トースターすら。
スイッチを入れると、
男が少し身を引いた。
「爆発しないから」
「……はい」
パンが焼ける匂いがする。
部屋が一瞬だけ、普通になる。
わたしはコップに水を注いで置いた。
男は両手で持って、飲んだ。
「……水って、冷たいんですね」
「水は冷たいよ」
「……なるほど」
なるほど、じゃない。
「で」
パンを皿に乗せる。
「今日どうするの」
「……今日、とは」
「これから」
「……一緒にいます」
「だめ」
即答すると、男が固まった。
「だめ?」
「だめ。わたし仕事ある」
「……仕事」
「そう。働くの」
「……働く、とは」
言葉の意味は知ってる顔。
でも、肌感がない顔。
「お金、必要でしょ」
「……必要、です」
「じゃあ働くか、帰るか」
「帰る……」
男が、視線を落とす。
指先が、コップの縁をなぞった。
「……帰るのが、普通ですか」
「普通っていうか」
言い直す。
「……帰れるなら帰った方がいい」
男が黙った。
いや、黙るな。
「ねえ」
わたしは少しだけ声を柔らかくする。
「家に連絡できないの?」
「……できません」
「なんで」
「……知られたら、困ります」
困るのはこっちだよ。
「名前は?」
「……言えません」
「は?」
「……言ったら、困ります」
困る理由が全部そっち都合。
「じゃあ、あんた何ができるの」
「……できます」
「なにが」
男が、少し考える。
真面目に考える。
「……靴を揃えること」
「小学生か」
「……掃除も」
「したことあるの?」
「……見たことはあります」
見たこと。
経験じゃない。
「とにかく」
わたしはため息をついた。
「今日中にどうするか決めて」
「……はい」
返事だけは、完璧。
わたしが仕事の準備をしている間、
男は部屋の端で、ずっと静かに座っていた。
音を立てない。
視線だけが、
わたしを追ってくる。
落ち着かない。
玄関で靴を履く。
男が立ち上がった。
「待って」
「はい」
「ついて来ないで」
「……でも」
「でも、じゃない」
ドアを開ける。
男が、小さく息を吸った。
「……一つだけ、聞いてもいいですか」
「なに」
男が、真顔で言う。
「帰るか、働くかって」
一拍。
「それ、選択肢なんですか?」
空気が、止まった。
わたしは鍵を持ったまま、
動けなかった。
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