テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,119
823
74
「黒羽、お前それは……」
「そうだよ。さすがにちょっとやりすぎだって……」
夕焼け空が広がる放課後の学校の屋上で、黄金色に染められた男子二人が一人の女子に対して口にした。
隠し切れない戸惑いと、そして、これから目にするであろう悍ましい光景を想像しながら。
「は? 何それ。やりすぎ? 別にどうってことないじゃない。それに、私は何もしてないし」
「何もって、お前……さすがに」「さすがに、何? コイツが勝手に死ぬって言ってるだけじゃない。自分の意思で勝手にね」
「勝手にって……」
ニヤケ顔の女子――黒羽霧は長い黒髪をさらりと手で流しながら飄々と言い放った。
僕と糸賀律は、そんな黒羽を見て背筋をゾッとさせた。コイツが今から律にさせようとしていることが本気であると確信したから。
僕達だけではない。小林と三井も同様だ。いつもは黒羽のマリオネットような二人だが、しかし、今はまるで違って見えた。
徐々に体温を失っていき、そのまま氷のように冷たくなるのではと錯覚してしまいそうになる程に怯えて見える。
「ねえ、どう? 因果崎? 大切な恋人がこれから目の前で死ぬところを見られる気分は」
まるで用意された台本をただただ読み上げるかのようにして、黒羽は言葉にたった一ミリも、塵程度も、黒か白かも判別できない燻み切った色を含んだ声音で訊いてきた
。
何を言っているんだと思った。
どうだって? ふざけるな。律は僕にとって大切な恋人だ。それをお前はこれから殺そうとしているんだ。答える気になれるはずもないだろうが。
「大丈夫だよ、神くん。ねえ黒羽。私が死ねば二度と神くんのことをイジメないんだよね? 苦しい思いをさせたりしないんだよね?」
黒羽に再度確認した律の足元には、つい先程、無理やり書かされた遺書と脱いだ革靴が丁寧に揃えられて置かれていた。
「バカ言うな律! コイツの言うことを本気にするな! 頼むから……頼むからそれだけはやめてくれ!!」
ゆっくりと、律は頭を振った。
僕の瞳の奥にある『何か』を確かめるようにして見つめながら。
「いいの。神くんのためなら何だってできるから。だって私、神くんの彼女だもん」
「だったら僕の言うことを聞いてくれよ! 何だってできるんだろ! それに、お前が死んだらどれだけ僕が悲しむかくらい分かるだろ!!」
「ははっ! いいじゃないの二人とも。最後の最後まで惚気話だなんて。素敵だわ。それに嬉しいわね。そっちの方が私にとってより『美味しく』なるから」
まるで機械から発せられたような、無機質な笑い声だった。
黒羽霧。
こいつ、人間じゃない。
「だ、だから黒羽! やめておけって! そんなことさせたらどうなるかくらい分かるだろ!」
小林のその一言で、黒羽は眉間に皺を寄せ、鋭い目で睨み付ける。
「なによ小林。私に命令するつもり? それか、この女の代わりにアンタが死んでくれるのかしら」
あまりに冷淡な口調に、小林だけではなく、隣にいた三井も顔を強張らせ、黙り込んだ。
手を、細かく震わせながら。
「それじゃ、そろそろ準備してくれるかしら? 糸賀ちゃーん?」
「……その前に、ちゃんと答えて。私が死ねばもう二度と神くんに何もしないんだよね? 約束してくれるんだよね?」
「しつこいわねえ。はいはい、約束しますよ。ちゃんとアンタが私を楽しませてくれたらね」
「――分かった」
一歩前に足を進め、律はフェンスを乗り越える。
(マズい。無理やりにでも止めないと)
そう考え動こうとした刹那、小林と三井が僕を羽交い締めにした。
「離せよお前ら!」
小林は僕の耳元で小さく言葉にした。
ごめん――と。
初めて耳にした謝罪の言葉だった。そして、その時に理解した。
この二人も、黒羽に怯えているのだということを。
「神くん、ごめんね。私、どうしたら神くんを助けてあげられるのか分からなくて。こんな方法しか思いつかなかった」
「なんで律が謝るんだよ! これは僕の問題だ! 僕自身で解決すればいいんだ! それに死んでどうするんだよ! 僕と一緒にいなくても律は平気だって言うのか!?」
「そんなこと、ない。私は神くんとずっと、ずっと一緒にいたい。でも、神くんにとっての問題は、私の問題でもあるから。それに、好きな人のためだったら、私は笑いながら死ぬことができる」
僕は見逃さなかった。
律の脚が恐怖で震えていることを。
「だからって、お前が死ぬ必要なんか――」
「私、ほんと頭悪いよね。テストの成績も悪いし、色んなことを間違えてばっかりだったし。それでいつも神くんのことを困らせてばっかりだった。ダメな彼女だったよね」
「ダメな彼女? そんなことない! お前がいてくれたから僕は――」
フェンスを乗り越えてコチラに向き直った律は、言葉を紡ぎ続けた。
「だけど、こんな私だけど、好きだった。神くんのとが本当に好きだったの。一緒にいられる時間が幸せで仕方なかった。たくさんの笑顔を贈ってもらった。それはね、私にとって、心の中でずっと大切にしてきた、絶対に手放したくない宝物なの。いっぱい。いーっぱいあるの。だから――」
だから今度は私が神くんに贈り物をする番――と、律は紡いだ。
そして両手を広げた。夕焼け空を見上げながら。その景色を目に焼き付けるようにしながら。
「離せって言ってるだろ!!」
二人を払いのけ、彼女の所まで走り出す。そして、体をゆっくりと後方に傾け、何もない空白に身を預けるようにして落ちていこうとする律を掴もうと手を伸ばした。『間に合え!』と、心中で叫びながら。
しかし――
最後の最後まで、僕に笑顔を見せたまま、律は屋上から落ちていった。
「ありがとう、神くん」と、感謝の言の葉を残しながら。
* * *
「やめろーーーー!!!!」
大声を出すとともに勢いよく身を起こした。視界がぼやける中、ぐるりを見渡す。見慣れた景色が目に入ったところで把握した。ここが自分の部屋であることを。
「夢……だったんだ」
ベッドの上で胸に手を当てる。乾いた空気の中で響き渡るのではないかと思える程に、激しく鼓動していた。寝巻きとして着ていたTシャツを汗でぐっしょりと濡らし。
「赤色、か……」
あまりにも鮮明で、色の付いた夢だった。
通常、夢というものはモノクロである。しかし、色の付いた夢にはそれぞれ理由があるものだ。今見ていた夢は赤色。
それは、怒りを意味する色だ。
あの三人組。特に黒羽に対しては、毎日のように腹わたが煮えくり返っていた。だからその色の夢を見るのも納得できるし、至極当然である。
でも、不思議なことに、赤色の夢を見たのはこれが初めてのことだった。
「今日が律の一周忌だからかな……」
【続く】
コメント
1件
うわあああ…第2話、めっちゃ重くて切なかったよ😭💔 律ちゃん、最後まで笑顔で「ありがとう」って…それがもう胸に刺さりすぎて泣きそうになったよ…。黒羽の冷たい感じ、ほんと人間じゃないって思わせる怖さがあったし、小林と三井の怯え方もリアルでゾッとした…。 でも、神くんの必死な叫びとか、律ちゃんの「好きな人のためなら笑って♡♡♡る」って台詞、めっちゃエモかった…。赤い夢=怒りの象徴って伏線っぽくて続きが気になりすぎる!!次どうなるの!?😭✨