Prologue3 『二人の本音』
日付 : 続
天気 : 続
内容 : 中也は私が嫌いらしい
結果 : 未
嗚呼、今、私は泣いているんだ。
「だ、だざ_」
「っ…」
気づけば私は、自分の部屋に走り込んでいた。
朝から一度も入っていなくて、カーテンは閉めたまま、電気に灯りは灯っていない。
そんな部屋の風景が、更に私の気分を落とした。
大好きであった彼に言われたあの言葉は、気付かぬうちに涙が溢れるほど、自分にとってはショックであった。幾らそうだと知っていても、自分がお巫山戯でそう言ってきたとしても、我儘でどうしようもないことだとは分かっていても、あんなに真剣に、冷めた目で言われたのなら、たまったものではなかった。今すぐにでも違うと証明したかった。でも自分は逃げたのだ。
また、彼の気持ちから逃げてしまったのだ。
「…最低だなぁ、私…」
ポツリと呟いた言葉は、誰にも受け取られず、ひんやりとした床に落ちて消えていく。朝までの晴々としたスタートは、初めから無かったかのように、窓の外から雨が地面に叩きつけられる音が聞こえる。雨が強くなる度に、鋭いもので心を何度も突き刺されていくような感覚がした。
「…死にたい…消えたいよ…私は中也のこと…」
死にたい、消えてたい。そんなことを嘆いても、叱って止めてくれる、うざったい彼は…。
「中也は、私のこと嫌いなんだ…、」
決意してから早々の壁に、どう対処しれば良いのかわからない。
ただひたすらに声を押し殺しながら静かに泣いた。そうしているうちに、私は気づかずに眠りに落ちてしまっていた。
中原中也side
「…おはよう」
朝、彼奴が俺に挨拶をしてきた。かれこれ何十回の浮気をして、俺に迷惑をかけてきた彼奴とは、今までまともな会話をしたことがなかった。例えば、日常的な「おはよう」「おやすみ」「頂きます」「ご馳走様」のような、何気なく心を許している相手に向けるやり取りが、俺と彼奴の中には一ミリたりとも存在したことはなかった。そんな“普通”が、今、一瞬だけ存在したのだ。
「何、変な顔して」
まただ。此奴の心の揺らぎみたいなのが、雰囲気を通して伝わってくる。俺を前に気を許してるのか…?あの太宰が…?普通、大好きな相手に、自分だけにしか見せない一面があれば、素直に喜ぶべきなんだろう。しかし_
「うるせぇ、(此奴の場合、ただの気まぐれなんだろうなァ…)」
そう思ってしまった。
「酷いなぁ~、あ、中也、私にも珈琲頂戴?」
「は?てめぇ珈琲飲めねぇだろ」
確か、此奴は珈琲が嫌いだった筈だ。昔、首領の珈琲を作っていると、勝手に飲まれたことがある。その時は「苦ッ…不味い、これを森さんに出すつもり? 」と大袈裟なリアクションで返された。まぁでも確かに、俺が作る珈琲は苦めではあった。首領の好みに合わせていたからだ。首領はエリス嬢とのケエキを食べる際に、あまり甘すぎるものを食べるとあれだから、と味覚直しに苦い珈琲を飲む。太宰にそう言われて飲み直してみると、自分が想像していたものよりも苦かった。首領はいつも喜んで飲んでくれるから気づかなかった。少し砂糖を足してみると、また横から包帯まみれの手が伸びてきて、横から珈琲を啜る音が聞こえてきて、ボソリと何かを呟いた。詳しくは聞こえなかったが、どうせ文句だろうと察し、今度は無視して新しい首領の分の珈琲を作り直した。
「何言ってるのさ、私も大人だよ?飲めないわけないじゃない」
「……んじゃあ後で後悔してもしらねぇぞ?」
きっと、彼奴は俺の作る珈琲も嫌いなんだ。
「(また、彼奴に嫌がらせができる。)」
好きな子に悪戯をする小学生みたいなことにワクワクしている自分に、半分呆れながらも、僅かな笑みを浮かべてキッチンへ行く。
「~♪」
久しぶりに、彼奴の鼻歌を聞いた。思わず足が止まって。振り返った。子供みたく足をぶらつかせていた。それはまるで、親の帰りを待つ子供のようだった。純粋な愛を抱えている、一人の人間。そのように見えた。しかし、俺の頭は、視覚だけで判断しなかった。一瞬の「もしかしてまた自分に悪戯をしているんじゃないか」というネガティブな発想が、自身の頭の中を蝕んでしまった。
「……何を企んでやがる……」
本当は疑いなくない、ひたすらに信じたかった。彼奴の浮かべている笑み、無邪気な動作。それが俺に向ける純粋な愛なのかもしれないと。朝の会話からこのクダリまで全部。俺との関係を見直すための、不器用な彼奴なりの行動なのかもしれないと。でも心の何処かで、自分を傷つけまいと、彼奴の悪行、本性…様々な面においての、イヤな思い出を並べる自分がいた。
…どうするべきなのか、此奴を、また信じていいのか、
「ほらよ、」
いつの間にか彼奴の前にきていた、取り敢えず自身の手に持っている珈琲を、彼奴の目の前にコトリと置いた。
「ぉ~…」
「ほら、手前が望んだ珈琲だ、早く飲めよ」
俺はそう言い放つと去ろうとした。此奴がまた何か言葉を放つ前に、行動する前に、少しでも早く離れたかった。もう太宰に心を惑わされたくなかったのだ。
そんな俺の気持ちは、また彼奴にかき消された。
「待って…!」
不意に、俺の手が握りしめられる。あまりにも急に、彼奴の温もりを感じたもので、反射的に、彼奴の顔を見てしまう。その時の太宰の表情は、まるで俺に縋り付くかのような、いつもの道化の張り付いた顔とは違う、一人の弱々しい人間が作る、必死さを表したものだった。しかしすぐに俯かれ、今はどんな表情なのか分からない。無視するのも手だが、あの顔を見てしまったのなら、返事をしなければいけない、そう思った。
「なんでだ」
咄嗟に出た言葉はこれ。実際に、何故俺を引き止めたのかを知りたかったではあるし、それに、拒否をして嘲笑うのも、承諾して黙って座り直すのも、どちらも癪であったからだ。此奴の前では、どうにも意地を張ってしまうらしい。それは太宰も同じだ。だけど、逆を言えば、子供みたいに意地を張り合える、そんな素の関係、それが今でも残っていることが、俺にとってはどうしようもないくらい嬉しいことだった。
「ぇ…?…えぇっと、だってほら…」
なんてことを考えていると、彼奴から返事が返ってきた。それは、何時も通り、此奴なら間違いなく言いそうな言葉であった。
「だってほら、中也の珈琲が美味しくなかったら、作り直して貰わないとじゃない?」
だけど頭の中で、何かが切れる音がした。何故だろうか。何時もなら言われ慣れていて、すぐにでも言い返せるはずなのに。今日だけは、なんだか無性に腹が立った。
「…そうかよ」
思わず、自分の心情をそのまま出したかのような声が吐かれた。
「そ、そうそう、だからキミは私が飲み終わるまで待っ_」
「じゃあ飲むなよ」
そして、二言目。相手を傷つけるような、冷めたような目つきを添えて。この時の俺には、彼奴が焦って訂正らしきものをしようとする、動作、表情、言葉の全てが、どれも嫌なものにしか見えなかった。
「え…?」
「朝から変だと思ったんだ、いつもはしねぇ挨拶をして、普通な会話をした。…てっきり、俺らの関係を、お前なりにどうにかしようとしたんだと思った。」
「っ…!」
「でも、忘れてた。お前は俺が嫌いなんだった。」
そうだ、此奴は俺の事が嫌いなんだ。俺も声も、喋り方も、動作も、俺が作った珈琲さえも。そんなやつに、4年前裏切り、今も現在進行形で裏切っている奴に、俺は何浮かれてたんだ。
「…どうせ、今回は俺に難癖つけて、降参させたかったんだろ?それで、俺の方から別れを告げさせようとした、とかか?笑…本当にくだらねぇ…。」
実質、此奴は何も悪くない。何時も通りの気まぐれで、何時も通りに俺に喧嘩を売っただけ。それに対して、何時もとは違うと感じた俺が、何時もとは違う返答をしただけ。
全部、全部俺が悪いのに、本当はここで口をつぐんで、謝るべきなのに。
「ちが…違う…私はっ!!!」
「私…は、…」
「太宰…、手前が俺のことを嫌がらせをするほど嫌いで、憎んでんなら別にそれでもいい」
確かに存在したちょっとのイライラと、本音を、感情にまかれて攻撃的に吐く自分を、止めることはできなかった。 それはとても最低な事だと自覚はしている。
けれど俺は、自分の吐いた言葉で狼狽する彼奴を見て、とても面白いと思ってしまった。彼奴の調子を、自分だけが変えられるのだと思うと、酷く心が弾んでいた。そんな世界一最低な自分が、確かに存在していた。そんな俺のせいで、また、人を傷つけてしまっている。
「だけどな、俺だって黙ってそれを流す程お優しくはねぇ。だからな」
そもそも、俺らの恋は拗れたものだった。7年間の両片思い。そうして実った恋人関係が、片方は浮気、もう片方は恋人を避けるように、仕事に打ち込んだ。初めのうちは、彼奴だって浮気をしていなかったのかも知れない。俺の帰りを待ってくれていたのかも知れない。しかし一方は、やっと付き合えた、大切な人を傷つけるのが怖かった。何時も通りの言葉が、相手を傷つけるかも知れない。そう考えてしまうと、どう接すれば良好に関係を保てるのか、いつもの喧嘩腰はだめ?慣れない優しさを向けてみる?……そうしているうちに、彼奴と会う事が苦痛になってしまった。相手が放つ一言一言に怯えながら、されど怯えている事を隠しながら何時も通りに反応する。そんな事に一生懸命で、彼奴のしたい事とか、恋人らしいことは、ひとつもできなかった。
第一俺は、俺が付き合ったのは、太宰に……
「今まで通り、嫌がらせとして手前と付き合うことをやめてやんねぇ」
違ぇ、本当はこんなこと思ってねぇ、俺は、俺はお前が…
「……ぇ」
「俺が嫌いな相手と付き合うと思ったか?冗談じゃあねぇ…この際だから言っとくが、俺も手前のことが、大嫌い、だ」
俺は、太宰が、太宰のことが好きで、
「…だい、きらい…」
どうしようもないくらい、好きだったのに…
「嗚呼、だから諦め_」
「っ…」
頭の中で、罪悪感と後悔、嫌悪感、その他諸々が俺の中で渦巻き出して、鼓動が激しく鳴る。先程から手の震えは止まらなくて、意識は白く曇ったまま。彼奴に見えないように、じとりと湿った手の平を握って、後ろに隠す。
「あはは……そっかぁ…」
不意に、乾いた声が聞こえた。視線を、彼奴に戻す。
「太宰…?」
太宰は、泣いていた。
「何みてんの“…莫迦狗“…」
泣き慣れていないことを指す、涙を隠す下手くそな演技。頭の中の渦に、贖罪、という感情が追加でドボンと落とされた感触がした。
やっと気がついた。俺が言ってしまったことの残酷さを。それを楽しんでしまっていたことの気持ち悪さを。ズシンと音を立てて、全身に降り注いできた。
「だ、だざ_」
「っ…」
太宰は、自分が泣いていることをやっと自覚したかのように、頬を伝う涙に触れて、俺の顔を一瞥して、一瞬だけ顔を歪めた後、自室へ籠った。
「……なんで俺は何時もこうなんだよ…“」
何時も相手を傷つけてから気づく自分が嫌いだ。そう何度も反芻して、俺は、もう密度が少なくなった広いリビングを後にした。
【 備考 】
中原の心情がコロコロと変わっているようでしたらすみません…。私、衝動的に思いついた要素を詰め込んでしまう癖がありまして…👉👈💦
長いので一旦切りますね(なう/4721文字)💦
読んでくださっている方本当に感謝です…‼︎😭💕
あと2話くらいで完結予定…‼︎
ではまた~‼︎👋💕
コメント
6件
初コメ失礼します。 どちらも素直にられないところが旧双黒らしいですよね!お互い毎回すれ違って本音を言えなくて弱みを隠して、 あぁ両片思いってめんどくさい❕️ 早く付き合え〜って感じがたまらない
お互い素直になれなくて拗れちゃう双黒...正直めっちゃ好きですぅ‼︎😭🫶主様の小説、表現が美しすぎて感情移入しすぎちゃいます🤣続きほんとに楽しみだしこれから読み返してきます❤️🔥✊🏻🔥
切ない😭……けどこういうの大好き💕 中太幸せになって…😢😢