初夏、窓の外からは蝉の声がし、ふと前を見ると黒板に先生が文字を書き起こしていた。俺は学校が嫌いだが世界史の時間は嫌いではない。どちらかというと好きな方だ。自分が生きている現代よりもはるか昔、各国ごとに起こっている出来事は本当に同じ時代で起きていることなのかと思うほど差が激しかった。今、21世紀になればそんなことはほとんどもうないのだが。どのようにしてこの現代までに世界の流れを大抵揃えることが出来たのか、自分で想像するだけでもわくわくできるから興味が湧いたのだ。
俺は世界史の中でもヨーロッパ史のスペインの歴史が好きだ。ヨーロッパ史を初めて授業でやったとき、知ってる、と思った。もちろん授業をしたのは初めてで小さい頃に話されたこともない。ただ、両親がイタリアと日本のハーフなのでヨーロッパ関連なのは微妙に納得する所もある。だが、それでも謎なのはスペイン史だけ異様に得意なことだった。1回授業でやれば満点なんて当たり前のような成績を叩き出している。これは確信ではないが、前世とやらが関わっているのではないか、と思う。俺は全くもって前世だなんて信じないタイプだったが、高校に入って世界史をやり始めてから、夢にイタリア語とスペイン語で何かを話す2人組が出てくるのだ。これが誰かなんて知らないし、声に聞き覚えもない。顔は上手いように隠されており、ぼんやりとした見た目しか分からないが、この2人組のうちの1人、イタリア語を話しているやつは俺の前世のやつなんだと思う。こいつは単体でもよく夢に出てくる。俺に必死になにかを伝えようとしている描写がよく出てくるのだ。その夢を見た日はいつもそのことで頭を悩ませ、1日ぼーっとしてしまう。
今日もその日だった。夢で1人のイタリア人がでてきて俺になにか訴える。俺がそいつの願いを叶えなければきっとあいつはずっと出てくるのだろうと思うが、もちろん俺がどうこうできることではない。
号令の合図と共に授業が終わり、お昼の時間になった。俺は友達がいな、い訳ではないがわざと作らずに1人で食べているんだ。そう、わざと…。今日は夢のことも考えたいし、屋上で食べようかと思い階段を上った。そして屋上の扉を開けると、3人の人物が視界に入ってきた。
「ほらぁ、やっぱみんなこの学校いるんだって!」
「お兄様じゃねえか!1人か??どうせなら俺らと食おーぜ!」
などと話しかけてくるのは一体誰か、オニイサマって誰だ??妙に馴れ馴れしいし、上履きの色的に、、3年か?俺は今年入学したばかりで、クラスの人の名前もよく覚えていないのに3年のことなんぞ知るわけない。まぁとりあえず先輩に話しかけられたんだから一言くらい返して引き返そう、そう思い頭を上げた瞬間、1人の人物と目が合った。
俺、知ってる。こいつのこと。
何故かは分からないけれど、俺の魂がそう言っている。
でも、思い出せない、だれ、誰だっけ……?
一瞬の間に色んなことを考えすぎたのか、頭が急にズキズキと痛みだし床に倒れ込んでしまった。 その時、1人の男が名前を呼んだ。
「ロ、マーノ……?」
ロマーノ?だれだ、それ。
初めて聞いた名前で初めて聞いた声のはずなのに、俺はそのなまえでよんで欲しかったような、そいつにもう一度その名前を呼んで欲しかった、そんな気がした。
そこで俺の意識は飛んだ____。
──ロマーノが倒れたあと。
屋上に残された俺は、名前を呼ぶことしかできなかった。
まさか、こんな形で再会するなんて思ってもみなかった。
あの瞳に、俺のことがまるで映っていないなんて。
パチ、と目を開けると見知った天井が目に入ってきた。保健室か、?なんで俺保健室なんかいるんだっけ、とぼんやり考えていると、右足の方に重みを感じた。なんだ、と思い目線を下の方にやると、ベッドに顔を伏せて眠っている男がいた。俺は驚いて足をビクッと動かしてしまった。その影響でその男がモゾモゾと動きだし、顔を上げた。
「あ、起きたん!?よかったわぁ….もう一生起きないかもて思たんやで?」
心配かけさせんといてやぁ〜と目の前の男はへらへら笑ったのだが、俺は今のセリフで疑問に思うことがあった。
なぜこいつはこんなに馴れ馴れしいのだろうか?え、一応初対面のはず、、だよな?
さっき屋上で初めて会ったはずなのに、やたらと俺の前にいる男は馴れ馴れしく接してきた。大の男嫌いで、かつ人見知りな俺は今すぐにでもこの場を立ち去りたかったが、この状況を説明して欲しくて、狼を目の前にした子羊のように震えながら
「だ、だれですかこのやろー、、。」
と怖いのをごまかすように弱気な声で言った。すると向こうはポカンとした顔をしたかと思いきや、急にドッと笑い出した。
「ちょ、誰かはないでロマ!なんや、屋上の出来事から記憶喪失でもなってもうたん?」
笑いながら目の前の男は答えた。
まず、ロマとは誰なのだろうか、先程言っていたロマーノと同一人物そうではあるが、そんな名前のやつは俺の周りにはいなかった。
「いや、あの、まずロマってだれですか..。」
俺がもう一度尋ねると、相手は何かを察したのかえ、うそほんまに覚えてないん?と焦った顔で俺の肩をがっしりと掴んできた。俺が何を言っているんだろう、と頭を傾げながらも考えていると相手の先程までの優しそうな雰囲気とは一変し、鬼のような目つきになりどんなことをやられるのか、と身構えてみたが相手の攻撃は1発も来ない。あれ、と思いふと前を見ると綺麗なエメラルドグリーンのような瞳が震え、大量の涙を流していることに気づいた。それと同時に俺の肩を掴む力も強くなっていた。
「あ、え、ちょ、いたっ、やめて、やめてくださいっ、」
顔と行動が一致していない相手に動揺しつつも肩が痛いので訴えるが、まるで相手には聞こえてないようだった。ジリジリと距離も縮めてくるし、そろそろやばい、と思った瞬間に保健室の扉が開いた。
「兄ちゃん!!倒れたって聞いたけど本当!?だから無理しないだって言ったの___え、?」
当たり前のように保健室に入ってきて即座に兄のいる元へかけよってきたフェリシアーノ、が見た光景は実の兄がベッドの上で輩に詰め寄られており、目の上には今にも落ちそうな雫が溜められているところだった。フェリシアーノは自分の兄が襲われそうになっていると思ったのかロヴィーノを掴んでいた両腕のうちの左腕を掴んだ。
「ねぇ、俺の兄ちゃんになにしてるの?例え先輩だとしても許せないんですけど」
とにっこりとした表情で呟いた。
バカ弟の一言でやっと我に返ったのか、相手の力が緩み急いでパッと後ろを振り返った。か、堪忍な!わざとちゃうねんっ、、!といい肩を離してくれた。ほっとしてフェリシアーノの方を見ると、2人の目が合わさったことに気づいた。
すると次の瞬間、バカ弟はあ、アントーニョ兄ちゃん、?と震える声で呟いた。その言葉にアントーニョ??という奴も震えながらフェ、フェリちゃんやんな、?といい始めた。どうやら2人は知り合いだったようだ。
俺が知らない間にまたあのバカ弟のやつは新しい友達作ってたんだ…。ちくしょー、なんであいつばっか友達ができんだよ、とのんきに考えていたからかアントーニョの視線がこちらに向いていたことに気づかなかった。
先程まで肩を掴まれていた相手にじっと見られると誰しも緊張くらいするだろう。俺が固まっていると、バカ弟が間に入ってきてくれた。正直ホッとした。
「アントーニョ兄ちゃん、向こうで話さなきゃいけないことがあるんだ。大抵は…わかると思うんだけど。」
フェリシアーノが深刻そうな顔をしていった。なぜかその顔は少し寂しそうに見えなくもなかった。その言葉にアントーニョというやつはわかったと言って、2人で保健室を出ていった。少しは俺に一言くらいかけてくれてもいいんじゃないか?そんなフル無視されても嬉しくねえぞ、、。
「フェリちゃ、いや、イタちゃん。何が起こっとるの?」
「….この世界に来てから、兄ちゃんの様子がおかしいんだ。」
おかしな、こと?とアントーニョ__スペインが言うと、フェリシアーノはこくりと頷きそのときあった出来事を黙々と話し始めた。
「あれはね、こっちの世界に来てすぐのときだったと思う。みんなのいえが近所になって兄弟がいる人達は兄弟と一緒に住み始めた時。俺はこの世界に来た時から当たり前だけど前の世界の記憶はあったし、きっと兄ちゃんもあると思ってたんだ______。でも、違った。」
イタリアのその一言に、スペインの背筋が凍った。ま、まさかとスペインが言うとイタリアはうん、そのまさかだよと言って話を続けた。
「兄ちゃんは、この世界に来てから、前の世界の記憶がないんだ。俺がこの世界に来てから兄ちゃんに話しかけても、何言ってんだよ俺は生まれた時からロヴィーノ・ヴァルガスだ、ロマーノなんて名前じゃねえ、って…..。」
いつもニコニコ笑っていて周りにいる誰もを笑顔にしてくれるような子が、通常の笑顔は一切見せず、とても苦しそうに顔を強ばらせながらも話をしてくれた。この世界にきて1週間のことを。
俺が世界一大事に可愛がりながら育てた元子分、今では世界一愛おしくて可愛らしい子に育ち、俺の恋人である。
そんなロマーノに前の世界の記憶がないというのだ。その話を聞いた時、頭が真っ白になった。どうすればいい、どうしたら俺のことを思い出してくれるのだろうか、どうしたら、どうしたらまた___俺にあの笑顔を見せてくれるのだろうか。イタちゃんに話を聞いたあとはちょお用事思い出したわ、と嘘をついてすぐさま家に帰った。どうやって帰ったのかなんぞ覚えていない。ただ、これ以上あの場に居て正常を保てる自信がなかった。そして、あの子の頭の中に俺のことが記憶されていないことが嫌だった。
あの子の瞳にまたあんな写り方をするなんて、考えてもいなかった。見知らぬ人にまた支配される、またなにか乱暴されるのではないかと怯えながら生きていた頃と同じ瞳だった。
どないしたらええんよ、とポツリと呟いた瞬間、ポケットに入れてあった自身の携帯がブーッ、ブーッと振動し始めた。
誰や、と思いながら携帯の画面を見ると今1番声も顔も見たくない相手からだった。イラッとして切ってやろうか、と思った時ふと思い出した。そういえば、こいつの魔法とやらでこの世界に来たのではなかっただろうか。
つまり、こいつに言ったら問題も解決するのではと思い10コール目ほどで電話に出た。
「Hola! ちょうどお前に聞きたいことあったんや、ナイスタイミングやで!!」
「Hello. 俺がかけてやったんだからありがたく思えよトマト野郎。と、そんな事はどうでもいいんだ。電話で言うのもあれだから、今から会えないか。」
まさか向こうから誘ってくるとは思ってなかったが、自分もそのつもりだったし即OKした。そして指定された場所に着いた。少し早く来すぎただろうか、電話の相手__イギリスはまだおらず、先にコーヒーだけ頼むことにした。
数十分後、やっと現れた。紳士としての対応は人を待たすことが最適なのか??というほど謝りもしずにそれじゃあ始めようか、と話を進め始めた。こういう自分勝手な所が昔から苦手だ。
「で、本題入らせてもらうけど,,,今回の元凶はおまえやろ、絶対に。」
「…..なんとも言えないな。」
そんな曖昧なことあるかと胸ぐらを掴むために立ち上がろうとしたが、この世界は“いつもの”世界じゃない、と思い出し咄嗟にやめた。
向こうはこちらが殴りかかってこないことを確認した後に続きを話し出した。
イギリスが言うには、自分の知り合いの妖精さん??(頭沸いとんのちゃうかこいつ)がロマーノにだけこの世界にくるときに記憶をなくすという魔法を追加でかけてしまったらしい。
なんでうちのロマがお前らなんかの被害者にならなかんねんと思う気持ちは山々だったが、今は冷静に対処するしかない。自分に最良の答えが返ってくることを願い、恐る恐る訪ねた。
「…それは治るんやろな?」
「治るには治る、だが治すには“きっかけ”が必要なんだ。」
「きっかけ….?」
「あぁ、前の世界で強く結ばれていた“想い”をもう一度感じた時、記憶は戻るかもしれない。」
スペインはその言葉を聞いて、胸の奥がチクリと痛んだ。
あの笑顔、あの声、あの温もり、全部、もう一度戻せるのなら、もう一度俺に向けてくれるなら_____。
「….もう一度、恋させたる。あの子に、俺を。」
そう呟いた瞬間、先程までは雲で覆われていた夜空が、キラキラと光る満月を現してこちらを見ていた。
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最近、気になる先輩がいる。そう、あの屋上で会った3年のアントーニョ先輩だ。なぜ気になるのかは自分でもわからない。
ただ、あの人の言葉に反応できなかった自分を見て絶望に追いやられた顔をしていたのが忘れられない。それと、あの人が言っていた“ロマーノ”という名前も__。
話したいこともあるし、同じ学校だからきっとまた会うだろうと思い期待していたがびっくりするほどに会わない。たしかに学年は違うが塔は同じだし会ってもおかしくないよな、と教室で頭の中をぐるぐる回転させながら考え事をしていると後ろからトントン、と優しく肩をたたかれた。
コメント
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ひゃぁ…神ですね????