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「今週の土曜にフェアで歩くんだろ?ドレス決まった?」
「あっ、そうだった!初めてあのチャペルでのお嫁ちゃん役なんです」
「お嫁ちゃん……」
麻耶の言葉に芳也はクスクス笑って、言葉を繰り返した。
「スタッフの間では嫁ちゃん役って言うんですよ」
「ふーん」
「ドレス決まりましたよ。せっかくのバージンロードが映えるようにってトレーンの、あっ、ドレスの後ろの裾です!」
「それぐらい知ってるよ。お前、自分の会社の社長なんだと思ってるんだ?」
呆れたように言われて、麻耶はペロッと舌を出すと、「そうですよね」と笑った。
「トレーンがすごく長くて、きれいなバラモチーフのロングベールなんです。少し可愛らしいプリンセスラインのドレスだから、子供に見えないか心配ですけど……」
「やっぱり何度着てもドレスはテンション上がるのか?」
「上がりますよ。だってドレス好きですから。キレイだし、夢があるし。まあ婚期は遅れるのかもしれないですけど……。でもいいんです! 少し遅れても! その頃にはきっともう少しは大人っぽくなって、私の着たいAラインのドレスが似合うようになる予定なので」
気合を入れるように言った麻耶を、芳也はじっと見た。
「そのセリフは忘れろ。まあ、でも好きなドレスが似合う女になれるように頑張れよ」
クスリと笑って言った芳也は、急に真顔になって言葉を続けた。
「でも……この業界にいると、いろいろ現実も見るし、幻滅した部分もあるんじゃないか?」
真剣な芳也の表情に、麻耶はその言葉の意味を考えた。
「社長……なんか昇給の面接みたいですよ。でも、そうですね……。初めは本当に夢いっぱいでしたよ。人気のある業種だし、合格もらった時は嬉しかったです」
言葉を選ぶように言った麻耶の言葉を、芳也も黙って聞いていた。
「確かに一年目の時は、理想と現実の狭間で苦しいこともありましたよ。ただ、“おふたりと夢を叶えたい!”とか正義感に燃えていたし。でも、当たり前ですけど、仕事だし、商売だし、利益を上げないと意味のないことも理解したし、夫婦になるはずなのにケンカしたり、浮気したりでダメになる人たちもたくさん見ました……。でも、やっぱり今もこの仕事が好きですよ。本当に愛する人との大切な儀式のお手伝いって、最高に素敵です」
ニコリと笑った麻耶に、芳也はホッとした表情を見せた。
「社長?」
「また社長になってるぞ」
(今までも社長だったのに……)
「あ……芳也さん? 芳也さんはどうしてこの業界を?」
何気なく聞いた麻耶だったが、芳也が黙り込んだのを見て慌てて、「言いたくないならいいです!」とブンブンと首を振った。
「いや……」
いつの間にか食事も終わり、芳也は席を立つと、いつものようにウイスキーをグラスに入れて持ってきた。
カランと氷の音が響いた。
「贖罪……かな」
ぼそりと言った芳也の言葉を麻耶は聞き返したが、もう一度聞くことはできなかった。
(贖罪? 誰に何を謝らなければいけないの?)
麻耶はなんとなく言われたその言葉が、胸に引っかかった。
「片付けちゃいますね」
それ以上芳也が何も言わないことがわかり、麻耶は立ち上がると皿を運び出した。
「俺もやるよ」
「大丈夫です! 社長はお疲れです!」
「お前だってだろ?」
「まあ……」
その返事を聞くか聞かないかのうちに、芳也は自分の皿を持って立ち上がると、キッチンのシンクに立った。
「でも……食洗機に入れるだけですし、これぐらいやらないと置いてもらっているんだし、名目をください」
しょんぼりとして言った麻耶に、「ありがとう」と言うと、芳也はウィスキーを持ってリビングへと戻っていった。
(本当に調子の狂う人だな……)
麻耶はため息をつくと、食器に手をかけた。
OPENまで1か月となった土曜日、模擬挙式のため、麻耶は早出だった。
簡単に梅干しのおにぎりとみそ汁を作ると、ラップをかけてテーブルに置き、時計に目を向けると6時を回っていた。
(やばい! 今日は7時30分入りなのに!)
急いで自分のおにぎりをキッチンに立ったまま食べていると、
「座って食べろよ」
と後ろから声が聞こえた。
その声に、変な場所にご飯が入り、麻耶はせき込んだ。
「ゴホッ……おは……よう」
「おい……」
呆れたように、背中を叩かれて麻耶の目の前にミネラルウォーターが差し出された。
慌ててそれを受け取ると、一気に飲み干して麻耶は一息ついた。
「はー。ありがとうございます」
「大丈夫か?」
「はい」
大きく息を吐くと、麻耶は照れたように笑って、持っていたおにぎりを口に入れた。
「お前……」
「だって、時間ないんですもん。あっ! 社長、簡単ですみません! おにぎりとお味噌汁食べてくださいね!」
それだけ言うと、簡単に茶碗を洗い、麻耶は自分の部屋へと向かった。
「そういえば今日か? なんだっけ? お前の嫁ちゃん役?」
「そうです! そうです」
「俺も今日そのフェア行くから、楽しみにしてるよ」
ニヤリと口角を上げた芳也に、麻耶は心底嫌そうな顔をした。
「いいですよ……見なくて。どうせ色気もなければ、キレイでもないですよ」
そう言うと、麻耶は自分の部屋へと急いだ。
麻耶はいそいそと支度をして、リビングでコーヒーを飲んでいる芳也をチラリと見た。
「社長……じゃあ、先行きますね」
「ああ、俺ももうすぐ出るよ」
大きな窓の外の真っ青な空をバックに、にこやかに微笑んだ芳也を、麻耶はぼうっと見ていた。
(本当に何でこんなに様になるの? この人……)
「俺に見惚れた?」
ニヤリと笑った芳也に、ハッとして、
「そうですね! 無駄にかっこいいですよ! 行ってきます!」
「ああ、がんばれよ」
クスクスと笑いながら言った芳也の声を聞きながら、麻耶はまだ早いマンションのエレベーターへと乗り込んだ。
「本当にもう……すぐにからかうんだから」
呟くように言って、降りていく階数の数字を見ていると、12階で止まったため慌てて麻耶は表情を戻して俯いた。
「水崎さん?」
その声に麻耶はドキッとして、ゆっくりと顔を上げた。
「え……館長?」
そこにいたのは紛れもなく始だった。
「ああ……」
なぜかそう呟いて納得したように、始は麻耶を見た。
「水崎さんも今から出勤ですか?」
「は……い……」
麻耶は今の「ああ」に何が含まれているのかわからず、黙り込んだ。
地下1階のボタンを始は押すと、ジッと麻耶を見た。
(なに? この視線……。そうだよね。私ごときがこんなところに住めるわけないし……怖いよ。何を考えているんだろ……)
ゴクリと唾液を飲み込むと、早く1階へ着くことだけを祈って麻耶は黙っていた。
ポンという機械音と共にドアが開くと、「失礼します」とぺこりと頭を下げて、逃げるように外に出た。
「ふーん」
後ろから聞こえたその声に、麻耶はゾッと背筋が凍った。
(社長と館長の関係って……館長もあまり遠慮のない言い方をしてたし……。怪しまれたかな……。いや、怪しまれていたとしても、だから私にどうしろと?)
最後に聞いた「ふーん」という言葉に何が含まれるのかは分からなかったが、麻耶はとりあえず自分から何か言うこともできないしと頭を切り替えて会社へと急いだ。
「おはようございます」
麻耶はコートを脱ぐと、指定されたブライズルームに入ってヘアメイクの神谷を見た。
「おはよう。麻耶ちゃん。寒いわね」
「はい! 本当に。今日は一段と冷えますね……」
麻耶も温かい部屋に入り、ホッと一息ついた。
「じゃあ早速支度を始めようね」
手早く髪型、メイク、ドレスと着付けてもらい、麻耶も自分自身の何度目かのドレス姿を眺めた。
「うん。可愛いわよ」
神谷の声に、「綺麗になりたいです……私」ぼそりと呟いた麻耶に、
「あらあら、どうしたの?」
「なんか色気が無いって言われて……」
「え?今更?麻耶ちゃん、もう長く付き合ってなかった?」
キョトンとした神谷の声に、麻耶は苦笑いをすると、
「別れました……」
「あら、それは……」
神谷も申し訳なさそうな顔をして、麻耶の頭上にティアラを乗せた。
「いえ、それはもういいんですけど……」
「いいの?」
麻耶は自分の言った言葉に唖然とした。
確かにすごく悲しかったかと言われたらわからないが、確かに基樹と別れて傷ついていたはずだった。
しかし、今考えることは仕事と、芳也の事ばかり。
(いやだ……。私なんで? 別に社長に色気が無いって言われたからって気にすることないのに。社長みたいな人に好意を持ったら地獄を見るのは自分だよ)
少しよぎったこの感情を、慌てて麻耶は拭い去ると、今日のフェアの事に頭を切り替えた。
「ああ、もともとうまくいってなかったので。それより今日は何組ぐらいの見学ですかね?」
「じゃあ、色気が無いって言った人は……」
「神谷さん!それは別になんでもない人です!」
慌てて言った麻耶に、もうすでに結婚をしている神谷は余裕たっぷりに、
「いいじゃない。前向きになることはいいことよ。色気は恋愛で増えるんだからね。じゃんじゃん恋愛しなきゃ」
「神谷さん、いじめないでくださいよ」
泣きそうになりながら言った麻耶の腕に、グローブをはめながら神谷はニコリと笑った。
「さあ、寒いからケープしなきゃね」
「本当ですよ〜。本当の式より待機時間長いですしね」
チャペルまではもちろん館内を通っていけるが、途中からは外だ。雨除けの屋根はあるものの、もろに外気に触れる。
ケープと言っても、肩にかかる程度のものだし、2月の初めは随分と寒い。
麻耶はドレスの裾を持って、廊下から外へと出た。
「さむっ!」
つい声が出てしまい、慌てて口を閉じた。
後ろでドレスの裾を持っていた神谷も、「寒いよ。ほら、雪が降りそうだもの」と空を見上げた。
「本当だ……降りそうですね」
チャペルと空を見上げると、ちょうどチラチラと雪が舞ってきた。
「でもキレイですね……」
麻耶はじっと空から降る雪と、チャペルを見上げた。
「うん、でも風邪ひいちゃう。早く行こう」
暖房の効いた前室(控室)に麻耶は入ると、フッと息を吐いた。
「お疲れさま」
先に来ていた新郎役と両親役のスタッフと挨拶をすると、麻耶もじっと待機した。
インカムの指示で新郎が先に入場し、そのあと「さあ、いきましょう」の合図で、麻耶はゆっくりと外で待機する。
何度やってもドキドキする瞬間だ。
寒さもこの時は感じないほど、厳粛な雰囲気が模擬挙式ながら感じられる。
本番さながらに行われるこの模擬挙式。今からまっすぐと新郎の元に向かう。
式も滞りなく行われ、拍手のなか新郎と共に退場して、扉が閉まったことを確認して麻耶は大きく息を吐いた。
「やっぱり緊張しました」
「お疲れ様。さあ、まだ仕事はあるわよ」
神谷の声に、麻耶もまた前室へと向かった。
最後は、見学者全員が階段に立ち、フラワーシャワーを行う。そしてここからが本番とは違い、長いところだ。
見学者はこの後、チャペルを見たり、スタッフに質問したりする。
その間、新郎新婦のタキシード、ドレスを見せるため、新郎新婦役はチャペルの外で立たなければならない。
もちろん、本当の式ではケープをするが、模擬挙式では使用しない。
つまり、この雪の降る中、肩を出してドレス一枚で外にいなければならない。
これを午前と午後、2回行う。
(さあ、笑って行かなきゃ)
麻耶は気合を入れると、チャペル内に新郎とスタンバイしてドアが開くのを待った。
今日の新郎役はキッチンで働く22歳の男の子だ。かわいらしいクリッとした男の子だ。
ドアが開いて、にこやかに腕を組んで階段を下りると、舞い降りる雪と、色とりどりの花が頭上から舞う。
見ていた見学者からも、「綺麗!」「かわいい!」「素敵!」と声が聞こえ、麻耶も安堵した。
「これで模擬挙式を終了いたします」
そのアナウンスで、わらわらと見学に来ていた人々がチャペルを見たり、麻耶の元に来てドレスを見たりし始めた。
にこやかに笑顔を向けている向こうで、芳也と始と数人のスタッフがいることに気づいた。
芳也は始たちに今日見た問題点などを話しているのだろうか、真面目な顔つきで指示を出しているようだった。
そんな芳也の真面目な顔を初めて見た気がして、麻耶は遠くの芳也に意識を持っていかれていた。
「麻耶ちゃん? 大丈夫? 寒い?」
ちょうど誰もいない時だったため、ぼんやりとしているように映ったのか、神谷が声を掛けた。
「え? ああ、大丈夫です。もちろん寒いですけど」
「そうよね。もう終わるわよ」
「では、皆様この後は披露宴会場へ……」とのアナウンスで、一気にチャペル前は静かになった。
「お疲れ様〜」
その声に、そこにいたスタッフも片付けなどに入った。
「あっ、社長! お疲れ様です」
向こうから歩いてきた芳也の姿に、一気に空気が張り詰めて、麻耶は芳也を見た。
「寒い中お疲れ様」
そう言ってにこやかに言った芳也の言葉に、まわりのスタッフもお辞儀をするとまた仕事に戻った。
(やっぱり社長なんだよね……)
その様子をなんとなく見ていた麻耶は、神谷の言葉でハッとした。
「麻耶ちゃん、風邪ひいちゃう。行こうか」
その言葉に、麻耶も芳也に会釈するとドレスの裾を持った。
しかし、少し芳也がいじわるく笑ったように見えて、麻耶は持っていたブーケを胸元に上げた。
「馬子にも衣装だな」
小さく言われた言葉に、麻耶は一瞬芳也を睨みつけた。
後ろでも笑う様子がわかり、麻耶はムッとした。
(前言撤回!! 本当にムカつく!)
「社長?」
不思議そうに声を掛けられている芳也が、「なんでもないよ」と答えているのが後ろから聞こえた。
午後も同じように模擬挙式をこなし、もう上がれる時間だったが、フェアに来ていた人の接客が足りておらず、着替えると急いでまた式の案内へと向かった。
1時間ほどで接客も終わり、事務所に戻ると麻耶は席につき大きく息を吐いた。