テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
安倍晴明
「……問題はなさそうか」
私はモリから場所を聞き、兄者が穢悪を祓ったという現場に訪れていた。
あの不逞の輩がすることだ。裏に企みがあってはいけないと用心したが、さすがにそこまではなさそうだ。
と、なると、狙いは私との接触かもしれない。面倒くさいな。
息をついて振り返ると、射し込む陽に目を細める。
陽光に照らされ埃っぽい都大路には、今日も人の群れがひしめいていた。どこぞの貴族の牛車に、座り込み飯を乞う者、ふざけあう稚児、笑い合う男たちに、歓談にふける女たち。鬼女たちが守った平和の恩恵、浅ましい人間たちの塊。
――反吐が出るな。
人混みに嫌気が差し、私は都大路を外れて、東の入り組んだ路地へと回り込んだ。少し行くと次第に人もまばらになり、さらに進むと無人の薄暗い通りに行き当たる。これで人心地がつけたが……。
「いい身なりしてんじゃねえか」
うしろから不意に野太い声をかけられた。同時に前からも風体の良くない男が二人。私を挟むように荒ら屋の陰から顔を出してくる。
――この辺りの治安も荒んだものだ。
それほど大内裏の権威も失墜してきたのだろう。ざまあないな。
「勘弁してくれ。人と会う。面倒はごめんだ」
私の言葉に、男は下卑た笑みを口角に浮かべた。
「はっ、お役人かい? 面倒なんて起こりゃしねえ。すぐ楽にしてやるからよ、ちょっと付いてきな」
「――いや、ではここでいい」
「あ?」
「安心しろ、ゴミども。拳は使わない。触穢となるからな」
答えると同時に私は足下に落ちていた小枝を拾い、まずうしろで刃物を突きつける男の左腕を殴打した。
男は膝をついて刃物と落とす。頭がちょうどいい高さにきたので、もう一発、横殴りにこめかみを打つと、その男は声も立てずに地面に沈んだ。
「なにしたんだ、この野郎!」
前面に立つ仲間がいきり立つ。武器はないようだが……。
「あまり喋りかけるな。穢れがうつる」
「――お高くとまりやがって、クソがぁ!」
怒声が響く無人の路。掴みかかってくる男たちが二人。私はうしろに跳ぶと小枝に呪を込め直し、近い順から一発ずつ打擲した。
一人の鎖骨を折り、手を砕く。そしてもう一人の方のあばらを何本か砕いた。と、男は悲しい呻きを残してその場に崩れる。手を砕いた男は涙を浮かべ、躊躇も見せず振り返って逃げていった。
「仲間を捨てるか。さすがは人間だな」
私は倒れた男を見下す。
「浅ましく、利己的で、哀れだ。人という種はどこまでも落胆させてくれる」
「か、勘弁して、勘弁……」
「お前の仲間はさっき、そう言った私になんと答えた?」
言い捨て、私は小枝を振りかぶる。しかし――
「やめとけ。殺しちまうぞ」
振り上げた手首を掴まれ、すぐ真後ろから低い声を押し付けられた。
――保憲。やはり、つけていたか。
「……珍しい。兄者が人間に情をかけるとは」
「死体なんざ、目の穢れになるからなぁ」
保憲は鼻で笑って私の手を放した。
助けが入った。そう思ったのだろう。倒れていた男は虫のように這いながら立ち上がり、背中を丸めて駆けだしていった。二度も三度もこちらを振り返りながら。
「朔」
男の背中を目で追いながら、保憲はその名を呼ぶ。
――朔……。あの鬼女か。
私は視線を落とし、保憲の影に視線を走らせる。
陽が作り出す濃い彼の影からは、水面に浮くがごとく鬼女の肩から上が現れ、保憲に指示を待つ目を向けていた。
影に潜む呪を持つ鬼女。確か影縛りも使えたはずだ。こんな男の式神にしておくのはもったいないな。
「そこに寝てる男と逃げた男。始末しとけ」
「御意に」
朔は返事を残すと、再び深い水に潜るように影の中へと沈んでいく。地面に転がる男も共に引きずり込んで。
「死体は鳥辺野にでも放っとけよ。都には放置すんな」
保憲は指示だけ残し、私に目を向ける。反応を楽しんでいるのか? 相変わらず実に人間らしい不快な男だ。
「なにか言いたいか、晴明」
「……さっきの者にかけた情はどこへ?」
「お前は分かってるだろ? クソにかける情なんかムダだ。汚れ仕事は鬼女にさせりゃいい。俺たちが穢れる必要はない」
「なるほど。虫酸が走るいいお考えです。善き人ですね、あなたは」
「はは。鬼女への情けは相変わらずか」
片頬で笑みを浮かべる保憲。私と一部で考えが合致する反吐の出る男。
「――で、兄者。私をおびき出してなんの御用が? あなたに関わっているほど暇ではないのですが」
「相も変わらず可愛げのない野郎だ。お前の鬼女を助けてやったのは本当なんだからよ。少し付き合ってくれてもバチは当たらんと思うがな」
「その節は夜火がお世話になったようで。さっさと御用を」
「――夜火を寄越せ」
保憲は笑みを消さずに切り込んできた。私は返事をせずに彼を見返し反応を待つ。
「晴明よ、活きがいいのを手に入れたなぁ。前に噂にあった四条の鬼女だろ? まだ不安定だが、ありゃあたぶんホンモノを飼ってるぜ。気に入ったよ」
「気に入った? それは式神としてですか? それとも――」
「どっちの意味でもだ」
保憲が笑みを消したとき、遠くから男の悲鳴が聞こえた。朔は影を渡って移動できる。向こうで保憲の命令を果たしたのだろう。
「――お前が夜火を寄越すなら、こっちは朔を出してもいい。損な交換じゃないだろ」
「なるほど、確かに」
損得の算木なら私が得をする。少なくともいまは。
「……しかしお断りします。傲慢な上に性根のねじ曲がった人間に妻を差し出す愚を誰が犯しますか」
「お前に言われちまうとは参ったね。だがまあ、そう来るとは思ったよ」
「御用を終えたのであれば、私はこれで……」
「だが、夜火の意思が俺に向けばどうする?」
「……そのときはお好きに。自分の心に従うよう伝えていますので。私は妻たちの人を見る目を信じています」
「では人妻を口説き落とすとするかな。飼い主の許しは得た」
「言っておきますが」
視線で保憲を鞭打ち、私は口を開く。
「夜火だけではない。妻たちになにか危害を加えるようなことがあれば、私はまずあなたを殺しにいきます。比喩や例えではなく、そのままの意味で。ゆめゆめお忘れなきよう」
「物騒なもの言いだねえ。相棒に対する言葉かよ」
「…………」
「忘れんなよ。俺たちの謀を。鬼女なんかその道具に過ぎん」
「――覚えてなければ、あなたなとこうして会ってはいないでしょう」
「ならいい」
保憲は踵を返し、私に背中を見せた。
「ことを為すその日までは相棒だ、晴明」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!