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夏目莉央
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131
くま🐻☁️
12
「私もアジアからヨーロッパまで、世界の文化を見て回りました。この団体なら知り合いがたくさんいますから、僕が推薦状を書けば確実に通ります」
朝倉くんは自信を持って言い切った。
「李人を優遇しないで。見合った実力がないとダメだわ」
私はすぐに釘を刺した。
朝倉くんが私たちのために力を貸してくれるのはありがたい。でも、私が欲しいのは誰かのコネで手に入れた留学ではない。
「実力ですか。では、李人くんは在学中に賞を取ったことはありますか?」
「実は……建設会社が主催した公開コンペで、優秀賞をもらったことがある」
「そうなの?」
初耳だった。
「成績だって常に上位だよ。それに、心身鍛錬のために毎年、富士山登山をしてきました」
「ええ、知っています……」
朝倉くんが、ふっと優しく笑った。
「「知ってるの?」」
李人と私の声が綺麗に重なる。
朝倉くんは少しだけ目を細めた。
「かつて僕も、富士登山に挑戦した一人なのでね」
そう言って、どこか懐かしそうにはにかむ。
その笑顔は、普段の余裕たっぷりなものとは少し違って見えた。
もしかすると、朝倉くんにも私たちの知らない過去がたくさんあるのかもしれない。
「李人くんは、推薦するにふさわしい経歴です」
朝倉くんの表情が変わった。
「しかし、旅行気分では中身がないと見抜かれ、相手にされません。常に自分から学ぼうとする貪欲さが必要です」
さっきまでの柔らかな笑顔は消えている。
李人を見定めるような鋭い目だった。
「その決意は、本物なんですね?」
「もちろんです!」
李人も真っすぐに朝倉くんを見返した。
「姉さんに反対されても、海外に行って勉強するって覚悟を決めていたんだ。その証拠に、パスポートの申請だって、もう手続きが済んでいるんだから!」
「ええ? いつの間に申請していたのよ」
私は思わず声を上げた。
李人は照れくさそうに笑った。
「姉さんに言ったら、絶対に反対すると思ったから」
「……もう」
そこまで準備を進めていたなんて、私はまったく知らなかった。
でも、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にあった迷いが少しだけ軽くなった。
李人の決意は、本物なのだ。
「素晴らしい心構えです」
朝倉くんは満足そうに頷いた。
「では、僕のネットワークを最大限に利用しましょう。巨匠やベテランだけでなく、気鋭の建築家にも会いに行きなさい」
その声には、仕事のときと同じ熱がこもっていた。
「歴史的建築物はもちろん、世界には、あっと驚かされる商業施設、集合住宅、美術館もある。すべてを李人くんの若くて柔軟な精神で吸収してくるのです」
「はい!」
李人の目が輝いている。
朝倉くんの表情も、生き生きとしていた。
自信と打算を武器に、ビジネスを成功させる男。
そんな彼の横顔は、昨晩、私を優しく抱きしめてくれた男性とは別人のようだった。
歳の差なんて感じさせない。
私は思わず、そんな朝倉くんに見惚れてしまった。
「はい! 頑張って勉強してきます」
李人が嬉しそうに笑う。
「姉さん以外で、僕を理解してくれる人は朝倉さんが初めてです。とても心強いです」
うっすらと頬を染めている。相当嬉しいのだろう。
「ええ。李人くんは瞳子さんの弟さんですから、相性が合うに決まっていますよ」
朝倉くんまで、嬉しそうに笑った。
(この二人、茄子と油のように親和性が高すぎる!)
私が入り込む隙間が、どんどん狭くなっている気がする。
「水を差すようで悪いけど……」
私は現実に引き戻すように口を挟んだ。
「資金が不足しているから、すぐには無理よ?」
李人の背中を押すことは決めた。でも、無い袖は振れない。
留学費用三百万円。
夢だけではどうにもならない現実がある。
「あー……そうだったね」
李人のテンションが、一気に下がった。
さっきまで輝いていた目が伏せられる。
悲しませてしまうのは辛い。
けれど、こればかりは仕方がない。
「……李人くん。一つ、お願いがあります」
それまで黙っていた朝倉くんが、明るい表情を浮かべた。
「李人くんの留学期間中、部屋を僕に有償で貸してくれませんか? その費用を留学費に充ててください」
「それはダメよ。資金は二人で貯めるわ」
私は即座に答えた。
そういうところは律儀な李人だから、きっと同じように断ると思った。
なのに。
「いい案だね!」
李人がぱっと顔を上げた。
「二人は結婚するんだから、ちょうどいいね!」
しかも拍手までしている。
「李人まで……」
「これは、みんながハッピーになれる最良の計画です!」
朝倉くんが右の人差し指を立て、最上級の笑みを浮かべた。
結婚を前向きに検討している。
ただ、それだけでも私はまだ戸惑っているのに。
気づけば同居まで成立しようとしている。
(やっぱり私、この早すぎる展開についていけない……)
私は二人を交互に見た。
すると、胸の奥に再び小さな違和感が湧いてくる。
「朝倉くんを疑うわけではないけど……」
私は慎重に言葉を選んだ。
「昨日の契約や李人の留学といい、あなたに関係する人物や団体が、立て続けに出てくるのは少し不自然だわ」
なにか裏で工作していない?
そんな目で朝倉くんを見つめる。
けれど彼は、少しも動揺しなかった。
「それは当然です」
「当然?」
「瞳子さんと李人くんにプラスになるなら、喜んで自分の持っているカードを切りますよ」
「そういうことではなくて……」
私は小さくため息をついた。
「私との結婚の外堀を埋められている気がするってことよ」
「瞳子さんとは、こうなる運命だったんです」
朝倉くんは迷いなく答えた。
「不安なら、僕がしっかり支えますので安心してください」
「うわー、ロマンスの定めってやつだね!」
李人がまた頬を染めて感動している。
「李人まで、煽らないでよ……」
そんな私の抗議をよそに、ラウンジのスタッフがガレットデロワを運んできた。
「わあ!」
李人の顔が輝く。
「縁起のいいガレットデロワを食べて、幸せを呼び込もう!」
「婚約にふさわしいスイーツです。ついでに桜茶も頼んでしまいましょう」
「賛成!」
二人は楽しそうにガレットデロワを食べ始めた。
朝倉くんだけでも勝てる気がしないのに、この二人にタッグを組まれたら、私は完全に飲み込まれてしまう。
そして私の逃げ道が、ひとつ、またひとつと埋められていくような気分になる。
私は二人の間に入ることを諦め、フォークを手に取った。
切り分けたデロワを口に運ぶ。
アーモンドペーストの上品な甘さと、サクサクとしたパイ生地の相性が最高だ。
その味わいに、思わず頬が緩む。
(まるで、この二人みたい)
甘くて、相性がよくて、私一人ではとても太刀打ちできない。
それにしても、朝倉くんはなぜそこまで私がいいのだろう。
私は一体、どうやって彼をトリコにしたのだろう。
考えてみても、答えは出ない。
でも──そんなことは、もうどうでもよくなってきた。
目の前の二人が、本当の兄弟のように並んで笑っている。
その光景を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
私は妙に嬉しくなって、もう一口、ガレットデロワを口に運んだ。
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