ある日。海が降ってきた。
いや、正確にはーーーーーー
「おいっ、天津が波に飲まれたぞッ!」
「うるせぇよ。そんな慌てんなって、あいつのことだ。すぐ帰ってくるだろ。それにあの程度、大したことねーだろ。」
「お前な……。あいつリハビリ終わったばっかで体弱いんだろ?あの程度でもやばいんじゃね?随分信用あるんだな。さすが幼馴染。」
「うるせぇ。俺は別に幼馴染だからって慧也に対して気にかけてるわけじゃねぇ。それにリハビリが終わったってことはこれぐらい大丈夫になったってことだろ。」
「でもよ……。ある程度リハビリも終わって、慧也が試しに泳ぎたいって言ったから、皆で海に来たのに。慧也、本当はリハビリの成果を見るためじゃなくて、お前と海に来て遊びたかったんじゃねーか?なのに海に入らないとか、鈍感すぎだろ。」
「あ?」
「ひぃ!相変わらずこっわ!」
天津慧也。あいつは中学の時、トラックに轢かれそうになった親友の綾坂遥斗を庇い、全身打撲、両足骨折、片腕の脱臼、脳挫傷などの重症を負った。それの後遺症で、走ったり、過度な運動は出来なくなり、もともと大会系だったが、好きだったサッカーはやめざるおえなくなった。遥斗は自分のせいで慧也の人生を狂わせたと思い、自分を追い詰めていた。
「ねぇねぇはるちゃん!」
「どうした?」
「今度サッカーの試合、見に行かない?」
「え?あ、いいよ。お前本当にサッカー好きだな。」
「サッカーするのも見るのも僕は好きだよ」
「良かったな。好きなことがあって」
「はるちゃんだって運動神経いいじゃん!別にサッカーくらい余裕で出来ちゃうでしょ!羨まし〜!」
「出来るのと好きかどうかはちげー「はるちゃん危ないッ!」
キキーーーーーーーーーーー
「………は、るちゃ、………ん…」
「慧也!慧也!慧也!慧也!
おい!いかないでくれ!死ぬな!なぁ!おい!」
「ふふ……は、るちゃん、が、無事、で、よかっ…たぁ……」
「そんな!これから死ぬみたいに云うなよ!なぁ!
あぁ…ァァァァァァァァ!!!!!
クソっなんでこんな!俺のせいで!」
あの日を思い出す。
あれから4年。俺らは高2。
慧也が死んじまうかもしれない、俺のそばから唯一の友達がいなくなってしまう。俺のせいで慧也がこんな目に。俺が注意して歩いていれば、慧也を巻き込まなかった。慧也は悪くないのに。俺が無事だった安心感と、友達がいなくなる寂しさ、そんな思いで俺はいっぱいだった。だけど、後々俺が自分が無事で良かったなんて、そんな最低な考えをして、そんな自分中心の考え方に反吐が出そうになった。
思い出したくないのに、慧也の事を気にし始めるとどうしてもフラッシュバックしてしまう。本当に俺は最低だ。
「おーい。生きてるか?慧也。」
「………。生きてるけどさ…もう少しは心配してほしいかな。」
「巻き込まれても嫌だし。」
「相変わらず冷たいなァ!?死にそうだったんてすけど〜!?」
「別にもういいだろ。次からは気が向いたら心配してやるよ。気が向いたら。」
「心配するのに気が向いたらとかあんの!?はるちゃんひどーい!」
「ひどくて結構」
「はるちゃんは随分生意気だなー。
あ、そうだ。今思い出したんだけど、サッカー見に行かない?来週なんだけどさ。」
「あ?あー…。いいぜ。」
またあの日がフラッシュバックする。
サッカーね…あいつはサッカーを今は出来無い分、見て楽しむことしか出来ない。俺がそうしてしまった。慧也の方に目を移すと、ボケっと遠くを見ていた俺を慧也は気にしていたのか、慧也も俯いている。
「おいっ。早くいこう。皆待ってる」
「はいは〜い」
はるちゃん。ごめんね。僕があんなになっちゃってからずぅ〜〜っとそんな暗い顔。遠くを見てばっか。昔はもっと笑ってくれたのに。けど、あの事故から僕らは一変した。はるちゃんは暗い顔。僕は道化を演じた。はるちゃんを笑わせたいから。おちゃらけてはるちゃんを心配させないように。ごめんね。はるちゃん。僕を見て苦しむのはわかってるんだ。きっとはるちゃんは僕がはるちゃんを助けて僕が怪我したの責任負っちゃってるんだよね。昔から責任感強かったもんね。こんなことになるのなら、僕が居なくなってたほうが僕の後遺症とか見なくて済むし、はるちゃんも苦しむことなんて無いのに。
でも、周りの人は皆云うんだ。良かったねって。でも、僕が?僕なんかが生きていていいの?僕が中途半端に怪我して、苦しんでるところをはるちゃんに見せて。はるちゃん、あんなに暗い顔だよ?僕が生きてるからはるちゃんが暗い顔になっちゃうんだよ?
………………本当に?
僕は、事故の怪我で意識が3日戻らなかったらしい。でも、起きたら衝撃のものが目に入った。びっくりして怖くなってもう一度寝ようかと思ったよ。
はるちゃんに止められちゃったけどね。
だって、3日ぶりに起きたらはるちゃんがあんなに暗い顔するからさ、前と違い過ぎなんだよ。はるちゃんは、僕が起きたから、僕がはるちゃんを助けちゃったから僕のせいで責任負って、そんな暗い顔するんだよね。どんなに大丈夫だよって言っても、はるちゃんは見てるだけでも痛々しい。その笑顔をやめろって、無理に笑わなくていいから、もういいからってずっと…怖い顔をして笑うんだ。無理に笑わなくていいのははるちゃんの方だよ。
どうしてこうなっちゃったのかな。僕が居ることでこんな風になる人がいるのなら、いっそ消えちゃいたいな…。
でも、僕ははるちゃんのおかげで、今此処にいる。僕は別に消えちゃったっていいのに。でも、僕が消えちゃったら、もっと暗い顔をするんでしょ?はるちゃんが苦しい思いをするのも、辛い思いをされるのも、僕は嫌だ。僕ははるちゃんのためだけに生きている。
慧也は道化を演じる。俺のためなのだろうか。そんな事したって無駄なのに。俺に笑わせようって言ったって、
もう俺は笑わない、笑えないよ。慧也。あの事故以降、俺のせいで慧也の体を、心をボロボロにしてしまった。俺は駄目なやつなんだ。責任を負わなきゃ。俺はお前を傷つけたんだ。こんな俺が生きてるのは駄目なんだ。お前の前でもうヘラヘラするなんて出来ない。馬鹿みたいだよな……。死んでしまいたい…。
けど、あいつの笑顔が俺を死なせてくれないんだよな…。皆が俺のことを罵ってくれれば、こんな苦しい思いしないのに。慧也、そんな顔をしないでくれ…。
あ、やばっ。スマホ忘れちゃった。
教室かな……取りに行こうかな…。
「慧也ー?」「どしたー?」
「ごっめ〜ん!スマホ忘れちゃった!
取りに行ってくるね!先にクレープ屋さん行ってて〜!いつものところね!」
「え、やばいじゃーん!笑」「慧也はおっちょこちょいだなー笑」
「てへ。じゃーまた後でね〜!」
……。皆で僕を馬鹿にしてくる…上っ面だけの付き合いだ。皆、僕のことも、はるちゃんのこともわかってないくせに。はるちゃんなら一緒に付いてきてくれるのに。
僕は走れない、だからゆっくりと学校へ向かった。
ー放課後の教室ー
あれ?鍵空いてる…誰かいるのかな…
先生だったら気まずいな…
ガラガラ
………!?
はるちゃん…?1人で机に座って…
なにしてるんだろ?ずっと天井見てる…。教室、入らないほうが良いかな…?
とりあえず、冷静に…
「あれっ?はるちゃん!?いたんだ!」
僕はゆっくりドアを開けた。
「……慧也…。」
はるちゃんは僕のほうにゆっくりと首の向きを変えて言った。
「なんか元気ないね。ってそれはいつもか!はるちゃんも忘れ物〜?」
「いや……。」
いつも通りおちゃらけてみても、はるちゃんの表情は変わらない。いつもはへらっと疲れた顔でなにか文句をいうのに。
「どうしたの?はるちゃん?」
「…なあ…。俺が死んだら、お前どうする?」
「は……?」
「だからっ」
「聞こえてるよ。でも何でそんな事言うの…?やっぱ、僕のせい…?」
そうか。そういうことか。はるちゃん、やっぱり僕が来たから…。ごめんね…。僕のせいで…。
…ちがう…!違うんだ…慧也。
「そんな訳あるかよ。あのことは、全部俺が悪いんだ。」
「また…!そうやって1人で背負ってるの…!?はるちゃんは悪くないんだってば!助けたのは僕だし、僕が助けるの下手くそで!だから……!」
違う…俺はお前をそんな顔にさせたくて言ったわけじゃない…!
「そうじゃ…そうじゃ…っないっ……」
ボロっ…。
あれ…俺何で泣いて……
「はるちゃん……!?ごめんね!ごめん…!僕のせいでそんな……!」
「っ……!!ちがう!ちがうってば!!!俺は!俺は!お前にそんな顔をされるのが嫌だった!俺はお前をそんな体にしてしまって!お前の心もボロボロで、だけど慧也は優しいから…!気を遣って俺に笑顔を見せて…!サッカー辞めるのだって辛いの知ってて…なのに俺は見て見ぬふりして、のうのうと自由に生きて!!…………そんな自分が大嫌いだった!本当は俺が受けるはずだったのに、他人に身代わりになってまで自分が生きようとする運命もこの心配と裏腹にある自分が無事で良かったという考えも。全部嫌になって死んでしまいたくなったんだ…!だけどお前がそんな顔するから死ねねーんだよ!皆で俺のこと罵ってくれれば、お前の親だって!俺のことを悪く思ってくれれば!俺が死んだ意味が罪から逃げるじゃなくて、罪を背負ったに………変わるじゃねーか……。」
「はるちゃん……?」
「ごめん…。」
「いいよ…はるちゃんが謝らなくて…
悪いのは僕なんだから…」
あぁ…やっぱり分かんねーか…。
俺が欲しいのはそんな言葉じゃない。
悪いのはお前じゃない。お前を責めるために、お前に謝らせたくて言ってるんじゃないんだ。俺が悪いって認めて欲しいだけなのに…………。
「ごめん…。もう帰るわ…。お前もさっさと帰れよ。」
「ちょ、待って!待ってよ!はるちゃん!!」
3日経った。あれからはるちゃんは学校に来ていない。何故か。それは行方不明になったから。ただ、それがあの日の会話のあと、家に帰ってすぐに居なくなったこと、あの会話が原因だったことが分かってる。いや、それしかわかってないが正しいか。僕は思い当たるところ全てを探した。思い出の場所、お気に入りだった場所。クラスの皆で市内を探した事もあったくらいだ。
なのに見つからない…。はるちゃん…
何処に行っちゃったの……?
ー失踪した日の夜ー
慧也にあんなひどいことを…
クソっクソっクソっ!!!
「あいつは悪くねーのに!なんで!」
ひたすらにクッションを投げて殴って蹴飛ばした。こんな俺を慧也に見られたら、たまったもんじゃないなと思いながら、あの時、教室で本音を全て吐き出して、慧也にあんな顔をさせて、慧也は悪くないのに謝らせて…。罪悪感で俺は教室を飛び出した。あの時、「消えたい」。とっさに思ったのはこの4文字だった。消えてしまって、何もかも考えないで皆からも恨まれる日々もそれを想像している自分も全て終わらせてしまいたい。そんな考えしか出てこなくて、苦しくて苦しくて苦しくて、胸がはち切れそうだ。
勝手に想像して、勝手に苦しんで、馬鹿みたいだ。
でも、そんなふうに思っても、自分の過剰な妄想は止まらない。だんだん人に対しての信用がなくなる。クラスメイトも信用しちゃいない。親だって、慧也だって、きっと俺を恨んでいるんだ。
「もう、慧也に会うのはやめよう。
何処か遠くへ消えよう。どこへ行こう。人の居ない、誰も俺を知らない場所へ………とりあえず海…とか」
ボソボソと呟きながらリュックに無心で物を入れる。スマホ、モバイルバッテリー、今までお年玉やバイトなどで貯めてきた貯金、定期、あと…写真。慧也と俺の。昔、小学生くらいか?海に行った時のやつ…。本当に昔。多分あいつも覚えてない。そうだ…あそこに行こう…。とりあえず近くのネットカフェにでも行ってー……。
ー海に到着ー
良かった。知人にも会わず、親にも怪しまれなかった。居場所も確保したし、とりあえず今日は遅い時間寝ようかな……。あぁ…1人だ。、此処にいる誰一人として俺を知っているやつなんていない。皆心配するかな。いや、しないか…。ーーーーこんな俺だから。
ー次の日学校にてー
キーンコーンカーンコーン
昨日、LINEしたのにまだ既読がつかない…それに今日来るのも遅い…。
はるちゃん大丈夫かな…
ガラガラ
「皆。よく聞け。
綾坂遥斗が行方不明になった。
昨晩コンビニに行ってくると言ったっきり家に帰って来ないそうだ。誰か綾坂の居場所を知ってるやつはいないか?」
は……?え、ちょっと待って。なにそれ。はるちゃんが行方不明?どういうこと?情報が追いつかない。
シーン
「そうか。わかった。兎に角、親御さんも心配している。些細な情報でも知っているやつは教えてくれ。
あと明日。もし明日も綾坂が見つからない場合、クラスで綾坂を探す時間を設けることにした。市内を中心に班別で別れて探すつもりだから、もし綾坂がいそうな場所を知ってるやつがいたら、メモして明日俺に渡してくれ。」
先生がそう言った。クラスの皆ははるちゃんのことを心配している様子もなく、笑いながら、深刻そうな声をしてはるちゃんのことを話している。元々はるちゃんの印象はクラスではあまり良くなかった。勿論それは、僕のことが関係している。皆勘違いしているんだ。
皆はるちゃんの事をそれくらいにしか思ってないのか…。そんなふうに思う。僕から見るクラスの印象はあまり良くない。机に掘られた「バカ」という落書きを見ながら、僕は考え事をした。
はるちゃんがいなくなった?
嘘でしょ?
僕はまだ実感が湧かなかった。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
なんで…!!!!
なんで…?昨日のことに決まってるじゃないか。あぁ…僕のせいだ。僕のせいでこんな…。やっぱり僕は、消えたほうが良かったのかもしれない。
折角ならはるちゃん…僕も連れてってくれれば良かったのに。でも、原因を連れてっちゃ意味無いのか……
そんな事を考えてるうちに国語、社会、数学、英語の授業を終えてお昼の時間になっていた。ほとんど授業の話は聞いていなかった。普段なら、いつもはるちゃんと屋上の扉が壊れているのをいいことに、二人でご飯を食べていたのに、今日は一人。
何人かのクラスメイトが僕を誘おうとヒソヒソ話していたが、今日の僕のおかしな様子を見て放っておいたほうがいいと思ったのだろう。むしろそっちのほうが気を遣わなくて楽だ。
「ご飯…美味しくないな…」
白米を見つめながら言った。
僕は何かはるちゃんに言ってしまったことがあったか。わからない。
わからないよ。はるちゃん。どうすれば、はるちゃんの思いがわかるようになるのかな…。そう思いながら箸をギュッと握りしめていると、昼休み終わりのチャイムが鳴った。
「あ…もう終わりか…。」
考え事をしていたから時間の流れが随分早く感じた。この学校は五階建て。
此処から飛び降りたら…そう思ったけど、はるちゃんが帰ってきた時僕が居なくなってたら、はるちゃんはもっと苦しむかもしれない。そう思って飛び降りるのはやめた。
「慧也ー!」「昼の時間もう終わるぞ!」「次移動教室だからなー!」
階段からクラスメイトの声が聞こえる。次の授業は体育か…どうせ見学だし、いいや…サボろ…。はるちゃんが居ないことで無気力になっていた僕はもうすべてがどうでも良かった。寝転がって空を仰ぐ。この空をはるちゃんも見てるのかな………。
ー海にてー
家を出て3日経った。海に来てみたが、懐かしいな……。あいつと俺、お盆休みに海に来て遊んだんだっけ。ナマコ投げ合って遊んだなー。ナマコとか本当に小学生らしい。あの日に戻りたい。そんなことをずっと考えていた。
あの日に戻りたいなんて、戻れるはずもないのに。
しばらく海を見て段々海を見るのが嫌になってきた頃、ふと空を見上げると、空に雲一つもなく、綺麗な青で塗りつぶされていた。
「綺麗だ…。…あの日もこれくらい天気が良かったな…」
どこを見てもあの日に繋げてしまう。
俺はまるであの日という鎖に繋がれた罪人だな。いや、その通りか。
そんなことを思いながら寝泊りしているネットカフェに戻った。
「きゃーーー!」
子供が甲高く叫ぶ声、
「ぎゃははははは!」
もう一人の子供が大笑いしている。
海には二人の子供が、夕焼けをバックに走って何かを投げ合っている。
「やめてよぉ!はるちゃん!」
「お前には貝殻なんかよりナマコのほうが似合うよ!」
……はるちゃん?てことは、僕とはるちゃん?ここは、何処だっけ。何か見覚えのあるような………
ガバッ!そんなことを考えていたら夢が途絶え僕は布団から飛び起きていた。そうだ…!あそこはどこだ?昔、小学生くらいの時、僕とはるちゃんとその家族で海に遊びに行った事がある。懐かしいなぁ…。ってそんなことを考えている場合ではない。もしかしたらそこに、はるちゃんが居るかもしれない…!確か、写真があったはずだ。そう思って僕は乱暴に本棚を漁ってやっと見つけた写真を親に見せた。母さんは、はっきりと覚えていたらしく、場所を教えてくれた。3日経って、思い出の場所をもう一つ思いだすとは。完全に忘れてた。今から行こう。そう思ったけど、そこは僕らの町から電車で3時間以上かかる海岸だった。今から行ったらきっと深夜1時近くなる。今日は諦めなさい、と母さんに言われ渋々部屋に戻って布団に潜り込んだが、明日にしようと興奮を抑えたものが、明日はもうはるちゃんがいないかもしれない、今居ても明日居なくなってたらと、興奮は不安へと変わり夜はあんまり寝れなかった。
そして僕にとっての長い夜はようやく
明けた。やっと僕は海についてやる気満々だった…と思うんだけど……
いざ場所に来て、どこを探そう…
とりあえず寝泊まりできそうなホテルでも探すか……。今日は夜だけじゃなく、昼も長くなりそうだな…。
3時間経った。9時すぎに着いて現在12時。お腹が空く時間になってきた。
殆どの古民家やホテル、宿はすべて探した。けど、はるちゃんは居なかった。午後はネットカフェに行こうと思いつつも、朝早くに出たからお腹が空いて歩くペースも遅くなってきた。休憩も必要だと思い始めたところだったから、近くのレストランに入った。さっさと食べて再開しようと思った、その時、カウンター席の端っこにはるちゃんがいた。思わず僕は「えっ!!??」と、大声を出した。はるちゃんも僕の大声にびっくりして振り返っていた。僕も混乱して状況をうまく飲み込めなかったが、思い切って、驚きを隠せてないはるちゃんに話しかけた。
「はるちゃん……?だよね…?」
「な、んで…分かって…!」
「なんでって、此処は僕らの思い出の場所…」
ガタッ。僕が話終わろうとした瞬間、はるちゃんは丸い目をして、物凄い物音を立て千円札をテーブルに置いて走って逃げようとした。
だけど、僕は折角会えたはるちゃんを逃がすまいと思い、はるちゃんの腕を力いっぱい握った。しばらくは抵抗しようとはるちゃんはしていたけど、僕の目を見てからは諦めて抵抗するのをやめた。
しばらく僕らはその場に立ちすくんだあと、店員さん以外誰も居ない店内を見て、僕は溜め息をついた。僕らはカウンター席にゆっくりと座り、はるちゃんがぽそぽそと喋り始めた。
「逃げようとしてごめん…」
「うん…。大丈夫だよ。でも、僕と会って話すのが逃げるほど嫌だったなんて、少しショックだな〜!」
「それって大丈夫じゃないってことじゃねーか…」
「ふふ…そうだね。」
4日ぶり、はるちゃんとここまで話さなかったのは初めて、事故のときだって3日話さなかった、話せなかったくらい。本当にはるちゃんのツッコミが懐かしくて、どうしても話さなきゃいけないことまで話を持っていけない。
でも、このまんまでも…いいや…
「なぁ」
そんなことを考えてたらはるちゃんが話を切り出した。
「俺が居なくなって、皆どんなんだった」
「え…?そりゃ心配してたよ!
僕も、僕の母さんも、先生も、クラスの皆だって……!」
本当は少し引っかかる。クラスの皆心配してたは嘘。冗談交じりに、あいつが居なくなってクラスの空気が明るくなっただとか、いつも慧也にまとわりついてて、慧也厄介者が居なくなって楽になったでしょ〜とかそんなことを言ってる人もいた。けど、それはクラスのほんの一部。なにより、今のはるちゃんに話す必要はない。
「嘘だろ。本当のことを言え…慧也。」
ジトッと僕を信用しないと言わんばかりの目つきで僕を見る。
「いや、本当だって…!」
何度も本当だと言っているのにはるちゃんは疑ってくる。流石、僕とずっと一緒にいただけある。僕が嘘をついてるのを難なく見破ってくる。
「仕方ないな…本当にごく一部の人だけどさ…」
僕は本当のことを全て話した。
クラスメイトが冗談交じりに、クラスの空気が明るくなっただとか、慧也の厄介者が居なくなって楽だとか。
実は先生も内心面倒くさがっている、
はるちゃんを探すのに皆本気じゃなかった。そんな事を全部話した。
それたらはるちゃんは俯いてしまった。
「ごめん…はるちゃん…でも僕ははるちゃんが厄介者なんて思ってないからね…?」
「……。ありがとう…。だけど、俺は、これでいいんだ。皆がそう思っている、事実をしれただけで十分だよ。」
はるちゃんは凄く嬉しそうに、あの事故が起きてから一番の笑顔なんじゃないかってくらいに笑った。
その後ははるちゃんが昔の様におしゃべりになって、ここに来た理由だとか、はるちゃんがいなくなってからの話だとか、たくさんのことを話した。まるで昔に戻ったみたいに、凄く楽しい時間だった。
「あ、もう5時、夕方だ。夏は流石に日が長いから日が暮れるのもまだまだだね〜。じゃあ、そろそろ帰らなきゃはるちゃん。行こう。」
「あぁ。」
「帰ったらなんて言おうか!
ちょっとノリで〜とかで済むかな?」
「………。」
「はるちゃん…?」
「慧也!じゃあな!元気にしてろよ!」
そう言ってはるちゃんは走り出した。
「え!?嘘!ちょっと、待ってよ!
はるちゃん!!!」
何度も呼び止めたのに止まるどころが振り向いてもくれない。
僕も必死に走った。だけど、駄目だった。少なくとも五回はころんだ。勿論何度も起き上がって走り続けて、はるちゃんを追いかけた。けど、こんな惨めな僕がはるちゃんに追いつくわけもなく、はるちゃんは僕の見えないところまで走って追ってしまった。
リハビリ、あれだけ頑張ったのに。
結果がこれっぽっちなんて。役に立たないのなら意味ないじゃないか。
「はるちゃんのバカ。なんで行っちゃったの。僕、こんなに、こんな、に、頑張…った…のに…」
ボロボロと涙が溢れる。
海の味もこんな感じだっけ…
僕は海辺で声を殺して泣いた。悔しくて、けど、はるちゃんが僕を置いて行ってしまったのが一番苦しくて。
ごめん。慧也。
何度も心の中でそう叫びながら走った。本当は振り返って戻りたかった。 けど、俺はもう、人に迷惑ばかりかけ出るんだ。お前の横には立っていられない。さっき慧也から聞いた話で安心したよ。俺、やっぱり生きてちゃ駄目だったんだな。俺はもう決めた。悔いもない。
「慧也、ごめん。」
俺はネットカフェに足を運んだ。
荷物を持って別の場所に移動しようかと思ったが、まだ慧也が居るかもしれないと思い、出発は明日にした。
深夜一時流石にもういないだろうと思い、海へ向かった。思い出の、懐かしい海へ。
僕はあの後ずっと泣いていた。
一時間くらいずっと。
その後は泣いてすぐ動こうとは思わないし、さっき走って疲れてしまった。それに、はるちゃんが来るかもしれないと思ってずっと砂浜にポツンと一人座っていた。
今は深夜一時。母さん絶対心配してるよね。そう思いながらも恐る恐る電話をかけてみると、以外にも、自分の体は大切に、けれど友達も同じくらい大切にね。と言われた。母さん。ありがとう。
そうするとザク…ザク…と砂を踏む音が聞こえた。はるちゃん……?と思って振り返ると、本当にはるちゃんだった。
僕のことには気づいてない…。
話しかけたら、また逃げられる…
そう思って俯向いていたら、はるちゃんが気づいて「え…?」と驚いた顔を見せた。
「ちょ、慧也…?お前なんで此処に…
というか、もう夜遅いし、帰れよ。
おばさん、心配するだろ。こんなところにいたら危ないし…。」
「ふふ…!何かお母さんみたーい!
危ないのははるちゃんだっておんなじでしょ〜!それに僕は母さんに電話したもの。はるちゃんの親のほうが絶対心配してるよ」
「俺はお前の母親になんてなれねーよ。俺はお前をこんな体にしたんだ。
勿論、さっきのことだって、おばさんが許すはずねーし。許されていいことじゃないんだよ。お前を俺は自由に動けなくしちまったし、お前、俺のこと気遣って俺の横にいるんだろ。ずっと笑ってるし。愛想笑いなのバレバレなんだよ。」
「別にそんな僕は気にしてないし…」
「なんだよ。お前。まだ自分を偽る気か?ふざけんなよ。俺ばっか本当のこと喋ってまるで俺が自分のことばっか考えてる馬鹿みてーじゃん。俺に気を遣って俺が逆に苦しんでんの知らないだろ。」
「え…別にそんなつもりで言ったんじゃ」
「本当は、俺だって、お前が苦しんでるの知ってて、どうしたら慧也が愛想笑いしなくて済むとか、考えてたんだよ…。自分だけ気を遣ってるなんて、いい気になるんじゃねーよ。」
「…え?」
「…俺だって、お前のこと、心配してたんだよ…。」
「な、何恥ずかしがってんの!?
というか、僕の事心配してくれてたの!?」
はるちゃん、僕のこと心配してくれてたんだ…。ちょっと意外。でも、そんなに考えなくたって僕は大丈夫だって伝えなきゃ…。
「いきなりうるせぇな。雰囲気ぶち壊すんじゃねーよ。折角真剣な話できる状況に持ってってやったのに。」
「は、そこまで考えてたんだ。
はるちゃんらしくないな。」
「らしくなくて悪かったな。」
「でも、僕は大丈夫だよ。
僕は今が一番、僕のなりたい姿なんだから。この体の傷だって勲章みたいなものじゃん!」
「…そうかよ。」
「そうだよ!」
「でも、我慢…すんなよ?」
なに、その言い方。まるで僕が我慢してるのを知ってて確信してるような…
「我慢してもいい事ないからね!
辛くなったらはるちゃんを頼ろうかな。」
また、嘘ついちゃった。はるちゃんごめんね。頼ってあげれなくて。でも、これははるちゃんにとって一番聞きたくないはずの言葉だから。ごめんね。
「おう。頼れ頼れ。
なぁ覚えてるか?ここ。俺ら、小学生の時にここでナマコ投げあったんだぜ?」
「はは…!それ今日で何回目だろ!」
「ほんと…。あの頃に戻れたら…」
「え…?はるちゃんは今のまんまで十分じゃない?もしかして、事故のことそんな気にしてるの?」
「そんなことってお前なぁ…!
俺は結構真面目に考えてたんだよ!」
「そっかぁ〜」
「そっかぁ〜…じゃねぇよ!」
「ふふ…そんな気にしなくて大丈夫だって!僕は気にしてないし、もうこれ以上僕も謝んないから!だからはるちゃんも謝らないで…?」
「…そうだな…。」
「ね?家に帰ろ?自分の家に帰るの気まずいのなら、今日は僕の家泊まっていいからさ。」
「ありがとう。でも、いい。
ちゃんと家に帰る。」
「そっか。わかった。」
「…。」
「…。」
「じゃ、帰ろっか。」
僕が帰ろうと立ち上がったとき、はるちゃんに服の裾を引っ張られた。
「折角なら、日の出。見ないか?」
「え…?あ、うん。いいよ!」
2度目の再会にして、2度目の海の思い出。どうせはるちゃんはそんなことを考えたんだろう。
「前は、夜にバーベキューして帰ったから、次は朝の思い出が欲しいだろ。
それに、海は日の出が綺麗だからな」
「そうだね。」
「今は……一時半か、日の出の時間が
四時半…。あー…まだ時間あるな。」
「んー…。ずっと此処にいるのも微妙だしなー…」
「俺が泊まってたネットカフェ行くか?」
「まじ!?行きたい!ネットカフェって行ったこと無かったんだよねー」
「そんな行って嬉しい場所でもねーだろ…」
「はいはい、さっさと行こ〜!
僕砂浜でずっと座ってたから疲れちゃった☆」
「ちょ、押すな押すな!」
なんか…日常に戻ったって感じ。
4日も悩んでた事がこんな短い時間で解決しちゃうなんて…。これも海のおかげかな。海って偉大だね。
僕はそう思いながらネットカフェに向かった。まぁはるちゃんが言った通り
ネットカフェは思ってたのと違った。
はるちゃんはお兄さんの身分証を盗んできたらしい。だから泊まれた、とは言ってはいたけど…はるちゃん本当に家帰ってから大丈夫かな……
「おい、慧也。もう四時。日の出、見に行くぞ。ついでに荷物も持て。日の出見たら電車に乗って早く帰ろう。」
「うん…うん…?あーわかった…」
どうやら寝てたらしい。それにしても体が重い。まあ、あれだけ歩いたからかな…。重い体をゆっくり起こして海に向かった。
「わぁ…!綺麗!」
海はオレンジ色と青がグラデーションになってて、空は紫とオレンジのグラデーションに綿あめのような雲が散りばめられてた。
「綺麗だな…折角なら写真…撮るか!」
「…うん…!!」
「ほら!寄れ寄れ!」
カシャ
日の出の海を背景にピースをした僕たち。まさか写真をはるちゃんから撮りたいと言うとは思ってなかったな…。
「また来たいね。3回目の思い出を作りに」
「そうだな…。また、来年…次は日の入りだな!」
「うん!」
凄く幸せな時間だった。
あー……凄く、幸せだったな…
あの後、帰ったら家で僕は倒れた。
ひどい熱だったらしい。病院に行ったら精神的なものと身体的なものもあると言われた。まぁ、無理して走ったりしてたのが悪かったのもあるし、はるちゃんのこともあって、色々気が抜けたんだと思う。僕の母さんはまぁ仕方ない事だしと言って何も責めないでくれた。だけど、はるちゃんは学校で散々言われたらしい。でも、それは僕を巻き込んだことに対してのことで怒られたらしく、だいぶ周りから責め立てられたらしい。勿論、熱がなかなか引かない僕は学校に行くのを許されるはずもなく、その話ははるちゃん本人から聞いただけだから、どんな雰囲気だったとかはわからないけど、きっとはるちゃんは僕に心配しないよう気にかけて控えめに言ってるだけで、本当はもっと酷く言われたんだろう。僕が無理やり聞き出したから本人は元々言うつもりもなかったんだし。
「ごめんね…風邪を引いたのは僕の体調管理が悪かったわけだし、はるちゃんは悪くないよ。僕は知ってるから!ね?」
「そうだな。じゃあ、俺塾あるから…」
「うん!ばいばい!来てくれてありがとうね!」
「お大事にー」
後ろ姿を僕に見せながら手を振って僕の家を出ていった。素っ気ないなと思いながらも、僕は部屋に戻った。
次の日、学校にて
お昼休みのチャイムが鳴った。
いつもは慧也と昼ご飯を食べる。
だけど慧也は今日も居ない。
治ったけど念のためと言っておばさんが休ませたらしい。慧也は大丈夫と言っていたが、大丈夫な訳がない。俺のせいだ。俺が無茶させたからあいつは。
どこまで行っても迷惑ばかり。本当に俺は駄目な奴だ。生きてて言い訳がない。いつも慧也と来る屋上に来た。
此処には俺一人。静かだ…。
いや、屋上は静かなのに下の階がうるさい。今俺は一人になりたいんだ。そう思って俺は耳を塞ごうとした。
「慧也大丈夫かなー」「あれもこれもアイツのせいなのにな。」「すみませんしか言わねーよな。本当に反省してんのかわかんねーわ。」「私らはあれだけ心配してやったのにね。」
勝手に耳に入ってきた言葉は俺の心にグサリと針のように刺さった。
慧也。天津慧也。昨日は何度その名前を聞いただろう。
綾坂!!海に4日もなんて何を考えてるんだ!クラスの皆や親御さんに散々迷惑をかけていることを分かってるのか!?天津はお前のせいで体調を崩しているのを知っているのか?天津の親御さんにも連絡をしておくからちゃんと反省して謝りに行ってこい!!
何でお前海なんかに行ってたんだよ。
慧也巻き込んでさ。慧也の事考えて行動しろよ。
本当は慧也も迷惑してんじゃねーの?
天津、可哀想…幼馴染みだからって責任負ってさ、綾坂の勝手で振り回されて…
慧也があんな怪我した原因が何でもっと気を遣ってやれねーの?
慧也ばっか苦しんでるじゃん。
分かってるよ……。分かってるよ…!
慧也をどんどん苦しませてるのも、
俺が皆に迷惑をかけてるのも!!
俺は手に持ってた手紙をクシャっと握った。上履きを脱いで手紙を上履きに挟んで風で飛ばされないようにした。
「ごめんな…。慧也。俺、来年の約束守れそうにないや…。」
俺はフェンスの外側に立ってそう呟いた。
「じゃあね。ばいばい。慧也。」
俺は飛び降りた。生憎、校舎の裏は崖で、屋上から崖の下の地面まではざっと30mくらいある。即死だろう。
俺は、残り10mくらいのところで意識を手放した。
グチャッ
なんだか胸騒ぎがする…。
お昼の時間はLINEで話そうって言ったのに既読がつかない……もしかすると…
と思ったけどそんなこと考えたくもなかった。枕に顔をうずめていたら、
下の階から大きな物音がした。何だと思っていたら、ドタドタと階段を上って母さんが勢いよく部屋の扉を開けた。嫌な予感がした。話を聞きたくなかった。でも、母さんが放った言葉は僕の想像通りでとても残酷な報告だった。
「遥斗くん…!遥斗くんが屋上から飛び降りたって……」
「っ……!!!」
「お昼休みに飛び降りて今は病院で治療を受けてるらしいけど、もう助からないって…」
「っ………はるちゃんの馬鹿……」
わかっていた。嫌な予感の時点で分かっていた。でも、それを止められなかった僕の惨めさ、悔しさが僕の心を押し潰していった。
「行かないの…?病院……」
母さんは僕が病院に走っていくとでも思ってたのか…。いや、いつもだったら行ってたな。だけどもう…はるちゃんも僕と会うのは辛いでしょ…。
「行ってもはるちゃんの最後を見届けるの、僕には耐えられないから。次の知らせを待つよ。」
次の知らせ……死か、生か。次の知らせでそれが分かるはずだ。
「そう…なのね……次、連絡が来たらまた来るね。」
「うん…」
本当は逃げてるだけだ。母さんにまで気を遣わせてまで。僕ははるちゃんの死を認めたくない。死ぬ瞬間を見たら本当に死んだことが分かってしまう。
しれっと実は生きてましたとか、そういうほうがいいよね。そう考えるために君の所にはいけない。ね?はるちゃん。だから、ごめん。
三十分後
「…午後2:09お亡くなりになりました。」
「そう、ですか…。」
はるちゃんが死んだ。7月16日。
もうすぐ夏休みだっていうのに。
全く僕にとって最悪な夏休みになりそうだよ。
「あと……遺書が見つかりまして…
天津慧也さん宛があったんですけど…」
「…!少々お待ち下さい。」
「慧也。遥斗くんがあなた宛の遺書、書いてくれてたんだって。読む?」
「え……?う、ん…。読む…。」
はるちゃん、僕宛のを書いてくれたのか…。死ぬ最後まで僕のこと考えてたのか。僕、やっぱりはるちゃんを苦しめる存在だったな…。
遺書の内容はこうだった。
慧也へ
先にいってごめんな。
本当は生きてお前の横にずっといたかった。お前は許してくれたけど、周りは俺を許さない。俺は逃げた。お前が苦しむことも知ってて逃げたんだ。そりゃ周りから嫌われるにきまってる。でも、俺は苦しくない。慧也が苦しむのは嫌だった。だから、原因の俺を消すんだ。俺はお前に気を遣ってるつもりが、逆にお前を苦しませてた。笑っちゃいけないと思ってた。お前が苦しいのに俺だけ幸せなのは駄目だと思ってた。けど、逆だった。お前は、俺が笑えばお前も笑えたんだろ。でも、今更変われない。だから原因さえいなくなれば良い。もうお前も苦しむ必要、道化を演じる必要はない。
俺はこの死に意味があることを願うよ。無駄死には良くないからな。
俺なんかが生きてるだけで笑ってくれた慧也が俺は一番の心の支えだったよ。俺のことは忘れて、幸せになれよ!
はるちゃんより
僕は泣き喚いた。
そっか。はるちゃんは僕に本当に笑ってほしかったのか。僕が道化を演じるのも分かってたんだ。てっきりはるちゃんは僕に助けられたことに対しての罪悪感だったのかと思ったよ。
というか、僕、そもそもはるちゃんの幸せを、誰よりも願ってたって言ってもいくらい、はるちゃんには幸せになってほしかったよ。僕だってはるちゃんが一番の心の支えで、バルちゃんのために生きてて…。はるちゃん居なかったらきっともう僕は居なかったはずだよ。だから、僕ははるちゃんを助けたんだし。忘れろって言ったって、忘れられないよ…!死に意味なんか求めるなよ…。でも確かに、僕の心を大きく動かす死に方だね…はるちゃん。
それに、こんな顔をするなとか…道化を演じる必要がないとか……。
じゃあ、僕は今、道化を演じてないんじゃないかな…………!泣き顔を鏡で見てみたら顔がぐちゃぐちゃだった。
カサッ…遺書が入ってた封筒から何か写真が落ちた。僕とはるちゃんの、この前、日の出の時に海で撮った写真…
「こんな顔を、はるちゃんに見せられるわけないじゃん……!」
ニッと口角を上げて写真に涙を一粒垂らした。
今頃はるちゃんは空にいるのかなと思いながら、ベランダに出て、晴れた空に写真をかざしたら、裏の文字が透けて見えた。裏を見ると、
約束、守れなくてごめんな!
と、律儀に約束の日にちまで書いてあった。
「そういうのは手紙じゃなくて、本人に会って言えよ、ばーか。」
僕は小さく言った。
不思議と、はるちゃんの死を追いかけようとは思わなかった。多分、この約束を僕は守りたいと思ったからかな。
僕まで死んじゃったら、約束した意味ないからさ。
3日後、はるちゃんのお葬式が行われた。お葬式は行ったけど、正直、あんまり覚えていない。
はるちゃんの遺骨は、はるちゃんの遺書に、海に散骨して欲しいと書いてあったから、あの思い出の海に散骨する予定らしい。僕がはるちゃんの親だったら、散骨はしたくないな…。死んだこと、生きてたことの証拠が無くなっちゃうから…。お墓もだから無い。
おばさんは優しいな…。僕より辛いはずなのに。それでも子供のことを優先して考えてあげて……。
学校に行ってみて気づいたのは、クラスの皆は、はるちゃんのことを気に入ってなかったこと。僕と一緒にいて僕が迷惑してると皆が勘違いしてたこと。はるちゃんは僕のせいで学校で怒られていたこと。
どれも僕が原因じゃないか。
はるちゃんが苦しむ必要のないものばかり。本当に馬鹿だ。みんな。みんなはるちゃんのことも僕のこともわかったふりして。わかっちゃいないくせに……!皆に気にかけられたけど、腹が立って無視した。なんで僕のこと分かってるふりするの?それをはるちゃんにも言ったの?
最悪の気分で屋上に上がろうとした、
けど、屋上は閉鎖されていた。まぁ、飛び降りた人がいたんだ。仕方の無いことだ。教室は居づらいから、屋上につながる階段で僕はご飯を食べた。
はるちゃんが海へ行って、一人でご飯を食べた時を思い出す。あの時はまだ希望があった。はるちゃんとまた一緒に居れる希望が。けど、今は無い。もう帰ってこない。昨日休まなければよかった。無理矢理でも母さんを説得して学校へ行くべきだった。家に来たときからなにか変だとは思っていたけど、その時にちゃんと気付いていれば。
「一年はやっぱ長いよ…はるちゃん…」
あの日、はるちゃんが死んだ次の日を最後に僕は学校へ行かなくなった。
はるちゃんの悪口を聞かされるのも、
はるちゃんの机に花瓶が置かれてるのも、はるちゃんの机が無くなっちゃうのも、全部嫌だった。それにはるちゃんは僕に、道化を演じなくて良いって
言葉を遺してくれた。はるちゃんの言葉通り、はるちゃんの死が意味のあるものにしたくて、はるちゃんの死をきっかけに、道化を演じなくなった。無理をしなくなった。
あれから1年………約束の日。
僕は高校3年生、受験生になった。
相変わらず学校は行っていないけどね。約束したのは日の入りの時間。今は午前中だけど早めに出ても損はないと思ってもうすでに今は電車の中だ。
母さんには「今日でちゃんと覚悟を決めるよ。」と言ってきた。そう、僕は今日で、はるちゃんのことをきっぱり割り切って、これからどうするかを決める。ずっとこの日を楽しみにしていたんだ。
やっと会える。僕にとって、あの海に行くことは、はるちゃんと会うのと同じだ。
「次はー、君ヶ浜ー、君ヶ浜ー。お出口はー右側です。」
車掌さんのアナウンスが聞こえた。
僕らの住んでいるところでは録音音声だから、アナログだなーと思いながらも、降りる準備をした。
「やぁっと着いたぁーー!!」
ため息をつきながらも、誰も居ない駅のホームで叫んだ。切符を片手に、もう片方の手には、はるちゃんが遺してくれた去年の写真を持って駅から出た。駅から出ると、海は太陽の光を反射し、キラキラと星のように光っている。まるで空が2つあるみたいだ。
現在、土曜日の午後2時半。
家でずっとソワソワしているのもどうかと思って衝動的に来ちゃったけど、流石に早すぎたなー。
「ふぁあぁ〜」
僕は大きなあくびをした。今日が楽しみすぎてほとんど眠れなかった。まるで僕は遠足前の小学生みたいだな。僕は時間を潰すために、去年はるちゃんと行ったネットカフェへ足を運んだ。丁度はるちゃんと使ったときの部屋が空いていたからそこの部屋にした。一人で使うはずの部屋を二人で使ったから、凄く狭かったのを覚えてる。今は僕一人。狭くはない。はるちゃんとした他愛のない話を思い出す。くだらない話が、何だかんだ一番思い出に残るんだなーと思いながら寝転がった。神様なんて居ないんだ。それとも相当馬鹿な神様か。じゃなきゃはるちゃんを連れて行くなんて酷いことは考えつかないでしょ。もっと他に連れて行く人が沢山いるでしょ。文句ばかりが頭に浮かぶ。日の入りの1時間前に起きれるように、タイマーをかけて眠りにつこうとした。頭の中に、はるちゃんが僕のことを起こしてくれたときの声が流れる。懐かしい気持ち、あの時録音でもしておけばよかったかな、なんてくだらないことを考えながら、熱くなった目元を水の入ったペットボトルで冷やして眠りにつく。
「…なあ…俺が死んだら、お前どうする?」
「慧也!じゃあな!元気にしてろよ!」
「綺麗だな…折角なら写真…撮るか!」
「そうだな…。また、来年…次は日の入りだな!」
本当は、神様は居るのかもしれない。
今までの道のりを振り返れば、僕に何度もチャンスを与えてくれていた。それにほとんど気付かず、気付いても全て無視し続けて、結果がこれだ。はるちゃんまで巻き込んで僕は本当に迷惑ばかりかけて。迷惑をかけているのははるちゃんじゃなくて僕なのに。僕がはるちゃん殺したようなもんだ。
はぁー……。こんなこと考えたってはるちゃんは戻って来ないのに。本当、自分に嫌気が差す。
ピピピピ ピピピピ
「ゔ……」
最悪の気分だ。もうすぐ日の入りだ、行かなきゃ。
兎に角、海に行こう…。
海に行って、道路から砂浜に繋がっている階段を降りた。階段の近くには丁度いい大きさの座れそうな岩があった。僕はそこに座って日の入りを待った。太陽がもうすぐ海に沈み始める。空はオレンジ色で、昼間はなかったはずの雲がある。近くにあった二本の木の棒とツルで十字架を作る。十字架の前には、「はるちゃんのお墓」と書いた。何故かわからないけど、無性に哀しくなってきて、ポツポツと涙が溢れた。
「はるちゃん…」
そう僕が囁くと、
「なんだ?相変わらず泣き虫なんだな」
と、後ろからはるちゃんの声が聞こえた。僕がびっくりして後ろを振り返るとそこには誰も居ない。
「なんだ…そうだよね…居るわけないよね。僕、疲れてんのかな…」
小さな独り言を言いながら海の方に顔を向けると、海にはさっきまで無かった人影があった。さっきまで人はいなかったはず。こんな一瞬であそこまで来れるはずもないし、こんな時間に人が泳いでるわけがない。僕はそう思いながらも、はるちゃんかもしれないという馬鹿げた希望を捨てきれず、目を凝らしてよく見てみる。
…あれは、やっぱりはるちゃんだ。
「……はるちゃん…?」
僕は何度もはるちゃんと思われる人物に問いかけた。僕とその人が残り5メートルくらいになったときその人は「あぁ」と答えてくれた。僕は嬉しくなってはるちゃんの所へ一目散に駆け出した。
「やっぱ、俺もお前も、どっちも馬鹿だったな!」
はるちゃんはそう言うと、まるで風に吹かれて消えるように居なくなってしまった。
「はるちゃんの…嘘つき…」
そう言いながらも、僕は内心、凄く嬉しかった。はるちゃんも約束守ってくれたんだ…。来てよかった…。
それにしても、確かにはるちゃんの言った通り、馬鹿なのははるちゃんだけでも、僕だけでもない。どっちもだったんだ。だからこんな事になったんだ。なんだか胸が軽くなった気がした。やっぱりはるちゃんは凄いな、と思って顔を上げた。
「約束守ってくれてありがとう…はるちゃん…」
そう言った瞬間。
波が僕の頭に覆いかぶさった。
呑まれる…!そう思って僕は足を一歩引いた。だけどその時、僕には聞こえた。「こちらこそ」というはるちゃんの声が。僕は思った。このまま死んでしまっても悔いはない。僕の立っているところはもうすでに腰のあたりまで海水に浸かっている。このまま呑まれたら、僕は後遺症でほとんど泳げない。溺れて死ぬだろう。分かりきっていた。でも、覚悟はできた。
僕は今、凄く幸せだ!
皆に迷惑をかけることになる。でも、僕は助からなくて良い。このまま死んで、はるちゃんと一緒の場所に行きたい。ごめんね。でも、許して?僕らは、馬鹿だからさ!
速報です。君ヶ浜海岸で19:10頃、学生と思われる男子が浮かんでいると通報がありました。警察が到着した頃にはすでに死亡が確認されていたとのことです。現在警察が自殺の可能性が高いと見て、調査を進めています。近くの砂浜には、その男子の所持していたものと思われる物があり………
今、名前が分かったのとの情報がありました。
名前は、天津慧也さん。18歳…………
「ねー慧也海で死んだんだって」
「やば」
「海って綾坂が前に居なくなったときのとこ?」
「多分」
「うわ〜」
教室では天津慧也の話題が途切れることなく続いた。勝手な妄想が広がる。情報が複雑になり、確かではないことを皆信じ始める。本当は二人がどんな
気持ちだったのかも知らず。正義は時に善者を傷つける。そんなことを知ってしまった二人の結末。
ある日、海が降ってきた。けれど、それはとても温かく、僕にとっては海に抱きしめられた様な気持ちだった。
いや、正確には、海ではなく、親友のはるちゃんが抱きしめてくれた。と言ってもいい。海が降る。なんて素晴らしいんだろう。
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好きすぎます… 2人が天国では幸せになれる事を願ってます😭