合衆国某所、何処までも続く荒野を一台のキャンピングカーが疾走していた。茶色と白の塗装が施され、その車体上部には大きなアンテナがいくつも設置されている。更に全ての窓が鉄板で補強されており、タイヤは頑丈で分厚い防弾のものが採用されている。車体側面や正面には防護用と見られるアタッチメントが取り付けられており、まるで世紀末のような車であった。
その居住区、多数の機材によって手狭になっているスペースにある椅子。そこにこの男が座っている。
ボロボロのジーンズに赤と白のチェック柄のシャツを羽織り、頭には真っ赤なバンダナを巻いた髭面の中年男性。彼の名はクサーイモン=ニフーター。合衆国において独自にラジオを放送している過激な活動家である。
「サイモン、いつでもいけるぞ!」
車内には彼以外にも数人活動家が乗り込んでおり、機材をチェックしながら合図を送る。ちなみにサイモンとはクサーイモン=ニフーターの愛称である。
愛すべき同志達の合図を確認した彼は、書類を片手にマイクのスイッチを入れた。
リスナーの皆、おはよう! それとも“こんばんは”か? 今日の真実チャンネルが始まるぜ!
初めての奴にも分かりやすく言えば、このチャンネルは隠蔽された真実を語る場だ! この世界には権力者によって隠された真実が山ほどある! それを暴いていくのが俺の仕事さ!
さぁて、早速本題に入ろう。リスナーの皆は昨日ワシントン郊外で起きた強盗事件について知っているか?
ああ、朝っぱらから新聞、ラジオ、テレビで喧しいくらい報道されているから知ってるよな。悪党共を合衆国のヒーローが片付けたって話だ。
おいおい、いつからこの国はハリウッドになったんだ?ヒーロー任せ?だとしたらこの国の警察は無能ばっかりだな、先が思いやられるぜ。
それに、インターネット上に拡散されている情報を知ってるか?ヒーロー関連は全部真っ赤な嘘で、宇宙人共が介入したのを政府が隠してるって話だ。出所が一つ二つなら俺だってフェイクを疑うが、複数から出てるんだ。しかも拡散した側から消されていく不自然さ。なにより全部のメディア媒体が同じ内容を報道するのがそもそも怪しいんだ!
政府の奴らは必死に真実を隠そうとしているに違いない!俺が思うに、宇宙からの侵略者共が派手に暴れて火消しに必死なんだろうさ。あいつらは洗脳されているからな。
しかも警察もだんまりと来たもんだ。政府がバカなのは周知の事実だが、警察までこの有り様!侵略者共の魔の手は着々と国を犯してるんだ!リスナーの皆!この異常事態をただ黙ってみているつもりか!?俺は嫌だね!
更に言えば、救助された人質達も本物か怪しいぜ。本物は宇宙人に殺されて、クローンに置き換わってましたって言われても俺は驚かないね!SFじゃ使い古された手法だしな。
となると、怪我をしたって親子のことが気になるな。多分命からがら逃げ出して、政府の奴らに捕まったんじゃないか!?直ぐに助け出すんだ!リスナーの皆、情報を待ってるぜ!
最後に、俺を被害妄想の夢想家だとバカにする奴らに言いたい。銀河の反対側からわざわざ仲良くしましょうなんて言う奴が居る筈もないだろう?ちょっと考えれば分かるさ。
歴史を見てみろよ!北米、南米を見つけた俺たちのご先祖様達が原住民になにをした?仲良しになったか?違うだろう!
今こそ行動を起こす時なんだ!手遅れになる前にな!相手はまだ一匹だったのに、別の宇宙人まで現れたって話じゃねぇか!もうすでに奴等の侵略は始まってるんだ!
あの見た目に騙されるな!
これからもこのクサーイモン=ニフーターが警告していくぜ!政府はもう当てにならねぇ!リスナーの皆!今すぐに行動を起こす時なんだ!
クサーイモン=ニフーターの放送を聞いていた男性は静かにラジオの電源を切り、ソファーに深々と座り深いため息を吐いた。
ここは異星人対策室4階の特別区域。異星人対策室でも最重要機密が取り扱われる場所であり、超人化してしまったジョン、朝霧の居室もこの4階に設置されている。誘拐事件後はカレンの居室も用意され、更にはメリルも部屋を与えられていた。
セキュリティレベルはホワイトハウス以上。いや、地球ではあり得ないレベルの高さを誇る。何故ならば、この4階のセキュリティだけはアリアが関与しており、それを知るのは異星人対策室でもジョンを含めた極一部だけである。
そしてため息を吐いた人物こそ、異星人対策室室長ジョン=ケラーその人である。
「悩みは尽きませんな、室長」
そんな彼を労うように声を掛けたのは、統合宇宙開発局始まって以来の天才と称された漢、ジャッキー=ニシムラ(セーラー服装備)である。
腹心の声を受けて、ジョンは苦笑いを浮かべる。
「思想の自由はあるべきだし、個人がどんな主張をするかも自由だが、彼に関しては軽視できないね。ティナに発砲した強盗は、熱心なリスナーだったらしい。先ほど連絡があったよ」
「テロリズムを誘発したと。対処は?」
「残念ながら後手だよ。彼は絶えず移動しながら放送していて、しかも人が少ない荒野を中心に活動しているらしい。FBIやCIAが全力で調査しているから捕まえるのも時間の問題だとは思うが……」
「今すぐではなく、その時まで煽り続けると。しかも活動家は彼だけではありませんからな、人手を割くのも限界があるでしょう」
「悩ましいことだ。おそらくアリアも察知しているだろう」
「では、ティナ嬢やフェル嬢も?」
「ティナは知っていても対応を変えないだろう。だが、フェルは今回の件もあって益々警戒する筈だ。まあ、それでティナの抑止力になってくれるなら有り難いのだがね」
力無く笑うジョンを見つめるジャッキー=ニシムラ(もちろんニーソックス)は、労るように口を開く。
「リフレッシュが必要ですな。本日来訪時は予定通りに観光地を案内しましょう」
「事件の翌日だよ?」
「だからこそ、改めて歓迎せねばなりません。地球の姿を見て貰う。そして触れ合って貰う。ティナ嬢は喜ぶでしょう。フェル嬢も地球の自然に強い関心を示しましたからね。あんな事件が起きたからこそ、地球の観光で気分をリフレッシュして貰わねば。それに、用意は出来ています」
「下手に恐れたり仰々しくするより、今まで通りに接すると?」
「少なくともティナ嬢はそれを望む筈。まあ、彼女は観光地巡りを楽しみにしていました。一旦政治などは忘れて地球を満喫して貰いましょう」
「……そうだな、カレンも同行さすれば華やぐだろう。大統領には私から上申してみるよ。ありがとう、ジャッキー」
「室長の力になれたならば幸いです」
恭しく礼をするジャッキー=ニシムラ(絶対領域)を見て、ジョンは笑みを浮かべるのだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!