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大切な人イザナくんが消えるのはいつも突然のことだった。

『庇ってくれてありがとう』


貴方にどれだけ救われたことか。


『約束、守ってくれてありがとう。』


どれだけの愛を貰ったか


『…ずっと、待っててくれてありがとう。』


貰ったその愛が歪んでいても、濁っていても


『…私も好きだよ、大好き。』


数えきれないほど助けられた


言うのが遅すぎた再会の言葉

思い出すのが遅すぎた大事な記憶



「〇〇ちゃんも逃げな。もうすぐ警察が来る。」


ふと頭上からそんな声が聞こえ、頭を上げる。


『…えっと』


黒と黄色の三つ編みの男の人。どこかで見たことあるような顔だけど名前が分からなくて言葉を詰まらす。


「灰谷蘭、大将…イザナと鶴蝶の仲間。」


アンタのことは大将からよく聞いてるよ、と目線を合わせる様に蘭さんはしゃがみ込んだ。

そして、しばらく感傷に浸かるように何かをイザナさんと鶴蝶さんに伝えると、二人の瞼を白く綺麗な手のひらで撫でる様に閉じさせた。


「…大将は○○ちゃんのこと本気で愛してたよ、まぁ愛は結構歪ンでたけど。」


『…知ってます。』


苦笑交じりの蘭さんの言葉に深く頷く。

他人から見ても分かるほど私たちの愛は歪んでいたんだな、ともう二度と開かないイザナさんの目を見てぼんやりと思う。もう二度と見ることの無い綺麗で濁ったあのアメジストのような瞳を思い出す。もう二度と向けられることのない優しい眼差しが胸を締め付ける。

歪な愛でも嬉しかったんだ。記憶を失っている時も思い出した今も彼から貰った愛の暖かさはちゃんと胸に残っている。


「…さいごのお別れ、ちゃんとしろよ。」


『…もちろんです。』


ぐしゃぐしゃと私の髪を、子供をあやすように撫で、どこかへ去っていく蘭さんの背にそう答える。

さいごのお別れ、その言葉が私を底なし沼の悲しみに沈ませていく。


『…イザナくん』


そう呼び掛けても、もう彼は返事をしてくれない。

触れた頬は氷の様に冷たくて、私の指先の体温をどんどんと奪っていく。


『イザナくん』


引きつったような掠れた声で何度も何度も彼の名を狂ったように呼び続ける。


『…イザナくん』


彼に注ぐはずだった愛を、この歪んだ不安を誰にぶつければいいのだろうか。

こんな真っ黒で傷だらけの汚い私を受け入れてくれるのはイザナくんだけなのに。めんどうくさいほど執着深いこの不安を埋められるのは彼だけなのに。


『………置いてかないでよぉ…』


返事をしてくれない様子に、ようやく彼が亡くなったことを理解する。

───いや違う、最初から理解していた。イザナさんが撃たれたあの時から、ずっと。

私が認めなかっただけ。


『……おいて、いかないで。』


言い出す言葉の初めと語尾が聞き取ることが困難なほど掠れる。

イザナくんはこんなにも冷たいのに、私は死に神にまで見放されたのかどんなに願っても死ぬことは叶わなかった。ただひたすら壊れたロボットの様に乱れた呼吸を繰り返すだけ。

肩を貫いた鋭い痛みが、私が生きていることを嫌がらせの様に伝えてくる。


『…指切りげんまん』


指切りげんまん

噓ついたら針千本

飲ーます


意味もなく約束のおまじないを呟き、イザナさんの小指に自身の小指を絡める。

あの日と同じように。

変だな。迎えに来るって約束した日は、誕生日を祝うって約束した日は。



『……こんなに冷たくなかったのに。』



人の持つ体温とは思えないほど、金属のようにヒヤリとした冷たさが小指に伝わる。

もう、本当に彼とは会えない。

そう理解した途端、込み上げてくる波のような喪失感にまるで狂人にでもなったような錯覚が起こる。


『……一緒に居てよ』


『………抱きしめてよ』


情けないほど震えあがる私の声を隠すように、パトカーと救急車のサイレンがけたたましく夜道に響き渡る。回転灯の赤い光が体を包み込み、あまりの眩しさに目を瞑る。



本当のお別れが来ちゃったね。



『…愛してる』


初めて自分から彼の唇に触れる。

彼との3回目のキスは、吐き出したくなるほど甘い血の味だった。



続きます♡→1500

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