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鶏頭の魔人が不意に振り返った。気配を察知したのだろうが。
――遅ぇ!
黒いダガーが鋼鉄色の刃物に変化し、鶏魔人の喉を裂いた。まず一匹。
続いて慧太は右手のダガーを銀髪少女の右側にいる鶏魔人へと投げた。脳天を直撃した一撃に、鶏頭は額から血を流し倒れる。
トカゲ魔人が細剣を構え、突進してきた。
至近距離。敵の反応は熟練の戦士のそれのよう。細剣は慧太の右わき腹を貫く……貫いたのだが。
――残念だったな……。
貫かれ、体当たりされて慧太の身体はトカゲ魔人と共に押し倒されるように流れる。
だが瞬きの間に、慧太は巻きつくように魔人の右肩方向へと移動――わき腹の細剣も身体から抜け――左手をトカゲ魔人の首にまわして、ダガーで一閃。勢いのついたまま倒れる魔人の身体を台にして跳躍。
ドサリと地面に倒れたのはトカゲ魔人のみ。
慧太は軽業師のように宙を舞い、何事もなく着地した。
それは刹那の出来事。
それゆえ、少女も残る魔人も何が起きたかわからなかった。
「な、なんだてめえはっ!?」
岩顔の魔人が吠えれば、同じく大ワニ魔獣もけたたましい咆哮を上げた。
どすん、と地面を揺るがし、大ワニが向かってきた。
逃げるのは簡単だが――慧太はちらりと背後、銀髪の戦乙女を見やる。
ここで逃げれば彼女を大ワニの突進に巻き込まれてしまうが。
彼女を抱えて避ける――そう判断した慧太だが、戦乙女のほうが速かった。
「下がって……!」
鬼気迫る迫力。彼女の手の銀剣がまばゆく輝いているのを見やり、何かすると察した慧太はとっさに道を開けた。
「聖天、一閃!」
少女が振り下ろした剣から光の束……いや刃が放たれた。
その一撃は大ワニの顔を真っ二つに切り裂き、とうとう尻尾の先まで両断した。全長五ミータほどの巨体があっさりと沈んだ。
「……すげぇ」
慧太は思わず声に出していた。
魔法の類だろうか、とも思う。はたして自分はどんな顔をしているのだろうか。
慧太は少女へと視線を向ければ、その身体がふらりと目の前をよぎり――
「うおっ、と……!」
力なく倒れる彼女の身体をとっさに受け止めていた。
我ながらよく反応したと思うが、それよりも荒い呼吸を繰り返し、顔をゆがめている少女に視線が釘付けになる。
「おい……!」
大丈夫か――と言葉が続かなかった。彼女の身体を守り、戦乙女のような姿を形成していた鎧が霧散する。その身体は驚くほど軽く感じられた。まったく力が入っていない。疲労困憊しているのは明らかだった。
「……どなたかは、存じませんが」
少女は声を振り絞る。
「助かりました。……ありがとう」
「あ、ああ」
そう頷くので精一杯だった。
美しい娘である。
銀色の髪に、少女のような幼さと、女神のような凛としたものを感じさせる整った顔立ち。その青い瞳は水面のように澄んでいた。
綺麗な声、どこか気品を感じた。育ちのよさを感じさせる。
こんな美人にお近づきになれる機会など早々ない。
一応、健全なる男子である慧太は、美少女の身体を抱きとめている現実に胸の高鳴りをおぼえた。
――と、気をとられているわけにもいかないんだよな……。
先ほどの岩顔の魔人。そいつは大ワニがやられている間に飛び降り、難を逃れていた。
彼女を抱きかかえながらも、襲ってきたら反撃できる慧太だったが、それはなかった。
恐れをなして逃げたのだろう。だがこんなところを魔人がうろついているというのは穏やかではない。
慧太はそっと腰のポーチに手を伸ばす。
だが開けるのではなく、そのポーチの端を引っ張り……手のひらよりやや大きな黒い塊へと変えてちぎった。
それを地面に放ると、次の瞬間、黒い塊は子狐の形へと変化、慧太の言葉を待たず、魔人が逃げたと思しき方向へと音もなく走り去った。
「とりあえず、立てるか……? ええ、と――」
「セラフィナ……セラフィナと申します」
少女は名乗った。慧太は頷く。
「オレは慧太だ。羽土慧太」
「ケイ、タ……」
「あまり聞かない名前だろ」
この世界では、とは胸に秘めておく。
そうとは知らず、セラフィナと名乗った少女は一人で立とうとした。
「ええ、大丈夫……。大丈夫、です」
だがすぐに、脚をふらつかせ、再び慧太が支えた。大丈夫ではなさそうだ。
「すみません……」
「怪我はしてなさそうだけど――」
顔色が悪い。あの戦乙女への変身は、体力の消耗がかなり激しいようだ。
今は彼女を休ませるべきだ。慧太はそう判断した。
――とはいえ、アジトまでは少し遠いんだよなぁ。
しかし、セラフィナを見捨てるという考えはない。
「ひとまず、近くに村がある。そこへ行こう」
「いえ、大丈夫です……」
やんわりとした声だが、そこには断固とした響きも感じられた。セラフィナが何とか一人で歩き出そうと踏ん張るが、膝がガクガク震えている。
「迷惑は、かけられませんから……」
気丈に言い放つセラフィナ。
慧太は思わず溜息をつく。彼女の手をとって引き寄せ、その身体を素早く背負った。
肩に彼女の銀色の髪がかかり、少しこそばゆかった。
「あ、あの、何をするんですか!? ケイタ!?」
なにやらジタバタしているようだが、振りほどくほどの力はないようだった。慧太はセラフィナを背負って歩き出す。
「近くの村へ運ぶだけだ。どういう経緯で魔人とやりあったのか知らないが、見たところ旅に必要な装備をまるで持ってないじゃないか。あと数時間もしたら日が暮れるぞ。休める場所まで連れて行ってやるから」
あ、と慧太はそこでふと気づく。
「ひょっとして、近くにお仲間がいるのか? それなら、そっちへ行くけど」
「仲間……」
すっと彼女は顔を逸らしたようだった。
「いません。私は……一人です」
神妙な口調。魔人に追われていたようだし、この様子では触れても愉快な話は聞けそうにない。
重苦しい空気だった。
慧太の背中でセラフィナは黙り込む。力もなくなったから、大変おとなしかった。
「あの……」
「ん?」
「……ありがとう、ございます」
呟くように彼女は言った。
慧太の中でポッと熱い炎のようなものが宿った。心なしか、顔が熱くなっているような。
沈黙が気まずい。日は傾きを増し、空は次第に薄暗さを増していった。