響いた怒号に私は足を止め、それが聞こえた方へと走った。塀を飛び越えて辿り着いたそこには、三人の高校生とそれを追いかける不良達が居た。
「おい、何してやがんだテメェらッ!!」
私は不良共を睨みつけ、怒気を込めて叫んだ。その叫びを聞いて、不良共が一瞬ですくみ上がるのが分かった。
「ッ、紅蓮の女番……!」
「炎の女帝……!」
「赤ゴリラ……!」
「めっちゃ可愛いっすね……!」
おい、誰が赤ゴリラだクソ馬鹿が。あと、そこの茶髪の男、口説いてんじゃねぇよ。
「テメェら、クソみたいなあだ名で呼んでんじゃねぇよ……揃いも揃ってクソ馬鹿共が」
私は更に強く馬鹿共を睨み、ぶちのめしてやる為に前に出る。が、途中で追われてた奴らが居ることを思い出して振り返った。
「あぁ、そうだ。お前ら全員帰っとけ。こいつらには私が言っといてやるからよ」
「そういう訳には行かないだろ。女一人に任せられる状況じゃないのは見れば分かる」
私が言うと、三人の内の一人、目つきの悪いガキが引き留めて来た。
「あ? 舐めんな。私がこいつら程度にボコられる訳ねぇだろ」
「いや、だが……」
渋る男に、私は後ろでビビってる奴らの様子を見せて黙らせる。私のことを知ってるアイツらの態度を見れば、こいつも納得出来んだろ。
「……ふッ、ふッ、ふぅ……」
妙な呼吸音が聞こえて、私は視線をそっちに向けた。そこには、童顔寄りの平凡な顔立ちをした黒髪の男が奇妙な呼吸をしながら立っていた。
「……ぁ?」
違う。奇妙な呼吸じゃない。魔力の流れがスムーズになり、体内の運動が正常に……いや、それよりも。
こいつの魔力、あの炎の鞭と同じ魔力だ。しっかり確かめた訳じゃねぇから確実ではねぇが、私の勘は間違い無くこの魔力だと言っている。
「おい、お前……ちょっと、こっち来い」
「え、僕?」
男の腕を掴み、引っ張って行こうとしたところを目つきの悪い男に掴まれた。
「待て。何をするのか先に説明してくれないか?」
「そうだよ。治だけズルいだろ」
「あ? 別にテメェには関係ねぇだろ」
「ある。友達だからな」
男の返答に、私は言葉を詰まらせた。真っ直ぐにダチを思える奴を無下にはしたくなかった。隣の馬鹿は置いておくとしてだ。
「……ちょっと、話を聞くだけだ。別に、何も痛いことはしねぇ」
私が言うと、炎の鞭の魔力の持ち主だと思われる男が警戒するようにこちらを見た。
「……話を聞くって、隠語じゃないよね?」
「ッ、普通に話聞くだけだ! そんなに心配なら見えるとこで聞いてやるから、ちょっと離れやがれ……って、アイツらいつの間にか逃げやがったな」
クソ不良共がいつの間にか逃げ出していたのに今更気付いたが、もう追いかけたってしょうがねぇ。私は男の手を引いて少し離れた場所まで連れて行った。約束通り、あの二人からも見える位置だ。
「一つ、聞かせてくれ……」
私は指を一本立てて、男に顔を近付けて小声で聞いた。
「私を助けてくれたの、お前だろ?」
「え、何のこと?」
真顔で聞き返す男に私は考えが揺らぎそうになったが、まだ揺さぶりが足りていないと判断して畳み掛けることにした。
「……炎の鞭」
「ッ!」
今度は、確かな反応があった。息を呑んだ男は、誤魔化すように真顔のまま首を傾げる。
「えっと、何のこと?」
「はッ、その反応で分かったぜ。もう良い……だが、私は必ず受けた恩は返す。困ってたら、ここを尋ねな」
惚ける男に、私は事務所の位置が書かれた紙を押し付けた。どうやら、こいつは死んでも認める気は無いらしい。そこまでして恩を着せたくねぇとは、ガキ臭い顔してる割に随分漢気がある奴みたいだな。
「いや、本当に何の話してるのか分からないんだけど……取り敢えず、恩ならもう返して貰ったっていうか、寧ろこっちが恩があるっていうか」
「あ? あの雑魚を蹴散らしたこと言ってんのか? あんなの、お前ならワンパンだろワンパン」
手の平に拳を打ち付けてワンパンと言うと、何故か男はビビったように顔をひきつらせた。何だこいつ、あんな魔術使えんならどう考えてもあの雑魚共くらいワンパンだろ。
「全然ワンパンじゃないけど……助かったよ、ありがとね」
「おう、良いってことよ。寧ろ、ありがとな。マジで助かった」
私が拳を突き出すと、男は恐る恐る拳を突き合わせて来た。分かってんじゃねぇか。私は踵を返し、そこで名前も聞いていなかったことを思い出した。
「っと、そうだ。名前聞いてなかったな。聞かせてくれよ」
「えっと、治です」
「治な、覚えたぜ。私は茜だ。あの夕焼けの色と同じ、な」
ふっと笑みを浮かべながら夕焼けに視線を向ける。治も笑みを浮かべて固まっている。これは決まったな。痺れちまってんだろ。
「んじゃ、またいつか……礼はさせて貰うぜ」
「うーん」
若干微妙な返事が聞こえた気がしたが、気のせいだろ。私は手を軽く振って、その場から立ち去った。今はどうしても認める気はねぇらしいからな。礼は、また今度だ。