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第三話 赦しと願い
藤澤は翌日、本部の会議室に足を運んだ。
捜査協力という立場で資料を覗かせて貰ってる以上、発言する際は会議に顔を出す。
それが藤澤にできる唯一の礼儀作法だ。
会議室に入ると、高坂とすぐに目が合った。
藤澤を見つけた高坂はすぐに駆け足で寄ってくる。
「どう、洗い出しいい感じ?」
しかし、藤澤は顔を振った。
「期待してるならやめた方がいいよ」
のっそりとやってきた若井が疑問を口にした。
「え、間に合わなかった?」
藤澤は再度、首を振った。
「まぁ会議で話すから」
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ーーーー
藤澤が会議で語った結論は “当該事件とこばとの家の関与性は低い”
という事だった。
爆発現場、発生時刻、被害内容に類似する点はある。
しかし、いずれも爆発事件という性質から生じる共通点であり犯人の意図を裏づけるものにはならない。
それよりも当該事件で見られる、多数の死者を作るための犯人の工作に注目するべき。
爆発によって誰にどの程度の被害を与えようとしたか。
つまり「こばとの家」のように結果として多数の死者が出た事件
対して、該当事件の多数の死者を出すことを目的としていた事件
この2つは分けて考えるべきとの見解を藤澤は発表した。
藤澤が話せば話すほど高坂の表情が強ばっていく。
若井はそれを横目に見ながら、自身も手がかりが消えていく虚しさに駆られていた。
つまりは考えすぎという事だったのだろうか。
会議が終わると高坂が若井を睨みつけた。
「なにあれ?」
「え、」
若井が戸惑っていると横腹に高坂の肘が差し込まれた。
「ぅ゛」
若井が唸ると同時に脇腹を抑える。
高坂が顔寄せると歯を閉じながら唸るように喋った。
「なんで昨日のうちに根回ししなかったの!?」
「…根回し?」
「そう、あいつが関与性が高いっていえば捜査方針が変わったのに」
若井は首を振った。
「涼くんそういうのやらないんだよ」
「やらないじゃない、やらせるの!!
いい?捜査資料を握ってるのはこっちで」
「なんかヤグザみたいな話してる?」
藤澤の声が後ろからした。
高坂が勢いよく振り返ると釈然としない顔で藤澤を見た。
藤澤が肩をひょいと寄せると言った。
「だって仕方ないよ。嘘はつけないから」
高坂は首を振った。
「嘘ってつけって言ってんじゃないの
言い方ってあるでしょ
強調する場所を少し変えれば」
「それ印象操作」
藤澤が正論を挟むと、高坂が言葉を飲み込んだ。
しかし方向性を変えると再び、口を開く。
「じゃあどう思うわけ、この事件」
高坂は「こばとの家」の資料を手に取った。
「児童施設の爆発事件なんて2件とある?
そんな何度も爆発されたら、たまったもんじゃないよ」
「うん、関係ないわけじゃないと思うよ」
「そう、だって」
高坂は遅れて藤澤の言葉の意味を理解した。
「え?」
若井と高坂が同時に藤澤を見た。
藤澤は再度、頷くと口を開いた。
「ただ会議で言うには微妙な関与だっただけ。
関与が無いわけじゃない
言ったでしょ、関与性が低いって」
藤澤がそう言うと高坂は嬉しそうな悔しそうななんとも言えない顔になった。
「その薄い関与って?」
若井が聞くと藤澤は内ポケットから資料を取り出した。
「この子」
2人は藤澤が指さした名前を覗き込んだ。
“大森元貴”
若井はその時、何か忘れている気がした。
「あれ、この名前…」
何か見覚えがある。あれはいつだ?
若井の思考が時間を巻き戻る。
“大森くん 先に行くね”
若井は記憶の蓋が開くと、一気に溢れ出た。
「そうだ、大森くんだ」
「は?」
高坂が答えを汲み取れず、苛立った声を出した。
「この人、クララちゃん事件の大森くん」
「え!?」
高坂は目を見開くと固まった。
“クララちゃん事件”
当時の警察官でこの事件を知らない者はいないだろう。
ある夜、警察署に入った通報
それは人が上から落ちてきたという内容だった。
救急隊と刑事が現場に向かうとビルから転落したであろう女性の姿があった。
即死だった。
彼女の体内からは強い睡眠作用を引き起す物質フルニトラゼパムが検出された。
しかし、お腹には臨月を迎えようとしている胎児がいた。
その胎児も転落した際に亡くなった。
警察が出した見解は、臨月の近い妊婦が自殺を図るとは考えにくい。
よって2名の殺人事件として捜査を開始する。
数少ない証拠の中で、目を引くものは彼女が書いたとさせる手紙だった。
ーーーーーー
大森くん さきにいくね
大丈夫
私がつくれたんだから
大森くんもつくれるよ
ーーーーーー
しかし、遺書にしか見えないその内容を警察は遺書と断定しなかった。
唯一の手がかり”大森”を辿ると、たどり着いたのが大森元貴。
クララのスマホを復元すると大森とのLINEが見つかった事がきっかけだ。
最後の連絡が8ヶ月前
大森がクララをご飯に誘う連絡とクララが大森に通話をかけた履歴が残っていた。
警察はすぐに大森元貴の自宅を特定。
その時、現場に向かったのが若井だった。
大森を尋ねると初め、彼は何が起きたのか分かっていない様子だった。
クララが亡くなった事を伝えると呆然とした様子で短く息を吐いた。
若井が任意で同行を頼むと大森は素直に従った。
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ーーーー
若井は比較的、開放感のある取り調べ室に大森を通した。
若井が椅子に着席を促すと大森は静かに腰を下ろした。
「こんな時にごめんね」
若井はまずは大森を気遣うセリフを吐いた。
「いいえ」
大森は斜め下を向いたまま首を振った。
パサパサとした髪が揺れる。
服の袖は伸びていて同じ服を繰り返し使用していることが推測できる。
「失礼だけどお仕事は?」
「工場で働いてます」
大森は抑揚の無い声で答えた。
「工場か…仕事内容はどんなものかな?」
「部品の組み立て」
若井は机の上で指を絡めた。
「クララさんとの関係は?」
大森はしばらく考えたあと口を開いた。
「たまに一緒にご飯を食べる関係」
「最後にクララさんにあったのはいつ?」
大森は記憶を辿るように瞳を動かすと懐かしそうに目を細めた。
「まだ暑かった頃です」
若井はLINEのトークを印刷したものを見せた。
大森が8ヶ月前、クララに”暇なら愚痴聞いて”とトークを送った履歴が残っている。
「クララさんこの後、電話をしてるよね
何話したの?」
「クララがじゃあ奢れって」
そう言うと大森は微かに笑った。
「いつも愚痴を話す代わりにって僕にご飯、奢ってくれたんです
今回は僕から誘ってるし、なら奢れって」
「そう、仲良かったんだね」
若井がそう言うと大森は口を閉じた。
「彼女が妊娠してたの知ってた?」
若井は突然、本題を切り出した。
知らなければ動揺するだろう。
大森は表現を変えないまま、若井を見つめた。
「…なんですか?」
「彼女、妊娠してたんだよ」
大森はその時、誰もいない所を見つめた。
その見えない何かに焦点がゆっくりと合っていく。
若井はその表情に大森が何かを知ってると確信した。
「なんで僕に話を聞いてるんですか?」
大森がどこかを見つめたまま話した。
「クララは殺されたんですか?」
「うん、その可能性も考えてるよ」
若井が答えると大森は目線を合わせてきた。
「それって誰かが何か目撃したんですか?」
若井は眉間に皺を寄せた。
「何、大森さん…まさかなんかしちゃったの?」
大森は首をゆっくり振った。
「違います。
刑事さん、なんでクララが殺されたって思うの?」
若井は無理やり笑みを作った。
「クララさんは臨月が近かったんだ
つまり彼女のお腹の中には…胎児がいたんだ」
若井は一瞬、言葉に詰まったが何とか続けた。
しかし、大森はその先を待つようにしばらく聞く体勢を崩さなかった。
しかし、若井の説明が終わったことを知ると慌てたように言った。
「え…それだけですか」
若井は耐えられず眉間にシワを寄せた。
「それだけ…?」
若井はオウムのように聞き返した。
「例えばなんか…犯人を見たとかそういうのは?」
若井は不快感が心を撫でると強い言葉が口から出た。
「大森さんはクララさんが殺されてた方がいいのかな」
若井がそう言うと大森は目を見開いた。
フラフラと瞳が揺れると目線が下がっていく。
「すみません…」
しばらく取り調べ室に沈黙が流れた。
若井は自身の失敗をすぐに後悔した。
あのまま喋らせた方が情報を引っ張れたかもしれないのに
若井は右側に置いてあるファイルに目を移す。
そこから切り札となる1枚の紙を取り出した。
“大森くん さきにいくね
大丈夫
私がつくれたんだから
大森くんもつくれるよ”
クララが大森に向けて書き記したとされる手紙だ。
「クララさんの手紙だ。
読んでくれるかな」
大森の視線がその紙に引き寄せられた。
「クララさんは君のことを」
若井が話を続けると、大森は何かを飲み込んだように喉を鳴らした。
瞬間、前かがみになると両手で口を覆った。
若井は初め、感極まって泣き出すのかと思った。
しかし、大森は嘔吐の直前のような声を上げた。
「…お、ぇえ゛」
若井は本当に嘔吐するのではないかと思い、慌てて立ち上がると大森の背中を撫でた。
「だ、大丈夫?」
大森はその間も断続的に短く息を吐き出した。
若井は心配と同時に違和感も強く感じた。
やはり、ご飯を食べるだけの関係にしては反応が強すぎる。
若井は膝を折ると、俯く大森と目線を合わせた。
吐き気なのか、悲しみなのか涙を浮かべた大森と目が合う。
「大森さん、最後に一つだけ
クララさんと肉体関係はある?」
大森の口角が片側だけ動くと、心底気持ちの悪い物を見るような嫌悪の目線を若井に向けた。
「いいえ、それだけはありえません」
「なら、どうしてそんなに」
若井は大森の手を掴むと優しく撫でた。
「大森くん、もう隠さなくていい
君は何も悪くない」
しかし、大森はさらに嫌悪の色を強めた。 怒りとも取れるような表情をすると若井の手の平から抜け出す。
「そ、そんなのいまさら」
そう言うと大森は自身の耳を両手で塞いだ。
そして蹲ると若井に懇願した。
「もう何も言わないで、お願いします
家に返してください」
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その後、大森元貴は姿を消した。
若井が再び尋ねると既に別の人の住居になっていた。
そして、そのタイミングでクララの日記が見つかった。
誰にも読ませたくなかったのか。
一般的な写真立ての中に隠されてあった。
そこに綴られていたのは恋人に捨てられた孤独感、それを埋めるように次の恋へ
それ故、クララは彼氏の名前が何度も変わっている。
大森に対しての言葉もあった。
顔がいいから話しててちょうどいいと綴ってあった。
でも服がいつも同じ、可哀想なかんじ
付け加えるように書いてあった。
他にも大森への言葉があった。
めずらしく病んでた
全然自分の話しないのに
死にたいって泣いてた
ちょっと気持ちわかるけど
さらに少し読み進めると彼女の妊娠が発覚したことがわかる。
それからは中絶への恐怖、金銭的な貧しさ、迷いが書かれていた。
そしてそれでもお腹の生命が育つ、恐怖と嫌悪。
お腹目立つしもう病院いけない
もうすぐ薬もなくなる
全部つかれた限界
この日記の最後の文字だ。
そして、その次のページは破かれていた。
彼女が残した大森への手紙を合わせると形が完全に一致した。
警察はこれを彼女の遺書とした。
これを書き上げた後、睡眠薬を大量に投与し自殺を図ったという見解で事件は幕を閉じた。
#stxxx
𝄞
1,000
コメント
2件
更新多くて嬉しいです😭 今回も展開が読めなくて読んでて楽しいです!!