「行ってらっしゃい!」
翌朝、リカルド様はなんとも申し訳なさそうな顔で「すまない……」と呟きながら山頂へと出かけて行った。謝らなくていいって言ったんだけど、リカルド様的にどうしても気が咎めてしまうらしい。
これ以上気を使わせたくなくて、あたしは自分的に最高の笑顔でリカルド様を送り出した。
リカルド様ったら目の下の隈が出来てたけど、もしかして眠れなかったのかなぁ。ワガママ言って悪いことしちゃった。
とは思うものの、実はあたし、まだ完全には諦めてないんだよね。
いや、もうさすがに「連れてって!」って駄々こねたりはしないよ? リカルド様のあの憔悴っぷりを見たらいくらなんでもそれは言えない。
ただ、もしもって事があるじゃん。
なんかの偶然で連れてってもらえる可能性、なくはないじゃん。
だから、その時になって後悔したくないなって思うから、最大限の準備をしておこうと思うんだ。
「じゃ、やるか」
腕まくりして取り出したのは、防寒用のマントと帽子。
あったかそうな淡い黄色のマントと帽子は、あたしの髪によく似合うってナオルにも褒められたお気に入り。でも、背に腹は変えられないもんね。
あたしはお針子よろしく、そのマントにチクチクと羽根を縫い付けていく。
そう、先日リカルド様が仕留めてあたしが解体を請け負った、あの巨大な火渡り鳥の羽根だ。綺麗に処理して保管しておいて良かった。
火渡り鳥の羽根なら大きいから、そんなに大量に縫い付けなくても結構布地をカバーできる。帽子には綿毛を縫い込めば、ふわふわ可愛く仕上がるだろう。
火渡り鳥の羽根には優秀な防炎性能が備わっている。そんじょそこらの火炎攻撃なんて通しやしないんだ。
そしてもちろん防御力も高い。さらに言うならそんなに性能がいいっていうのに、とっても軽いんだ。なんせふわふわの羽根なんだから!
力も防御力も貧弱なあたしにうってつけの素材だと思わない?
このマントと帽子を身につけておけば、魔獣に襲われた時のダメージが少しは軽減できる筈。
もしリカルド様の気が変わって、討伐に連れて行ってくれたときには、この手作り装備で少しでも防御を固めて安心感を持ってもらうんだ。あたしがそんなことを考えているなんて、リカルド様は夢にも思っていないだろう。
まぁぶっちゃけ、あのリカルド様がそう簡単に前言撤回するとは思えないんだけど、念のため、ってね。
「おおっ、意外と可愛く出来た!」
火渡り鳥の羽根は全体的に焔のような色だから、かなり派手ではあるけどね。でも、あり合わせの材料で適当に作ったにしては、上出来なんじゃないかなぁ。
あたしはマントを羽織ってみて、その想像以上の軽さと暖かさに感動した。
なんじゃコレ。上質なコートを着てるみたい!
マントと帽子のできあがりにすっかり満足したあたしは、ひとしきり一人っきりでのファッションショーを楽しんでから、綺麗に畳んで自分の荷物と一緒に保管する。
これがいつか、活躍してくれる日が来るといいんだけど。
もしもの時の準備もできたし、あたしは気持ちを切り替えて、早速お昼ご飯の準備にとりかかる。
リカルド様がいつ帰ってくるか分からないものね。
いつでも食べられるように準備してしまってから、リカルド様が帰ってくるまでの間、じっくり魔法の練習をすれば無駄なく時間が使えるよね、きっと。
魔法学校ではダントツ落ちこぼれのあたしでも、日常生活は普通にできる。
そうだ、小麦が結構な量、採れるようになってきたから、今日はパンを焼こうかな。あたしの実家はパン屋さんだから、こんな野宿スタイルでもそれなりに美味しく焼けるパンのレシピは既に習得済みだ。
一緒に作りながらコツを教えてくれたお父さんの柔らかくて分厚い手を思い出して、少しほっこりする。
リカルド様、喜んでくれるといいなあ。
コネコネしてまあるくまとめたパン生地を、葉っぱのお皿に乗せて置いておく。あとはリカルド様が帰ってきたら、木の枝に巻きつけて焚き火で焼いて、焼きたてホワホワを食すのだ。
たっぷり練りこんだバターが香って、きっと美味しいに違いない。
木ノ実を混ぜ込んだのとプレーンなのと両方作ったから、飽きずに食べてもらえるだろう。
そーだ! せっかくだからベリーを煮詰めてジャムも作っちゃおうかな。
この前採取したベリー、実はあれから畑で栽培してるんだよね。リカルド様、ベリーは好きだって言ってたし、もう結界の外にひとりで出るのは無理だから、あとで困らないようにたくさん作ってるんだ。
討伐に連れて行けなんてワガママを言ったせいで、リカルド様に心労をかけちゃったみたいだからね。美味しいものを提供して、少しでも元気になって欲しい。
たわわに実るベリーの中から熟した実をいくつか栽培用に取り分けて、あとは一気に収穫し、お鍋に投入する。砂糖をたっぷり加えたらここからはじっくり煮込むだけ。
コトコト、コトコト。
お鍋の前で火の番をしながら、畑の野菜たちに成長促進をかけて魔力の出力調整を練習する。
不思議だなぁ。
体の中を循環させて、思うところに魔力を集めるのは簡単なのに、魔法として出力するとえげつない威力になって出てくるのってなんでなんだろう。
一発目の成長促進魔法なんて、一気にギュンって茎が伸びて、あっという間に花が咲いて、収穫する間も無く実になって落ちたし。
首を捻りながらどんどん出力を絞っていた時だ。
背後でドサッという、重い何かが落ちた音がした。
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