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「ただいまー」

とのぞみが自宅のドアを開けると、笑い声が聞こえてきた。


若い男の声だ。


「ただいま」

ともう一度言いながら、リビングに入る。


すると、貴方、どちらのアスリートですかというような、ぴっちりしたサイクリング用のウェアを着た筋肉質な男がダイニングテーブルで夕食を食べていた。


「おう、お帰り、のぞみ」

と男は振り返って笑う。


従兄の遼一郎りょういちろうだ。


「あれ~、遼ちゃん、どうしたの?

岡山に転勤になったんだよね?」


「そう。

ちょっと休みがとれたんで、岡山から自転車で実家に帰ろうと思って。


で、おばさんとこにも顔出しとこうと、ついでに寄ったんだが。


お前、もう就職したんだってな」

とそれは、いつの話だというようなことを呑気に言う。


「のぞみ、就職おめでとう」

と遼一郎はビニール袋を差し出してきた。


「遅くなったが、お祝いに。

……道の駅で買ったツマミと酒だが」


袋の中には、『やわらか、さきいか』とビールが二缶入っていた。


明らかに、自分で呑もうと思って買ったのをついでくれた感じだ。


「のぞみも、もう酒が呑める歳になったんだろ?」

と笑いかけてくる遼一郎に、


「そうだね。

……三年くらい前に」

とビニール袋を手に、苦笑いしながら、のぞみは言った。


「いやあ、急に来たのに、晩ご飯までご馳走になっちゃってすみません」

と言う遼一郎に、浅子は、


「大丈夫よ。

最近は、いつも多めに用意してるの。


のぞみの彼氏がいつ来てもいいように」

と笑って言っていた。


そうだったのか。

じゃあ、専務、遠慮することなかったのに……。


っていうか、既に、遼ちゃんが食べちゃってるけど、と思うのぞみに、

「ほら、あんたも早く食べなさい」

と浅子が言ってくる。


「あ、うん」

と手を洗ってきて、戻ってくると、


「そうだ、のぞみ。

なんかすごいイケメンの彼氏ができたんだってな」

と遼一郎が言ってくる。


「お前なんか、三ヶ月で捨てられそうだな」

と笑う遼一郎に、


「笑えないこと言わないで……」

と言いかけ、気がついた。


「そうだ。

その彼氏って――」


本当に彼氏と呼んでいいのだろうか、と怯えながらも、他に言いようがないので、のぞみは言った。


まき先生なんだよ。

遼ちゃん、知ってるじゃん。


地区の行事のとき、一緒にリレー出たでしょ」

と言うと、ええっ? と言う。


「嘘だろ。

あのイケメンの先生かっ。


お前、三ヶ月じゃなくて、三分で捨てられるぞ」


……なかなか失敬な予言だが、本当になりそうで怖い、と思っていると、つるっとうさぎ島の話になった。


「うさぎ島、いいぞー。

あちこち毛玉が落ちてるみたいに、もふもふのうさぎが、これでもかってくらい居るんだよ。


行ってみろよ。

ああ、先生と行くのか?」


遼ちゃん、笑顔でさらっと言わないで……。


後ろのソファに座るお父さんの気配が怖いから。


「うん……。

日帰りで行ってこようかなと」

と引っ込みがつかなくなって、そうバラすと、


「日帰り?

無理だろ。


うさぎの頭撫でて戻ってくるくらいの感じになるぞ」

と遼一郎は言い出す。


遼ちゃん、意外にも専務と発想似てるよね……と思っていると、

「泊まってこいよ。

あの辺、いい宿あるぞ。


ああ、先生、部活があるのか」

とまだ遼一郎は、京平を教師だと思っているので、よくわからない話になっていく。


それにしても、泊まってこいよ、はまずいよ、遼ちゃん、と思ったのだが。


遼一郎はソファの方を振り返り、

「いまどき、婚前旅行は駄目とか、時代遅れなこと言わないですよねー、おじさん」

と信雄に向かって言い出した。


遼一郎の話を聞きながら、テレビを見ていた信雄は、ああ、いや……と苦い顔をする。


「そうか。

土産買ってきてくれよ。


うさぎはいいからな。

あれ、家で飼うと大変だし。


うさぎのくせに、ねずみ算式に増えてくからな」


いや……そもそも、うさぎ、連れて逃げちゃ駄目なんじゃ……と思うのぞみの後ろから、もぞもぞと信雄が言ってきた。


「いや、泊まりというのは、外聞が悪いじゃないか」


「でも、おじさん。

泊まろうが泊まるまいが、やるときはや――」


「遼ちゃんっ。

コロッケ、一個あげるよーっ」


ひーっ、なんの話を始めるか、貴様っ、と思いながら、皿に小さなコロッケをひとつ投げ入れる。


「おお、のぞみ、すまんな」

と細かいことは気にしない遼一郎は笑い、


「コロッケといえば――」

と全然違う話を始めた。


だが、なんだかんだで、声の大きな遼一郎に煙に巻かれる形で、京平とうさぎ島に行く話は、信雄に承諾された。




言うだけ言って、遼一郎はまた、実家に向かい、走っていった。


翌朝、

「行ってきますー」

とのぞみが仕事に行こうとすると、のぞみより出勤時間の遅い信雄が玄関までやってきて、


「京平さんと出かけてもいいが、日帰りだぞ、のぞみ」

と念押しするように言ってくる。


「もちろんだよ。

専務もそう言ってたしね」

と言うと、信雄の目に、


さすが、京平さんだな、という光が宿る。


またしても、専務の株が上がってしまったようだ。


いや、私自ら上げたんだが……と思っていると、


「まったく、遼一郎の奴は……」

とぶつぶつ文句を言いながら、信雄はリビングに戻っていった。


遼ちゃんが悪役になってしまった……。


ごめんね、ありがとう、遼ちゃん、と思ったが。


そもそも、遼一郎は、なんにも気にしない男なので、信雄に文句を言われても、特に気に病んだりはしなさそうだった。




「遼一郎さんはもう帰ったのか」


専務室に仕事で行くと、京平が機嫌よくそう言ってくる。


昨日、寝る前のメールで、親公認で、うさぎ島に行けることになったと報告したからだ。


「はい。

そのまま、また、実家に向かって走っていってしまって」


「元気だな……。

足もむちゃくちゃ速かったしな」

とリレーのときのことを思い出しながら、京平は言ってくる。


「というわけで、やはり、日帰り弾丸ツアーになってしまいました。

すみません」


専務は長く、もふもふしたかったのかもしれないのに申し訳ないな、と思って言うと、


「いや、せっかく得たお父さんの信用を損ねないためにも、その方がいいと俺も思ってたところだ。

むしろ、二人で旅行に行く許可をどうやってもらおうかと考えあぐねていたところだったから、助かったよ。


遼一郎さんに、なにか土産を買って帰ろうな」

とホッとしたように笑って言ってくる。


「……やわらかい、さきいかとビールを買ってあげると喜ぶと思いますよ」

そうのぞみは言った。



「結局、専務と毒ガスの島に行くのか」


昼頃、専務室の横の秘書室に居たら、祐人にそう訊かれた。


……うさぎ島と言ってください、と思いながら、のぞみは、

「はい。

あの、何故、ご存じなんですか?」

と訊く。


「専務が鞄に広島の旅行雑誌をしまうのを見たからだ」


……専務、職場に持ってこないでください。


じつは、うさぎに会いに行くので、浮かれてるとか?

と思っていると、仕事をしているのぞみの額をなにかで祐人がつついてくる。


顔を上げると、


まだあったのか……、


あの、金のチョコ棒だった。


「やめてくださいっ。

仕事が進まないじゃないですかっ」

とそれを手で払いうと、


「坂下。

少々のことをされても、動じないくらいじゃないと、秘書は務まらないぞ。


キスでもしてみようか?


動じずに続きを書けたら、褒めてやる」

と祐人は真面目に叱るときのような顔で言ってくる。


「結構です」

と言って、もう一度、チェックを始めると、


「……泊まりなのか」

と祐人は訊いてきた。


「日帰りですよ。

専務はうちの父親の意見、第一の人なので」


「じゃあ、お前は泊まりたかったのか」

と突っ込まれ、のぞみはつまる。


「そ……、

そういうわけではないですが。


うさぎは昼間より、夕方から早朝の方が活動的なんだそうです。


だから、まあ、実はちょっと残念ですね」

としゅんとして呟くと、祐人が、


「別々の部屋なら泊まってもいいんじゃないか。


そうだ。

俺がついていってやろうか」

と言い出した。


いえ、結構です、と苦笑いして、のぞみは立ち上がる。


領収書を手に、

「人事に行ってきまーす」

と言って、逃げ去った。


わたしと専務のナイショの話

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