テラーノベル
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憂鬱になりながら、無表情のお父様をちらりと盗み見た。
お父様は、第五魔術師団をまとめる偉大な魔術師だわ。ペンロド公爵様だけでなく、国内外から一目置かれている。そんなお父様を煩わせてはいけない。いけないんだけど……
私が失態をさらすと思うなら、家に帰してくれてほしい。ううん、家に帰りたい。
鼻の奥がつんとして涙がこみ上げてきそうになった。その時だった。花の香りをまとった強い風が吹き抜け、ドレスの裾を揺らした。いたずらな風は、煌びやかなドレスや丁寧に結い上げられた髪を乱して吹き抜けていく。
お祝いに集まった令嬢たちから、次々に小さな悲鳴が上がった。
私も思わず小さく声を零し、前髪が乱れないように慌てて抑えようとした。すると、上げた手からハンカチがはらりと抜けてしまった。
「あっ! お母様の……」
とっさに指を伸ばすと、一段と強い風が吹き抜けた。それをバカにするように、ハンカチは伸ばした指をするりと避けるようにして、高く舞い上がった。
風が私の宝物を攫ってしまう。
だけど、背伸びをしようとした私を、強い力が引き戻した。
「何をしているのです。行きますよ」
「で、でも……!」
「あのような古い布切れを今でも持っているだなんて、恥ずかしいと思わないのですか」
眉間に深いシワを刻んだ継母は、小声だけど私に聞こえるよう「だから捨てたのに」と忌々しそうに吐き捨てた。そのおかげで、いくつも失ってきた亡き母の思い出が脳裏をよぎった。
せめてこのハンカチだけはと思って、幾度となく取り返してきた。だけど、最後の思い出の品は、さらに吹いた風に攫われて高く舞い上がった。その姿を目で追いながら、堪らずに唇を噛んだ。
今度も、取り返すんだから。絶対に、失ったりしない。
継母の手を振り払って、ハンカチを追おうとしたけど、それを許してもらえるわけもなく、再び手を掴まれた。赤く塗られた爪が柔らかい肌に食い込み、もう一度振り払おうとしても、びくりともしない。
手首にピリリと痛みが走った。恐怖を感じて継母を見上げると、突き刺さるような冷たい目がこちらを見ていた。
「行きますよ」
冷たい言葉とともに、乱暴に引き寄せられる。そのまま、まるで重たい荷物を引っ張るように引きずられ、つま先が地面に突っかかった。もつれるようにして足を踏み出し、慌てて後ろを振り返る。
どうにか、どうにか取り返したい。嫌だ。あれは、お母様の大切なハンカチよ。大切な、私の宝物なの。
「お継母様、お願いです。あのハンカチは……!」
諦めきれずに目で追い続けたけど、背丈の低い私ではどうすることもできない。
赤い薔薇の刺繍があしらわれた白いハンカチが青空で翻る姿は、まるで解き放たれた蝶のようだ。自由を得た蝶に手を伸ばしても、もう届きそうになかった。
目の奥が熱くなり、滲んだ視界から白いハンカチが消えた。そうして、引きずられるように歩きだした時だった。
「お待ちください」
少し低いけど爽やかな声が、私の背にかけられた。
継母の足が止まり、私の手首をギリギリと握っていた手が緩む。とっさに手を振り解いて振り返ると、そこに美しい男の人が立っていた。
「ハンカチを、落としましたよ」
魔術師団の正装に身を包んだ男性の手が差し出される。その筋張った大きな手に、私の宝物が握られていた。
涙がこぼれそうになるくらい嬉しくて、すぐにでも飛びつきたかった。でも、背中にびしびしと感じる継母の視線に体か強張る。指が震え、お礼をいう口が震えた。
すると、男性はそっと私の手を取ると、ハンカチを握らせてくれた。まるで、放してはいけないよというように。
「今日はずいぶんと風が強いので、お気をつけて」
にこりとも微笑まない男性は手を離すと、軽く頭を下げて私の横をすぎた。
「ありがとうございます!」
去っていく背中へ、咄嗟に声をかけると、男性は一度足を止めたけど、こちらを振り向くことなく、少し前で立ち止まっていたお父様へと近づいた。
気づけばハンカチを握りしめ、その後ろ姿を目で追っていた。
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コメント
1件
うわあ、読み終わってじわっと来ました…。継母の冷たい視線と手首を掴む痛み、亡き母のハンカチへの想いがすごく重なって、もう胸がぎゅっとなりました。そこに現れた魔術師の方が、にこりともせずに「お気をつけて」ってハンカチを握らせて去っていくの、その距離感が逆にすごく優しくて…! 背中でお父様と会話する感じも気になります。次が楽しみです!