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夜夢を喚ぶ

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夜夢を喚ぶ

7 - 良い人

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2025年09月19日

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翔空には変わった日課があった。毎日、昼の授業が終わって休み時間になると、食堂を歩き回って昼食を一緒に食べる人を探すのだ。翔空は人と喋ることが好きであり、なおかつそのことに長けてもいる。例えばみずなのような頑固で無愛想な人間でも、彼にかかれば、心を開かせることも容易だ。彼は意図的にそうしている訳では無い、話してれば勝手に心を開いてくれるもんなので、いわば、ただのコミュ強陽キャである。

「あ。あの人、赤ネクタイってことは特待生か。」

翔空はその特待生と思われる少年の前に座った。彼は翔空の方を見もせず、淡々と飯を食う。

「ちゃっすちゃっす。オレ、1年のヒダカ。何年?」

彼は何も言わない。みずなタイプか……翔空は少し困ったように眉をひそめた。それともなんだ、縷籟人にとって、無視というのは当たり前なのか。

「めっちゃ食うね。ほっぺに米粒付いてるぞ。」

そう言うと、少年はやっと翔空の方を向いた。

「どこ?」

「右。もうちょい上、行きすぎ……そこ。」

頬についた米粒を口の中にいれて、少年は、箸を置いて翔空に向き直った。

「ごめん、考え事してて気が付かなかった。無視してしまってたようで、本当、ごめん。」

「別にいいよ、前には意図的に無視してくる奴もいたからな。オレは1年、ヒダカつうんだ。お前は?」

「3年。ツチカゼ コン。君のことは知ってる。後輩だし。」

「コンは何について考えてたんだ?相談なら乗ってやるよ。」

「……好きな人のこと。」

「お前好きな人とかいんの!?」

縷籟警軍学校の特待生に、周りの声が聞こえなくなるほど恋焦がれてる奴がいるとは。警軍内に女性はほとんど居ない。

「まじか……ムズくね?女に対して男が多すぎるってかさ、お前はイケメンだからいけるかもだけど、倍率高すぎってかさ。」

「そういう好きな人じゃないんだ。たしかに変な言い方だった。今風に言えば……推し、とでも言うのかな。」

「あー、アイドルの追っかけしてる感じ?」

「アイドル、ね。たしかに俺にとってはアイドルかもしれない。彼は間違いなくこの学校の誰よりも輝いてるし、誰よりもかっこいい。時にトア、この学校の太陽は、誰だと思う?」

突然の質問に、翔空は困った。なんだろう……紺から、異常な圧を感じる。間違えられない……太陽……太陽…………。

「んー、強いて言うなら、ヒナタさんかね。すげー強くてすげー賢いらしいし。」

この学校でも1番の有名人だし、無難だろう……翔空がそう答えた瞬間、紺は目の色を変えた。

「その通りだよ、翔空。この世はヒナタが生まれた瞬間から始まり、ヒナタを中心に回っている。」

「……おう。オレもそう思う……。」

「無理に同調しなくていいよ。ごめん、変な話しちゃったね。」

「同調なんてできるように見えるか?お前の熱量に感心しただけだ。」

「見えるよ。空気読むの得意そうな顔してる。そういうの俺は苦手だから。君は良い人に見える。」

翔空の顔が強ばった。紺はぎくっとして、咄嗟に訂正する。

「ごめん、何も知らないのに、無神経なことを言ってしまったかもしれない。」

「……いや、大丈夫だよ。不快にはなってない。ただ、良い人だなんて言葉、オレには勿体ねえような気がして。オレは良い人じゃねえよ。」

「そうか。君がそう思うんなら、きっとそうかも知れないね。」

そう微笑んだ紺の顔を見て、翔空は少し後悔した。初めて話す人に向かって、「オレはいい人じゃねえよ」とか、少し気恥しいことを言ってしまったかも知れない。話すのが好きな割に、相手の悪気ない表現にいちいち反応してしまうことを、翔空は気にしていた。

なんて言えばいいのかわからず、少しの間、沈黙が流れる。紺は沈黙が平気なタイプなようで、特に気にしている様子もなかったが、翔空は沈黙が苦手だ。幸い、突然後ろから話しかけられ、その沈黙は打ち砕かれた。

「あら、特待生じゃないですか。2人で仲良くお食事ですか?私も混ぜてくださいよ。」

振り返ると、見たことの無い、男子生徒が立っていた。大きな目には丸い大きな瞳孔、長い睫毛のせいで目に光がなく、ニコニコと笑っている。

「いや、誰……?」

「トアは見たことないかもだけど、この人は生徒会の人だよ。名前は知らない。」

「あーね。オレは1年のヒダカだ、よろしく、生徒会のにいちゃん。」

翔空は「座れよ」と、自分の隣の椅子を引いて見せた。歓迎されると思っていなかったのか、その男子生徒は少し頬を赤らめて、「失礼します」と椅子に座る。

「帝王の仰せの下に。私は2年生で生徒会の書記をしています、白家 海都と申します。ウミに、ミヤコと書いて、ミクオと読みます。」

翔空はへー、と、空に字を書いてみせる。その正面に座る紺は、やけに不快そうに呟いた。

「マツナの右腕が、俺たちに何の用?」

そんな彼を見て、海都が笑う。

「姉さんのことを呼び捨てで呼ぶな、特待合格したからって思い上がらないでください?ヒナタさんの引っ付き虫にだけは言われたくない。」

「急にどうしたよ2人とも。楽しくいこーぜ。姉さんって言ったか?生徒会長のことか?」

翔空が場を取り持つと、海都は人が変わったような人懐っこい笑顔になった。

「姉さん……ユミナミ マツナは、私たちの姉のような存在なんです。親がいなかった私たちをとても可愛がってくれて。」

私「たち」……海都はたしかにそう言った。翔空がそれについて口を開く前に……また違う声が、海都の背後から聞こえた。

「ミクオ、やっと見つけた。姉さんが呼んでいたから、生徒会室に戻りなさい。あら、このお2人は……特待生?」

顔が海都に似ている男だった。海都よりは少しだけ背が高くて、顔も大人っぽい。その男の顔を見た瞬間、紺が顔を顰めてそっぽを向く。

そんな紺には構わず、男は海都に似た笑顔で、2人に話しかけた。

「トアくんは初めまして、コンは久しぶり。帝王の仰せの下に。僕は白家 湊都といいます、ミクオの兄です。サンズイのほうのミナトに、ミヤコと書いて、ミナトと読みます。生徒会の副会長をやってるんだ、よろしく。」

「オレの名前……」

「生徒会は生徒全員の顔と名前を覚えてるよ。特待生なんて、とくにね。」

「あーね。そらすげーな。」

あからさまに不機嫌そうな紺に気を配りながら、翔空は生徒会の2人を向いた。これ以上は一緒にいないほうがいい、勘がそう言っている。

なぜこんなにも紺が不機嫌なのか、翔空には理解できない。特待生と生徒会は仲が悪いのか……海都も紺に対して攻撃的だった。翔空には苦手な人がいない、だから気持ちがわからない。全員仲良くすれば良いのに。

「マツナさんが呼んでんならやべーんじゃね?オレたちと飯食ってないで、行きなって。」

「そうですね。トアくん、ありがとうございました。強い人に引っ付いてないでさっさと自立してくださいね、ツチカゼ先輩。」

「弟がお世話になりました、トアくん。じゃあね〜、コン。」

2人の挨拶に、紺は舌打ちで返した。翔空はびくっとする。この人、2人で話していた時はあれほど穏やかで静かな人だったのに、生徒会が絡んで来た途端に人が変わったような不機嫌な態度を取る。

「仲悪いの?あいつらと。」

「ヒナタはじめ、4年の特待とマツナが仲悪いんだ。と言っても、半分おふざけみたいな空気だけど。俺、どうしてもあの兄弟が気に食わないんだ。ごめんね、変な態度とって。ビビったよね。」

「ビビったってか、コンにもあんな怖い舌打ちできるんだな〜って。もう1回やってよ。」

「やだよ。トアに対しては敵意がないからできない。」

翔空はははっ、と笑った。紺もつられて微笑む。

その後2人の会話は誰にも邪魔されず行き詰まることもなく、和やかなまま解散まで至った。



教室に戻ったあと。翔空の心の中では、先程紺から言われた言葉が、ずっとぐるぐるしていた。

―――君は良い人に見える。

(良い人……オレが良い人、か。)

そう見られていたなら本望だが、過去も現状も、翔空がどう見られているか程度では変わらない。ここで言う善し悪しとは、個人の主観で左右する程度の小さなものではなく、倫理や道徳によって太古の昔から悪いと定められているものだ。快楽のために人を殺した人のことを善いと思う人間なんてこの世にいないのと同じように。

翔空はため息をついた。背中に重い荷物を背負っているような感覚だ。

(この荷物がある限り……オレは、良い人には、なれない。)






学校から帰った颯希は、荷物を置いてからすぐ外に出た。

「サツキ。どこか行くの?」

帰り途中のミツルとすれ違い、颯希はよくぞ聞いてくれました、とでも言うように目をキラキラさせて言う。

「温泉に行くんだ!」



4年特待生の寮は、特別である。

入学初日、食事会のために訪れた1年生たちはその家を見て、とても驚いた。そこはまるで、小さなホテルのようであった……綺麗な外観に広い廊下、片側には無数の部屋があり、もう片側には中庭に面した一面の窓。学生が4人で住むには広すぎるところだ、実際、4年生の彼らも「こんなスペースと費用があるなら学校の設備に使え」と言っている。

基本的に4年生以外は立ち入り禁止とされているが、今年の4年生は、1年生の入学初日に特待生を全員集めて、手料理を振る舞ってパーティーをするくらいにははっちゃけている。校則に厳しい徇までもが、黙認どころか積極的に家に呼ぶ始末。贔屓はしていないと本人は言っていたが、そこのところ、徇は後輩に甘い。

先日助けられたこともあり、4年生と特に親交が深い颯希は、灯向に、4年の寮にある温泉に誘われていた。

「こんにちは〜!」

相変わらずの大きな建物に入ると、徇が出迎えてくれた。

「サツキか。どうした?」

「ヒナタさんに誘われて温泉に来ました!」

「そうか。今レントも風呂入ってるから、いーんちょも入るなら多分、あの2人が言い合いの喧嘩始めるな。もしそうなったらサツキ、お前が2人を止めてくれ。」

「えっ、私が!?どうやって……!」

「蹴るんだ、急所を。」

「ジュンさんは人の心ないんですか!?」

本気で慌てる颯希を、徇は面白そうに笑う。

「冗談だ、悪かったな。風呂はそこを曲がって、突き当りで左折したら見える。ゆっくりしていけ。」

「はい!ありがとうございます!」

颯希はスキップしたい気持ちをぐっと堪えて、脱衣室に向かった。



「いや〜、テストまで3日きったね。勉強の調子はどう?」

水の滴る音が聞こえる。春の終わりかけにしては少し寒いのは、自分たちが素っ裸でお湯に浸かっているからだろうか、空を見れば、灰色の隙間に輝く水色がやけに眩しい曇り空だ。

「それが……実は私、入学試験で、1年生の特待で1番筆記の点数が低くて……順位が貼り出された時、ナメられないかだけ、少し心配です……。」

「サツキが1番低いの?たしかに1年生みんな賢そうだけど意外だな、あのメンツだとトアが1番低そう。」

「ヒナタさん、トアくんに対して失礼すぎませんか?トアくん、総合点は私と同じなんですけど、筆記で満点取ってるんです。とても敵わない……!」

「筆記満点!?あのトアが!?」

「だから、失礼ですから!」

自信がなさそうにする颯希を見て、灯向は、温泉の角を指さして笑った。

「でもさサツキ、あいつの入試の筆記の点数知ってる?20点。」

その指の先には、だるそうにこちらを向く蓮人。

「あいつ、学年初めのテストで順位に乗ったことない。ガチバカ。だから安心して、下には下がいるから。」

「誰がガチバカだって?ただのバカじゃない、運動神経がいいバカだ。」

「ほら、いかにもバカでしょ。顔とか。見てよあのクマ、まともに勉強してないのにクマなんかできてるよ。夜更かししてるから。」

「悪かったね。クマができるまで勉強しなくてもトップになれる天才くんとは訳が違うんだよね、ねぇ、ヘアピン。」

これか、徇が言っていた「言い合い」というのは……。颯希は面白そうにふっと笑った。

「2人とも、才能に恵まれていて凄いです。私は、多分、特待生の中でもすごく「普通の人」寄りなので……」

「普通、の定義は分からないけど……普通ならどうして、サツキは、どうして警軍になりたいと思ったの?」

「……両親が犯罪者に殺されてしまったんです、強盗殺人でした。両親が守ってくれたので、私は無事だったのですが、祖父母の家に引き取られてからも、怒りが収まらなくて。私利私欲のためにいとも簡単に人を殺める、極悪非道な連中を、地獄に送りたいんです。」

灯向と蓮人は目をぱっちり開いて、物珍しいものを見るかのように颯希を見つめた。

「えっ!?何ですか、その目!?変なこと言いました!?」

「ううん。まともな理由すぎて驚いた。特待生じゃ、本当に犯罪を根絶したいと思ってる人なんて、そういないから。」

「……え?」

颯希は灯向の言葉を、上手く理解できなかった。補足するように、蓮人が続ける。

「特待生ってのは基本的に、住む家はないけどたまたま勉強か運動に才能があった奴が殆どなんだよね。俺もそうだし、ボスも、家から逃げてきた。犯罪のせいで家を失った奴だっている、根絶したい気持ちも無くはないけど、どっちかってっと宿の役割の方が目的みたいなとこあるし。」

「そうなんですか……たしかに、お仕事がもらえて、住む家ももらえますね。考えたこともありませんでした……!」

「俺たち4年生の中で、サツキのタイプはユウだけかな。気が合うんじゃない?」

「そうかもです!最近はユウさんの保健室を手伝わせてもらったりしてて、よく話すので、これからも仲良くしようと思います!」

嬉しそうに微笑む颯希に、4年生の2人はまた驚いた。

「保健室手伝ってるんだ?何聞いても偉いね、いい子だね、サツキは。」

「ほんとだわ。1年のトップ3はいつも怖い顔してんのに、ヘアピンと、あと髪長い奴は社交的で優秀だな。」

「トアくんのことですか?あはは、彼の社交性にはとても敵いませんよ、次元が違う……。たしかにミツルくんとミズナくんはちょっと怖いけど、サクラくんはいい子ですよ。」

その名前に、蓮人は一瞬、顔を引き攣らせる。灯向が笑った。

「こいつ、弟のことあんま好きじゃないの。自分より優秀だから。」

「別にそんなんじゃねえよ。可愛い弟だと思ってるよ、まあね。」

ふふ、と颯希が微笑んでると、急に仕切りの外から、「うわあああ!」と叫び声が聞こえてきた。

「噂をすれば……ミツルくんの声ですね。」

「ミツルって、外で叫ぶようなキャラだっけ?」

「いや、断じてそんな事はないです!何かあったのかな……。」

「まぁ、多分今の聞いて徇が行ってるし、大丈夫でしょ。」

「たしかに。大丈夫ですね。」

3人が同時に、後輩が心配で焦って駆けつける徇を想像して、クスッと笑う。そのまま、3人は、春の空の下で、談笑に花を咲かせた……2日後に控えたテストのことなど、完全に忘れた様子であった。








続く

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