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「そんなに叫んでどうしたんだ、キトウ……。」
光の叫び声に寮を飛び出してきた徇は、目の前の光景に目を疑った。
寮があるエリアの、入口の前。大きな3つのリムジンが止まっていて、黒い執事服を着た男が数人、横一列に並んでいる。
そのうちの1人が、桜人の腕を引っ張っていて、桜人は今にも泣きそうな顔で光にしがみついている。光も桜人を離すまいと、しっかりと抱きしめていた。
徇の存在に気がついた光が、今までに聞いたことがないほどの大声を出す。
「ジュン、助けてくれ!突然突っ込んできた男たちに、サクラが誘拐される!」
「誘拐などではありません!!我々は……」
負けじと言い返そうとした男を、徇は躊躇いもせずに、殴った。そのまま2人から引っぺがし、踏みつけると、すぐに振り返って桜人の制服の埃を払う。
「怪我は無いか、2人とも。家まで走って帰れ。俺が追い払っておくから。」
2人は顔を見合わせると、そそくさと寮へ走った。黒服の男が「そんな!こちらへ戻ってきてくださいまし、お坊ちゃま!!」と手を伸ばす。徇はそれをまた勢いよく踏んづけて、声を張った。
「ジジイども、帰れ。」
「桜人お坊ちゃまのいる場所こそが、私たちの家でございます。」
「違うな。ここはオレたち特待生だけの家だ。つべこべ言わずに立ち去れ。」
徇は男たちの後ろにある、大きなリムジンを見た。
「お前たち、レントとサクラん家の家来か。」
男たちは何も言わない。
「オギを連れ戻そうと?あいつが家のことをどう思っているかなんて知ったこっちゃないが、さっきのオギの顔見たか、本気で嫌がってたぞ。
オギが良いとこの坊ちゃんなのは全員が把握している、いつか来るとは思っていたが、こうも正直に正面突破しようとしてくるなんてな。縷籟警軍もナメられたもんだ、大人のクセにバカじゃねえのか。」
徇は一向を睨みつけることもなく、ただ呆れたようにトランシーバーを手に取った。
「おい、マツナ。特待寮に侵入者、注意しても立ち去ってくれない。どうにかしてくれ。」
『……どうして私が。君の不良のお友達に頼みな、忙しい。』
向こうから聞こえたのは、女性の声だ。
「あいつ、今、風呂。それともなんだ、こういうのは生徒会の仕事だと認識してるが、違うのか?生徒の安全を守んのがお前らの役目じゃなくて?」
『……仕方がないな。少し待ってろ。誰か殴ったか?』
「ああ、1人だけな。」
『風紀委員のクセに暴力的な奴。そもそもお前は……』
相手は恐らく、生徒会長の弓波 茉凪……彼女の説教が始まりそうな雰囲気を察知して、徇はトランシーバーを切った。
「オギのことは諦めろ。あいつは自分でここにいる選択をしたんだ。」
「……諦めません。坊っちゃまは必ず、我々が取り返します。」
「取り返すも何も、取ってねえだろ……」
やがて到着した生徒会により、桜人の執事だと名乗る男たちは連行されて行った。
その光景を遠くの窓から見ていた蓮人は、ため息をついた。
「随分と大胆だね、トトの家のお父様は。」
「親父の命令じゃないよ、きっと。親父ならもっと上手く取り返す。だいいち親父は、家から出てった俺たちには、多分もう興味無い。」
「そう?それは良かった。親からの興味なんて無いに越したことはない。」
灯向は窓の外の生徒会を見るなり、「あ、生徒会!マツナにちょっかいかけてくる!」と、部屋を飛び出していった。それを気に留めることもなく、蓮人はただ、窓の外にいる執事たちを見つめて、小さく、誰にも聞こえないくらいの大きさの声で呟いた。
「あんな奴……そのまま、連れ帰ってくれれば良かったのに。」
あの後からはなんの騒ぎもなく、特待生たちは無事にテストを終えた。
数日後。光と桜人が登校すると、廊下がやけに賑わっている。
「なんだ、あれ?」
「前の抜き打ちテストの順位じゃないかな。」
「お。」
2人は人だかりの後ろから、目を凝らした。名前は上から桜人、翔空、みずな、光、颯希……という風に、特待生が並んでいる。
「ちゃんと特待が5位まで独占してるな……げっ、トアに負けてる。」
「トアくん、意外と賢いよ。ちゃんと見て、トアくんも順位が「1」になってるから、ぼくと同率だ。多分、満点。」
「誰が“意外と”賢い、だって?」
後ろから肩をガシッと捕まれ、桜人は「ぴゃっ!?」と変な悲鳴を上げた。光が振り返ると、そこには翔空だけでなく、みずなと颯希もいる。
「よう3人とも、ミズナは久しぶり。」
「おはようございます。久しぶり。」
光は驚いた。みずなから……あのみずなから、挨拶が返ってきたのだ。
「……何、その顔。」
「わかるよミツルくん!ミズナくん、久しぶりに話したらなんか愛想良くなってて、私も驚いた!」
「ミズナくん、ぼくにもおはようって言ってよ。」
前に出てきた桜人に、みずなは「……気持ち悪い。」と言い放って、翔空の後ろに行った。それを見て、光が吹き出す。
「何笑ってんの、ミツルくん!」
「さすがにおもしれーよ、サクラ。」
「トアくんまで。覚えててね、次は絶対、点数で勝つから。」
宣戦布告をする桜人に、翔空は少しきょとんとして、呑気に笑った。
「おう。オレ馬鹿だしすぐ勝てると思うぞ。」
「それはトアより点数が低い僕たちを馬鹿にしてもいるよね。」
「ミズナくんに賛成!1番下だった私の気持ちも考えてくれない!?」
「そうだぞ。この場のサクラ以外を全員敵に回したな。」
「えっ。そんなつもりじゃ……」
焦る翔空の肩に手をまわして、桜人は、3人を指さしながら笑った。
「こんな簡単なテストで満点も取れない奴らがなんか言ってるよ。ほら、いこいこ」
「サクラ!?お前そんな事言わねえだろ!」
「おいトア、サクラはおれのダチだぞ。」
「知らねぇよ!」
肩を組んだ翔空と桜人を光が追い、それを笑いながらみずなと颯希も後に続く。入学式の時のギクシャクを思い出したら、なんだか少し嬉しくて、翔空は思わず、にっこり笑った。
「仲が良くていいね。」
下駄箱から1年生の廊下の様子を覗いて、海斗が微笑んだ。
「ねえ、ササメくん。僕たち何番目かな?」
「……わからない。」
ささめは目線を下に落とすが、何も言わずににっこり笑っている海斗の顔を見てはっとしてから、相変わらずぽつぽつと喋った。
「カイトが2番で、自分が3番じゃないかな。1番はツチカゼくんだと思う。」
「そうかな。僕はササメくんの方が高いと思うよ。去年はそうだった。」
「……カイトがそう思うなら、そうかも知れない。」
2人は1年生が去るのを確認してから、そっと順位を確認しに行く。
「……あ。同率だ、同率の2番だ。」
「本当?何気に初めてだね、カイトと同率なのは。」
「うん、そうだね。」
海斗がささめの顔をじーっと見た。身長差のせいで少し上を向いて見つめられ、ささめは海斗が何を考えているのか理解したのか、少し目線を逸らして言う。
「……カイトと同率で、嬉しい。」
海斗はその言葉に満足した様子で「うん、僕も嬉しい。」と頷いた。
「僕は同率だったことも嬉しいし、ササメくんが自分の考えをちゃんと言ってくれたことも、嬉しい。」
海斗がささめの手を引くと、ささめは嬉しそうに微笑んで、手を握り返した。
(カイトの手、あったかい……。)
感情表現が苦手で言葉に詰まっても、海斗はじっと待ってくれるし、ささめが口を開く度に嬉しそうにしてくれる。海斗と会話をする度に、心の中に暖かいものを詰められるような感覚になる。
手を引かれながらとぼとぼついてくるささめを少しだけ見て、海斗は、その人間味のない笑顔を崩すことなく、3年生の棟に入っていった。
「呼び出して悪いね、コン。」
「ヒナタの呼びつけとあらば世界の反対側であろうと駆け付ける。どうした?」
「任務のことだ。3日後、国から任された大事な任務があって……」
夕暮れ時。強い西日がさす4年生の寮の空き部屋には、畳に寝っ転がりながら会話する灯向と紺がいた。
「東の……マモ公国っていう国。縷籟で複数回、大富豪の懐からお金をスったかなんかで、マモに逃亡した犯人がいるらしいんだ。そいつを捕まえて欲しいらしい。」
灯向は手元の書類を、紺に渡した。
「スリで死刑とか、縷籟も相変わらず頭悪い……俺1人で、こいつを捕まえるの?」
「1人はさすがに厳しいから、ササメと、って思ったんだけど……」
「やだ。」
「だよね〜。」
灯向は言いながら、紺のほうにゴロゴロと転がって、「やー!」とぶつかった。
「ウエポンの相性も悪いもんね。」
「ササメのウエポン、得意じゃない……じゃあカイトと、とか言わないでね。」
「バレたか。まぁ、コンはおれと一緒じゃないとやる気出ないもんね。髪の毛とかあげるから、行ってくれない?」
「俺はそういうの本気にするからやめてって言ってるでしょ。」
「任務以外なら我儘聞いてくれるのに……。」
「俺が聞く我儘は、ヒナタと一緒にいれるのが前提なやつだけ。」
それを聞いた灯向はにんまり笑って、紺のほっぺをつねる。
「可愛いやつめ。おれがいなくなったら死んじゃうんじゃない?」
「俺より先に逝かせないよ。生涯かけて守る。」
「プロポーズ?おれ、守られるほど弱くないよ。」
「そこも含めて、好き。」
紺が言い終わると同時に、部屋の襖が勢いよく、スパァンと開いた。
「いーんちょ、飯の時間だ。ツチカゼ、食ってくか?」
「いいんですか?」
「ああ。成長期の誰かさんのために多めに作ってあるからな。」
「ジュン、バカにしてる?歳上をナメないほうがいいよ。」
「はいはい、お兄さん怖い怖い。」
「ヒナタはまだ成長期なのか?俺と同い年なのに、すごいね。さすが。」
「コンは煽ってるのか馬鹿なのか、どっち?」
2人は立ち上がると、乱れた髪を直しながら部屋を出る。
「待て。ツチカゼといーんちょは同い年なのかよ。ツチカゼはオレより上なのか?」
「うん、幼なじみの同級生。本当は一緒に受けたんだけど、コンだけ特待に入れなかったから、こいつ、一般の合格蹴って1年鍛えて翌年に首席合格してきたの。おれ、本当にびびったよ、コンが努力家なのは知ってたけど、いや、首席って。」
「それはすごいな。1年後で良かったのか?1年間、まともに会えなかっただろ。」
紺はその質問に、一切間を置かずに、はっきりと返した。
「寂しかったけど、それが最善だった。あの1年のおかげで俺は今、ヒナタと同じ色のネクタイ、同じ勲章を付けて、いっしょに生活できているから。ヒナタと食べるご飯が1番美味しい。」
「迷わずその返しができるの、強いな。良かったないーんちょ、こんなに愛してくれる奴がいて。」
その言葉を聞いて、灯向は少し考えてから、満面の笑顔になった。
「いいでしょ。おれの1番の親友だよ。」
数時間後。なんだかとても機嫌が良さそうな紺に紙を渡され、自室で目を通したみずなは、自分の目を疑った。
「………任務?僕が……?」
テストが終わったから、そろそろだろうと予想はしていたが……こんなに早いとは思っていなかった。しかも、同行してくれる生徒は……。
その時。部屋のドアがコンコンとノックされ、聞き覚えのある声が「入るよ」と、部屋のドアを開けた。
「……こんばんは、ナナセさん。仕事前の打ち合わせに来た。」
そこに立っていたのは、ささめ。みずなの首に嫌な汗がつたった。
(コン先輩は何を考えてるんだ……。)
もしかしたら、みずなが、3年生を詮索してるのがバレているのかも知れない。紺はみずなに、ささめの恐ろしさを伝えようとしている?……嫌な予想ばかりが頭をよぎる。
そんなみずなの心境など知る由もなく、ささめは部屋の床に座った。
「ウェポンとか、予め共有しておこう。共同の任務では連携が大事。」
(……少なくとも、敵意はないように見える。)
危害を加えられたり暴言を吐かれたりすることはまずないだろう。だからこそ、紺が彼を恐れている理由が気になるのだが、もしかすれば……この任務で、その理由がわかるかも知れない。恐怖と同時に確かに存在する好奇心に、みずなは勝つ術を知らない。
「……わかりました。よろしくお願いします、先輩。」
やけに意気込むみずなを見ることもなく、ささめは「うん」と小さく返事をした。
続く