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最近、ニュース番組やネットの記事でテロリストに関する報道を聞かない日はない。
警察もその尻尾をほとんど掴めてはいない、テロリスト達の正体は――――、権能と呼ばれる不思議な力を扱う仮面の集団、『少数派』。
そしてその分派、『廃棄物』。
そんな、世間が注目する反社会的勢力のトップの一人と、ただの学生のオレが会うだなんて……、そんなことが電話一本で約束できちまっていいのかよ?
「分かってると思うが、一応お前らって警察に血眼になって追われてる身なんだぜ? メンバーから直接の紹介だからって、部外者が簡単にトップと会うなんて許されるもんなのか?」
「リーダーのジョン・ドゥ本人が良いって言ってたんだし、別に問題ないでしょ」
「そりゃあ……、そうだけどよ。 よくあるのか? こういうことって」
「ううん、少なくとも僕は初めてだし聞いたこともない。 何だよ、怖くなっちゃったの? 組織に近づきたいって言い出したのそっちなのに」
「それは野崎の提案でオレは承諾なんかっ――――、」
ここに野崎が着いてきていたら、いつまで覚悟決めが出来ずにいるんだ、本当に君は非効率的だな、と嫌味を盛られていたに違いない。
ジョン・ドゥと会合する条件は、野崎を連れてこないことのみ。それ以外は、十数秒の電話の問答で収まるほどの快諾っぷりだった。
流石に『廃棄物』の頭領として、『少数派』のメンバーと直接コミュニケーションを取るワケにはいかなかったようだ。
背中に汗が流れる。
この暑さも一助とはなっているが……、恐怖心が発汗を強く促進させているのが自分でもよく分かる。
ジョン・ドゥとはどんな人物なのだろうか?
名前からは外国人男性のイメージが湧いてくるが、秀次郎の言っていた通り、その名は仮面をつけた時の名前だ。本名ではない。
野崎ならロビンソン、御山の兄ならディオと、どうやら仮面持ちは一人一人、コードネームのようなものを持っているらしい。
ってか、コードネームからじゃあ現状、性格は愚か、性別すら判別不可能だ。
会った途端にオレを拘束して人質にして身代金交渉を提案してくるようなレベルの危険人物でないことを祈るしかない。
「煌クン、ジョン・ドゥは優しい人だよー。 話しやすくて、いつも大きなことを考えてて面白い人。 だからそんな怖がんなくて大丈夫だと思うけどな」
「……そんなの分かんねえじゃねえか、オレと会った瞬間、お前が知らねえくらいに豹変するかもしんねえしよ」
「大丈夫だってー。 あの人は君のコトを『廃棄物』の加入希望者だと思ってるはずだから、顔を合わせた途端ドーン、は流石にないでしょ。 新人イビリとか圧迫面接するようなタイプの人じゃないし」
「はぁ!? オレが『廃棄物』に!? お前適当こきやがって、そんな体で会いに行ってラヴェンダーの話聞き出すだけ聞き出したあとにやっぱ加入やめときますなんて言い出してもみろ! 槍玉に上げられるの確実だろーが!! 今からでも遅くねえ、オレは帰るぞ!」
「だーかーらー、大丈夫だって。 てかその理論なら、今から逃げたらその方がヤバいっしょ」
「それもそうだけどよ……!」
この天然マイペース野郎め、事態を更にグチャグチャにしやがって……!
とはいえ、これは実際チャンスだ。
煮詰まっていたラヴェンダー探しの、希望の兆しなのだから。
「……でもよ、どうしてそのジョン・ドゥってのに会わせてくれるんだよ? お前には何のメリットもねえのに」
「あるよ。 お友達紹介ボーナス貰える」
お友達……、紹介ボーナス?
『廃棄物』ってマルチ商法グループか何かなのか?
「『廃棄物』は『少数派』の、あくまで分派だから。 そういう制度でも導入しないと、構成員増えないんでしょ。 あんまそーゆー人事とか知らないけど」
「そ、そういうもんなのか……。 ボーナスって、金とか貰えんのかよ?」
「いや、現金じゃなくて服とか本とか、中古のゲームソフトとかだけど。 僕の家、兄《にぃに》の失踪とか両親の憔悴とか色々あって、貧乏だからさ。 『廃棄物』で任務やって、貰ったもの売ってお小遣いにしてるんだよね。 バイトついでにやってるくらいだけど、まーまー儲かるよ」
「なんか、結構現実味溢れる制度なんだな……」
『廃棄物』の実態は、かなり意外だった。
以前に野崎が『少数派』の話をしてくれたが、彼らは任務を遂行することで願いを叶えてもらうという対価を得ていた。
それと比べると、ゲームソフトなんかを任務の報酬にしているテロリストなんて……、幼稚というか、可愛らしさすら感じられる。
「じゃあお前も、そのお友達紹介ボーナスってので誰かに呼ばれて『廃棄物』に入ったのか?」
「んーん。 僕はジョン・ドゥと仲良くなって、そのまま流れで。 暇でお金無かったしやってみるかーって」
「どうしたらテロリストのリーダーと仲良くなるようなことになるんだよ!?」
「僕のバ先のダイナーにさ、ジョン・ドゥとその連れがよく来るんだよね。 なんかいっつも同じハンバーガー頼むから覚えちゃってさー。 話してたら……、カリスマ性っていうのかな? なんか人を寄せつけるオーラ? みたいなのに惹かれちゃって、仲良くなっちゃってー」
話を聞かず敵意剥き出しにしてきたり、急に協力してくれたりと、秀次郎はかなり変人な性格の持ち主だ。
そんな男が背中を追いたいという程のカリスマ性……、きっとどこかズレている変人なのだろう。
ジョン・ドゥ、どんな奴なんだ……?
深まる不安を胸に、秀次郎に連れられるがまま、人気の少ない寂びたエリアへ足を踏み入れていく。
――――――――――――――――――
「ここだよ」
そう言って翔太郎が足を止めたのは、グリーンカーテンに包まれた廃墟ビルだった。
電気なんてとうの前に絶たれ、解体すらされず、ただ吹きさらしにされているだけの建物。
窓はその全てが割れているかヒビ入りで、側面の室外機は真っ黒な涙の跡を垂らしている。
「こんなところでジョン・ドゥが待っているのか?」
「待っているっていうか、いつもここにいる。 アジトだし」
「……待て、この廃ビルってオレとお前のとこのリーダーが会合するために指定された特設会場なんかじゃなくて、『廃棄物』の本拠地なのかよ!?」
「今そう言った」
「お前ってこう、何もかも説明が足りねーよ! 考えも行動も数ステップ飛んでるから周りが理解できねえんだよ! くそ、ここまで来たら行くしかねえ……! 腹ぁくくれ……!!」
「テンション高。 そんな会うの楽しみなの? さあ行くよー」
「こいつェ……!」
秀次郎はズカズカとビルに侵入していく。
中は荒れていた。
散らばったガラス片を踏む音がフロアに響く。
まだこのビルで社会的活動が活発だった頃に上階から運び出されたと思われる、埃を被ったプリンターの山を避け、奥の非常階段に近づいた時のことだった。
頭の上から、鈴の音が降ってきた。
グレーの天井の内側にスピーカーでも内蔵されてるみたいに、上階の方からコンクリートを貫通してきたチリーンという音が、鼓膜が震わせる。
「秀次郎、今のは?」
「中に入る許可が出た証拠。 あとさ、ここからは僕の名前呼ぶのナシで。 呼ぶならキャンディーって呼んで」
「キャンディー? なんか名前っぽくないけど、それがお前の仮面の名前なのか?」
「うん、らしーよ。 ジョン・ドゥがつけた名前だから由来は知らない」
手すりすら老朽した、薄暗く無機質な階段を上っていく。
この様子ではエレベーターなんて動くワケがないだろうし、足腰が多少疲れようとも仕方がない。
四階に到達したところで階段から外れ、立て付けの悪い鉄扉を開くと、フロアには異様な光景が待っていた。
壁中に、数字が殴り書かれていた。
それも数十、数百ではない。見ているだけで病気になりそうなほど、おびただしい数の乱数。
その景色に圧倒され、端から端までに目線を滑らせていると、空っぽなフロアの中心に赤いソファーがポツンと置かれていることに気がついた。
そこに、彼はいた。
明らかに季節外れのファー付きミリタリーコートを着込んだ、長いウルフカットの男。
「ようこそ、ヒーロー」
恐らくこの男があのジョン・ドゥなのだろうが……、いやに気になるのはその下だ。
男の膝上に寝転んで、ソファーの肘掛けにマーカーペンで数字を書き込む、全身に大量のコードを巻き付けた白肌の女性。
下はスカートすら履かない白の下着姿で華奢なヒップラインを見せつけ、上はオーバーサイズの白シャツ一枚。
床まで垂れてとぐろを巻く白のスーパーロングヘアーの謎の美少女が、男のダメージジーンズに頬を擦り付けていた。
「ありがとよ、シュレーディンガー」
「ん、あたまなでろ」
「はいはい、よーしよしよしよし!」
「ぅー」
美男美女のイチャイチャを見せつけられている中で、女性の隣にネコミミ付きのヘッドセットが転がっているのに気づいた。
普通のヘッドセットと違うところと言えば、マイクと共に口を覆うメカニカルなマスクフレームが取り付けられている点だ。
コスプレ用みたいな近い装飾が付けられているところを見るに、恐らくただのオーディオ機器ではない。
……あれはきっと、仮面だ。
「悪いな。 この子、服着ろって言っても聞かねえんだ。 暑いの嫌いみたいでさ、目のやり場困るだろうけど我慢してくれ」
「……『廃棄物』ってのは、こんなにも不用心なんだな。 こんな所を根城にしていたら、ホームレスが迷い込んできたっておかしくないだろ」
「大丈夫大丈夫、ここには条件を踏まない限りは誰も入ってこれないようになってる。 ゲームの隠し部屋みたいなもんだ」
「……よく分からねえ、どういう意味だよ?」
男はヘッドセットを掴みあげて、
「君がこのフロアに入って来れたのは、ネコちゃんの才能のお陰なんだよ。 彼女が許可しなければ、そこの扉を開けても誰もいない四階フロアにしか到達できないんだ。 どうよ、良いセキュリティだろ?」
「権能で人の出入りを制限しているのか」
「そう。 君たちがビル入った時、『仮面の引力』を感じたろう?」
オレは『引力』を感じられない。
きっとオレが仮面を持っていない理由に関係しているのだろうが、その原因は分からない。
野崎が言うには、権能とはイコール仮面の力、仮面を持つ者は他の仮面持ちを『引力』で察知できるらしいが、オレは権能が使えるのに仮面を持っていない『特例』らしいからな。
「まずは自己紹介といこうか、ヒーロー。 俺は名無しの男。 知っての通り『廃棄物』のメンバーだ」
「そして組織のリーダー、だろ?」
「組織なんて大きなものじゃない。 言うなら仲間だな。 オレはメンバー全員、友達ってつもりでやってる。 役職を明確につけたら上下がついちまうから嫌なんだ。 ほら、RPGだと一軍アタッカーとか二軍デバッファーとか出来ちまうだろ? あんなのにはしたくないんだ。 そうだな、俺たちのことは仮面愛好サークルとでも思って貰えればいいよ」
「あとピザー!」
「はいはい、シュレーディンガーはほんっとピザ好きねー。 ってことで、うちは今日からピザ愛好サークルになったからよろしく」
世の中が騒ぐ反社会的勢力が……、愛好サークルだと?
こいつは……、明らかにおどけていやがる。
「あ、そっちは名乗らなくていいよヒーロー。 ディオの件で調べたから、素性は大体把握してる」
「知ってんなら、どうしてオレのことをヒーローと呼ぶんだ?」
「たった一人でテロリストに立ち向かって、人質にされた全校生徒たちを救ったんだ。 そんなのヒーロー以外の何者でもないでしょ。 てか、こんな話しにきたワケじゃねえだろ? 今日は俺に会いたくて来たんだろ? 楽しみにしてたんだから、理由聞かせてくれよ」
「……あんた、『少数派』について詳しいか? ラヴェンダーって男のことを聞きたいんだ」
「そっか、いつも絡んでるロビンソンちゃんからは、あんま組織関係のこととか聞いてねえんだ? じゃなきゃ、そんな聞き方はできねえ。 ……ラヴェンダー、知ってるぜ。 『廃棄物』を目の敵にしてっからな。 奴のことを話す前に、まずは『少数派』と『廃棄物』のこと、知ってもらわくっちゃな」
ゴロつく猫みたいな美少女の頭を撫でながら、ジョン・ドゥはオレの手荷物検査すらせずに秘密を開示し始めた。