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休日の昼下がり。
図書館の窓際の席に座っている僕の隣で、
涼ちゃんはフルートの楽譜を広げていた。
相変わらず、金髪が光を受けて柔らかくきらめく。
年上なのに、
どこか少年みたいに無邪気な雰囲気を持っているのがずるい。
僕はずっと落ち着かなかった。
頭の中では昨日の雨の日のこと、若井の言葉が何度もリピートされていた。
「元貴だからだろ」
あの真剣な目を思い出すたびに、胸の奥がぎゅっと掴まれる。
「……元貴」
「えっ、な、なに」
「さっきから本のページめくってない。悩んでる顔してる」
涼ちゃんの声は、相変わらず静かで優しい。
気づかれてしまったことに、観念するしかなかった。
「……ねぇ、涼ちゃん」
「ん?」
「若井のことなんだけど……」
そこで言葉が止まった。
どうしてこんなに口にするのが怖いんだろう。
でも、涼ちゃんは何も急かさず、ただ僕を待ってくれていた。
深呼吸をひとつして、やっと声にする。
「若井が、僕に……その、特別な気持ちを持ってるんじゃないかって」
涼ちゃんの表情は驚くでも笑うでもなく、ただ少し目を細めただけだった。
「……やっと気づいた?」
「っ……! やっぱり、そうなの?」
思わず声が大きくなる。
涼ちゃんは指を唇にあてて「静かに」と軽くたしなめてから、ゆっくり頷いた。
「僕はね、最初から気づいてたよ。若井が君を見る目、普通じゃないもの」
「普通じゃない……」
「友達って枠に収まらない。大切で、壊したくなくて、でも触れたいって目」
言葉のひとつひとつが胸に刺さる。
そして同時に、逃げ場を失っていく。
「……僕、どうしたらいいんだろ」
声が震えた。
涼ちゃんはふっと笑って、僕の頭に手を置いた。
「正直に言うといい。迷ってるなら迷ってるって。怖いなら怖いって。
君が正直に言えば、若井は絶対に無理やり迫ったりしない。
むしろ、正直な君を喜ぶんじゃないかな」
その言葉に、胸の奥が少し軽くなる。
涼ちゃんの手は温かくて、まるで本当の兄みたいに安心させてくれる。
「でも……」
「うん?」
「僕が、もし……若井のことを意識してるとしたら?」
涼ちゃんは一瞬黙って、やがて小さく笑った。
「そしたら簡単じゃない。大切に想ってくれてる人を、大切に想い返せばいいだけだよ」
そう言う涼ちゃんの声は、本当に優しかった。
図書館を出た帰り道、胸の奥にまだざわつきは残っていた。
けれど、そのざわつきは
「怖さ」よりも「期待」に近いものへと変わりつつあった。
——僕は、若井にどう答えるんだろう。