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夕方の音楽室。
窓から差し込むオレンジ色の光が、
楽器の影を長く伸ばしていた。
吹奏楽部が練習を終えて帰った後の静けさの中、
僕と若井は残ってギターの練習をしていた。
最初はコード合わせをしていたはずなのに、
いつしか言葉も途切れて、弦をはじく音だけが部屋を満たしていた。
「……なぁ、元貴」
突然、若井が声を落とす。
僕は指を止めて、顔を上げた。
「ん、」
「今日、なんか元気なかったろ。涼ちゃんに相談でもした?」
「っ……!」
図星を突かれて、息が詰まる。
「な、なんでそう思うの」
「だって顔に出てる。俺、ずっと隣にいるから分かる」
視線を逸らそうとしたのに、
若井の黒い瞳が真正面から僕を捕まえて離さなかった。
ドキン、と心臓が跳ねる。
胸が苦しいのは練習で疲れたせいじゃない。
「……涼ちゃんが、言ってた」
思わず口を滑らせてしまう。
若井の眉がぴくりと動いた。
「涼ちゃんが? なんて?」
「……若井の気持ち、分かってるって」
声はか細く震えていた。
でも、もう引き返せなかった。
若井は驚いた顔をしたあと、ゆっくりと目を伏せた。
そして小さく笑った。
「そっか……涼ちゃん、やっぱり気づいてたか」
沈黙。
心臓の音ばかりが大きく響く。
「元貴」
若井は僕の名前を、まるで宝物みたいに大事に呼んだ。
「俺さ、お前が思ってる以上に、お前のこと大事なんだ」
真剣な眼差しに、呼吸が止まる。
逃げたくても逃げられない。
頭の中が真っ白になって、ただ熱だけが込み上げてくる。
「……なんで、僕なんか」
やっと絞り出した声は、情けないくらい震えていた。
若井は答えず、代わりに僕の指先に触れた。
ギターを弾いてできた小さな硬い部分に、そっと指を重ねる。
「理由なんてない。俺は……元貴だから、なんだよ」
——あの日の言葉が、また繰り返された。
耳にした瞬間、胸の奥で何かが決定的に崩れていく。
熱い。苦しい。
でも、それ以上に心が震える。
僕は視線を落としたまま、小さくつぶやいた。
「……ずるいよ」
若井の目が少し見開かれる。
僕はもう隠しきれなかった。
「そんなふうに言われたら……僕だって、意識しちゃうだろ」
沈黙の中、窓の外では夕焼けが深い群青に変わり始めていた。
二人の間に流れる空気は、もう以前の「幼なじみ」だけのものではなかった。