TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
シェアするシェアする
報告する



アリス『16.17』



雅次 『18.19.20』



翔真は公園の前にいた。


誰かが置いていったボールを拾ったのか、それをブロックに投げつけていた。


本当にキャッチボールが下手だった。


習わせた柔道も上手にはならなかったし、空手でも芽が出なかった。


それでいい。

それでいいんだ。


「でも、キャッチボールくらいもう少しホームが良くてもいいんじゃないか?」


叫んだ雅次にビクッと翔真が振り返る。


雅次は笑いながら彼に駆け寄った。



そのとき―――。


白い車が、駆け寄る雅次と、こちらを見上げた翔真を遮った。



アリス『21』



雅次 『22.23.24』



「―――危ないな……」


雅次がよろけながら、突然前に現れ、停車した車を睨んだ。


運転手が開き、青年が飛び出してきた。


後部座席を開け、公園の前でポカンと口を開けている翔真を抱き上げると、


そこに押し込んだ。



「―――おい……?!」


雅次は走り出した。


「何をしてるんだ!!」


男は後部座席を閉め、こちらを振り返った。


「おい!!」


その顔は、近年、ドラマにバラエティに、テレビに引っ張りだこの若手俳優に似ていた。


そのため、雅次の頭と身体には「これもテレビの企画か?」という迷いが生じた。



そのすきに男は運転席に飛び乗ると、すごい勢いで車を発進させた。



「あ、おい……!!」



しかし車は前には進まなかった。



雅次めがけてバックしてきた。



「うぐっ!!」


下がってきた車のリアバンパーが雅次の両足を直撃した。



倒れ込んだ雅次の耳に、



「パパ――――!!」



翔真の悲鳴が聞こえた。



起き上がった時にはすでに白い車は発車していた。


慌てて追いかける。

住宅地のT字路を右折した。

車に社名が書いてある。

しかし、かろうじて見えたのは『―――AN』の2文字だけだった。


痛む足を必死で動かして走った。


車から遅れること約20秒。



白い車は忽然と姿を消し、その先の国道にビュンビュンと車が行きかっていた。




すぐに警察に知らせ、各道路の防犯カメラを徹底的に調べてもらうと共に、『―――AN』の会社の検索が進められた。


犯人が似ていた俳優の名前も訴えたが、警察は苦笑いするだけで、「似てる似てないはその人その人の感性であって、先入観は逆に捜査の妨げになるから」と年恰好しか真面目には取り合ってくれなかった。




「――状況はあまりよくありません」


夜、警察署の待合室に座る雅次と妻に、担当している刑事は顔をしかめながら言った。


「今の段階では犯人の手掛かりはつかめていません。そしてここ数ヶ月で起こっている連続誘拐死体遺棄事件の関連性も否定できません」


「―――そんな……!」


妻が言葉を無くした。


「実は一般的には報道されていない事実がありまして」


刑事は言いにくそうに唇をぎゅっと結んだあと、やがて息を吸いながら開いた。



「誘拐された子たちは、皆、短髪で襟足を刈り上げた、よく日焼けをしている男の子たちだったんです」



言葉を失った。


隣で雅次の手を握っていた妻の指に力が入る。



「お借りした翔真君の写真に、特徴が一致します」





嫌がる翔真を床屋に連れて行き、無理やりあの髪型にした。


乗り気でない翔真を釣りにつれ出し、日焼けをさせた。


あんなことしなければーーー


色白で、髪を刈り上げてなんていなければーーー


もしかしたら今頃、翔真は――――。



「とにかく誘拐事件は発生から72時間が勝負と言われているので、全力を尽くします」



刑事の言葉に頷きながら、涙を堪え震えている妻の肩を抱いて、雅次は待合室にかかっているカレンダーを睨んだ。



6月17日。


外には雨が降り始めていた。




アリス『21』



雅次『22………23』



18日になっても、翔真は帰ってこないどころか、有力な手掛かりさえつかめなかった。


犯人の車は国道に設置されているカメラを避けるように、曲がりその後の消息を絶った。


雅次の目撃情報から、年齢は20~30代。

やせ型で身長は175㎝前後。


さらに土地勘のある人物。

会社の車をある程度自由にできる職種、役職。


そこまでしかわからなかった。


埼玉県で社名の末尾に「AN」が使われている会社は280社あり、そのうち128社が社名の入った白い社用車を使用しており、その方面からの捜査が続いた。


19日の早朝、所轄の協力の元、128社分の白い車と、ロゴのアップ画像が集まった。


しかし―――。


何度も何度も見直したが、雅次が見たと思われるロゴはその中にはなかった。


「そもそも埼玉県の会社なのかもわかりませんからね」

刑事は唸りながら言った。


「それに事件を攪乱させるための犯人の手口かもわかりません。常識的に考えると、ロゴの入った社用車で犯行に及ぶというのは、考えにくいので」


捜査は難航するかに思われた。


しかし、その夜、事件は思わぬ急展開を見せた。


埼玉県にある旅行代理店「HAPPY PLANET」という会社が、白い車を保有し、古い社用車のロゴはところどころ剥げているというのだ。


その中の1台の写真が、雅次の記憶とマッチした。


「この車―――だと思います!」


雅次が叫び、刑事は飛び上がるように立ち上がった。


雅次は妻と手を握り合った。



どうか―――。


どうか、生きていてくれ―――翔真!!



アリス『24.25』



雅次 『26……27……』




――しかし数時間後、警察に入ったのは訃報だった。


翔真のものではない。


6月17日、翔真が拐われたその時間に、車を運転していた営業マン、花崎祐樹の訃報だった。



福島県で起きたバスの転落事故。


乗員乗客、あわせて12名の死亡が確認されていた。

その乗客のなかに、花崎の名前があるというのだ。



花崎と一緒に住んでいたはずの母親と連絡が取れず、警察が向かった自宅からは、


母親の聡子と、


尾山翔真の死体が見つかった。




アリス『……28、29』




翔真に会わせてもらえたのは、司法解剖が終わってからだった。


「―――ご覧にならない方がいいと思います」


そう言った医師の胸倉を雅次は掴み上げた。


「子供に会わない親がどこにいる……!!」


その言葉を聞いて、妻は泣き出した。


小さく息を吐き、口を結んだ医師が静かに退くと、雅次は霊安室に入った。



―――これが、翔真か……?


シーツをかけられた翔真の身体は、やけに小さく、そして薄っぺらく感じた。


ゆっくりとシーツを捲る。


右頬が腫れあがっているせいで、薄く瞼が開いたままだ。



「―――花崎とかいう男は、左利きでしたか……?」


雅次の質問に、後ろで控えていた刑事が小さく頷いた。


瞼の間から見える濁った茶色い瞳が訴えてくる。



―――パパ。怖かったよ。



―――パパ。痛かったよ。




「――――」


涙が頬を伝う。


雅次はさらにシーツを捲った。


左脇腹を中心に、血がにじんだTシャツ。

花崎に履かせられたのか、黒く汚れた紙おむつ。


「――――うっ……」


堪えれなくなった妻が倒れ込み、婦人警官に付き添われて退室した。



「……司法解剖の結果を全て、教えてください」


絞り出した雅次の言葉に、刑事が医師に目配せをする。


「直接の死因は左脇腹をナイフで刺されたことに寄る失血死です。ナイフの角度、刺した位置から、この致命傷は、右利きの人間――つまり、花崎祐樹ではなく、母親の聡子が与えたものだと思います。

そのことが花崎祐樹の逆鱗に触れたのかはわかりませんが、聡子も同じ部屋でめった刺しにされ―――」


「その母親のことはどうでもいいので」


雅次は言葉を遮った。


「翔真のことだけ、教えてください」


「………」


医師は咳払いをして続けた。


「右の頬骨にヒビが入っています。肝臓に損傷が見られます。左第8肋骨、第9肋骨、骨折。さらに―――」


医師が口を抑える。


「肛門に暴行の痕が見られます。直腸から体液が検出され、DNA検査の結果、花崎祐樹の精液と断定されました」


「―――続けますか?」


刑事が雅次の肩を掴む。


「最後まで、お願いします」


雅次は迷いなく答えた。


涙声の医師が続ける。


「手の十指、すべて骨折。右手首に捻挫。両アキレス腱断裂。……以上です」



雅次は両手で顔を覆った。


「悪魔か……?」


「え……?」


刑事が顔を上げた。


「翔真を殺したのは、悪魔ですか?」


「―――同感です。とても人間の成せる仕業じゃ……」


「じゃあなんであんた方は、そんな悪魔を逮捕できなかったんですか」


「――――」


刑事は頭を垂れた。


「大変……申し訳ありませんでした」



「―――誰かのせいじゃないわ」


妻が廊下のベンチに座りながら言う。



「私たちが……守れなかったのよ……」


「――――っ!――――ッッッ!!」


雅次は顔を覆った指を立てた。


爪で頬を力いっぱい引っ掻く。



どうして……。


どうして俺はこの子を、


守れなかった……!!



翔真の手を握る。


折れた骨のせいで、それは手とは到底思えない歪んだ形をしていた。



「……うう゛……ああ゛……」


雅次の泣き声は、夜が明けるまで霊安室に響いていた。


この作品はいかがでしたか?

0

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚