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日常

4 - 第4話 試しに

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2025年05月12日

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 シュリーフェラ通りから少し離れた石造りの家には煙突があり、一面に蔦が巻き付いていた。青歯朶も樹蔭に隠れるようにある。雨水がさらりと葉から零れ落ち、地面へと染みた。苔を踏み潰して進んでいくと、扉を押して入る。正面にある彩色硝子の光に度肝を抜かれた。その硝子の前には箱のような台には向日葵模様の彫られた花瓶が置かれている。そこで、虹のような激しい明かりに照らされた一輪の花が上を向いているのだ。薄闇が恋しくなるほどの眩しさに怯えながら、俺は絨毯の廊下を歩いて友人フェドンの元まで向かった。呼び鈴でも鳴らしておけばよいかと後悔したが、戻る気も失せて魂を抜かれたようにフラリと歩く。すると、扉を開けた途端に燃えるような緋色と深紅が混ざり合った不死鳥が視界に入った。鷲のような姿をして、先の青白い嘴は曲がり、黄色の眼が鋭い視線を俺に浴びせている。頭の後ろにある群青の毛がピョンと覗いた。俺は何から説明すればよいのか分からず、戸惑う。フェドンは陶磁器の電話を指差して口角をギュッと下げた。 「やっと論文を書き終えて、さぁ昼寝でもしようと横になっていたところだが、急に靴の鳴る音がして青褪めたよ。何の用事だ?」

 気怠そうに答えると同時に、広い長椅子にぐったりと横になった。火の消えていない煙草を低い机の上にある灰皿に放置している。俺は向かいにあった肘掛け椅子に腰を下ろして、緊張のあまり長い鼻先を触る。

「羊が死んだ。手も脚も崩れ落ちた壁で潰れて、酷い顔でくたばってたよ。く、狂ったように……揺れてる建物へ向かっていったって……」

 唇が震えた。死ぬ直前、痙攣したように跳ねている姿が眼に焼きついている。忘れられないのだ。フェドンは嘴を弄りながら疑惑の眼を向けてきた。

「経済学部のベアトリスだろ。もう既に噂で聞いてた。何だ? お前がやったの?」

 焦慮に駆られて、思わず立ち上がる。フェドンも面白くなってきたという調子で酷薄な笑みを浮かべた。話が面倒な方向に進むことを阻止しようと、文章を粉々にして組み立てる。どうも、伝えたいことが多すぎるらしい。

「それは違う。けど、明らかに様子がおかしかった。意思があるまま建物に歩いてたんだ。誘導されてるように見えた。眼も虚ろで、叫んで止めようとしたけど」

 息が詰まった。音を立ててドミノのように崩れる建物を眺めるしかない。途端に見えなくなったベアトリスの手が震えて、薄暗の青紫に染まる。最後は埃でも被さったように白くなっていた。

「無理だったのか」

 フェドンが力が抜けたような声を出す。俺は酷い自己嫌悪感に嘔吐を催したが、フェドンの澄んだ眼を見て頷いた。灰皿からは紫の煙が焔のようにうねっている。その奥の窓には雨脚が見える。ザァっと耳を劈くような音が響き渡った。俺は緊張感で椅子に落ちるように座る。フェドンは煙草を咥えると、勢いよく煙を吐いて窓の外を眺めた。窓がカタカタと揺れている。

「籠に蜜柑と林檎が入ってるから、どうぞ」

「ありがとう」

 置かれていた籠から一つ林檎を取ると、そのまま口に放り投げて噛み砕いた。味は薄いが、シャリシャリと程よい硬さで癖になる。ふと長椅子に視線を移すと、フェドンが脚を広げてドスンと座っていた。何やら考えるように一点を見つめている。噎せ返るような煙が見る見るうちに部屋へ広がった。

「エヴァン。お前が見たのは亡霊だよ。そうに違いねぇ」

「亡霊だって?」

「”寄生虫に侵された”亡霊だぜ」

 それはベアトリスが宿主になっていたということなのだろうか。フェドンは立ち上がると、手で招いて地下室へ続く階段を指差した。土臭い石の階段を下っていくと、小さなランプの薄明かりが見える。個室のような空間に一つ扉があった。

「ここは何の部屋だ?」

「寄生された昆虫を飼ってるんだ。時折、背中から茸が生えて死ぬやつも居る」

 扉を開くと、硝子の容器が間隔を空けて並べられている。その中には木の枝や苔を敷き詰めており、昆虫が木の上に立っては天井を眺めていた。このような異常な光景は他にない。一つ一つを舐めるように見ては、持っていたメモ帳に特徴を書いた。そんな作業を淡々と繰り返しているうちに、部屋の奥にある水槽が視界に映る。岩が並べられており、青い光に照らされていた。近づいてよく見てみると、透明の長い生き物がグルグルと回転するように動いている。眼を凝らして見てみると、一匹だけでなく他にも数匹が泳いでいるようだ。

「そらぁ、ガキの寄生虫だ。新種のな」

「何に寄生するんだ?」

「獣人に寄生する。水場に誘導し、毒を撒き散らした後に卵を産み付けるらしい」

 冷ややかに聞こえた。他人事ではない、殺人鬼のような虫。それをこの不死鳥は愛玩動物のように扱っている。緋色の悪魔を眼の前にしているようで、指先が震えた。

「とんでもねぇ顔してんな。確かに、コイツを世に放っちゃならねぇ。でも、今殺したら増えたときにどうすれば良いのか分からなくなる。今のうちに研究して、その論文を書き留めてるんだ。もうすぐ提出する」

「絶対、俺に見せろよ」

 我ながら押し潰したような声だ。疑った俺が愚かだった。フェドンは善意で研究し、それを書き留めている。それを参考にしてワクチンを作れる。獣が感染して、ここにいる虫のようになるのは見たくない。シンと静まった背後を見ると、ランプが消えていた。水槽の明かりはそこまで明るくない。なのに何故、気付かなかったのか。焦ってフェドンの顔を見ると、驚愕した。異常だ。眼と口から光を放っている。眩しさに両眼を伏せて顔を覆った。

「数時間前に猛毒を注射した。体で破裂して光ってんだ」

 毛の間からも光が炸裂している。それが爆発物のような緊張感を漂わせた。俺は思わず後退りする。

「そこまでするか。怖いもの知らず」

「良いだろ? 不死の医者なんだからな」

 爽やかな笑顔で返され怯む。ああ、不死鳥とはよく言ったものだ。

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