どぷん、耳元でくぐもった音がなる。
引き摺り込んだ彼女と共に、ゆっくりと暗い海に沈んでいく。
溶け出した彼女の瞳は水にもまれて、ゆらめきながら水中をたゆたう。彼女がまばたきをすれば、零れ出る瞳の線は途切れ、また新たな線が描かれる。彼女の瞳と同じ、虹色の光を放つそれが水中で輝き、暗い水中をてらてらと色彩っていく。
彼女の首を締める。強く、二度と消えない跡が残るように。
彼女の口から気泡が零れる。
水を押し退けて浮上していくそれをながめる。
片手を彼女から離して気泡に触れれば、気泡は砕け、指の隙間をすり抜けて、光の差す方へと向かってしまった。
それがもどかしくて、私は彼女の口に噛み付く。
柔らかな口の薄い皮が破裂し、じわりと滲み出た血を吸い取る。
さらに首を締めれば 笑い混じりの彼女の息があふれたから、それごと飲み込んだ。
大きな目をひゅるりと細め、わずかに揺れる白いまつ毛の隙間から つぶれた瞳が溢れ続けている。
柔らかな微笑みをたずさえた彼女の頬に液状の光が絡みつく。触れようとしても、かすかな動きで光は水に押されてしまい、指先はあっけなく水をつかむ。水をなでるようにゆっくりと手を動かし、両手で光を包み込む 。
幼い頃、ひらひらと不規則に舞う蝶をようやく捕え、手の手の中で暴れるそれを指の隙間からそっとのぞいたのを思い出した。
その蝶は逃げ出そうとしていたから、逃すまいとしていたら羽が千切れてしまった。
この光はどうかこのまま私に捕われていて。
この手の隙間から逃げないで。
願いなから両手を開けば、手のひらの中には小さな宝石のようなものが輝いていた。私はそれを大事に大事に握りしめ、ゆっくりとその光を飲み込んだ。体内の酸素と引き換えに、冷たい水と生温かい液体が流れ込んできた。
彼女が笑っている。それに酷く安心して、私は再び 少し赤くなった彼女の首に手をかけた。
ねぇ、私もおかしくなったみたいなんだ。
貴女はもう私の視神経に捕まってくれないんでしょ。
なのにどうして、脳裏をジクジク焼き焦がすその鮮烈な輝きが、まだ私を呼んでる気がしてならない!
なぁ、夢と憧れと あの夏に砕け散った私の理性よ。見ていますか、この幻に犯された世界一の幸せ者を!
脳で完結出来てしまうような幸福でつまらないかな?
私の命に相応しい毒が体内を巡っている。
このまま眠ってしまいたいな。夢の中でも貴女に会いにいくから。
水中で止められてしまった喉の振動を受け取ったかのように、彼女はふと目を伏せた。僅かに見えた宝石は砕けてしまいそうだった。
その唇が僅かに動くのを見た。
彼女の唇の血はもう止まっていた。
いつの間にか脳が彼女を認識出来なくなったらしい。
手の中には彼女の光だけが残っていた。
あぁ、貴女はこれからも私達を背負っていくんだね。
他人事のように 可哀想に、と 思った。
それとも貴女にとっては本望なのだろうか。
貴女は狂っている と私の中の世間体が言っている。
まぁいいじゃないか。そんな所も好きなんだ。
肺が水に沈んでいく。
霞む意識の中、最後の空気を吐き出して笑う。
彼女の報われない弱さと、それを大事に大事に持っている私の愚かさを笑って欲しいと思った。
さようなら。
願わくば、貴女が存在を諦めるに値する人が現れますように。
ぐちゃ、と手の中の光を握り潰し、私は独りで沈んでいった。
「またね」
その水死体を眺める人影は白く輝いて消えた。
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相変わらず表現力がオアシス……😭😭😭(?) ハルカナちゃんの美しく紡がれるその文ほんっと大好き!!!!!!!!! 私の語彙力では表しきれないほど読んだ後の満足感すごい。圧倒される…