「ふむ……」
イスティールは、そのミディアムボブの
パープルの髪の先端を、指先でくるくると
絡ませながら、旧知の少女と話し合っていた。
透明に近い白銀の―――
ミドルショートの髪を持つ氷精霊は、
飲み物を持ちながら、
「で、わらわが公都に来たのはだいたい
20日前くらいかな。
そんでやっぱり―――
封印されていたのって、『魔王』だったんだね。
彼は元気してる?」
「全盛期の力にはほど遠いですが―――
魔族領に300年ぶりに君臨しておられます」
氷精霊とイスティールは旧知の間柄よろしく、
気心の知れた者同士のように言葉を交わす。
「それで、奴隷が欲しいんだっけ?
まあ、公都では―――
奴隷は諦めた方がいいと思うよ」
「でも困りましたね。
情報収集用として、何人か買う予定で
来ておりましたのに」
彼女たちの言う奴隷は―――
きちんと手続きを踏み、お互いに同意して購入する
分には、確かにこの世界では合法である。
だが、公都『ヤマト』では……
仕事は選ばなければ荷物運びなど豊富にあり、
また身寄りの無い子供たちは児童預かり所で
保護される。
そのため、経済的に奴隷落ちする者は皆無であり、
犯罪奴隷になるほどの重罪の者は、即王都に
送られてしまうため―――
奴隷の確保は事実上不可能だと言えた。
「奴隷でなきゃダメなの? それー?」
「魔族領まで同行してもらう必要があります。
別に命まで奪う事はありませんが、情報の
秘匿のため、恐らく帰す事は出来なくなる
可能性が―――」
そこで両目を閉じ、眉間にシワを寄せて考え込む。
「今回私は、情報収集のために来ております。
任務はもちろんの事、魔族が関わっている事を
知られるわけにはいかないのです」
「その割にはちゃんと本名を名乗っているけど?」
氷精霊の当然の疑問に、彼女は一息ついて、
「私が人間の世界と関わったのは、かれこれ
もう300年以上前の話ですし……
名前を覚えている人間も生きてはいない
でしょう。
記録には残っているかも知れませんが、
まさか同一人物とは思わないでしょうし……
それに、あのギルド長は『真偽判断』を
使えると聞きましたので。
うかつに偽るのは危険だと判断したのです」
彼女とジャンドゥとの出会いは、公都に入る際、
道中襲い掛かってきた人間たちの遺品を換金
出来ないかと、門番にたずねたところ、
そこでギルド長の出番になり……
正当防衛が認められ、また持ち物が名のある
盗賊たちの物だとわかり―――
金貨100枚ほどを手に入れ、また冒険者ギルドの
職員寮の一室を借りられたのである。
「バレないものなんだねー」
「『真偽判断』は使いどころが難しい魔法でも
ありますからね。
『あなたは魔族ですか?』とでも聞かれない
限り、正体がバレる心配は無いでしょう」
ジャンドゥも警戒はしていただろうが、魔族は
彼が言っていた通りおとぎ話、実在レベルで
疑われている存在であり―――
シャンタルやアルテリーゼから肯定の情報を
知らされたものの、その質問自体が想定外で
あった。
イスに深く腰掛け、彼女は続ける。
「しかし、どうしたものでしょうか……
なるべく情報を持ち帰りたいのですが―――
証言者として奴隷も連れていけないとなると」
「実物を持ち帰ったら?
料理とかいろんな道具とかさー」
さらりと言い返す氷精霊に、イスティールは
両腕を組んで、
「もちろんそれは考えていますよ。
ですが、量に限界がありますし、それに
移動時間を考えますと現実的では……」
「じゃあ作り方を覚えていったらいいんじゃない?
小麦粉とか魚の骨とか酢とか―――
材料自体はフツーの物が結構多い感じだし?」
「ですからそれを調べるにも……!
……ちょっと待ってください。
どうしてあなたが材料を知って
いるんですか?」
抗議を途中で止め、気付いた事について
彼女に質問する。
「ここの『ガッコウ』というところで、
たいていの事は教えてくれるから。
一ヶ月金貨1枚で、みっちりと料理を
覚えられるよ」
「は?? はあ??
教える?
秘密にしているのではないのですか?」
困惑の色を隠せないイスティールに、
「どーもこの公都って、あんまり秘密にしている
事が無いんだよねー。
だからイスティールが覚えさえすれば、
魔族領に戻っても、料理を再現出来るんじゃ
ないかな」
それを聞いて彼女は頭を抱える。
そんなイスティールの頭を氷精霊はぽんぽんと
優しく叩いて、
「まー気持ちはわかるよ。
わらわも最初にココに来た時は、とにかく
驚きまくりだったもん」
「いつの間に人間たちは、こんなに心が広く
豊かになったのでしょうか……
いえ、豊かになったからこそ、こうまで
他者に寛容に……?」
すると精霊はふるふると首を左右に振って、
「あー多分それはココだけだと思うから。
イスティールだって、盗賊に襲われたって
言ってたよね?」
「それはそうですね……」
道中、彼女の容姿を見るや―――
絡んだり襲ったりしてくる人間たちはいた。
イスティールはそれを思い出し、また今いる場所と
比べて、改めて公都の異常性を認識する。
「それで、後どれくらいここにはいられるの?」
「今回はただの調査ですから、そう長くは
いられません。
せいぜい、あと4・5日くらいでしょうか」
氷精霊は両腕を組んで考え込み、
「だったらさー、すぐ覚えるためにも、
ここの料理を考えた人に習ったら?
わらわが紹介してあげる」
その提案に飛び付くように、彼女は身を乗り出す。
「そ、それは願ってもいない話ですが……
いいのですか?」
「別にいーよ。
多分、シンさんも断らないと思うし」
「そうですか、是非とも―――
……ン? シンさん?」
一瞬、記憶に引っかかったその名前を、
『いくら何でも』と彼女は振り払った。
「……なるほど。短期間でなるべく料理を
覚えておきたい、と。
それなら、『これだけは絶対覚えたい』
という料理からやっていった方が良さそう
ですね」
翌日―――
いきなり氷精霊様から、『この人に料理教えて』
と言われた時は戸惑ったが……
どうもイスティールさんの事が気に入ったようで、
彼女の希望を叶えてあげるべく一緒に来たらしい。
その当のイスティールさんは困惑気味だが……
まあ標的が自分から移ったと思って諦めて
もらおう。
聞くとあと4・5日で公都を出るらしいし、
それまで辛抱してもらえれば。
「じゃ、シンさんあとよろしくー」
と、氷精霊様はそのままイスティールさんを残して
料理教室から出て行ってしまった。
「相変わらず自由だなあ。
ではよろしくお願いします、
イスティールさん」
私がぺこりと挨拶すると、彼女も一礼する。
「は、はい。
しかしその、シン殿は―――
冒険者なのでは?」
「そうですけど?」
そこでイスティールさんはなぜか考え込む。
「そういえば昨日も……
シン殿の新作料理を頂きましたが。
ここの料理は、本当に全てシン殿が?」
「えっと……
さすがに全部ではありませんが、基本的な物は
そうですね。
調味料とか揚げ物とか麺類とか。
それでイスティールさん。
故郷でも再現したいと仰っておりましたが、
材料はどのような物がありますか?」
その質問に、ようやく彼女はここへ来た目的を
思い出し、
「小麦や穀物、野菜の類は故郷にもあると
思いますので……
あ、コメを出来れば持ち帰りたいです。
ですのでそれを中心に教えて頂ければ」
「はい。それじゃ米用の苗と……
あと養殖用の貝や卵用の魔物鳥『プルラン』も
売っていますので―――
それらを購入する事をオススメします。
ではまず、調味料からやりましょう。
マヨネーズ、ソース、出汁の作り方を覚えれば
たいていの料理に応用出来ますから」
こうして―――
イスティールさんも加わっての『ガッコウ』の
料理教室がスタートした。
「え!? そんなに増えているんですか?」
2日ほど後―――
私は冒険者ギルド支部で、ある報告を聞いていた。
魔物鳥『プルラン』についてである。
食肉用にと、養殖ではなく生息地を作る事で
増やそうとしたのだが……
大々的に結婚式を挙げた時、一ヶ所はやむなく
肉の調達のため無くなったものの、それからまた
生息地を開拓していき、
今では八ヶ所に増加し―――
パトロールという名のエサやりにブロンズクラスを
動員して、
メル・アルテリーゼのドラゴン組と、
レイド君・ミリアさんのワイバーン組とで、
上空監視をしながら経過を見守っていたのである。
「確かに、プルランの巣箱の補充や群れの増加に
ついては、何度か相談を受けていましたけど」
順調にプルランが増えているのと―――
ブロンズクラスの雇用が伸びるので、ホイホイと
右から左に話を通していたのだが。
「各所の巣箱も、100から150個ほどに
増えましたし……
その数字に大きな隔たりは無いかと」
申し訳なさそうに、ブロンズクラスの1人が
補足説明する。
そこにロング・セミロングの黒髪をした
妻2人が入ってきて、
「いやホントだって。
上からでも、すっごく数が増えたの
わかったもん。
合計で2千匹近くっていうのは、
決して大げさじゃないと思うよ」
「エサは定期的に支給されるし、冬という事も
あって外敵の動きも鈍い。
それにあやつらには、雨風や寒さをしのげる
巣箱もある事だしのう」
「ピュー」
ラッチも加わって、現実を突きつけてくる。
そういえば定期報告で、一ヶ所に付き100匹を
超えたって言われたような……
それに、最初に開拓地を作ってから、もう
5ヶ月以上は経過している。
プルランは産卵可能になるまで、産まれてから
3ヶ月かかるから―――
「あー、すでに次世代が育っちゃっているのか。
そりゃ増えるよなあ……」
そこで私は、パトロールを頼んでいる
ブロンズクラス部隊に向かって、
「次の見回りで―――
プルランを回収……もとい狩ります。
生息地一ヶ所に付き、20匹ずつ!
合計160匹!
よろしくお願いしまーす!」
私の言葉に盛り上がる冒険者たち。
回収イコール、お肉が食卓に上がる確率が
増えるのだから、期待が膨らむのも無理はないか。
そこで私は冒険者ギルドを離れ―――
家族と一緒に夕食を取るため、宿屋『クラン』へ
行く事にした。
「あ、シンさん」
「シン殿、こんにちは」
そこには、先客として―――
氷精霊様とイスティールさんの姿があった。
「聞いてるよー。
最近、料理を学んでいるんだって?」
「ここで覚えておけば、どこに行っても
料理人として通用するであろう」
「ピュウ!」
そこで彼女たちと同じテーブルになり、
雑談に興じる。
料理が運ばれ、お酒が少し入ったところで―――
ややくだけた会話になり、調理の難しさやコツに
ついての話題となる。
「そうですねえ……
やっぱり、おコメを『炊く』のが、一番
難しいですね」
「これー?」
イスティールさんの言葉に、氷精霊様が
それをフォークでつつく。
「あー、それワカルー」
「水の割合が同じでも―――
固さが残ったり、逆におかゆみたいに
なったりするのよのう」
メルとアルテリーゼもウンウンとうなずく。
この2人も苦労してマスターしていたし。
それに炊飯器など異世界には無いからなあ。
今度、魔導具として発注してみるか。
「何かコツは無いんでしょうか?」
「う~ん……
ちゃんと分量を把握して、正確に時間通りに
火加減を管理する―――
としか言えませんね。
どうせ失敗してもおかゆやおじやとして
再利用されるんですから、数をこなして
覚えてください」
彼女の期待するような答えではなかったのか、
ガックリと肩を落とす。
「そ、そうですか。
そうですよね」
「がんばれー」
外見上は12・3才の少女が、頭を撫でて
なぐさめる。
しかし、ずいぶんと氷精霊様に気に入られ
たんだな、イスティールさん。
そのあたりの事情を聞いてみたいが、せっかく
彼女に移った精霊様の興味が、またこちらに
向けられるのは避けたいのでスルーするよ。
「でも、それ以外の―――
調味料や揚げ物、ハンバーグやつくねといった
料理はもう完全に習得してますし……
滞在はあと3日ほどでしたっけ?
その間、覚えるだけ覚えていってください」
「は、はい。よろしくお願いしますっ」
その後は女性陣で―――
料理の失敗談やスイーツの好みについて
話に花が咲いた。
「ふぅ、ここまで来れば―――」
「そーだね。
もういいんじゃないかな?」
3日後……
イスティールと氷精霊は公都『ヤマト』を離れ、
小一時間ほど歩いた場所で休憩を取っていた。
お土産にと買ってきた、各種様々な道具や
材料が入った荷物を背中から降ろすと、
イスティールは前屈みになり、服を脱ぐ。
上半身が露わになったところで―――
彼女の体に変化が起きた。
背中の一部が盛り上がり、それは尖って三角形の
形を成し―――
やがてコウモリの羽のように成長する。
それを見届けると同時に、イスティールは手持ちの
その姿専用であろう、衣服に身を改めた。
「やっと元の姿になれました。
……しかし、良かったのですか?
私についてきても」
質問を向けられた氷精霊は少し首を傾げ、
「?? 別にいーよ?
確かにあそこにはお世話になったし恩も
あるけど―――
人間の味方ってワケじゃないし。
それに、久しぶりに魔王にも会いたいしね」
「相変わらず自由なのですね、あなたは……
あの公都に未練は無いのですか?
美味しい料理も便利な生活もあるのに」
呆れとも羨ましいとも取れる声で彼女は答える。
「それはまた戻ればいいだけで……ン?」
ふと氷精霊は、何かを思い出したように
上を向く。
「どうかしましたか?
忘れ物でも?」
「(んー……
何か言っておかなきゃいけない事が
あった気がするんだけど)
ま、シンさんもいるし大丈夫でしょ。
それじゃ行こうかー」
「そうですね、よっと―――」
彼女の言葉に、イスティールは屈んで右肩に
およそ4メートルはあろうかという木を担ぐ。
「……いくらメープルシロップのためとはいえ、
木ごと持ってく? ふつー」
「こ、これが今回の一番の成果です!
これさえあればパンケーキだってクズモチだって
プリンだって……!
身体強化は人間より強いし、問題ありません!」
「そーゆー事を言ってるんじゃなくて。
いや気持ちはわかるけどさー」
今度は氷精霊が呆れるように返し―――
2人はそのまま空中へと舞い上がった。
一方その頃……
公都では、イスティール・氷精霊組を見送った
メンバーが、次の予定へ向けて動いていた。
「それでは、魔物鳥『プルラン』の狩りに
向かいます。
ブロンズクラスの皆さんは、ラミア族のそばを
離れないようにしてください」
私は、パトロール件回収ミッションの指示を
メンバーに出す。
本来であれば、彼らの護衛は魔狼ライダーたちの
仕事なのだが……
今は全員が出産後もしくは妊娠中なので動けず、
土魔法系で、かつ防御にも長けているラミア族に
協力してもらう事にしたのである。
「ではシンさん。
アタシたちは氷室の氷を増やしておきますね」
童顔の―――
茶髪のミドルロングをした氷魔法の使い手が、
片手を振って確認してくる。
「はい。プルランと、もしかすると野鳥も含めて
200匹ほど獲ってくる事になりそうですので。
スーリヤさんとラムザさんも、彼女の指示に
従ってください」
「わかりましたー」
「お任せください!」
ファリスさんと同じ氷魔法の使い手―――
赤茶のポニーテールと、ライトグリーンの
ミディアムショートヘアーをした女性2人が
元気よく答える。
「そういえば―――
3人とも氷魔法を使いますけど、
氷精霊様が来たのに、いつも通りだったと
言いますか……」
それを聞くと、3人は顔を見合わせて
困惑しつつ―――
「いえ、そりゃ敬意は持ってますけど」
「精霊様が実在していた事が驚きですし、
何より―――」
「どう接したらいいのかわからなくて……
あはは」
なるほどねー……
というよりこれが普通の反応だろうな。
それに、水精霊様を見るに―――
その土地と住んでいる者は庇護していた
みたいだけど……
別段、精霊イコールその系列の魔法と関係が
あるわけでは無いのだろう。
それなら氷精霊様といえど、氷魔法の使い手が
特別に何か思うところは無いか。
「ほいじゃーシンさん。
そろそろ上空に上がるッス」
「メルさんとアルテリーゼさんは、
先に上がったみたいですので」
褐色肌の黒髪短髪の青年と、丸眼鏡に
ライトグリーンのショートヘアの女性が
話しかけてきた。
「はい、レイド君、ミリアさん。
いつも通り対空・対地警戒をお願いします」
警護はラミア族だけでも十分と思うのだが―――
彼らがいるといないとでは、メンバーの安心感も
桁違いだからなあ。
「しかしイスティールさん……
お土産、大量に持っていったッスね」
「メープルシロップの出る樹木丸ごとというのは
恐れ入ったわ……
同じ女性として理解は出来るけど―――」
いくら身体強化があるとはいえ、故郷まで
大丈夫だろうか……
今さらながら心配になってくる。
氷精霊様も同行しているけど、それはそれで
別の意味で心配なんだよなあ。
まあ行ってしまった以上、こちらに出来る事は
何も無い。
私は気を取り直して片手を上げると、
「それでは出発し―――」
「シンさん!」
合図が途中で遮られ、駆け寄ってきた青年が
言葉を続ける。
「ひ、東地区で異常発生の報せが……!
なのでいったん、見回りを止めて待機して
頂けると」
「異常? 何がありました?
まさか何者かに侵入されたとか―――」
と、ここまで言いかけたところで自分の考えを
自分で否定する。
もしそこまでの緊急事態なら、待機してくれとは
言わないだろう。
「い、いえ。
正確には東地区の門番兵が―――
外部に何らかの異常を察知したとの事で、
詳しい事はまだ……!」
そこで私は、すでに上空で旋回している
メル・アルテリーゼに、
「アルテリーゼ!
東地区の門の外まで運んでくれ!
ブロンズクラス・ラミア族の皆さんは、
そのまま待機でお願いします!
レイド君とミリアさんは念のため上空警戒を!」
私はそのままドラゴンの姿のアルテリーゼに
『掴まれて』上空へと舞い上がり―――
東地区、その門の外側へと向かった。
「シンさん!」
「異常があったと聞いて来ました!
何があったんです?」
門の外側に着陸すると、防御用の石壁の上にいた
警備兵たちに確認を取る。
「それが、よくわかりませんが……
地響きがしまして」
「地響き?」
兵士の言葉に足元に目をやると―――
確かに一定のリズムで、地面がわずかに
揺れている。
「何コレ? 地震?
……じゃないよね」
「ウム、地震であればさっきいた場所でも
起きていると思うが……」
メルとアルテリーゼの言葉に同意してうなずく。
この感覚は……
少し前に出会った、アース・モールを
思い出させるが―――
(89話 はじめての もぐら参照)
「地面の下にいられると厄介だけど……」
「我の炎も、地下にいると効果はほとんど
無いしのう」
「アルちゃん、威圧とかは出来ない?
ホラ、あの伯爵2人の前でやった時のような」
メルの言っているのは多分……
デイザン・ジャーバ伯爵に対し、アルテリーゼが
殺気大解放した時の事だろう。
(84話 はじめての きゅうしんは参照)
「あれ、子供たちをすごく怖がらせて
しまったゆえ―――
あまり使いたくないのじゃが……」
ドラゴンの姿のままの彼女は、シュンとなって
その長い首を下げる。
「う~ん、そうだなあ……
咆哮、というか上に向かって叫ぶ事は
出来るか?
音や振動を地面に伝えればいいから」
「むう、それくらいならまだマシか」
私の提案に、アルテリーゼは首を上に向け―――
「グオオォオオオ……!!」
さすがにドラゴンの咆哮―――
ビリビリと空気が揺れ、その振動が地面にも
伝わる。
もし地中に何かいるのであれば、これで
こちらの存在が伝わるはずだが―――
すると前方、10メートルほどのところに
複数の土煙が上がった。
「!?」
「あれは―――」
「何じゃ?」
私と妻2人が驚きの声を上げると、今度は
後方の、防御壁の上から見ている兵士たちが、
「ジャイアント・バイパーか!?」
「いや違う、あれは―――
……ワーム!!
グランド・ワームだ!!」
口々に出されるその名前……
ファンタジーでは定番のモンスターだ。
しかし、目の前のそれはと言うと……
確かに大きい。
地中から出ている部分だけでも3メートルほど。
胴回りは成人女性くらいはあるかも知れない。
しかし……
「ミミズ?」
思わず私の口から出た言葉がそれだった。
ワームといえば、昔のB級映画に出てきそうな、
地中を自在に移動する、いかにも獲物を飲み込み
そうな大きな口を持った怪物を想像していたが、
目の前に出現したのは、まんま地球のミミズを
サイズだけ大きくしたような感じ。それが3体。
「なーんだ、ワームか」
「脅かすでないわ、まったく」
妻2人は別の意味で拍子抜けのように声を出す。
「危なくは無いのか?」
その質問にメルとアルテリーゼは、
「そりゃ一般人に取っては危険だと思うけど―――
基本的には土を食べる魔物だって聞いているし。
だから食べられる心配は無いよー」
「何より我らの敵では無いしのう。
見た目はアレだが」
という事は、本当にミミズの巨大化バージョンか。
とはいえ、兵士たちの反応を見るに―――
攻撃されればケガくらいはするだろう。
巨大な体を持つ生き物というのは、その
存在自体が脅威だ。
体当たりだけでもシャレにならないケガを負う。
「(一応、無効化しておくか。
メル、アルテリーゼ、頼む)」
「(りょー)」
「(わかったぞ)」
2人と小声で言葉を交わすと―――
アルテリーゼはドラゴンの姿のまま私の背後に
立ち、その翼をバサッと大きく広げる。
これで私の姿は、少なくとも兵士たちからは
見えなくなった。
そしてもう一人、メルはというと……
「よし来いっ!!」
少し離れた場所で大きく声を上げる。
これは、3人で決めていた動きで―――
もし第三者の前で私が『能力』を使う場合、
アルテリーゼはその姿で私を他から覆い隠し、
メルは別の場所で目立つ事をして、注意をそらす。
そして私は前方のワーム3体に向かい、
「(いわゆる背骨や骨の無い―――
無脊椎(むせきつい)動物で……
体の伸縮で移動する生き物、さらに水中でもない
場所でそれがこれほど巨大化するなど ―――
・・・・・
あり得ない)」
そのつぶやきが終わると、
「!?」
「……!」
「ーーッ!?」
と、ワームの地面から出た部分が、地表に
叩きつけられた。
もう危険は無いだろう。しかし……
「どうしようか、コレ。
殺すまではしなくていいと思うんだけど」
私が近付いて確認すると、メルと人間の姿になった
アルテリーゼも一緒にそれらを見て、
「死んだ後の処分の方が大変そう」
「あまり触りたくは無いが……
遠くへ持っていって放すか」
今後の方針について話し合っていたところ、
「お、お待ちください!!」
「にゃおおううぅう!!」
自分たち3人に駆け寄ってくる一つの……
いや、何かに乗った影があった。
それは、動物の毛皮を身にまとった
イメージとしては原始人か野生児といった
10才ほどの少年のように見え、
その子供が、山猫のような生き物に乗っていた。
「あれ? そのコは……」
「ん? メルっち、知り合いか?」
「いやそうじゃなくて―――」
メルは少年が乗っている山猫の方を指差し、
「確か、アース・モールの巣から助け出した
うちの、一匹に似ているんだけど」
すると少年がその山猫から飛び降りて、同時に
乗っていた山猫も彼の隣りで香箱座りとなる。
「そ、そうです!
ボクの眷属を、アース・モールから助けて頂いた
お礼を言いに来たのです!
初めまして、ボクは土精霊です」
目元までボサボサの髪で隠れたその頭を下げ、
深々と一礼する。
「土精霊?
というと、氷精霊の知り合い?」
私が聞くと、彼は頭を上げてやや慌てながら、
「あの、氷精霊から何か聞いておりませんか?
眷属を助けて頂いたお礼にボクが行くと―――
そうこちらのコが、彼女に伝えていたはずなの
ですが……」
「にゃううぅう」
それを聞いた私たちは互いに顔を見合わせ、
(忘れたな……)
(忘れているよね……)
(まったく、肝心な事を……)
声には出さないがほぼ同じ事を共有し―――
取り敢えず私は、ワームに施した無効化を
解除する事にした。
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