「あの、大変失礼しました。
こちらの手違いで……」
「あーいや、お前さんは別に悪くねえから」
冒険者ギルド支部の応接室で―――
目元まで不揃いの前髪で隠れた10才くらいの
少年が、施設の責任者と対峙して座り合う。
白髪交じりの―――
筋肉質のアラフィフの男は、横の席に座る
私に視線を向け、
「他はどうしたんだ? シン」
「一応、予定通り―――
魔物鳥『プルラン』の収穫に向かっています。
なので、順調に行けば夕方までには戻るかと」
目の前の土精霊様を迎え入れた後―――
異常事態は解決したと公都の各所に伝え、
少し遅れたものの、準備万端だったメンバーは
プルランの生息地へ向けて出発した。
「ご、ご迷惑をおかけしまして」
ペコペコと謝る毛皮のような服を着た土精霊様に、
こちらも何とかなだめるように手を上げ、
「いや少なくとも君は本当に悪くないですから。
そういえば、そちらの山猫……
眷属と言っていましたっけ?
アース・モールに捕まっていたようですが」
少年の膝の上に頭を乗せてくつろぐ、その
大きな肉食獣に3人の注目が集まる。
「はい。このコは―――
ちょっと遠出をしてしまったみたいで。
恐らく氷精霊の匂いか何かが気になって、
こちらまで来てしまったのかと」
「う~む……
しかし、精霊の眷属でも捕まるんだな」
ジャンさんがうなりながら確認のように話す。
「そうですね。
今回は麻痺させられていまして、危うく
もう少しで食べられてしまうところでした。
あ、でも精霊の力がある限り復活はしますので、
死ぬ事はありませんが。
ただ痛みや苦しいのは避けられませんから……
本当に、助けて頂きありがとうございました」
確かに氷精霊の眷属に白フクロウがいたが―――
それが襲われてケガをしていたのを助けたのが、
彼女に出会うきっかけだった。
物理的な手段が一応通じるのだろう。
精霊自体がどうなのかはわからないが。
「まあまあ……
取り敢えず飲み物でもどうぞ。
ちょっと刺激があるかも知れませんが。
あと干し柿も遠慮なく」
ちょうどギルド支部にあった、炭酸ジュースと
甘味を彼に勧める。
「あ、はい。では……」
彼はコップを手に取ると、中身をまじまじと
見つめ、
「中から泡が浮いてきてますね。
不思議な飲み物です」
「おう、サイダーっていうんだ。
最初はびっくりするかもな。
まあダメだったら残していいからよ」
ギルド長の言葉に、少年は恐る恐る口を近付け、
少しだけ口に含む。
すると―――
「……!
何かパチパチします!
それに甘い? 酸っぱい?
面白いですね……
今の人間は、こういう物を好むのですか」
素直に、甘い物を口にした子供の顔になり―――
驚きはしたが、どうやら好評のようだ。
続けて彼は干し柿に手を出し―――
「これは……すごく甘いです!
果物を乾燥させると、こんな味に
なるんですか!」
干し柿も口に合ったようで、彼はそれを少し
ちぎって眷属の山猫に差し出す。
だが匂いをフンフンと嗅ぐだけで―――
食べる事は無かった。
「そっちのコは、肉か魚の方がいいんじゃ
ないでしょうか。
食事や寝床は児童預り所へ行ってもらえれば
用意してもらえますので―――
それに、その眷属のコもきっと子供たちの
人気者になりますよ」
土精霊様はしばらくうなずいていたが―――
ハッとした表情になり、
「そ、そうでした!
ボクは眷属を助けて頂いたお礼に来たんです!
それが逆に、またいろいろとしてもらっては」
それを聞いた私とジャンさんは顔を見合わせ、
「おかしいな……
真っ当な事を言われているはずなのに、
何かこう違和感が」
「前例がこう……氷精霊様でしたからね。
同じように眷属を助けているし―――
頼みだって聞いたのにこの差は何なんで
しょうね……」
彼女の自由っぷりを思い出し、アラフィフと
アラフォーの男2人は黄昏る。
先にギルド長の方が気を取り直し、
「何かしてくれるのはありがたいが―――
今のところ特に思いつく事はねえな。
まずはこの公都の生活に慣れてくれ。
それから考えてみる」
「そうですね。
まだ驚く事があると思いますし、それなりに
過ごしてからの方が―――
土精霊様も何か思いつくんじゃないでしょうか。
今、緊急とか何か困っている事はないので、
焦らずにゆっくりしてください」
こうしてまずは、彼に児童預り所で待機してもらう
事になったのだが……
やはりというか、到着と同時に彼の眷属である
山猫が、子供たちに揉みくちゃにされ―――
引き離すのに一苦労した。
「ふーん。新しい精霊の子って言うから……
どういうのかちょっと不安だったんだけど。
確かにあの子、大人しそうに見えたし」
「最初から礼儀正しかったしのう。
それなら、受け入れるにしても心配は
あるまい」
黒髪の―――
セミロングとロングの妻2名が、私の報告を聞いて
感想を口にする。
時刻は夕方……
西側地区の南、魚の養殖や魔物鳥『プルラン』の
産卵施設、そして各種加工を行う専用区域で、
『狩り』から戻ってきた彼女たちと合流していた。
成果は―――
予定通り160匹のプルランを回収し、
同時に、各生息地で野鳥をトラップ魔法で
10羽ずつ……
80羽を捕らえ、結局合計260匹の収穫と
なった。
現在、それらを食用に加工するため―――
職人と臨時手伝いの人たちが総動員され、
急ピッチで作業が進められている。
「ともかくお疲れ様。
何か変わった事とかは無かった?」
妻を労うと同時に、『狩り』の詳細を聞く。
「まーコレと言って無かったけど」
「増え過ぎと思われる生息地は―――
用意した巣箱が壊れたりしておった。
思うに……
奪い合いになってしまっておるのではないか?」
メルとアルテリーゼの言葉に、う~むと考え込む。
結構大きめの巣箱を用意したつもりだが―――
数が増えればあぶれるヤツも出てくるだろう。
そして意外だったのが……
「やっぱり、密猟者とかは」
妻2名が片手を垂直に立てて振り、
「いるわけないじゃん。
護衛付きだからみんな行くんで―――
あんな場所まで遠出はしないよ」
「我らのように組織的に大がかりにやるなら
可能じゃが、そこまで目立つ事をするかのう?」
確かに生息地帯は、ある程度離れた場所を選定
しているが……
一切の密猟の痕跡が無かったという報告に、
いささか拍子抜けする。
「うーん、そんなものかなあ?」
私が頭をかきながら消極的に答えると、
それを納得していないと見たのか、
「そもそも公都って―――
お肉が調達されても、すごく安い値段で
売られるんだよ?」
「ただ待っていれば、安全かつ格安で手に入る
ものだしのう。
危険を冒す必要はほとんど無かろうて」
私と関係各所の取り決めで、公都には格安で
入手出来るように大量生産・大量消費の方針で
売っている。
それもそうか、とようやく納得し―――
彼女たちに視線を向けると、2人は微笑んで
「だいたい、そんな事したら……
『ジャイアント・ボーア殺し』に
目を付けられるしー」
「命がけの報酬がそれでは―――
割に合わないじゃろ、そんなの」
結局は自分が理由になるのかー、と半ば脱力し……
他のメンバーや職人さんたちに労いのあいさつを
した後―――
私は妻と一緒にラッチを迎えに行く事にした。
「おりょ?」
「ここにおったのか?」
「ピュウ?」
児童預かり所にラッチを迎えに寄った帰り―――
宿屋『クラン』で夕食を取る事にしたのだが、
そこにはすでに見知った顔が先客でいた。
「あ! シンさん。
こんばんわッス」
「ご家族で夕食ですか?」
黒髪短髪の褐色肌の青年と―――
その妻である、ライトグリーンのショートヘアを
した、丸眼鏡の女性が出迎える。
「あ、こ、こんばんわですっ」
そしてその前には、レイド君とミリアさん夫妻の
子供のように、土精霊様が座っていた。
「お二人はわかるとしても……
土精霊様はどうしてここに?」
私の問いに、代わりというようにレイド夫妻が
口を開き、
「ギルド長の指示ッス。
公都を案内してやれって」
「それで食事を兼ねて―――
まずは公都の料理の中心である、
この店で、と」
その説明に人間ではない少年がコクコクと
追認するようにうなずく。
「どうもすいません。
プルランの狩りに行ってもらったばかりなのに」
この2人には、メルとアルテリーゼ組と一緒に、
上空警戒をしてもらっていた。
立て続けに仕事をしている事に思わず謝罪する。
「いや大丈夫ッスよ!
俺たちは上から見張っていただけッスから」
「それに土精霊様は―――
とても手がかからないので……」
そこへ、髪を後ろでまとめた女将さんが
料理を運んで来た。
「本当にねえ。
前の精霊様と比べると、大人し過ぎる
くらいだよ。
女の子がやんちゃで、男の子の方が
落ち着きがあるのは……
時代の流れ、なのかねえ」
私たちは苦笑しながら、隣り合ったテーブルに
着席し、クレアージュさんは忙しそうに席の合間を
急ぎ足で回る。
「それでどうでしょうか?
今のところ、何かご不便な点とかは……」
私の質問に、少年は首を左右に振って、
「い、いえ、まったく。
驚く事は多くありましたが―――
とても満足しています!
むしろ、ボクに出来る事があるのかと
不安になるくらいで」
困惑しつつも答える土精霊様に、メルと
アルテリーゼは、
「大丈夫だよー。
何かしら出来る事はあるって」
「まだ来たばかりじゃろ?
ゆっくりしていくといい。
そのうち、公都の方でも何か考えつくであろう」
少年はその言葉にホッとする表情を見せる。
私はふとある事に気付いて周囲を見渡し、
「そういえば、眷属の―――
あの山猫は?」
「あ、下です。
ボクの足元に……
ホラ、ごあいさつして」
主人に促され、のそりとその姿を現す。
「んにゃあぁああん」
一鳴きした後、土精霊様の膝に頭を乗せる。
しかし、以前見た時より一回り小さいような……?
私や家族の視線に気付いたのか、彼は眷属から
顔を上げて、
「あ、今は小さくしているんです。
あまり大きいと怖がる方もいますから」
「ナルホド。
確か氷精霊様のフクロウも小さくなって
いたし―――」
「そういうのは便利よのう」
「ピュッ」
家族が感心しながら見ていると、厨房から
『ジュー!!』と大きな音が聞こえてきた。
「お! という事は―――
今日狩ってきた肉が来たッスね」
「ま、まだあるんですか?」
「まだって、野菜スープと貝のフライしか
食べていないでしょ。
むしろメインはこれからですよ。
楽しみにしていてね♪」
子供のいる夫婦のように、レイド君と
ミリアさんは土精霊様と会話する。
そして10分もすると……
「ホイ! まずは土精霊様とその眷属―――
そしてラッチちゃんに!
『クラン』特製ソース付き、
熱々ハンバーグだよ!」
クレアージュさん自らが持ってきてくれた
それが、ドン! とテーブルの上に置かれる。
ひき肉で形成され、十分に火を通され湯気を
立てるそれが―――
ソースの暴力的な匂いと共に差し出された。
「こ、これは……ゴクリ」
「にゃー!
にゃー!!
にゃぐうぅううう!!」
「ピュー!!」
3つの皿がそれぞれの前に置かれ―――
飛び付くように、山猫とドラゴンの子が
口に入れる。
もちろん、山猫はそのままで、ラッチは器用に
ナイフとフォークで切り分けながら。
(山猫の分は予め小分けにされていたようだ)
ラッチの見よう見まねで―――
少年も肉をカットし、一切れ口に入れると、
「―――!!
こ、これは……
この百年で一番の驚きの味です!!」
精霊としての絶賛と共に、元気よく口に
運んでいく。
「ク~ッ、この匂いたまんねえ!!」
「女将、こっちにもハンバーグ一つ!!」
「こっちは肉入り焼きうどん!!
それとビール追加だ!!」
それが呼び水のようになって、次々と注文が
殺到する。
それからしばらくの間―――
食堂は肉料理で賑わった。
「ふー……」
一通り食事が落ち着いた後―――
飲み物を口にする。
眷属の山猫も満足したのか、ゴロゴロと
喉を鳴らしながら、土精霊様に体を預け……
ラッチもアルテリーゼの膝の上でくつろいでいた。
「そういえばレイド君、今後の予定は?」
「あー、この後は土精霊様を連れて……
公衆浴場に案内する予定ッス」
続けて、ミリアさんが母親のように土精霊様の
口周りを拭きながら、
「児童預かり所のお風呂でもいいんですけど、
それはいつでも入れるし―――
まずは公都のあちこちを見て回りましょう、
という事で」
夫妻の話を聞くと、少年は不安そうな表情になり、
「あの、その浴場の事も聞いていますが、
ボクが入っても大丈夫なんでしょうか」
確かに―――
彼の様子はお世辞にもキレイとは言えないものだ。
ボサボサの髪に毛皮の服は、汚れも目立ち……
土精霊所以のものかも知れないけど。
「どうせチビたちも一緒に入るし、遠慮する事は
無いッスよ」
「そもそも、汚れを落とすためのお風呂ですから。
『アオパラの実』もありますし、今日はゆっくり
してください」
と、そこでレイド君がこちらに視線を向ける。
「シンさんたちはどうするッスか?」
するとアルテリーゼが先に答える。
「今日は家で風呂じゃ。
さすがに疲れたのでな。
元の姿でゆっくり浸かりたい」
「ドラゴン用のお風呂はさすがに、公衆浴場には
無いもんねー」
メルも続いて、その言葉に大人組は苦笑する。
「そのうち作ろうか?
男・女・ドラゴンとワイバーン……
あと魔狼・ラミア湯とか」
こちらの会話を聞いていたのか、あちこちから
笑い声が漏れ聞こえ、
「そういえば魔狼もワイバーンも……
お風呂に入れるんだっけ?」
私の疑問に、レイド君とミリアさんが
「どうスかね。
小さいのはチビたちと一緒に入れてるッスけど」
「リリィさんは人間の姿で普通に入っているって
話だから……
ワイバーンたちも、大きいお風呂なら入るんじゃ
ないですか?」
ふーむ。
それなら今度、ウチの屋敷のお風呂を勧めて
みるか……
と思っていると、クレアージュさんがやって来て、
「ホイ、デザートだよ」
テーブルの上に人数分のプリンを置いていく。
「え? 頼みましたっけ」
「サービスだよ、サービス!
それにこの土精霊様は、あの氷精霊様のように
催促とかしなさそうだしねえ」
そう言うと女将さんはまた忙しそうに
去っていった。
後には、恥ずかしそうに顔を下に向ける
少年がいて―――
「まあ、じゃあ……
お言葉に甘えて頂きましょうか」
そこで私がプリンに手を付けると、土精霊様を
始めとして、眷属、他のみんなも食べ始め―――
食事を終えた後、私たち家族は彼らと別れて
屋敷へと戻った。
―――2日後。
ジャンさんから、土精霊様に何か適当に頼みたいと
いう事で、ギルド支部への呼び出しがあった。
基本的には、児童預かり所のリベラ所長に任せて
いたようなのだが……
何かしないと落ち着かないようで、その相談に
乗る事にしたのである。
そして、応接室に入ったのだが―――
「えーと?」
そこには、グリーンのサラサラした髪の隙間から、
濃いエメラルドのような瞳をのぞかせる、中性的な
10才くらいの子供がいた。
着ている服もどこか少女っぽく、男女どちらか
判断に迷う。
「今度は何か……
光の精霊様でもいらっしゃったのですか?」
私の質問に、施設の最高責任者は両腕を組んで
無言で……
同室にいた次期ギルド長とその妻が気まずそうに
しながら、
「信じられないかも知れないッスけど―――
土精霊様ッス」
「これでもまだ抑えられているんです。
最初の方はもっとすごかったですから……」
レイド夫妻の話によると―――
あの後、公衆浴場に連れられた彼は、
精霊である事、まだ子供である事から……
ミリアさんと一緒に女湯の方へ入ったらしい。
そこで公都の洗髪セットで髪を洗ってみたところ、
素顔が少女と見紛うほどの美少年という事が判明。
それを知った女性陣により―――
その場でお世話という名のオモチャ、
着せ替え人形にされ……
その後も何かと『お世話』される事となり、
そして現在に至る、というわけだ。
「に、人間の世界では普通だと聞いて
いたのですが」
困ったような笑顔で話す土精霊様。
ハイそれは騙されているだけでございます。
「実害があるなら対応も出来るんだが……
こういうのは注意し辛くてなあ」
眉間にシワを寄せながら、ジャンさんが
頭をガリガリとかく。
「まさかこんな事になっていようとは……」
「そういやシンさん、ここ2日ばかり
何していたッスか?」
公都とはいえ、人口は千人ちょっとと
狭いところだ。
噂レベルでも知らなかった事を、レイド君は
不思議に思ったのだろう。
「アルテリーゼが、例の―――
川から獲物を狩ってくるとの事で、
その受け入れ準備と……
例の『プルラン』の増加について、
パック夫妻の見解を聞いていたんです」
『アルテリーゼが川から~』というのは、
例の魚介類巨大化に関する事だ。
倍加はともかく、巨大化になると公都でも
一部の人間を除いてトップシークレットであり、
部外者である土精霊様の前では直接的には言えず、
回りくどい隠語のようになってしまうが……
それは仕方なく。
『プルラン』については、別段隠す事は何も
無いので……
そこで私はこの機会にその情報を共有する
事にした。
「……というわけで、どうもプルランは
一定数を超えたあたりで、爆発的に
増加したのでは―――
と言われました」
パック夫妻の見立てによると、過去の記録を
参照にして……
千匹を超えたところから、数の上昇が大きく
なっている事を突き止めた。
もちろん、生息地域によって多少の差は
あるものの―――
一ヶ所につき150匹を超えた時点で、数字の
変動が激しくなったとの事。
そこまで説明した時、土精霊様が口を開き、
「あ、それはあるかも知れません」
全員の注目が一気に集まると、彼は少し硬直し、
それを和らげようと私が追加で質問する。
「え、ええと……
それで、土精霊様のお考えは?
何かわかる事があるのですか?」
「は、はい。
ボクも何度か見た事があるのですが……
植物も動物も、一斉に増えたと感じる事が
ありました」
そこで少年は一息ついて、
「恐らく、ある程度……
ここは『安心して』増えてもいい環境だと、
その種が判断する時や数があるのでは
ないでしょうか」
なるほど……
条件によっては、動植物は増殖する事を
抑制するという説を、聞いた事がある。
それに彼は、どのくらいの時を生きてきたのか
わからない存在だ。
主観的にとはいえ、過去の非常に参考になる
データを持っているはずだ。
「確かに、プルランを増やすために生息地を
整えてきました。
その条件が合致したというのであれば……
この事は、パック夫妻にも伝えて―――
いえ、同行してもらった方がいいかも
知れませんね」
すると土精霊様は首を左右に振って、
「い、いえ!
少しでもお役に立てたのなら嬉しいです!」
ようやく明るい笑顔になる。
少年らしい……というより衣装も相まって、
美少女が微笑んでいるようにしか見えないが。
「他には何かありませんか?」
続けて、期待するような眼差しをこちらに向ける。
そういえば、こちらに来た目的は、適当に何か頼む
相談に来たんだった。
「この公都には、畑や穀物、果実専用の地区が
あるのですが……
一度そこを見てもらえませんか?
土精霊様なら―――
土に関する事で、何かわかる事もあるかと」
「そうですね。
適した土とか環境とか、そういうのであれば……
是非お願いします!」
元気よく少年は返事をする。
すると、ギルド長と次期ギルド長が同時に
扉の方へ振り向き―――
「とゆーわけだ」
「え~と……
さっさとそこから離れるッス」
私を含め、残りの3人が扉に視線を向けると、
向こう側からバタバタと慌ただしい足音が
聞こえた。
「?? 今のは?」
「ウチの職員と冒険者の女どもが―――
土精霊様見たさに集まってたんだろ」
ジャンさんの指摘に、同性としてミリアさんが
微妙な顔をしながら、
「仕方がありませんよ~。
土精霊様、綺麗だし素直だし礼儀正しいし」
それを聞いて―――
彼は照れて顔を真っ赤にして下を向く。
土精霊様が落ち着くのを待って……
またその間にパック夫妻に連絡を取り、彼らと
合流した後―――
私は各地区を案内する事になった。
「ふむふむ!
それは大変興味深いですね」
「さすがに永い時を生きる存在……
これは貴重な体験談にして記録です!」
シルバーの色をした、ロングヘアーの夫婦が
土精霊様を中心に質問しながら歩く。
(眷属の山猫は、児童預かり所の子供たちが
放してくれなかったため、置いてきたらしい)
取り敢えず東側地区の南北にある、小麦や米、
各穀物専用の田畑を視察してもらい―――
そこの農業従事者や職人と、細かな改善点などを
話し合った。
また私の方からも土精霊様にある事をお願いした。
それは、彼が引き連れてきたあのワーム。
私から見れば巨大なミミズだが……
そのミミズは、地球だと土壌改良に
最適の種なのだ。
あまり詳しくは無いが、要は土を食べて、
植物に取って栄養のある肥料に変えてくれるのだ。
詳しく説明すると微生物がどうたらこうたら、
になるのでカットするが―――
そこで3匹のうち1匹を、新規東地区・北の
米・芋類等の穀物専用の畑に、
もう1匹を新規東地区・南の小麦専用の畑に、
最後のもう1匹は―――
新規西地区・北の、野菜・果樹専用の畑に
置いてもらうようにしたのである。
もちろん、実験的なものなので一部に限定し、
また地下の下水道まで潜らないよう、浅い
部分だけにしてもらっている。
「お疲れ様でした、土精霊様」
野菜・果樹専用の地区の視察が終わったところで、
私は少年に労いの声をかける。
「いえ、とても面白かったです。
特にあのメープルシロップの木―――
樹液が甘い木があるなんて知りませんでしたよ。
ボクもとても勉強になりました」
外見上、子供だからか……
それとも性格上のものかはわからないが、
甘い物には興味津々のようだ。
「しかし―――
農業関係者たちは驚いていましたね」
「まさか、樹木の気持ちを直接聞けるとは
思ってもみませんでした」
パック夫妻も、いささかオーバーヒート気味で……
何せ、土精霊様のアドバイスとは―――
それは植える位置だったり、木と木の間の
間隔だったり、地球でもある程度の知識さえあれば
カバー出来るものもあった。
だが、植物そのものと直接意思疎通して、
『水はこれくらいがいい』
『もうちょっと陽射しのある場所がいい』
と、要望を聞けるとは思わず……
ともあれ、これで各農作物のエリアは全部
一通り見て頂いた事になる。
「では、今日はもうお休み頂いて……」
そう私が仕事の終わりを告げようとすると、
「ま、待ってください」
不意に彼に言葉を遮られ、耳を傾ける。
「何でしょうか?」
「あの、場所がもう一つ残っているみたい
なんですけど……
そちらには何があるのでしょうか?」
今、自分たちがいるのは西側新規開拓地区で、
いわゆる富裕層がいる地区だが―――
残っているとなるとその南側の地区となる。
「でもそちらは……
魚や貝、鳥の養殖施設で、農作物とは
あまり関係の無い場所になります」
「ですので、土精霊様が行っても―――
あまり面白くはないかと」
パック夫妻が申し訳なさそうに説明すると、
「えっ!? 鳥や魚がいるんですか!?」
と―――
外見相応の少年のように、目を輝かせる。
男の子だし、生き物系に興味があるのかな?
まあ別に見て頂いて損するような事は無い。
そこで最後の地区を視察してもらう事になった。
「わ~……!
本当に魚が泳いでいるんですね!
あちらには鳥さんがいっぱいいますけど、
飛んで逃げたりはしないんですか?」
「飛べる事は飛べるみたいなんですけど、
めったに飛ぶ事は無いですね。
こちらは卵用に飼育しておりますので」
やはりアグレッシブに動く生き物は好奇心の
対象なのか、口調から普段の大人しさが隠れる。
「魚もここで増やしているんですか?」
今度はパック夫妻がその質問に対し、
「今のところは―――
大きくさせるだけですね」
「なぜか卵を産まないんですよ、ここだと。
もしそうなれば養殖が可能になるんですが」
パックさん・シャンタルさんには、生き物の
健康管理も兼ねて、生体研究も任せていた。
しかし、いろいろと試しているものの……
なかなか卵を産むまでには至っていないという。
ふと土精霊様がしゃがみ込み―――
水路の水面をジッと見つめ始めた。
「う~ん……」
「ええと、もしかして―――
魚とも意思疎通出来るとか?」
それを聞いた少年は首を左右に振って否定し、
「それは、残念ながら……
でも、ここの水って普通の川の水では
ないですよね?
確かにこれでは―――」
「え? はい。水魔法で出した水ですが……
もしかして何か関係が」
すると土精霊様は考え込み、
「多分ですけど―――
『自分が生まれた場所の水じゃない』と、
魚たちもわかっているんじゃないでしょうか。
それが、ここでは卵を産めないとか、そういう
環境じゃないと判断してしまって……」
横で話を聞いていたパック夫妻が、
「な、なるほど。
それは考えられます!」
「水草や石などは川から持ってきて、疑似的に
環境を再現していたのですが―――
水そのものとは盲点でしたね、パック君」
自分も、地球での知識だが―――
魚を飼っている場合、水槽の水を全て
入れ替えるのは良くないと聞いた事がある。
新しい環境に馴染むため、少しは残してやる
必要があるのだとか。
「さすがに川の水は持ってきてなかったなあ。
それじゃ、今後は川の水も入れてみて……!?」
言葉の途中で、地響きが起こった。
まさかまたワームとかが?
しかし、どうも震源地はすぐ近くのようだ。
何やら音も近く―――
「大人しくしろっ、このっ!!」
「暴れるでないわ!!」
妻2人の声が聞こえてきた。
続けて打撃音が―――
「あー!! やばっ!!」
「いかん! そっち行ったので注意してくれ!!」
何が? と思う間もなく日差しが何かの影に
遮られるように暗くなり、見上げると同時に
目の前にそれが落下した。
「あれ? これは……」
「エビですね」
パック夫妻は事も無げに語るが―――
仰向けになって泡を吹いているそれは、
全長5メートルはあろうかという、ザリガニの
ような外見をした巨大なエビ。
それがいきなり空から降ってきたのである。
「こ、これは……!?」
さすがに少年は驚いてたじろぐ。
しばらく仰向けになったエビと私たちは
対峙していたが―――
落下した程度ではたいしたダメージに
ならなかったのか、巨大エビはぐるん、
と半回転して起き上がった。
「……!
パック夫妻、土精霊様をお願いします!」
私の意図が伝わったのか、パックさんと
シャンタルさんは、こちらから少年を
守るようにして隠し、遠ざける。
彼の視界を遮ったところで、私は小声で―――
「このような巨大な甲殻類が……
水中でもないのに身軽に動ける事など―――
・・・・・
あり得ない」
巨大エビの前でそうつぶやくと、
「―――!?」
自らの巨大な殻の重量に押し潰されるようにして、
ベシャッ、とその身を地面へと押し付けた。
「あ! シンー!!」
「すまぬ、そちらへ飛んで行ってしまって」
声と同時に、メルと人間の姿のアルテリーゼが
走って来るのが見え―――
私は彼女たちに、巨大エビのトドメを任せる
事にした。
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