半年が経過した。
迷宮の攻略方法について詳しい話は省かせてもらうが、俺が先に探索し、死にかけたら師匠が助ける。それの繰り返しだった。
迷宮を攻略していくたびに俺は自分の弱さを痛感した。師匠が瞬きをする間に殺せる相手に俺は二分もかかる。
それに、どんなギミックや仕掛けがあるのかを師匠は見るだけで認識することができる。師匠は「この魔眼のおかげだ」と言っていたが、魔眼の制御は一筋縄ではいかないと聞いたことがある。紛れもない師匠の実力だ。
俺が迷宮を一人で攻略していたら軽く数年は経っていただろう。
さて、俺と師匠でどれくらいの迷宮を攻略したかというと、二つ迷宮を攻略した。
半年かけて二つだけ?と思うかもしれないがこれはかなりの偉業だ。常人なら一生かけても攻略はほぼ不可能だと言われているものをたった半年だ。これは歴史の本とかに載るんじゃないか?
そして、迷宮で得た報酬だが――これがとんでもない大当たりを引いたんだ。
装着した人の時を止める首輪と、死体から力を奪う事のできる植物だ。使い方は……まあ、使用するときに説明すれば良いか……
これには師匠も驚いていたよ。「最初の二つでこんなに良いものを引くとは」って。
これを売れば一生暮らしていける金が手に入るだろう。まあ、そんなことするわけないが。
----------------
「師匠……少し休憩をしませんか?」
半年間、ほぼぶっ通しで迷宮に潜っていたから流石に疲れてしまった。そろそろ限界が近い。
「む……そうだな。忘れていた」
休憩を「忘れる」ってどんな体力をしているのだろうか。底なしの体力に俺は苦笑をしつつ地面に仰向けになって寝っ転がった。
ここは、景色だけは良い。澄み切った青空に広大な草原、迷宮と、この特殊な魔力質がなければずっと横になっていたいくらいだ。
俺がうとうとし始めた時だ。
「……ん?師匠あれなんですか?」
空に何か飛んでいたのだ。この辺ではドラゴンは生息していないはずだが……とか呑気に考えていると、飛んでいる物体を見ていた師匠の顔つきがみるみるうちに険しいものになっていく。
「……!アレス!すぐに立て!」
「え?は、はい」
初めは何故かわからなかったが、飛んでいるものが次第に近づいてくると俺もそれが何か気づいた。
「ヘラクレス……」
胸の奥から湧き出る怒りが全身を包む。過去の記憶がよみがえり、視界が真っ赤に染まった。
飛んでいるものが何か理解した瞬間に俺は走り出していた。
そしてやつが着地するであろう位置に立って剣を構えた。
まだ剣の型なんて教えてもらっていなかったが、そんなこと知ったこっちゃない。
「がああああああああああ!」
やつが地面に降り立つのと同時に、怒り任せに剣を何度も振った。土煙が巻き上がり、視界が遮られたが、構わず何度も剣を振り下ろす。
「……はあ……はあ」
三十秒ほど切りつけたところで息切れを起こした。俺がその場に立ち尽くしていると
次の瞬間、土煙の中から腕が飛び出してきた。
「アレス!退がれ!」
師匠の声が聞こえて我に帰った。すると、背後から師匠に強く引っ張られて後方に吹き飛んだ。
土煙が晴れた瞬間、目の前には信じ難い光景が広がっていた。
ヘラクレスは無傷だった。俺の攻撃なんてやつにとっては戯れに過ぎなかった。
だが、それ以上に衝撃だったのが――師匠の腕が地面に転がっている事だった。
肩から先が、ない。
「……!アレス!逃げろ!」
信じられない。師匠の腕がなぜ。俺のせいだ。俺のせいで師匠が。……俺のせい、俺のせい、俺のせい。
頭の中で何度も反芻する。
目の前が真っ暗になり混乱で思考が鈍る。
激しい金属音が耳をつんざくように響いている。師匠はヘラクレスからの攻撃に耐えているが、それでも利き腕がなくなっているし、バランスも取りにくいはずだ。
速過ぎて何が起きているのかは把握できなかったが、師匠が押されている事だけはわかった。
師匠が応戦してくれている。早く逃げなければ。頭ではわかっているのに、いや、頭でわかっているのかすらよくわからなかった。
地面にへたり込んでいる俺をヘラクレスは一瞬見た。すると納得したような顔をして、師匠から距離を置いた。
やつは俺の方に手を翳した。
「|風切断《ウインドカッター》」
巨大な風の刃が俺に向かってまっすぐ放たれる。
俺は混乱で体も頭も働かなかった。
目の前で今何が起こっているのか全くわからなかった。
「アレス!」
師匠の叫びでやっと我に帰った。だが、遅過ぎた。もう、間に合わない。
風の刃が俺の目の前まで迫ってきていた。だが、師匠が俺の目の前に立ち、刀に手をかける。
「北辰いっ……」
だが、その刀が鞘から抜かれる事はなかった。
師匠の胸は、赤黒く染まった腕に貫かれていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!