第6話 〜混沌〜
あらすじ
初めての接待に参加した大森
何とか、危機を乗り切ったと思っていたがこんなものは、まだ序の口だった…
ーーーーーーーー
ーーーー
さらに時間は経過して夜20時頃
すでに、始まってから4時間も経過していた。
周りの大人達は酒が廻ったのか、徐々に混沌としてきている。
大森はいつ帰れるんだろうと思う。
まさか、このまま12時くらいまで飯田は迎えに来ないのだろうか
大森は話しかけられたら、答える位であとは気配を消していた。
意外とほっておいてくれる。
このまま、時間が過ぎればいいのに
すると突然 前に座っていた少年が、社員にキスをし始めた。
「っ!!」
大森は飲んでいたコーラーを吹き出しそうになる。
すると所々からその2人を、囃し立てる声がする。
「いいねぇー」
「ふぅー!!熱いなー!」
すると、それに追い立てられたのか
別の少年が社員の膝の上に乗っかった。
「あの子じゃなくて、僕を見て」
そう言うとキスをする。
それにより、さらに席が盛り上がる。
「舌突っ込め!!」
「腰振れっ!!」
下世話な野次が飛び交う
大森は愕然とした。
一体、何だ突然
何が始まったんだ?
会話に入ってなかったから?
もしかして、流れを見逃してたのか
まずいと思って周りを観察していると、一人の社員と目が合った。
大森は急いで目を逸らす。
頼む、勘違いだと思ってくれ
というか、勘違いだ
何の深い意味もない
そんな願いも虚しく、その社員は大森の隣に座る。
「大森くん?」
「楽しんでる?」
「あ、まぁ…」
大森は目を合わせないよう、俯きながら答える。
社員は、大森の胸元に視線をやる。
もう少し前に倒れたら、見えそうだ。
「君みたいな子が接待とはねー」
「芸能界って大変なんだね」
「あ、よく曲聴くよー」
「俺の娘も好きだし」
大森は何とか口角を上げるが、引き攣るのが分かる。
「ここにも一応ルールがあってね」
その社員は 大森の頬を、手のひらで撫でる。
大森なその手を、払い除けたい衝動を抑えた。
「誰かが “自然に始まるまで” は普通の飲み会ってね」
「んで、始まったらもう好きにしていい」
「ほら、周り見てごらん?」
大森は促されるように、辺りを見渡す。
ある少年は上半身の服を、既に脱いでいる。
隠れてよく見えないが、社員の股間に頭を埋めている少年もいる。
地獄だ
大森は その光景を、注視出来ずに目を逸らした。
「で、俺たちは何しようか」
「何もしたくありません」
大森はスパッと答えると睨みつける。
「おぉ、強気だねー」
「さっき精力剤 飲まなかったの、わざとでしょ」
「馬鹿だねー」
「あんなことしたら君…人気なっちゃうよ」
「なんで」
大森は吐き捨てるように言う。
「ん?」
社員が聞き直すので大森はもう一度言った。
「なんで人気になるの?」
「普通、嫌われると思うけど」
「あー…」
社員はちょっと考える。
「なんだろうね」
「でも、素直な子よりも…ちょっと生意気な方が楽しいでしょ」
「限度はあるけどね」
社員はそう言うと、座っている大森の上に座る。
大森は文句を呟く。
「重い…」
このままじゃ、まずい。
でも、どうやって回避すればいいんだ。
右を見ても、左を見ても、人間が交わりあっている
逃げ場なんてない。
社員が大森の手首を掴むと、ぐっと強く握った。
大森は 何も言えないまま、ただ俯いた。
「顔、見せて」
社員が優しく耳元で囁く
その声色に大森は苛立った。
逃げられない事を知ってるくせに
優しい人間を演じるなよ
大森は睨みつけながら、顔を上げる。
「ははは!! 」
社員はつい笑う。
「すごい顔だなー!」
「…」
「ほら大森くんからキスしてよ」
大森が信じられないという顔で社員を見る。
黙って首を振った。
「うーん… 」
「飯田さんに連絡しちゃおうかな」
社員がスマホを取り出す。
大森は、慌てて社員の腕を抑えると言う
「分かった!」
「やればいいでしょ!!」
咄嗟に言ったので、声が出過ぎた。
何人かがこちらの様子を見るので恥ずかしくて、顔を伏せてしまう。
「ふー…」
大森は息を吐く。
もう一度、顔を上げると社員を見つめる。
あまりにも、真っ直ぐ見つめるので社員は少しドキッとした。
大森の目線が瞳から唇へと動く。
やっぱり怖いんだろう。
長いまつ毛が揺れる。
社員はその表情を見ながら、顔が整っていていいなと羨ましくなる。
ふとした表情さえ、絵になる
さぞ、モテる事だろう。
大森は ゆっくりと顔を近づけると、とんとキスをした。
しばらく唇を押し付けるようにすると、パッと離れる。
「…あれ、もう終わり?」
社員がそう言いながら、顔を覗き込むと大森が泣いていた。
潤んだ瞳で社員を見つめると溜った涙がぽろっと、零れる。
「…」
社員はびっくりして目を見開く。
さっきまで、高鳴っていた胸が急激に萎んでいく。
なんだよ、泣く程の事か
「ちょっと」
社員は半笑いで言う。
「やめてよ」
「冷めるなー」
「僕キス初めてなんです」
大森が涙声でいう
「え゛」
社員は、つい驚いてヒキガエルのような声が出る。
「だって…え?」
「何歳」
「28」
大森が答える
「そん」
社員が口を開くと大森の顔が歪む
「だ、大事に、」
「だいじに…してた゛のに゛!!」
大森が顔を両手で覆うと泣きじゃくり始める。
「う゛うぅ ぇ゛!!」
「あ、…」
「えー」
社員は気まずそうに辺りを見渡す。
「あ、なんだ…はは…」
「…ごめんね」
「もっと早く言ってくれればさ…」
「だ゛っ、て!!」
大森なさらに大きな声で泣きじゃくる。
「むりや゛、り!!」
「ぅう゛え゛ぇ!!」
「あ、そうだ、」
「あ、俺用事が…そうだ」
「とにかく、ごめんね」
社員はそう言うと、ぱっと降りて何処かへ消えていった。
大森は指の間から、社員が別の少年に移動したのを確認する。
大森は立ち上がると、急いでトイレに向かった。
個室に入り込むと鍵をかける。
くそ…こんなの大した時間稼ぎにならない。
破れかぶれの演技もしてしまったし
それにしてもあの社員
よく、あのクオリティで信じたな
本当に、この年齢でキスが初めてだと思ったんだろうか
いや、単純に頭がおかしい奴だと思われたのかもしれない。
それより、どうしよう
さすがにここに、ずっといる訳には
何が方法を考えないと
あぁ
もう帰りたい
大森は今までの日常が眩しく感じた。
いつもの作業部屋も、会社もスタジオも
若井と藤澤の顔が浮かぶ
もう帰りたい、これ以上醜くなりたくない
大森は孤独に潰されるように、膝を抱える。
すると、廊下の扉が開く音がした。
大森の身体が飛び跳ねる。
こつこつと、足音が鳴ると自分が入っている個室の前で止まる。
トントンと扉が叩かれる。
大森は息を止めた。
袋のネズミになった気分だ。
「大森くん」
「出てきなさい」
湯ノ内の声だ。
大森が この個室に居るという事まで、お見通しのようだ。
もう逃げ場なんてないか
大森はふっと諦める。
「…はい」
大森は観念すると、扉を開ける。
怒られるかも、叩かれるかも
怯えながら湯ノ内を見つめる。
湯ノ内が呆れた顔で言う。
「籠城でもする気?」
「いいえ」
「ごめんなさい」
大森は涙声で答える。
「戻るよ」
「君には仕事があるでしょ」
「はい」
湯ノ内が右手で大森の肩を押す。
大森は素直に従った。
「あ、君にキスした社員」
「彼には帰ってもらったから」
湯ノ内が、さらっと言う
「え、」
「大森くん」
「君は私のお酌つぎだろ」
「なぜ、彼を許したのかな」
「…」
「飯田さんに言うぞって言われたので」
大森は正直に話す。
湯ノ内は、また豪快に笑った。
大森は、びくっと肩を跳ねらせた。
「彼は飯田の連絡先なんて知らないよー」
「ただの平社員だ」
「まぁたった今、元社員になったけどね」
そう言うと、湯ノ内は椅子に座る。
大森は、その言葉に返す言葉も失った。
あの人は罰として辞めさせられたのか
じゃあ、僕の罰はなんだ
背筋を凍らせながら、立っていると湯ノ内の鋭い目線が大森を射抜く
「座りなさい」
「はい」
大森は、ほぼ反射神経のように答える。
今更、飯田の “見た目通りじゃない” という言葉が頭で回る。
有無言わさない空気を作るのが、上手い
犬に成る人の気持ちが分かる
「君は知らなすぎるね」
湯ノ内が言葉を続ける。
「なんで、こんな所にいると思ってんの」
大森は首が折れそうな程、項垂れる。
怖くて、顔を見れない
「運が悪かっただけって」
「そう思ってる?」
「ごめんなさい」
大森は、子供のように謝った。
薄い、反射的な謝罪だ。
でも これ以外、方法が思いつかない
地雷は踏みたくない
「大森くん」
「勘違いしてるが、君は 芸術家なんかじゃない」
大森はつい、湯ノ内の顔を見てしまう。
どういう意味だ
「そうだろ?」
「君は権利物を売ってる商人だろ」
大森は 呼吸が早くなるのを感じる。
「芸術に付くのは付加価値」
「君の音楽に付いてるのは法的価値だ」
大森の身体が怒りで熱くなる。
息苦しくて、口から息を吸う。
落ち着け
そういう一面もあるという話
こいつの虚しい持論だ。
「だから君の表現は契約ベースじゃないと価値がつかない」
「それを売るために、ここにいるんだろ」
大森は俯くとスボンを、ぎゅっと握る。
頭の中で湯ノ内を殴る想像をする。
それで、何とか衝動を抑えた。
「君が 謝罪に来た時、曲作りは真剣に取り組んだと強調してたね」
「心を込めた、決して盗作じゃないって」
「まぁ、どうでも良かったよ」
大森は怒りを超えて、哀しさが湧いてきた。
そうか、だから簡単に許されたのか。
「そんなことより法的価値を下げたこと、謝罪して欲しかったね」
「君の音楽には そもそも、その価値しかないんだから」
大森の身体が震える。
悔しい、人が大切に抱えてる想いを
どうして そこまで、こけに出来るんだろう
「貴方の思う価値が全てじゃない」
「僕にしか分からない僕のための価値がある」
大森は湯ノ内を真っ直ぐ見つめると、言い返す。
しかし、湯ノ内は笑った。
「じゃあ、それで今、君は救われるのかい?」
大森は奥歯を噛み締めた。
そうだよ、救われてる。
今だって
「はい」
「それがなかったら、僕はここにいません」
お前に分かるもんか
この理不尽な世界で
それでも、真っ直ぐに届けられる光。
純粋な頑張れが、ありがとうが どれほど暖かくて、救われるのか
「僕は信じてます」
「音楽は命だって 救える」
コメント
11件
やっぱ天才だ…!! 大森さん湯の内打ちのめせ!!!やったれ!!!! すみません悲しい語彙力で…
あ、、良い人だと思ったら!!💢 言い返したのすっきりするっ!!
すげぇぇ……!!! よすぎて語彙力無くなる…! こういう小説大好物なので続き楽しみです!!