テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「…え」
小さな声がその口から零れて部屋の中に落ちた。
ソファを背にした若井の視線が俺を見上げる。
此方の視線はそんな若井を見下ろしていた。
数分前。
その後何が起きるかなんて知る由もなく、ただいつも通りの時間を過ごしていた。
いつも通りと言っても少し久々かもしれない。
仕事以外の時間を友達として過ごすのは。
外に出て夜ご飯を食べて、夜の街を歩いたりして。そのまま何となくの流れで若井の家に来た。
時刻は21時半頃。せっかく外に出た訳だから、と頼んだお酒の酔いが回り始めている。
「………」
リビングのソファに座ってぼんやりと若井の姿を視線で追う。
上着を脱いでリビングから姿を消したかと思えば、ラフな格好に着替えて戻ってきた。
若井は後ろからソファの背もたれに腕を置いて。
「元貴結構飲んでたね」
「んー、まぁ。いつもより」
明日は予定がないから、と少しだけ羽目を外して。
っていうのも間違いではないけど、きっと若井が居たからだろうな。
若井と二人で居るとどうにも身体の力が抜ける。
「俺も飲みたかったな」
「無理でしょ。飲酒運転するつもり?」
「無理だから言ってんのよ」
若井の運転で移動した為結果は勿論こうなる。
アルコールが回ったせいで若干重い身体を斜め後ろに向け、若井と視線を合わせた。
「今から買いに行けばいいじゃん」
「えー、めんどくさい」
「文句ばっかりだね、お前」
その言葉に笑った若井を落ちてきそうな瞼の下で眺めていた。
笑う時、こうやって柔らかくなる表情と声が好き。
ふわっとした思考の中でそんな事を思う。
気付けば手が伸びて指先が若井の髪に触れた。
そっと髪を掬う。そのまま耳の後ろにかけるように指が動いた。
酔っているからか、今は随分と素直に身体が動く。
若井は特段反応を返すことなくされるがままにしていたが、露わになった片耳に触れられると流石に気になったようで。
「なに?」
「…いや、別に。」
自分でもよく分からない。何をしているのか、何がしたいのか。
理由なんてなくて、ただ何となく触れたかっただけかもしれないけど。
酔いの回った頭では頭が働かない。上がった体温にぼんやりと霞み始める思考。
上手くまとまらない思考のまま不意に口をついて出た。
「…若井、こっち来て」
返事が返ってくるよりも前に、若井の手首をそっと掴んだ。既に理性は沈みかけていて半分無意識の行動。
自分の手は熱くてその分の体温差が伝わってくる。
普段はこんなことしないけど。それ自体今この状態では理解も出来そうになかった。
手首を掴まれ、一瞬不思議そうな顔をした後若井は柔く笑った。
「いーよ」
その表情にふっと手の力が抜けた。それでも手首は掴んだまま、若井が隣に座るのを待つ。
アルコールが効いている今、いつもより素直に言葉が出てくるし身体も動いてしまう。
この熱は若井に伝わっているのだろうか。
上がった体温だけじゃなくて、胸の奥を焦がすようなこの熱が。
若井が隣に座ると仄かに甘い香りがふわりと広がった。香水の奥に感じる若井自身の。
すぐ近くに感じる若井の体温が胸の奥をどうしようもなく焦がしていく。感情を揺らがせる。
あ、だめだ。これは。このままだと。
手首を掴んでいた指先に僅かな力が入った。
熱の滲んだ視線が真っ直ぐに若井の目を見つめる。
朦朧とした意識を理性が上回れることは無いのだ。
掴んでいた手はそのままに、空いた片方の手で若井の肩を押した。
「…え」
ソファの座面に若井が殆ど背を沈めるような体勢。見上げる視線と見下ろす視線が交差する。
掴んだままの手首から伝わる脈拍。体温。
静寂が空間を支配した。たった数秒。されど数度。永遠にも思えるほどの時間だった。
「……待っ…て、ちょっとまって元貴、酔ってる…?」
沈黙を切り裂いたのは困惑したような、どこか焦ったような若井の声。
酔ってるか酔ってないかと言われれば圧倒的に酔っている。理性が感情に呑まれてしまうくらいには。
馬鹿な行為をした焦燥感と罪悪感がじわじわと思考を蝕み始めるが、それだけではもう引き返せない程気持ちが昂っていた。
何を言えばいい?どうすればいい?
焦れば焦るほど思考は泥沼のように沈んでいく。
今在るのは、消えない熱と煩い心臓の音だけ。
手を離さないと。何か言わないと、って思うのに。
目の前の彼から、どうしても目が離せなかった。
「……酔ってる。めちゃめちゃ酔ってる。」
感情、抑えられなくなるくらいにはね。
ぽつりと零すように呟いた。掴んでいた手首から指を滑らせ、互いの指先を絡める。
触れた手が熱い。感じる熱は自分の体温だけじゃないってこと、知ってしまった。
どうしようもない。
困るんだろうなって。思ってたから。
こんな温度を知ってしまったら、もう戻れる訳がなかった。
「……ねぇ、若井」
名前を呼ぶ声は酷く掠れていた。鼓動が低く脈打って、胸の奥が痛い。
絡んだ指を親指でそっと撫でる。交わった視線は外れることなく。
「好きだよ。ずっと好き。」
躊躇いも何もなくその言葉は紡がれた。
自分でも聞いたことないくらい甘さの滲む声で。
此方を見上げていた視線が揺れた。
初めて見るような若井の表情に胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
ずるいよ。そんな顔されたら、本当に。
空いた手で若井の前髪を避けるようにそっと払った。
はっきりと露わになったその瞳が僅かに濡れているように見えて。
絡めた指先にまた、少しだけ力を入れた。
「……………好きなんだ。」
若井は確認するように、というより何を言えばいいのか分からないようで。
「…うん。好き。」
「……………そっか。」
断られるのだろうか、とか。そんな不安感は微塵も感じなかった。
だって外された視線が泳ぎに泳いでいるから。
何故目を逸らすのか、赤く染った頬が雄弁に物語っていたから。
でも正直返事は返して欲しい。
「…………ありがと。」
好意を伝えられた後の返事にしては些か短すぎる言葉が返ってきた。それなのに。たったそれだけなのに。また心臓が煩い。
横に流れていた視線がちらりと此方に戻って、また逸らされる。
いつもはあんな真っ直ぐな言葉を投げてくるくせに。ほんと、こういうとこ。
繋がれた手を持ち上げて、柔くキスを落とした。
触れるだけの軽い口付け。
そのまま今度は空いた方の手で若井の下唇に触れた。絡めた手に僅かな力が入ったのが分かる。
「……………嫌?」
返答としてどちらが返ってくるかなんて分かりきっていた。それでも聞かずにはいられない。その口から、その声で聞きたいから。
一瞬言葉に詰まるような間があって、もう一度視線がぶつかった。若井は観念したように小さく息を吐いて。
「……嫌じゃないよ。好きだから。」
そうして繋いだ手を解いたかと思えば、今度は先程よりも強く絡め直された。
なにそれ。そんな顔で、そんな声で。そんな事言わないでよ。
どんだけ我慢してたか、知ってるの?
「…あは、煽るの上手だね。」
触れた手はそのまま、吐息ごと奪うような口付けをその唇に落とした。
コメント
3件

( *˙ཫ˙*)و・:∴・:∴・:∴・:∴ いっっっち、さんっっっ!!!! ちょっ、あああああまあま甘くてっ!読んでる最中からニヤニヤがっ!止まりませんでした♡♡♡♡♡(*´艸`*) わたくし、透明人間になり、ふたりのめちゃくちゃ近くで拝ませていただいてたんですが、ふたりより……いや、誰よりもいち早くこころの╰⋃╯を膨らま…… ちょっと感情が暴走しすぎました……すみません……
第34話、読み終わりました…!酔って理性が溶けたからこそ出てくる「好き」が、すごくリアルで胸が痛かったです。普段は抑えてる感情が、アルコールでふわっと溢れ出しちゃう感じ、わかる気がする…。若井さんの「嫌じゃないよ。好きだから。」って返し、もう完全に沼です。絡めた指の温度とか、最後のキスの奪い方とか、全部が甘くて苦しくて、何度も読み返しちゃいました🤍次も楽しみにしてます、いちさん…!
はるん
5,350