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青桃/社会人パロ
苗字捏造あり
あれは高校2年生の冬だった。
クラスでも地位を確立し、男女問わず親しき関わりを持っていた、あの青い春。
3年生の生徒会長が退き、エスカレーターで俺が生徒会長へと成り上がり、所属していたバスケ部では部長を務め、ウィンターカップにも出場した。そのため人並みに好意を持たれる事があったし、己自身も発情期の猿のように女子を取っかえ引っ変えして越に浸っていた。
そんなある日、同性の恋人ができた。
それはひとつ先輩の“まろ”。これは俺が名付け、周りに広がった愛称で、本来は“いふ”と言う。
その先輩との馴れ初めは些細なことで、ノンケだった俺にアピールしてくる先輩に、ほんの小さな出来心で交際を承諾したからである。結果 『好きになるはずがない』。そう笑っていた過去の俺に張り手を食らわせてやりたいほど惚れ込んでしまった。
彼と幾度もデートを重ね、共に過ごす時間を経て、所謂“そういう雰囲気”になった。
『…ないこ』
『…ええ?』
低く、落ち着いた音色で、関西の訛りが色気を引き立たせる。そんな先輩の声が、堪らなく愛おしかったのを憶えている。
『…』
『…ないこ?』
が、己の意に反して黙り込む口が静寂を轟かせる。
不安になったのか、再び声を掛けてくれる先輩の良心を無視して、近付いてくるそのひと回り大きな身体を突っ撥ねた。
『ごめん…っ』
「まーーーたその話ぃ??」
過去に想いを馳せた俺の隣で、ジョッキを片手に呆れるように零す友人。ほとけこと“いむ”。こちらも彼の愛称で、過去の記憶とは異なり、彼自身が『いむくんって呼んで!』と公言している。
「だって…」
「も〜〜〜っ…泣き上戸もいい加減にして!!」
ジョッキを片手に机に突っ伏し、酒の耐性がなく泣き上戸な己の唸り声。
酒を飲まずとも、あの日の記憶が幾度も蘇る。
何度思い返しても検討が付かない拒絶。俺はなぜ先輩を拒んだのかも知り得ず、自問自答を繰り返そうとも答えは見つからない。
ただ、“抱かれる側”に至るのが嫌だったのか。そう言った考えがチラつくことが多かった。
「やってらんねぇ…ッ!!」
「もう一杯!!」
「マジで落ち着いてッ!!!」
いむと解散し、別れた帰り道。夜道を照らす街灯の影を踏みながら、覚束無い足取りで帰路を歩んだ。
あの日の失態から距離は離れ、受験期真っ只中で相手をしてくれていた先輩への罪悪感から、『別れてください』と、画面越しで別れを告げた。彼は引き留めることもせず、一度電話を掛けてきた後に『わかった』『ごめんな』といったメッセージが届いた。
出来心で交際し、拒み、別れを切り出し、先輩の好意を踏み躙った己の愚行。その愚かさを歴ても、先輩に恋して以来、新たな意中の相手を探し求めることはできなかった。
「まろぉ…っ」
街灯の横に座り込んだ、己の弱りきった声が零れ落ちる。
「…ないこ……?」
どこか聞き覚えのある声が耳を包んだ刹那、限界を超えた己の重たい瞼が落ちていった。
目が覚めると、知らない天井が視界の先に広がっていた。
いや、知らない訳ではない、どこか見覚えがある。 なのに思い出せない。
昨晩の過度な飲酒が支障をきたしているのだろう。二日酔いからの頭痛と吐き気が襲い、身体を起こすことが不可能に近い。
その身体の余力を振り絞り、何倍にも重圧がある我が身を起こす。
「…は?」
起こした身体の先に広がるのは、忘れるはずの無いあの光景。人生最後の失恋の場である“まろの部屋”だった。
先輩は高校進学の際に関西から上京し、小さなマンションで一人暮らしをしていた。引っ越していないのか、どこも変わっていない内装が、あの頃の痛みをフラッシュバックさせる。
(てか、なんでここに…)
急激な展開に追いつかず、幾度と思考を巡らせる。
今は夢の中なのか、先輩と似て非なる誰かの家なのか、またはそう言った内装なのか。
それか、拗らせた先輩が俺を捕まえ閉じ込めたか。全然冗談だけど。
どうせ、ベロベロに酔って道端で寝こけた時、誰かに助けて貰ったのだろう。
そうと決まれば、礼を言うべくベッドから立ち上がろうとした刹那だった。
目の前に位置していた扉が、音を立てずゆっくりと開かれる。
「あれ、起きとったん」
「せ、先輩…!?!?」
まさかとは思っていた“まろの家である可能性”が、四の五のいう間に見事に的中してしまった。
驚きから見開かれた己の眼を、逸らさず見つめる彼の眼差し。紛うことなき視線に居心地の悪さを感じ、こちらから目線を逸らして俯いた。
拒み、別れを告げたくせに、何年も恋心を引きずっている彼が、目の前にいる。
恐る恐る口を開いた途端、あの頃を思い出させるような微笑みと穏やかな口調に包まれる。
「な、なんで…」
「なんでって…俺の家やけど…」
「あ、すまんな、何もしてへんから安心して」
二日酔いにより鈍る思考が己のサイクルを滞らせる。
何が何だか知り得ぬまま、昔のように笑う先輩の家に、居る訳を問うた。
「お、俺…なんでここに……」
「…あれ、記憶ないん?」
「昨日の夜、帰っとったらベロベロのないこに会ったんよ」
「でも途端にぶっ倒れよるから、ほっとけんし連れて来てもうて」
「…その、ごめんな?なんか」
申し訳なさそうに苦笑し、頬を人差し指で掻く先輩。
「そんな、全然…ありがとうございます…」
まさかの奇跡が重なり合い、先輩のご厚意により、忌まわしき思い出の場所にも巡り会うことが出来たのか。
ただ、彼も彼で罪悪感を感じている様子。先輩を突っ撥ねた記憶は紛うことなき事実で、“何も無かった先輩と後輩”として接してくれる彼に心が傷んだ。
「…とりあえず、ご飯でも食べようや」
「は、い……」
気まずい沈黙が漂うリビング。テーブルを二人で囲むこの景色も、学生時代のあの頃を連想させる。
「…どう?口に合う?」
「め、めっちゃおいしいです…」
ぎこちない会話の中で、ふと味の変化に気がついた。
昔は家事なんかできなくて、料理下手で、ほんとに一人暮らしできんのかコイツ。って思うほどだった。なのに今は見違えたように磨かれた料理のスキル。フレンチトーストという世間一般的に見れば容易なものかも知れないが、焦げすぎず甘すぎずと言った絶妙な塩梅が保たれている。
「覚えとる?」
「昔、ふたりでフレンチトースト作ったけど俺が焦がしたやろ」
「そんでないこが拗ねたけど…ちゃんと食べてくれて」
「ありましたね…笑」
ぎこちないような敬語を交えつつ、確かにそんな事もあったと想いを馳せる。
その後、またリベンジして作ってくれたけど、全然焼けてなくて甘すぎて胃もたれしたんだっけ。
「あと、悠佑って覚えとる?初兎とかりうらとかも」
「ほとけとかも混じって仲良かったよな」
「覚えてます、昨日もいむと飲んでて」
「えっ、まだサシ飲みするくらい仲良いん?」
「はい、たまにりうらとかも」
「へー…俺はアニキと初兎とよく飲むんよ」
高校生の頃、部活動や実行委員を経て学年問わず仲の良くなった6人組。その中でも互いに繋がりはあったようで、その喜びから少しずつ盛り上がっていく気がした。
その裏で、ココが破局してしまったために、グループが真っ二つになってしまった罪悪感が伝う。
「…今度みんなで飲みません?」
その場の流れと建前として飲みに誘うと、少し驚いてから笑って承諾した彼。
先輩の言動から察するに、せめてもの贖罪か何かで空気が悪くならないように、持前の関西トーク力で空気を和らげてくれているのだろう。
「ご馳走様でした、美味しかったです」
「お粗末さま」
「スーツキツイやろ、服貸すで」
流れるように出されたキラーパスに驚きながら、『悪いですよ』なんて苦笑しながら丁重にお断りをした。
俺が服を渡す側であったのに、ここにきて貸そうとしてくれるのかと少し驚いた。
「スーツ、さっきアイロンかけといたから持ってくるな」
「部屋で待っといて」
「っえ…」
「…あれ、ダメやった?」
「ぜっ、全然…先輩ってアイロンできるんだって思って…」
「失礼やな笑」
先輩の部屋の床に座り込み、充電されていたスマートフォンの電源をつける。
数件メッセージが届いており、その通知を開くと某アプリからのものであった。送り主は昨晩飲んでいたいむで、『帰れた?』という安否を問うメッセージであった。
『拾ってもらった』
という匂わせ気味なメッセージを返してから、その他の数多のメッセージを返そうとした途端、瞬時にいむからの返信が届く。
『え』
『誰に?』
『先輩』
『どの???会社の??』
『ちがう』
『だれだよ!!』
『まろ』
『え』
『は??マジ?』
コイツおもろいな、なんて笑いながらメッセージを追うと、『みんなに報告だ!!』などと抜かすアホ。『それはヤバい』なんて単調に返していると、部屋のドアがゆっくりと開かれる。
「あれ、忙しかった?」
「全然大丈夫です、いむに連絡返してて」
「そっか、よかったわ」
安堵するように笑う先輩の片手に提げられたスーツ。
「これ、あのさ 」
突然たどたどしくなる先輩を見据え、突然なんだと問いかける。すると、スーツが提げられていないもう片方の手のひらに乗る何か。
その何かに視線を合わせると、それはもう自害を試みるほどと愚の骨頂であった。
「あ゛……っ」
「すまん、ほんと見るつもりなくて」
「いや、でもあれやろ」
「上司の付き合いとか」
「そ、そう、上司の…付き合いで…」
そう、彼の手のひらにあったブツは、キャバクラやコンカフェの特典カード。そして何より問題な“ゲイ風俗”の指名用名刺がデカデカと広げられている。
(終わったーーーッ…!!!!)
冷たい汗がダラダラと垂れ、焦りと動揺から全身の血の気が引いていく感覚がした。
あの“ゲイ風俗”の名刺。紛うことなきユーザーであり、あの日の雪辱を紛らわせるために数回通った風俗店のものである。
ご察しの通り突っ込まれる側として店へと通い、この歳での利用がバレたこと、何より“性行為を拒んだ相手”に見つかったことが完全にアウトだ。
せめてもの優しさで汲み取ったように振る舞う先輩でも、心の内では案の定バレているだろう。
頭もよく察しのいい先輩ならわかるだろう。女性を取っかえ引っ変えしていた俺が先輩によってゲイに塗り替えられてしまった事が。
(もういい…!!!)
そして決心する。痴態が晒され、更に険悪なムードになるならば、あの雪辱の日を問うことも許されるだろうと。
「っせ、先輩は…」
「怒ってないんですか」
見開かれた目と驚きで固まる面持ち。多少ながら困惑を孕む先輩に追撃するように口を開き続ける。
「怒るって……」
「俺が…あの日、先輩のこと突っ撥ねて」
「別れて…グループも分断して……っ」
「なのに俺に優しくしてくれるから…もうわかんなくて……っ」
「あれから誰も好きになれなくて…」
「代わり探すみたいにバカなことしてて……っ」
顰められた面持ちから零れるように溢れた涙。 醜態を晒し、拒んだ側が涙を流し、最後まで彼を困らせる。
割り切った先輩に気持ち悪がられても仕方がないと目を瞑ったその時。想像した声色とは全くもって異なった温かい声が耳を包んだ。
「俺も忘れられんかったよ」
驚いて顔を上げた矢先、涙でボヤける視界の中にはこちらを愛おしそうに見つめる彼がいる。
「…キモイけど、ずっと探しとった」
「会えて奇跡やと思った」
「でも敬語に戻ってて悲しかった」
「スーツからこんなん出てきて、嫉妬で狂いそうになった」
「今もずっと触れたい、我慢してる」
切なげに笑うその顔を見て、溢れ出た感情が体を突き動かす。瞬く間に彼に飛びつき、これでもかと抱きしめた。
「…っまろ……」
「…ないこ、好き」
「ずっと好きだった」
優しく包み込まれる背中に伝う体温。ひと回り大きな体に包まれながら、声が枯れるまで泣いた。
『やばい緊急!!』
『なに?』
『4人のグルラとか懐いな』
『みんな元気 しとる?』
『元気ーー』
『んなことより!!』
『4日前にないふが接触したみたいで!』
『は?』
『え』
『ガチ!?』
『もっとはやく言ってよ』
『でね!』
『さっきないちゃんから連絡があって』
『4人全員俺の家来て、って!』
『これはアツいぞ』
『何時に行けばええの?』
『19時にないちゃん家!』
『おっけーー』
19時を回る頃、インターホンが鳴り響いた。
「俺出てくるわ」
「うん、ありがと」
代わりに出てくれたまろの背を見届けながら、どんなお叱りを受け、どんな反応をされるだろうかと緊張に震えた。分断してしまった身であるからこその緊張は類を見ないだろう。そもそもあの4人は仲良くできているのだろうか。
そう考えていたのも束の間、近所迷惑といえるには充分なほどの声量が玄関から伝う。
(まぁまろだしな…… )
俺の家からあのまろが出てくるなんざ驚く以外の何物でもない。何気に一番心配してくれていたいむなんて仰天して頭打って死ぬんじゃないか。
途端、ドタドタと廊下を走ってくる音がする。
顔をあげると、そこには怒ったような喜びをきしたような、そんな4人がいた。手には大きなビニール袋が提げられていて、それが缶ビールや惣菜だと気づくには時間を要さなかった。
「ないこぉッ゛!!!!」
フルスロットルで体当たりをしにくる初兎ちゃんを全身で受け止めながら、皆に向けて『来てくれてありがとう』と畏まって溢す。
「まぁ座ってや」
「__ってことで、付き合いました…」
順を追って説明し終えると、申し訳なさと気まずさから視線を逸らす。が、皆は予想外にも、疲れを零したような濁音が着いた声を漏らしながら背後に倒れ込んだ。
「やっとだよーーっ!! 」
「ついに蟠りが…っ泣」
「最初からそうしろや!!!」
「ほんとすいません…」
「でもよかったわ、ほんと遂にみんな仲直りやな」
ちゃっかり横をキープするまろの方へと少し頭を傾ける。
「もう仲良くやるから」
「みんなほんとにありがとう」
揃って「よかった…」と零す一同を他所に、密かにまろの頬にくちびるをつけた。
驚くまろは俺の頭をこれでもかと撫で、「ほら飯食おうやーーっ」なんて笑った。
赤く染まる耳に笑みを零しつつ、皆と酒を交わしたのだった。
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