コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
たくさんの紆余曲折を経てやっと銀次郎さん(ほんとは銀ちゃんと呼びたいが本人からそれだけはやめろと禁止されている)一緒に暮らせる事になり半年が経った。 本気で愛した人と一緒になれた事はこの上ない幸せだ。
だけど…仕事が忙しくすれ違いの日々。
お互いの仕事柄、周りのカップルのように明るい時間にデートに行ったり、ご飯に行ったりという付き合い方が出来るとは端から思っていなかったし、一緒に居る時間はそんなに多くは取れないだろうと覚悟はしていたけれど… 半年の間に家で一緒に過ごせたのはほんの数回だけ。
しかも銀次郎さんはずっと仕事の鬼モードなので家に帰ってくる時は完全にエネルギー切れになりオフモードだし、最近の近況報告をして寝室へ行きバタンキューの状態。
外で身を削って戦っている彼に自分の相手をして欲しいなんて言えるわけがない。
眠っている銀次郎さんの寝顔を見れているだけで私は幸せなのだと思いたいけど。
もはや一緒に暮らしている意味があるのか良くわからなくなっている。
私のないものねだりなのだろうか…。
✉️桜子:今日は帰ってくる?
✉️銀次郎:今日も事務所に泊まることになりそうや。
✉️桜子:そっか…。あんまり無理せんようにね。
✉️銀次郎:すまんな。また必ず時間取る。
✉️桜子:私のことは気にせんといて。
とは言ったものの本当の事を言うとちょっとは気にして欲しい…。
彼が子供の頃から壮絶な日々を過ごし、そんな日々を生き伸びるために仕事の鬼にならざる終えなかった、そういう生き方しか出来ない事も上手く愛情表現が出来ない事も理解している。
いや、理解したいだけで本当の意味ではできていないのかもしれない。
「はぁ…今日もまたこれか。せっかく今日は帰ってくるって言うからお店休んだのに…意味無いやん。仕方ない!お店の様子でも見に行こかな。」
自分のクラブを開いて3年。
ありがたい事に今では色んな業界の方達が集うクラブへと成長した。
そして、お客様にも銀次郎さんと一緒になった事は隠さず公言している。
私達が一緒になった事は隠していたとしても必ず何処かから話が拡まるだろうし、変な尾ひれがついて話が拡まるくらいならこちらから公言したほうが潔いと考えたから。
すると、それまで来ていた一部の厄介なお客はお店に寄り付かなくなり、逆にあのミナミの鬼と呼ばれる萬田銀次郎をものにしたママは一体何者なんだ?という噂が広まり、マナーを弁えたお金周りのいいお客様だけが増えてお店に出入りするようになった。笑
言うなればミナミの鬼の萬田銀次郎という最強の後ろ盾がいる状態。
その結果、お店の売上も伸びて私としては願ったり叶ったりのはずなのに…肝心の一番一緒に居たい人とは全く一緒に居れないというこのジレンマ。
「私の事どうでもいいんかな…」
そんな小言を呟きながら不安な気持ちを無理やりかき消すように出勤の準備をして家を出た。
ミナミ某ビル
桜子のクラブ
コツコツ…
ガチャ…
ボーイ:「いらっしゃ…あれ!ママ!」
「けんちゃんおはようー。」
ボーイ:「おはようございます!ママ今日お休みじゃなかったでしたっけ?」
「うん、まぁねー。でも皆がサボってないか気になって抜き打ちチェックも兼ねて様子見に来てみた。」
ボーイ:「えぇー!サボってる訳ないじゃないっすかぁー!」
「ほんとぉー?じゃあ今日のお客様はどんな感じ?」
ボーイ:「見ての通り!今日もテーブル埋まってます!んで、いい感じに回ってます!というか、俺が回してます!」
「またそうやって調子乗るんやから。笑 ま、けんちゃんの事は頼りにしてるよ。」
ボーイ:「へへ!あざすっ!あ!そういえば!」
「ん?なに?」
ボーイ:「7番テーブルに沢城さんがいらしてますよ。」
「あら、そしたら早速沢城さんにお声かけて来るね。ありがとうね。」
ボーイ:「うぃーっす!」
相変わらず調子いいなぁ。笑
言葉遣いが少し気になるところではあるけど、けんちゃんのあのフランクさで私の不安も少しは和らいだ気がする。
いや、そんな弱気な事言ってられない!仕事だ仕事! 自分に改めて気合いを入れて沢城さんのテーブルへ向かった。
…………………
「沢城さん、今日はお越しいただいてありがとうございます。」
沢城「おぉ!ママぁ!久しぶりやのう!今日は休みやて聞いてたでぇ?」
「えぇ、お店の様子が気になって緊張出勤しました。笑
沢城さんにお会い出来たから今日お休みしなくてよかったです。」
沢城「なんやまた嬉しい事言うてくれるやないか。まぁまぁここ座り!」
「ありがとうございます。失礼します。桃ちゃん5番テーブルに入ってもらってもいい?」
桃「はい。沢城さんこの後も楽しんでいってくださいね♪」
沢城「もちろんやがなぁ!今日はママとの積もる話もあるから。また今度なぁ♪」
桃「はーい♪失礼します。」
「沢城さんはいつも本当にお優しいから、お店に来てくれるの女の子達楽しみにしてるんですよ♪」
沢城「はは!またまたぁ上手いこと言うておだててわしに高い酒下ろさそうとしてんねやろぉ?」
「あ、バレましたぁ?」
沢城「バレバレや!笑。そないおだてられんでも桜子ちゃんのためやったらなんぼでもお酒下ろしたる♪ ほな、兄ちゃん!一番高いシャンパン下ろしたってぇ!」
「えぇ!いいんですか?ありがとうございます。さすが沢城さん!」
沢城「当たり前やがなぁ、今日は桜子ちゃんに会いに来たようなもんやからな。話したい事もあるしな。」
この羽振りのいいお客の沢城さんは銀次郎さんが金融の世界に入った頃から事あるごとにお世話になっているそっちの筋の組の長。
銀次郎さんの過去の事も色々と知っている数少ない人間の中の一人。
私と銀次郎さんが一緒になったことも心から喜んでくれて応援してくれている。
沢城「それで、銀ちゃんとは最近どないや?」
「うん…まぁ。平凡に何事もなく過ごしてますよ。」
沢城「なんや表情が暗いなぁー。あんまり上手くいってへんのかぁ?」
「そんな事ないですよ!多分…。」
沢城「ははーん。」 そう言って何かを見透かしたかのようにニヤリとこちらを見て笑う沢城さん。
「え?なんですかその意味深な笑顔は…」
沢城「銀ちゃん、あんまり家に帰ってへんのやろ?」
「え?なんでですか?」
凄い…何故分かったんだろう…。
沢城「ふふ、図星やな?銀ちゃん、昔からそういうとこあってな、仕事にのめり込み過ぎて周りが見えんようになるんや。」
「うん確かに、認めたくないけどでも…。」
沢城「やっぱりなぁ…。桜子ちゃんそろそろキツイ頃やろなぁ思って今日来てみたんや。」
いやどんだけ紳士だよ。
こんな繊細な気遣い出来る人がヤ◯ザだとは…世の中わからんもんだ…。
「沢城さん本当に優しいですね。今まさにそんな感じになってます。」
沢城「銀ちゃんは仕事頑張る事が最大の愛情表現やと思っとるからなぁ…。銭の仕事させたら抜け目がないけど、そういう事になると抜け目だらけになるんや…笑。 困ったもんやでほんまに。」
「元気に仕事頑張ってくれてるのは嬉しいんですけどね…。さすがにここまでとは思わなかったです。笑」
沢城「また銀ちゃんに会った時しっかり言うとくわ。あ!そうや!そんな桜子ちゃんと銀ちゃんにぴったりなもん今日持ってるわ!」
「え?ぴったりなもん?」
沢城「これやこれぇ。」
そして、内ポケットからおもむろに何かを取り出す沢城さん。
コツッ…
その手からテーブルの上に置かれたのは見るからに怪しい小瓶…
「な、なんですかこれ?」
沢城「なんやと思う?」
そうニヤニヤしながら質問返しをしてくる沢城さん
「え…なんかヤバイ薬とかじゃないですよね?」
沢城「そんな訳ないがな! でも、まぁ……それに近いもんではあるなぁ。」
じゃあ、あかんやないかい。
「それに近いもんってダメなヤツじゃないですか…笑」
沢城「まぁでも?そういうもんに手出したくなるんが人間の欲望っちゅうもんやからなぁ。ワシらそのギリギリのラインで商売しとるからこういうもんはよう手に入るんや。」
怖すぎぃ! 得体の知れない小瓶に恐怖が増す私。
「それで…結局これ具体的になんなんですか?」
沢城「知りたいか…?」
「え…は、はい。」
沢城「銀ちゃんと桜子ちゃんのためになるもんや♪」
「えぇ…沢城さん全然具体的な説明になってないですよ。」
沢城「んー…。ま、2人きりになれたときに銀ちゃんにこれ飲ませたり!そしたら元気になるでぇ!」
「滋養強壮にいいお薬?」
沢城「まあそやな!色んな意味でな!」
「これ飲んでほんとに大丈夫なものですか…?笑」
沢城「ま、死にはせんやろ!銀ちゃんもそこまでヤワな男やない!まぁこれが何とはワシの口からは言われへんけど、そういう事や。」
そう言ってまたニヤリと笑みを浮かべた沢城さん。
なるほど…そういうお薬だということは察した。
前の私ならこういうものを渡されてもお返ししていただろう、でも…。
実は銀次郎さんと一緒に暮らし始めて半年間一度も床を共にしていない。
というか、銀次郎さんとはそういう営みを実質最後までちゃんとした事がない。
もちろんそういう行為をする事だけが愛し合っている証ではない事も分かっている、 お互い深い所で繋がっているはず…
でも、私はそんなに女としての魅力がないのか?
銀次郎さんはそういう風に思ってくれていないの?したいと思えないの?
そんな疑心暗鬼な考えが湧いてきて、 その怪しげな薬を強く欲している自分が居た。