ロープが張り巡らされ、数百の蝋燭が林立する異様な光景の境内で、善悪はコユキと向き合っていた。
彼の左右には、檀家の内でもスタミナと俊敏さに自信を持った若者達が五人づつ、計十人で片手にマイバスケット、もう片手にピンポン球を掴んで立っていた。
「望み通り十人の勇者に協力をお願いし、蝋燭の数も増やしたのでござる。 本当に良いのでござるか? 辞めるのならば今の内でござるぞ?」
「いいえ、自分の限界に挑戦したい気持ちに変わりはありません。 皆様、どうぞ宜しくお願いいたします」
ペコリと頭を下げたコユキの姿は三日前と特段違わない様に見えたが、続いて善悪が発した言葉には、大きな違いがあった。
「うむ、ではそろそろ蝋が滴り落ちて来るのでござるよ。 いつも通り、自分のタイミングで始めるのでござる」
……
なるほど、この三日の間に、訓練開始の切欠(きっかけ)はコユキの方から合図するように変わっていたらしい。
言われて見れば、コユキはロープの下では無く、直ぐ脇で突入のタイミングを計っている様である。
落ちる滴が増えていく態(さま)を見つめながら、
「ス! ス! ス! ス! ス! ス! ス! ス! ス! ……」
声に出しながら、左右に素早く体を揺らし始めた。
この際、両足は微動だにしていない。
まるで大地に根を張ったかの様にずっしりと安定したままであった。
対して、揺らされ続けた全身を覆った豊富な贅肉たちが、体の部位毎に不規則に蠢(うごめ)きまくり、まるでそれぞれが別個に意思を持った存在で有るかの様に、セルロースの脈動による自己主張(ダンス)を踊り競い合いながら饗宴を繰り広げ始めていた。
「行きます。 ボソッ」
そう言いロープの下に入ったコユキの姿が、不意に滲(にじ)む様に前後左右に流れ始め、移動し続けて行く。
表情の一切を変える事無く、手足の一切を動かす事無く、直立したままで数十センチづつ移動している様に見える。
実の所、見えるだけで無くコユキは本当に手も足も動かしてはいないのだ。
直立しながら、自らの体に僅(わず)かに捻りを加えることで、全身の贅肉に指向性を与える事で移動していたのであった。
「スッ! スッ! ……スッ! ……スッ! ……」
善悪始め、檀家オールスターズの投げるボールを事も無く避けていくコユキ。
彼らの投じた全ては、コユキの残像を追いかける事しか出来なかったのであった。
万事休す、そう思われた時に善悪が叫んだ。
「作戦変更でござる! 砲撃パターンをイプシロンに変更でござる! 御先祖の名誉を守るでござるよ! 一発でも当てるのでござる! 」
「「「「「はいっ! 和尚様!」」」」」
一斉に投球の仕方を変えるオールスターズ。
一隊は今まで通り、コユキの姿を追いつつ直接狙う者達であり、四名がこれを担当している。
次の一隊は、目で確認したコユキの左右に数十センチの場所を二人一組、二チームで予測して狙って行く。
残り二名と善悪は大量のボールを上空にばら撒くように投げたり、足元を覆うように撒き散らして、コユキの動きを阻害する奇襲を仕掛けて行った。
お得意の回避を行うことに於(お)いて、選択肢の殆(ほとん)どを封じられたコユキは、端目(はため)にはピンチに置かれたかに見えた。
しかし、彼女は小さい声で何かを呟いたのだ。
「ボソッ」
次の瞬間、彼女は消えた。
比喩(ひゆ)ではなく、衆目の見つめ続ける中、忽然(こつぜん)とその存在を掻き消したのであった。
ススススススススス……
周辺に鳴り続ける無感情なコユキの声……
その後は残像すら残さずに、避け続けているであろう彼女を捉えられた者など一人も居らず、パターン・イプシロンは瓦解(がかい)して行くのだった。