あまりにも非日常を目の前にすると緊張より別世界にいるような感覚で感心したような気持ちで見てしまう。
僕の目の前では今、裸で気持ちよさそうに喘ぐ男性とその人を熱い目線で見つめる男性が交わっている。
会員制のクラブ、セキュリティの高い高級マンションのワンフロア。
広いそこはベッドやシャワーが完備されている部屋がたくさんあって、オープンな部屋もあれば鍵がかかる部屋もなんなら透明のガラス張りのような部屋もあった。
もう1年近く前から通っているここは僕のストレスの捌け口のような場所だった。
参加者は仮面をつけていてどこの誰かなんてわからない。
顔は隠しているのに下着姿の人もいて最初は目のやり場に困ったが、それも今はあまり気にならなくなっている。
「本日も見学でよろしいのですか?」
会場には数人スタッフがいて、そのうちの1人が話しかけてくれる。
「まぁ···うん、あんまり見てるのは良くない?」
「とんでもございません、そういった方も多くいらっしゃいますし、見られることを望まれている方も多いので」
そう言って飲み物を用意してくれた。
彼はそういってくれたものの、実際は参加する人の方が多いんだろうな、というのが何回も通った感想だった。
僕が必要としているのは非日常だ。
ここでは自分の立場とか、責任とかから解放される気がした。
それに僕だって男だから、そういう欲求を解消したいときもある。
今日は男性ばかりの日。
もちろん女性同士や男女の日もあったけどそれはなんだか違う気がして、今日みたいな日ばかり選んでいる。
『ん、ぁ、やめて···!』
『嬉しいくせに、黙れよ』
『いや、いやだ···っ』
縛られたまま何度もガンガンと腰をぶつけられ、嫌と泣きながらも嬉しそうな声を聞いて、目の前で繰り広げられる情事に思わず下半身が昂っていく。
別にここではそんなこと恥ずかしくもないのに着ていたバスローブの前をしっかりかき集めた。
本当はあんな風にされたいのかもしれない。気持ちよさそうに涙を流す彼を思わず自分と重ねて、ゾワッと身震いしてしまった。
慣れてくると見るだけではだんだんと満足出来なくなる···一応そういうことも考えて自分で慣らしたりもしたけど、ここ最近は必要ないか、としてこなかったことをほんの少しだけ後悔した。
「こんばんわ、あれ···“うさぎちゃん”?」
“うさぎ”
それはここでの名前。
みんな名札に思い思いの名前を書いて首から下げている。
話しかけてくれたのは“クロ”と書かれた名札を下げた人だった。
「あ、この前の···」
「覚えてくれてたの?嬉しい、久しぶりだね」
彼のことはよく覚えていた。
真っ黒な髪に、穏やかな喋り方。
親しみは籠もっているのに馴れ馴れしくはない。
そして何より声が元貴に似ていた。
少し高めの、綺麗な声。
迷いのない話し方も、笑うとエクボができるところもなんとなく似ているような気がしていた。
仕事からは離れたくても、元貴から離れたいわけじゃない。
寧ろその逆かもしれない。
仕事や楽器や音楽から離れた無縁の場所で、元貴と過ごせたらいいのに、なんて甘いことを僕はときに想像してしまっていた。
それはもう元貴ではないのかもしれないけど、僕は彼のそれ以外のところも好きだった。
コメント
7件
始まりからドキドキです🤭💓
クロさんって⋯まさか?
新作ありがとうございます🙌✨ とっても続きが気になります!!