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次の日の夜、私はベッドの中で英語のニュースを聞きながら溜息をついた。桐生さんの事が頭から離れず、全く何も集中する事が出来ない。
はっきり言って私達の仲は今最悪だ。これまで何度か些細な事で喧嘩した事はあるものの、ここまで落ちてしかも長引いているのは初めてだ。
彼に仕事をやめて欲しい訳ではない。むしろ彼の働いている姿が好きだし、何事も一生懸命なそういう生き方をとても尊敬している。ただ彼が結城さんと毎日出かけている事がどうしても辛い。この板挟みの状況をどう解決したら良いのだろうか?
あまり結城さんの事を考えない様に、家に帰った後何か集中できる事でもしてみようかとふと思う。秘書検定2級か準1級を勉強してみようかと思うものの、頭を使うものはどうしても余計な事を考えてしまう。そうすると頭を使わなくてもいいものとなると運動だろうか……?
ふと以前、母がニューヨークでズンバダンスにはまっていたのを思い出した。ストレス発散とダイエットにすごく良いと友達と一緒に毎日通っていたのを覚えている。もしかしてこれを会社帰りに毎日やれば、ストレスも発散でき疲れ切ってうだうだと結城さんの事を考える余裕もなくなるのでは……?
なんだか急に解決策が見つかった様な気がする。急いで携帯を手にすると、この近辺でズンバを教えているところがないか探してみる。すると玄関の方からバタンと桐生さんが帰宅した音が聞こえた。時計をちらりと見ると今日はいつもより随分早い。
彼は玄関で何かに躓いたのかバタンと大きな音がする。キッチンの方でもガチャガチャと物を雑に扱いながら、冷蔵庫を開けて水を飲んでいるような音が聞こえてくる。
少し眉間にシワを寄せながら聞いていると、桐生さんは寝室ではなくバスルームに向かって歩いていく。再びガタンと何かにぶつかった様な大きな音が聞こえ、ますます眉間にシワを寄せて聞いていると、やがてシャワーを浴びている音が聞こえてきた。
まだ私が昨日遅く帰ってきた事に怒っているのだろうかと思い、そんな彼に少し憤りながらもベッドに入ってとにかく寝ようと目を閉じた。
すると桐生さんはシャワーに入ってから3分ともしないうちに寝室にやってきた。随分早くお風呂を済ませたんだなと思っていると、彼はいきなり私が寝ている上掛けをバサっと剥ぎ取った。
「なっ……?ちょっと何して……」
思わず苛立ちながら彼を見上げた。シャワーから出た後タオルで拭いてないのか、水がポタポタと滴っている。
「冷たっ。ちょっと桐生さん、何やって── …」
すると突然彼は私に覆い被さると、両腕をベッドに縫い付けながら舌を潜り込ませ性急にキスをしてきた。
「んんっ……!やだっ……!」
桐生さんからは、私まで酔ってしまいそうな程のお酒の匂いがしてくる。
水がポタポタと滴ってきて私まで濡れてしまい、必死に唇を離しながら彼を何とか押し退けようとした。
「ちょっと待って……!」
しかし彼はそんな私の抵抗を物ともせず、キスをしながらパジャマのボタンを次々と外していく。
「お願い、桐生さん……!!」
私は必死に抵抗しながら彼の名前を呼んだ。すると彼は突然動きを止めて、少し怖いくらいの情欲を目にたたえたまま私を見下ろした。それと同時に彼が少し不安定に左右に揺れていて、いつもと様子が違うことに気付く。
── あれ……?思ったより酔ってる……?まさか車運転して帰って来てないよね……?
こんなに酔っている彼を見るのは初めてで、思わず心配になり彼の顔に手を伸ばした。
「……桐生さん、大丈夫……?」
私の上で少しグラグラとしているものの、じっと硬直している彼がますます心配になってくる。
彼からは次々と水が滴り落ちてきて、水も滴るいい男ではないが、こんなに酔っててずぶ濡れなのに凄く色気があって綺麗な人だなと思ってしまう。
私は固まったままの桐生さんに注意しながら、ゆっくりと起き上がると床に落ちているタオルを拾った。
「ちゃんと拭かないと風邪ひきますよ」
そう言って彼の頭にタオルをかぶせると濡れた髪をゴシゴシと拭いた。まるで小さな子供の様に大人しく頭を拭かれている桐生さんは、私が彼の顔や肩に付いた水滴を拭いているのをじっと見つめている。
「……蒼……愛してる」
私は思わず動きを止めた。今まで好きだと何度も言われた事はあったがこれは初めてだ。
ゆっくりと桐生さんと視線を合わせた。酔っているからなのかその瞳はいつもより無防備で、彼の様々な感情を映し出している。私達はしばし静寂の中お互いをじっと見つめ合った。
「蒼、誰よりも愛してる」
桐生さんは私の目を見てもう一度はっきりと言った。私の目の前が涙で一気に霞んでくる。
── 今そんな事言うなんてずるい……
次々と涙が溢れてきて私は泣き出してしまう。桐生さんはそんな私にキスをするとそっと抱きしめてゆっくりとベッドに押し倒した。
「愛してる……だから俺を締め出さないでくれ……」
彼は切なげにそう言うと、抵抗をやめた私に深くキスをしながら着ているものを次々と剥ぎ取っていく。
温かい彼の体温に包まれて心が落ち着きを取り戻し、今までの不安が和らいでいく。彼に触れてもらえる事が嬉しくて、何度も私を愛してると言いながらキスしてくれる事が愛しくて胸がいっぱいになる。
桐生さんは泣いている私にキスをしながら、優しく指で愛撫を繰り返した。私の体は彼に久しぶりに触れられていつもより敏感に反応してしまう。じりじりと押し寄せる快感に必死に耐えようとシーツを握りしめるものの嬌声を止める事が出来ない。
「……ずっとこうして触れたかった……」
彼は避妊具をつけると、私の中にゆっくりと入ってくる。
久しぶりに抱かれているからなのか、それとも彼がいつもよりゆっくりと緩い動きで探る様に腰を動かしてくるからなのか、恐ろしいほどの快感が奥深く広がっていく。
「あぁっ……んんっ……」
「蒼……俺に愛されて気持ちいい?今幸せ?」
桐生さんはそう何度も囁きながら、私の肌に強く吸い付いてくる。
彼は甘い声で啼き続ける私を射貫く様に見ながら、腰を力強く何度も波打つように私の奥に突き上げた。激しく快感を強いられて私は耐えきれなくなり、体を弓なりにしならせながら絶頂に達した。
私の体は一気に収縮し彼を締め付ける。そんな私を彼はしばし堪能する様に顎を上げ目をきつく閉じた。
「はぁっ……絶対に誰にも渡さない……」
彼はそう唸る様に言うと、私の腰を持ち上げ更に密着させて再び激しく腰を動かし始めた。
「……お願い……待って……!」
まだ絶頂から降りきっていない私は必死に許しを請うものの、彼は私を更に追い上げる。彼が強引に注ぐ快感に耐えきれなくなり、再び激しく絶頂に達した。
「お願い……桐生さん……もう…無理……」
私の中で再び動き始めた桐生さんに息も絶え絶えに訴えると、彼は唇を寄せ熱く湿った吐息で私の耳をくすぐりながら甘える様に囁いた。
「蒼……ゴムはずしたい……」
「え……?」
「ゴムはずして蒼の中に ──」
── はわわわっ、ちょっと待った!!
私は白濁する意識の中から必死に浮上してくると、先ほどから少し暴走気味の桐生さんの腕を掴んだ。
「だ、だめ……!」
結婚の話さえも出てないのに、一体彼は何を考えて……。
すると桐生さんは苦しそうに眉根を寄せると、私を強く抱きしめた。
「もう待てない。蒼を自分のものにして俺から離れられない様にしたい。名前も俺の名前にして俺の指輪をはめて、俺の子供も孕ませて蒼が俺のだって世界中に見せつけてやりたい。不安なんだ。こんな夜遅くまで仕事している俺に愛想をつかせて他の男の所に行くんじゃないかって……」
これは何か新手のプロポーズなのかと思いながらも、私は彼を心配して見つめた。
おそらく酔っ払いのたわ言で明日の朝には覚えていないのだろうが、彼の心の奥底が見え隠れしている。もしかして私が桐生さんのお母さんの様に、彼に愛想をつかせて家を出ていくとでも思っているのだろうか……?
「どこにも行きません。だから安心して── 」
「どうしてそうだと言い切れる?蒼にとって俺は初めての男だ。俺が他の男よりいいとどうして言える?」
魂の奥から搾り出す様な声に、私は思わず彼を抱きしめた。正直こんなに不安に思っているとは知らなかった。
確かに私は男性については経験が浅いかもしれないが、今まで彼ほど私の心を動かす人に出会った事がない。
以前彼は私と付き合う時に完璧ではない自分も知って欲しいと言っていた。確かに変な事に臆病だったり面倒くさいところもあるが、本当はとても優しくて真面目な人だということを知っている。そんな彼の全てがとても愛しいと思う。
「まだまだ桐生さんの一部しか知らないかもしれないですけど、完璧な桐生さんも完璧じゃない桐生さんも全部好きですよ。桐生さんが私をいらないと言うまでずっとここにいます。私が側に居たいんです。だから安心してください。喧嘩をしてても何をしてても、私の居場所は桐生さんの隣です。私も桐生さんを愛しています」
私は彼の頭を子供をあやす様に優しく撫でた。きっと今言った事は明日になれば覚えていないだろう。それでも私は今の気持ちがちゃんと伝わる様に彼に言った。
桐生さんはホッとした様に顔を私の首筋に埋めると、私を更に強く抱きしめ何か呟きながら、やがて私の腕の中で眠ってしまった。
そっと起き上がると、床に落ちていたタオルで私と彼を拭いて片付けて再びベッドに入った。彼は既に死んだ様に眠っていて、ここ最近の疲労なのか暗闇の中でもひどく疲れた顔をしているのがわかる。
そっと額にキスをすると、彼の疲れ切った顔をじっと見つめた。