テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
駅から会場まで歩いたが、渋滞している車がずっと並んでいるので。
それに沿って歩いていけば、迷いそうにはなかった。
「いい天気ですね~。
なんか夏並みの暑さですね」
と雲ひとつない空を見上げて悠里は言う。
「そうだな。
海が近いのに、風がないな、今日」
七海はパビリオンの向こうに広がる海を目を細めて見ているようだった。
入場口の手前にも店がいくつか出ている。
スーパーなどが出店していて、お弁当や飲み物などを売っていたり。
日除けグッズなんかを売っていたりする。
前回は入らなかったその店に入ってみた。
「中、ちょっと涼しいですね。
日陰だからかな。
そうだ。
あれ持ってくればよかったです」
春だと思って油断してました、と悠里が呟くと、
「あれってなんだ?」
とお菓子を見ながら七海が訊き返してくる。
「あのほら、電池でビーンッてなる……
えーと、ほらっ。
あっ、そうっ。
ハンディの扇風機ですっ」
「すっと出ないのか。
お前は年寄りか」
と罵られながらも、うちわでもないかと棚を眺める。
すると、まさにその、ハンディの扇風機があった。
「あっ、社長っ。
ありましたよっ」
と悠里はピンクの可愛らしい扇風機を手にとる。
「よかった。
手動のじゃないですよ。
手動、疲れますもんね。
えーと……
『この扇風機は充電式です。
四時間で充電します』」
……四時間?
と悠里はその箱を裏に返し、また、表に返した。
「……これをここで売っている意味はなんなんですかね?」
「お前みたいに勢いで買ってしまいそうになるやつがいるからじゃないか?」
結局、扇風機はあきらめて、飲み物だけ買って会場に入った。
花の博覧会だったので、場内の何処も花で飾りつけてあった。
こんなに綺麗だったんだ? と悠里は驚く。
前回来たときの記憶といえば、美味しいものを食べて、酒を呑んだことしかない。
だが、七海と美しい庭園を歩きながら、実は悠里は焦っていた。
もう昼が近づいている。
この中は、実は食べ物を売っている店が少なく。
すさまじく並んだ挙句になにも買えないで終わったりする。
そろそろ行った方がいい。
だが、なんとなく言い出せない。
社長は花のある景色を楽しんでいるのに、私の頭の中は食べ物と酒でいっぱいなのが、ちょっと恥ずかしいし。
そもそも、この間もここに来たことを、社長には伏せているし――。
ああでも、あの相当並ばないと買えない、美味しい甘辛の鶏を社長にも食べさせてあげたいっ。
あれで、この青空の下、社長と利き酒セットで一杯やったら、最高だろうっ。
「お、あっちに薔薇の門があるらしいぞ。
撮影スポットになってるようだから、二人で写真を……」
などとロマンティックなことを言おうとしたらしい七海の言葉を遮るように、悠里は叫んだ。
「社長っ。
早く並ばないと、ここでは、お昼にありつけませんっ。
――と、この間、ここに来た友だちが誰かから聞いたって言ってましたっ」
長毛詐欺
待てよ。
ここに来た友だちが誰かから聞いた、はおかしいな、
と気づいたのだが。
どんどん人が食べ物屋の方角に流れているのを見て、悠里は焦る。
「社長っ。
とりあえず、走りましょうっ」
「お、おう……?」
と戸惑う七海の手をがっし、と握り、悠里は広い場内を屋台に向かい、早足で歩いた。
フードとドリンクのエリアに着いたが、幸いまだ長い行列はできてはいなかった。
「はいっ、社長っ。
なにか食べたいものはありますかっ?」
手を握ったことに赤くなる間もなく、手を離して悠里は訊いた。
「と、特にないが……」
悠里の勢いに押されたように七海は言う。
そうですか、と言いながら、悠里はもう歩き出していた。
「まず、こっちに並んで、甘辛の鶏を買って。
それから、こっちに行って、河豚を蒸したのと、利き酒セットを買いましょう」
「……どうしたんだ、突然、テキパキとして」
社内とは別人のようだと言われてしまう。
「その姿を後藤たちにも見せてやれ」
と罵られながらも、急いで列に並んだ。
「素晴らしいっ。
今日のお前は素晴らしいぞっ」
どんどん人が増えてきて、各屋台の前に大行列ができる頃、悠里は七海に大絶賛されていた。
「あそこで、急いでここに来たのは、素晴らしい英断だった。
お前は先を読む力があるな」
レジャーシートもなく座った草原で酒を呑む七海はご機嫌だ。
「……レジャーシートを持ってくるべきでしたね」
と用意のいい家族連れを眺めながら、悠里は呟く。
「ああいう人たちは、いつも車にのっけてそうだぞ」
「そうですね。
私の友だちは普段から、寝袋までのせてますよ」
そう言いながら、悠里は褒められすぎて、居心地が悪くなっていた。
別に先を読んで行動したわけではなく。
ただ単に、すさまじく混むのを体験して知っていただけだからだ。
「社長……」
と悠里は、この間、友人とここに来たことを白状した。
「そうだったのか。
じゃあ、誘って悪かったな」
「そんなことないです。
今日も楽しいです」
「っていうか、なんで黙ってたんだ?」
「だって、せっかく社長が連れてきてくださったのに、悪いかなと思って」
と言うと、七海は悠里の頭を撫でようとして、やめた。
「いかんな。
こういう行動はよくない」
「は?」
「思わず、幼児を可愛がるように撫でそうになってしまったぞ。
だが、お前は俺の恋人候補だからな。
頭を撫でるより、キスのひとつもしてやるべきだよな」
いや、こっちが望んでないのに、何故、してやるべきかとか言うんですか。
あと、私、恋人候補じゃありませんが……。
悪い酒だな、と思いなから、地酒を呑む。
まあ、いろいろ言いたいところのことはあるが、甘辛鶏も河豚もお酒も美味しかった。
なにをするにも時間がかかるせいもあり、そのあと、一、二個パビリオンを回っただけで疲れてしまった。
二人、浜辺へ向かう広い階段に座り、ぼうっとする。
後ろからは生演奏のハワイアンが聞こえていた。
砂浜を駆け回っている子どもたちを眺めながら、
これなら、別にその辺の海岸に遊びに行ったのでいいのでは……と思いはしたが。
やはり、なにやら、この楽しげな雰囲気がいいのだろう。
横に座っている七海が呟く。
「やっぱり、何処もすごく待たなきゃいかんのが問題だな。
こういう博覧会は」
そういえば、視察に来たんだったな、とようやく思い出した。
「そうですね~。
整理券を発券しても、スマホで順番とっても、結局、待つことに変わりはないですしね~。
まあ、こういうところは並ぶのが醍醐味なところもありますが」
「疲れたか?
楽しくなかったか?」
と問われ、悠里は夕暮れの日差しにきらめく海を見ながら、
「いえ、楽しかったです」
と笑う。
「やっぱり、このお祭りっぽい感じがいいですよね」
そうか、と七海がホッとした顔をするのを見た。
あ~、意外にこの人、気を使うんだ、と思う。
いや、普段から、使っているのだろうが。
言い方がちょっとあれなので……。
よしっ、と七海が立ち上がる。
「せっかくだから、さっき見たお茶屋でお茶でもしよう」
「美味しそうでしたけど、大行列でしたよ~。
休むために、行列して疲れるって、なんかおかしくないですかね~?」
と言いながらもついて行った。
夜まで、たっぷり遊んだ悠里たちは、またのどかな電車に乗り、新幹線のとまる駅まで戻る。
ところが、乗り継ぎが悪かったらしく、新幹線はホームに着く前に発車しそうになっていた。
慣れない駅で、急ぎエスカレーターに乗ったが。
もう発車のメロディが流れ出していた。
「社長っ、最終の新幹線、出てしまいますっ」
「走れっ、店子っ」
七海は悠里の手をつかみ、早歩きにホームを急いだ。
「近くのドアから飛び乗れっ」
「はいっ」
二人は新幹線に飛び乗った。
しばらく喉が乾燥して話もできない。
落ち着いたころ、速く流れる景色を見ながら、
「あ~」
と七海がうめいた。
「大失敗だ。
なにをやってるんだ、俺は」
「は?」
「これでもう帰れないなって言えばよかったのにっ。
閉まりそうな扉を見たら、反射で急いでしまったっ」
いやいや、急いだので正解ですよ、と思いながら、悠里は、はは……と笑う。
こちらを見て、
「実はこの新幹線、逆方向行きだったとかないか」
と言う。
「私が確認したのならありそうですが。
社長がホーム確認しましたからね」
そうか、じゃあ、ないな……と七海は残念そうに呟いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!