テラーノベル
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少しずつ望月君と一緒にいる時間に慣れ、甘い日々が続いている。
仕事が終わり、更衣室でそっとスマホを見れば、彼からメッセージが入っていた。
【今日の夜は知り合いと用事があるから行けない】
泣いている絵文字と一緒に送られたメッセージ。
内緒の社内恋愛というのは、こんな気持ちなのだろうか。
彼からの何気ないメッセージに、つい顔がにやけてしまう。
今日はうちに来ないことが少し寂しいが、こうして連絡をくれる関係がなぜかくすぐったい。
嬉しさと少しの恥ずかしさで、私は自分のロッカーの前でくすりと笑い声をあげた。
「櫻町、気持ち悪い。最近どうしたのよ?」
隣で着替えていた恭子の言葉に、慌ててコホンと咳ばらいをし、私は平静を装ってスマホをバッグにしまう。
「久しぶりにご飯食べに行かない?」
今日は来ないとわかっているし、たまには手抜きもしたいと、私は恭子に声をかけた。
「いいね。いつもの所行こうか」
食べることが大好きな恭子も同意し、私たちは病院を後にした。
病院から少し離れた駅前のイタリアンレストランは、落ち着いた雰囲気で値段もお手頃で、とても料理がおいしいのだ。
少し混み合った店内に入り、窓際の席へと案内された私たちは、メニューに目を落とす。
注文をし終わり、アイスティーを一口飲むと、恭子は私に視線を向けた。
「千堂さんとうまくいってそうでよかった」
「え?」
「えって……」
そうだ。最近の挙動不審を、恭子は千堂さんとうまくいっていると思っているのだ。
何も話していないのだから、当たり前かもしれない。
「あ……違う。千堂さんじゃないんだよね」
「そうなの?」
恭子は驚いたような表情を浮かべると、私の言葉の続きを待っているようだった。
「千堂さんは、やっぱりなんというか、ハイスペックすぎて無理というか……」
まさか望月君の誘惑に負けたなんて言えるわけもなく、私は言葉を濁した。
「え? でも最近の様子は男でしょ? そそくさと帰るし、料理サイト見てるのも知ってるんだから」
そこまでバレていたことに驚いてしまうも、私は小さく息を吐いた。
「同じ病院の人だから言いづらくて」
私のセリフに、恭子が真顔になる。
「同じ病院の人?」
「うん」
私の肯定に、恭子は真っすぐに私を見たあと、柔らかな笑顔を浮かべた。
「そっか。でもよかったよ。それはすなわち、あの傷が癒えたってことだ」
目の前に運ばれてきたシーザーサラダを口に入れながら言う恭子のセリフに、自分でも驚くほど、過去のことがどうでもいいことに気づく。
「そうかもしれない。彼のお陰で、ドクターが信じられないってわけじゃないことがわかった気がする」
「へえ、ドクターなんだ。誰よ」
いきなりニヤニヤしながら聞いてくる恭子に、私は慌ててしまう。
別に恭子に言えないわけではないが、相手が望月君だと知られるのは、なぜか少し恥ずかしい。
「また、そのうち話すよ」
「教えなさいよ!」
そんな会話をしながら食事をしていると、恭子が窓の外を見て声を上げる。
「あっ、こんな話をしていたら望月先生じゃない? いつもと全く格好が違うけど」
え? 恭子の言葉に、私は反射的に外へ視線を向ける。
そこには確かに望月先生がいた。今日は知り合いと会うと言っていたことを思い出す。
待ち合わせなのだろう。駅前でたたずむ彼はひと際目立っていた。
その理由は、今まで見たことがないスリーピースのスーツを着ていたこともある。
「何か学会とか接待とかかな?」
何気なく言った恭子の言葉に、私もそうなのかと彼を見ていた。
「やばい、スーツもいいわね」
すでに妄想の世界に入っている恭子に、私はくすりと笑いながら、確かにスーツもドキドキすると思う。
そんなことを考えていた私だったが、次の瞬間、息が止まるかと思った。
「優弥さん……」
つい言葉が零れ落ちていた。恭子もそのまま視線を外せないようで、「どうして」とつぶやく。
しかし、次の瞬間ハッとしたように私に笑顔を向けた。
「医者同士、知り合いでもおかしくないわよね。望月先生は櫻町とあのバカ男のこと知らないだろうし」
確かに、私と優弥さんのことを知っているのは恭子だけだ。
いつも飄々としている恭子だが、言わないでと言ったことは絶対に言わないという信頼がある。
だから、望月先生が彼と一緒にいても仕事の話だと思いたい。
でも……。
わざわざこんなふうに仕事外で会わなければいけない理由は何なのだろう。
まったく分野も違う二人だ。
思い出したくなくて優弥さんを見たくはないが、私は視線が外せない。
それに、二人は決して友好的な感じがしないのだ。
じっと望月君が彼に冷たい視線を向けている気がする。
どこかで知り、何かを言ってくれようとしている?
そこまで思ったが、今さら望月君が優弥さんに何を言うことがあるというのだ。
そんなものはまったくない。あのさらりと出て行った朝以来、優弥さんとは音信不通なのだから。
その後、連れ立って二人は目の前のカフェへと入っていった。
「意外な組み合わせよね。でも櫻町、もう終わったことなんだからあんな男忘れなさい」
運ばれてきたクリームパスタに視線を向けたまま、恭子は苛立ちを隠すようにそれを口に運ぶ。
「そうだね」
すっかり望月君とのことを話すような気分でも、雰囲気でもなくなってしまった。
なんとかパスタを笑顔で食べるも、いつもおいしいはずの料理の味は半減してしまった。
落ち着かない気持ちのまま恭子と食事を終え、外に出て望月君が入ったカフェに視線を向ければ、望月君と優弥さんの姿が見えた。
電車に揺られながらも、さっきの光景が頭をよぎる。
ただ、ドクター仲間で話があっただけ。そう思い込もうとするも、うまくいかない。
私はまだ、あの場所に彼がいることを知っているのに、少し試すようなメッセージを送ってしまう。
【今日は誰と会ってたの?】
ドクター仲間です。そう言われれば、これでさっき見た光景は忘れよう。
そう思った。
しかし、返ってきた言葉に、私は唖然としてしまう。
【身内とちょっと話があって】
身内? あの人が身内ってどういうこと?
私の頭の中はパニックだ。
そして私は、あの飲み会の日の、不自然な感じで私に近づいた望月君の行動を思い出す。
何年も一緒に仕事をしていたのに、一度も私に絡んできたことがないのに、このタイミングで酔ったふりをしたのはなぜ?
どうして誰も気づかなかった私の様子の変化を、あんなに敏感に感じていたの?
もしかして、何かを知っていたから?
ドクドクと心臓の音がうるさくて、冷たい汗が背中に流れ落ちる。
しかし、ふと自分の気持ちに驚いてしまう。
あれほど引きずっていた恋だったが、今考えるのは望月君のことばかり。
どうして会っていたの? 何を話したの? どうして優弥さんが身内などと言ったの?
そんな思いばかりだ。
さっき久しぶりに優弥さんの姿を見たが、どこにも魅力を感じなかった。
もう、わけがわからないのは嫌。
そう思い、私は電車を降りると、反対方面の電車に乗り込み、さっき彼たちがいた場所へと戻ることを決めた。
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美希みなみ