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読了しました。この一話は「気づき」の瞬間を関西弁の生々しい語りで描いた、非常に密度の高い導入ですね。好きという感情が綺麗なものだという認識と、実際の独占欲・自己破壊衝動との乖離。カッターの場面や「重い」の一言で返されるやりとりに、息苦しくなるほどの切実さがありました。台詞の一つひとつが伏線として機能している点も巧い。最後の「知らんかった」がタイトルと重なる構成、憎いですね。続きが気になります。
人を好きになるって、もっと綺麗なもんやと思っとった。 例えば映画とか漫画とか、そういう中にある恋って、もっと優しくて、もっとあったかくて。
好きな人の幸せを願えて、笑って、「お幸せに」って送り出せるような、そんな綺麗なもんなんやと思っとった。
でも、僕は違った。
ないちゃんが誰かのものになるなんて、耐えられへんかった。
ーーー
「結婚、するんだよね」
その言葉を聞いた瞬間、世界の音が全部止まった気がした。
大学近くのカフェ。
窓際の席。
夕焼けがガラス越しに差し込んで、ないちゃんの横顔を赤く染めていた。
綺麗やな、って。
そんなことを考えた次の瞬間だった。
「……え?」
自分でも間抜けな声やと思った。
ないちゃんは困ったように笑う。
「いや、そんな驚く?」
「……誰と」
「同じ会社の人。付き合って三年くらい」
知らんかった。
三年?
三年も?
僕は何を見とったんやろう。
毎日のように会って。
毎日のように話して。
ずっと隣におると思っとった。
なのに。
ないちゃんの一番大事な部分を、僕は何も知らへんかった。
「初兎ちゃんには最初に言おうと思ってたんだ」
そう言って笑う顔が、やけに優しかった。
その優しさが、胸を抉る。
「……へえ」
「式はまだ先だけどさ」
「……そっか」
うまく笑えてたやろか。
わからん。
ただ、胸の奥がぐちゃぐちゃやった。
苦しい。
吐きそう。
息ができへん。
なんで。
なんでそんな顔するん。
なんでそんな幸せそうなん?
なんで僕以外の誰かを見て笑ってるん。
その時、ようやく気づいた。
ああ。 僕、ないちゃんのこと好きなんや。
幼なじみとか。
親友とか。
そんなんやなくて。
もっと汚くて、独占したくて、壊したくなるくらい。
どうしようもなく。
好きや。
帰り道、何をどうやって帰ったか覚えてへん。
気づいたら自室にいて、制服のまま床に座り込んでいた。
スマホが震える。
『大丈夫?』
ないちゃんからだった。
『今日、顔色悪かったから』
その文字を見ただけで涙が出た。
「……っ、なんやねん……」
優しくせんといて。
期待してまうやろ。
僕のこと、大事にしてくれてるって。
特別なんやって。
勘違いしてまうやろ。
画面が滲む。
返信できへん。
代わりに、机の引き出しを開けた。
カッター。
銀色の刃。
昔から、苦しくなるとやってしまう。
痛みがあると、少しだけ頭が静かになるから。
袖を捲る。
細い傷がいくつも並んでいた。
「……ほんま、気持ち悪」
自分で呟いて、笑った。
ないちゃんに知られたら、どんな顔するやろ。
困るかな。
悲しむかな。
それとも。
……気づいてくれるかな。
僕がどれだけ好きか。
ーーー
次の日。
「初兎ちゃん」
講義終わり、教室の外で名前を呼ばれた。
振り返ると、ないちゃんが立っていた。
「昨日返信なかったから」
「寝とった」
「嘘」
「……なんで」
「初兎ちゃん、嘘つく時目逸らすから」
昔からそうだった。
僕のことを、ないちゃんは何でも知ってる。
なのに。
肝心なことだけ、何も気づかへん。
「……なあ」
気づけば口が動いていた。
「その人のこと、そんな好きなん」
ないちゃんは少し驚いた顔をしたあと、ふっと笑った。
「うん」
即答だった。
ぐしゃ、と胸の奥で何かが潰れた。
「一緒にいると安心するし」
「……へえ」
「ちゃんと俺のこと見てくれるから」
やめて。
「優しいし」
「……」
「将来も考えられる」
やめてや。
それ以上。
聞きたない。
「……初兎ちゃん?」
気づけば、ないちゃんの腕を掴んでいた。
ぎり、と力が入る。
「……っ、痛」
「あ、ごめ……」
反射的に手を離す。
ないちゃんの白い肌に、赤い跡が残った。
その跡から目が離せなかった。
僕がつけた痕。
僕のものみたいで。
ひどく綺麗やと思った。
「……初兎ちゃん、最近変だよ」
帰り道。
公園のブランコに座りながら、ないちゃんがぽつりと言った。
「変って?」
「なんか……怖い」
その一言で、胸が冷えた。
「……怖い?」
「ごめん。でも、時々何考えてるかわかんない」
違う。
わかってほしい。
僕はずっと、ないちゃんのことしか考えてへんのに。
「……ないちゃんはさ」
声が震えた。
「僕がおらんくなっても平気なん」
「は?」
「結婚してさ。僕よりその人優先してさ。僕のこと、どうでもよくなるん」
「そんなわけないだろ」
即答。
優しい声。
その優しさが、また僕を壊す。
「初兎ちゃんは大事だよ」
「……大事って何」
「え?」
「友達として?」
「……」
ないちゃんが黙る。
それだけで充分やった。
ああ。
終わったんや。
僕は、選ばれへん。
ないちゃんの隣に立てるのは、僕やない。
「……っは」
笑いが漏れた。
「そっかぁ」
「初兎ちゃん」
「ごめんなぁ、変なこと言って」
立ち上がる。
そのまま帰ろうとして。
腕を掴まれた。
「待って」
「……なに」
「俺、初兎ちゃんのこと嫌いになったわけじゃ」
「でも好きでもないやん」
ないちゃんが息を呑む。
図星やったんやろ。
「……初兎ちゃん」
「僕な」
振り返る。
夕暮れの中、ないちゃんの顔が泣きそうに見えた。
「ないちゃんがおらんかったら、生きてる意味ないねん」
沈黙。
風の音だけが響く。
「……そういうこと言うなよ」
「なんで?」
「重い」
「……」
重い。
その言葉が、頭の中で何度も反響した。
重い。
重い。
重い。
ああ。
やっぱり。
僕の愛は、気持ち悪いんや。
でも。
それでも。
止められへんかった。
その夜。
ないちゃんから電話が来た。
『今日、ごめん』
開口一番、それだった。
『言い方きつかったよな』
「……別に」
『初兎ちゃんのこと、大事なのは本当だから』
ありふれた言葉。
優しい言葉。
でももう、何一つ信じられへん。
「……なあ、ないちゃん」
『ん?』
「僕が死んだら悲しい?」
沈黙。
数秒。
それだけで充分やった。
『……悲しいに決まってる』
遅いねん。
即答できへん時点で、もう答え出てるやろ。
「そっか」
『初兎ちゃん、ほんと最近変だって』
「……ないちゃん」
『ん?』
「君だけが幸せになれるなんて、思わんといてな」
『……え?』
電話を切った。
静まり返った部屋。
窓の外には夜景。
涙が止まらへん。
苦しい。
好き。
大好き。
誰よりも。
なのに。
なんで僕やないん。
机の上に置かれた結婚式の招待状。
白い封筒を、ぐしゃりと握り潰した。
「……絶対」
幸せになんか、させへん。
その時の僕は、まだ知らへんかった。
この恋の終わりが。
取り返しのつかへん地獄になることを。