テラーノベル
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「ほとけ」
患者
19歳
小さい頃から入退院を繰り返している
喘息、心臓病持ち
優しい。なんでも抱え込みがち。
「いふ」
医者 「ほとけ」の主治医
23歳
優しいけど怒ると怖い
雨の音が、夜の病室をゆっくりと叩いていた。
窓の外は真っ暗で、ガラスを伝う雫が点滴の滴みたいに、静かに落ちていく。
機械の「ピッ」という音だけが、ふたりのあいだを繋いでいた。
「……ほとけ」
白衣の袖をまくりながら、いふが低く呼んだ。
「また薬、飲んでへんやろ」
ベッドの上で、ほとけは小さく笑った。
「……だって、もう意味ないでしょ」
「は?」
いふの眉がピクリと動いた。
「何言うてんねん。意味ないとか、自分で決めんなや」
声は低かったけど、その奥には焦りがにじんでた。
ほとけは視線を落として、指先で点滴のチューブをなぞる。
「僕さ、たぶん怖いんだと思う。次に苦しくなったとき、もう戻れない気がして……」
いふは何も言わへんかった。
ただ、椅子を引き寄せて、ベッドのそばに腰を下ろす。
近くで見るほとけの顔は、青白くて痛々しい。
皮膚の下の血管まで透けて見えるほど、弱々しかった。
「俺は治せる言うたやろ」
「うん。でも……いふくんが言う“治す”って、僕がまた普通に生きるって意味でしょ?」
「当たり前や」
「それが、もう怖いんだ」
その言葉の“怖い”が、あまりにも静かで。
いふの胸の奥に、ずしんと響いた。
「……お前、諦めるなや。俺は――」
言葉が喉で止まる。
職業も、立場も、全部どうでもよくなりそうだった。
「俺はお前を助けたいんや」
それが限界やった。
それ以上言うたら、もう医者としてじゃいられへん。
「ねぇ、いふくん」
ほとけは、微笑んだ。
「もし僕がいなくなったら……ちゃんと寝てよ?」
その瞬間、いふの喉が震えた。
「は? 何言うてんねん、アホか。そんなん言うなや」
ほとけは、かすかに笑った。
その笑顔が、どうしようもなく優しいのに、もう“さよなら”の形をしていた。
「いふくんって、夜あんまり寝てないでしょ。巡回のとき、いつも廊下歩いてる音、聞こえるんだ」
「……そんなもん、気にすんな」
「気にするよ。だって僕、いふくんの声、好きだから」
いふの拳が、膝の上で震えた。
どうしても、手を伸ばしたくなる。
でも、それはしてはいけないことだった。
「……ふざけんな。そんな顔で、そんなこと言うな」
「ごめんね」
「謝んな」
「……ありがとう」
ほとけのまぶたが、ゆっくり閉じた。
モニターの音が、少しだけ長く空白を刻む。
「……ほとけ?」
返事はない。
「おい、ほとけ!」
声が震えた。
今までどんな患者を見送っても、こんな声を出したことはなかった。
脈を取る。
かすかに、まだ温もりがあった。
でも、その先がもう、見えなかった。
「……馬鹿。最後まで、全部抱え込むなや」
モニターが一瞬、止まった。
ピッ――という音が途切れて、部屋が静寂に包まれる。
数秒後、機械が再び動き出した。
奇跡なんかじゃない。
ただの誤作動。
それでも、いふは少しだけ笑った。
「……ほんま、最後まで勝手やな」
窓の外では、雨がまだ降り続いていた。
朝になっても、止む気配はなかった。
白い部屋の中には、まだほんの少しだけ、体温が残っていた。
コメント
2件
え、なに感動😭😭