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スクランブル交差点で出会ったまふゆに、頼み込む。
「お願いまふゆ! 一緒にカップル限定のパンケーキ食べに行こう!」
「今から?」
「今日限定なんだけど、全然人が捕まらなくてもう大変なんだって、お願い!」
「弟はどうしたの?」
「彰人が何言っても一緒に来てくれないのよ! 他の人と行って来いって、もっと適任がいるだろって」
あいつは何なんだ一体。でも多分まんまと策略に引っ掛かってる。最近まふゆのこと聞かれるのに、こうして今まふゆを誘っている。
「学校は?」
「ああ、学校ね……ははは」
「……」
呆れた目でこちらを見た後、考えるまふゆ。怒られて、学校に行けと言われると思ったから驚き。
「……まあ、いいか」
「え、え、ほんとに!?」
「でも、大丈夫なの。カップルに見える?」
「こんなにカップルっぽいの私達くらいしかいないわよ、だって手を繋いで歩いてるんだし。カーディガンも、何故か、同じだし……。ねえ?」
「なら、いいんだけど……」
「もー、大丈夫だって。歩きながらずっと手を繋いでるのなんて親子か恋人しか──」
ていうか別に親子って恋人繋ぎでもないような……。そもそも恋人って付いてるし……。
「どうしたの?」
「いや、なんでも……」
私達の関係って、仲が良すぎる友達……なのだろうか。いや、手の繋ぎ方一つで疑問に思う必要はない。ただ今は恋人として行くが。
***
「このカップル限定のパンケーキ一つ下さい」
そう言うと、近くの席の人からの視線が一瞬集まる感覚を覚えた。窓側の、背もたれのついた木造の丸椅子の席に案内された私達。中央よりかはマシだろうが、ちょっと慣れない視線達だ。
注文を取りに来た、若い同年代くらいの明るい雰囲気の店員は少し驚いた顔をした後、口を開いた。
「カップル限定のパンケーキですね! じゃあ何か恋人らしいことをお願いします〜!」
心底楽しそうな表情をしてそう言った。興奮してるせいか、声も大きく注目される。
「恋人らしいこと……?」
「はい。でも、軽いものでいいですよ。そこまで厳しくないですし!」
まふゆの様子を伺うと、私の目線にすぐに気付いて笑顔になって頷いた。そして席を立ち、気を遣い後ろに下がった店員の前を通り、私の目の前へ。
「絵名」
少し屈んで私を見るので、目線がバッチリと合う。何となくだが意図を察したので、まふゆの正面に体の向きを変える。
満足したのか少し頬を緩ませた後、右手で私の頬に触れる。その行為に息を飲んだが、その手は首、肩、腕と段々と下ろされていき、手を掬い上げた。そこで一瞬店員に少し視線を渡らせ、見られているか確認したまふゆは、今度は私にしっかりと目を合わせた。逸らせない視線。まふゆは私と目を合わせたまま、挑発的に私の手の甲にキスを落とした。
「っは……?」
「ごめんなさい、ちょっと恥ずかしくてこんな形になるんですけど……」
「いやいやいや、全然大丈夫ですよ! 好きって言い合うだけでも良かったので!」
「え、あ、何して」
何だか、こういう事に慣れていたような気もする。普通にキスするだけでいいのに、焦らすように頬から手までなぞって、それから目を合わせて、キスをして。あれ、なんで手の甲にキスをするだけなのにちょっとドキドキしているんだ。
そんな私の耳元に、まふゆは囁きかける。
「そんなにたじろいでたら、違うって思われるよ」
「う、うるさいわね!」
それだけでも刺激になる。あまり変なことはしないでほしい。明らかに手慣れていたんだが、おかしいだろう。
この耳打ちにも店員は声を震わせ喜び、意気揚々と戻って行った。
まふゆの新境地を知ってしまった。ファンサービスとか学校でしているのだろうか。どうせファンとか多いし、少なくとも今日の様子ではある。学校生活のまふゆが少し怖くなってきた。
席に戻って、涼しい顔をするまふゆ。私はこんなに焦りが出ているのに。
「洒落たことするのね」
「こういうのが喜ばれるって知ったから」
「は!? どこで!?」
「文化祭で。お母さんに反対されてやらなかったけど、試着っていう形でウェイトレスの男装をさせられて、あれやれこれやれって」
「やったの?」
「いや、やってないけど。恥ずかしいからって言ったら理解してくれたよ。みんな少女漫画が好きだし、そういうのも好きなんだろうね」
そう言って、用意された水を飲むまふゆ。
「ん、やってないの?」
「うん。沢山頼まれそうだったし」
「ふーん。私にかしてないってことか〜」
「そうだけど。何?」
「いや、べっつに〜?」
「嬉しいの? 絵名もそういうことされたいなんて、乙女だね」
「は!? そんなんじゃないから!」
そう、嬉しいとかじゃなくて、別に私は……。私は……?
「そ、そういえば、なんで今日一緒に来ること許してくれたのよ」
「限定っていうのもあるけど……」
「けど?」
「お化け屋敷のやつ、怖がらせちゃったから……」
沈黙の時間が流れる。一緒に寝てくれたし、それで帳消しになったと思ってたんだけど……。
「そんなこと?」
「……」
「別に気にしなくてもいいのに」
「……多分、理由はこの二つ、だと、思う」
「そっか」
何となく歯切れの悪いまふゆ。それ以外の理由なんて思い浮かばないし、そういうことなんだと思うけど。
「お待たせしました〜。カップル限定パンケーキになります〜!」
目の前に置かれるパンケーキ。カップルと言えば赤なのか、全体的に赤い色。イチゴの甘い匂いが少し感じられる。
パンケーキはイチゴのソースがたっぷり掛かっていて、大粒の苺やアイスクリーム、ピンク色のクリーム、ハート型になった生地、他にも色々凝られており、とても映えるものとなっていた。
「ごゆっくりどうぞ〜」
「わ〜かわいい!」
「……私と来てよかったの?」
「まふゆしかいなかったの!」
取り敢えず写真を撮ろう。でもカップル限定のやつはSNSに載せれないかな。でもパンケーキはめちゃくちゃ可愛いし、いいね沢山貰えそう。まふゆでも写しとけばいいかな。
「まふゆ、ちょっと下の方でピースして。後ろに写すから」
「分かった」
写真を何枚か撮っていく。いい写真を選んで、フィルターを掛けて、メッセージを考えて、完璧。
「恋人(笑)と限定パンケーキを食べに来たよっと」
「恋人とか言っていいの?」
「こういうのは、勝手に調べられて勝手に騒がれる方が怖いの。だから、笑をつけることで、えななんは友達と来たんだ〜って思わせるのよ。完璧でしょ?」
「そうなんだ。でもここの店に嘘をついたことにならない?」
「……まあ大丈夫じゃない?」
そろそろパンケーキも食べたいので、私は切り分けていく。
「はい。あーん」
「絵名が食べなよ」
「いいから、口開けなさいよ」
渋々口を開けるまふゆ。私はそこにクリームがたっぷり付けられたパンケーキを突っ込む。
「ありがとね」
「別に、これくらい」
「もっといる?」
「ううん。味もわからないし私は見てるだけでいいや。それに、見てるだけでちょっと……」
「ちょっと、何?」
「さあ。なんか、胸があたたかいから」
頬杖を付いて、優しく微笑むまふゆ。態度が悪い、と言いたかったが、光が当たって様になってるのが腹が立つ。
──あたたかい。その熱は、私にも伝播した。