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しめさば
#コメディ
245
老婆が闇の中で座っている。その姿勢は正座ながらも、腰が曲がっているため前屈みだ。
白髪交じりの黒髪は長い。
着ている服も喪服のように黒一色。。
無風の室内は真っ暗ながら、この老婆はそれ以上の漆黒だ。
「渡り鳥がああも容易く……。何事も予定通りには、進まないねぇ」
彼女の名前はマヨナイ。深い皺や衰えた肉体から、その年齢は百歳以上か。
イダンリネア王国から遠く離れた僻地で、魔女を束ねる理由。考えるまでもなく、復讐のためだ。
迷いの森へ派遣した部下が、殺された。昨日の出来事であり、この老婆はその日の内に報告を受けた。
そして、今日に至る。
「どうしたものか……。向こう側の調査は、もうしばらくかかるしのう。巨人族への警戒だけは、怠れん」
イダンリネア王国の壊滅を願うのなら、魔物との共闘が最善手だ。
もちろん、そのような策は打てない。意志疎通が出来ない以上、この地の魔女も巨人やゴブリンとは戦わなければならない。
「カカカ、八方塞がりじゃ。わえの人生、いつもそうじゃ」
自虐と共に、老婆が立ち上がる。
部屋には窓などないため、陽の光すら差し込まない。灯り無しでは歩くことさえままならないはずだが、彼女は迷いことなく一歩を踏み出す。
「殺されて、今は部下を殺されて……。だとしても……」
なんら問題ない。
復讐という目的を果たすため、犠牲は厭わないつもりだ。
骨と皮だけの腕が、扉を開く。そこはまだ屋内ながらも、打って変わって眩しい。
ここは土間だ。調理スペースは狭く、素足で歩ける範囲も半分程度。家具の類もほとんど見当たらず、殺風景この上ない。
「あのお方を殺せるのなら、他は全て不要じゃ。わえの命も、この世界も……」
歩みを進め、玄関を開いた瞬間だった。
マヨナイの萎れた体に、太陽の陽射しが降り注ぐ。
彼女の魔眼は左目だけ。右目は白く濁っており、光を失っている。
それでも、眼前の光景を眺めるだけなら十分だ。
山の麓に築かれた、魔女のための村。小さな家屋が不規則に並んでおり、街並みは色合いに欠けている。
この地は三百年前に拓かれた。
生き延びるために故郷を捨てて、たどり着いた先がここだ。
老婆が見つめる先では、二人の少女が鍛錬に励んでいる。どちらも魔眼を宿しており、浮浪者のような身なりながらもそれがここでの普通だ。
日中ゆえに、多数の魔女が汗を流している。
彼女らの共通点はただ一つ、魔眼だ。
この村は王制でもなければ共和制でもない。
マヨナイを頂点として、優良な魔女を育成することに特化している。
魔眼を宿した女性は労働を免除される一方で、そうでない者は悲惨だ。子を産むことさえ許されず、その一生を魔女に尽くさなければならない。
このような仕組みがまかり通る理由。それもひとえに打倒王国を掲げているためだ。
魔女は人間でありながら、おおよそ千年もの間、イダンリネア王国から迫害を受けてきた。
魔物という烙印を押され、王国軍に追い回される日々。
そういった過去が存在する以上、魔女の一部が敵対するのも必然と言えよう。
マヨナイはその筆頭だ。
少なくとも、この村の人間にはそのように映っている。
(回遊魚が戻り次第、この者達も使い捨てるかのう。王国軍? イダンリネア王国? くだらん。ハクア様を殺せれば、それだけで十分……)
見飽きた風景に背を向けて、老婆が歩き出す。
不気味な笑い声は、誰を嘲笑しているのか?
ハクアを殺すために、生きながらえる魔女。不幸にも人心掌握に優れたことから、王国を隠れ蓑にして計画を進められている。
目的達成は、もう間もなくだ。
マヨナイはそう確信しており、渡り鳥の敗北もスケジュールの修正で対応するつもりだ。
この魔女は知っている。ハクアがいかに美しく、なにより強いということを。
この魔女は知らない。エウィンという傭兵の可能性を。
彼らはいつの日か、巡り合う。
その場所と時間だけが、今は不確かだ。
◆
暖かな風が頬を撫でる。
空の色がわずかにトーンダウンするも、曇り空ではなく日没が近づいている影響だ。
里の住民がいそいそと帰路に就く中、緑髪の少年もまた歩みを進める。
その時だった。
みゃあん。
小さな声を見落とすほど、エウィンは鈍くない。
「猫? あ、いた」
若葉色の髪がそよ風で乱れようと、その瞳は小動物に釘付けだ。
この里には木製のベンチがちらほらと設置されており、憩いの場として機能している。
無人のはずのそこには、雪のような白猫がちょこんと居座っていた。
鳴き声に誘われた結果、両者の視線が交わる。
こうなってしまっては、エウィンとしても歩み寄るしかない。
(触らしてくれる子かな? お、逃げない逃げない)
猫好きとしては至高の瞬間だ。
隣に腰かけ、真っ白な背中を撫でる。それを合図に目を細めてくれたことから、ファーストコンタクトは成功だ。
(かわいい。この猫臭さがそれはそれで良し)
野良猫でありながら、毛艶が美しい。全身を白色に維持出来ている理由は、こまめな毛づくろいの賜物だろう。
人間を警戒しないばかりか、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
その顔立ちが穏やかなことからも、人間慣れしている証拠だ。
(静かな猫だ。お、ピンク鼻もかわいい。二歳くらいかな?)
小柄な猫だ。
しかし、子猫と言うわけではない。
つまりは一、二歳に見えなくもないのだが、予想の結果については二の次だ。
今はひたすら愛でたい。
頭部からおでこ付近を撫でながら、エウィンはふと耳をすます。
周囲は森のように静かだ。付近には自分達しかいないことから、足音すら聞こえない。
真上に太陽は見当たらず、空気も徐々に冷え始めた。
夜の到来だ。
エウィンは今日一日の成果を思い返そうとするも、思考はあっさりと遮られる。それよりも今はこの猫だ。
撫でる箇所を背中へ変更した後に、あえてその手を止める。つまりは意地悪であり、反応を見てみたいと思ってしまった。
「みゃお」
その一声と共に、野良猫がエウィンのズボンに顔を押し付ける。
甘えたいという自己主張なのだろう。
あるいは、もっと撫でろと主張したのか?
どちらにせよ、逃げないのなら愛でる。
その結果、白猫は寄りかかるように寝そべるも、エウィンとしては好奇心を抱かずにはいられない。
(お腹撫でちゃおっと……)
貧困街で十年近くも野良猫と触れ合ったことで、得られた学び。
その一つが、腹部を触った際の反応だ。
半分以上がかみつくも、そうでない子がいる。
この猫がどちらに属するか、エウィンとしても試さずにはいられない。
(あ、急に昂りだした。でも、それはそれでかわいい)
選択肢を誤った瞬間だ。
先ほどまで夢心地だった猫が、エウィンの手を前脚で掴んで離さない。
さらには後ろ足でガシガシと蹴りながら、目を見開いて噛もうとしている。
とは言え、その程度のちょっかいで痛がるほど、傭兵は脆くない。本気で引っかかれようと傷一つ負わないことから、野良猫の反撃を笑顔で受け入れられる。
(このまま持って帰ったらまた怒られそうだし、今日はここまでかな……)
ハクアの家はペット厳禁だ。彼女もまた猫好きながらも、抜け毛を嫌って入れようとはしない。
未だ興奮冷めやらぬ猫から腕を引っこ抜くと、別れの挨拶も手短にベンチから立つ。
歩き出せば帰宅はあっという間だ。
慣れた手つきで玄関を開くと、見慣れた居間が目の前に広がる。
「ただいま……」
しかし、返事はない。
団らんの空間に同居人は見当たらず、エウィンの挨拶は独り言に終わってしまう。
そのはずだった。
「あ、おかえりなさい」
黒髪と豊満な胸を揺らしながら、アゲハが現れた。
台所から駆け付けたことから、夕食の準備をしていたのだろう。
家長は姿を見せないが、包丁のリズミカルな音が響いている。
「ブラブラしてたら遅くなっちゃいました」
門限などないのだが、エウィンは条件反射で取り繕う。
午前の鍛錬と午後のトカゲ狩り。どちらもそつなくこなしたことから、本来ならば言い訳の類は不要だ。
それでもアゲハに対してそのような態度を取る理由は、子供心が抜けていないためか。
「先にお風呂、入ってきて」
「あ、はい……」
まるで母と子だ。
エウィンは居候な上に、食事の用意を女性二人に任せている。里にはしっかり貢献しているのだが、家の中ではどうしても肩身が狭い。
太陽が沈み、森と集落が闇に飲まれた頃合いで、それでもこの地は光を灯す。多数の家屋から光が漏れ出る理由は、そこに人々が息づいているためだ。
入浴を済ませ、部屋着に着替えたエウィン。居間の絨毯に寝そべってダラダラと過ごすも、その声には反応せざるを得ない。
「出来たわよ。さっさと起きなさい」
「待ってました」
赤髪の魔女ことハクアの登場だ。夕食をせっせと運んでおり、アゲハと共にテキパキと動いている。
エウィンは唯一の十代ゆえ、そういった点でも子供扱いだ。食事に関しては手伝えと言われたことがなく、いつもの席に座って待つというこの光景も、ここでは風物詩と化している。
(お、今日は……)
少年は涎を我慢出来ない。
なぜなら、から揚げだ。大粒のそれらが、大皿に所狭しと盛り付けられている。その数は二十を超えており、エウィンとしても目が離せない。
当然ながら、皿はまだまだ運ばれ続ける。
「新メニューなんだけど、どう、かな?」
アゲハの手によって置かれた、真っ赤な料理。スープと呼ぶには汁が少ない。盛り付けられた肉が主役であることは疑いようがなく、それらが半身浴のように浸っている。
エウィンにとっては、初めての料理だ。トマトと肉の匂いが香ばしく、それでいてほのかに甘い。
「美味しそうです。これは?」
「トカゲのお肉を、トマトで煮てみたの。あ、この黒いのは、ナスだよ」
言うなれば、トカゲ肉のトマト煮込みだろうか。
特段珍しい調理方法ではないのだが、エウィンの瞳には新鮮に映る。
「へ~、こういうのもあるんですね。トマトと一緒に焼いたら、こうなるんですか?」
「ううん、順番があって……」
アゲハからざっくりとした調理方法を教わるも、エウィンは全く理解出来ない。
煮込むという概念がわかっていないため、それらしい顔を作って頷き続ける。
その横でハクアが一通りの皿を運び終えたことから、ここからは夕食の時間だ。
同時に、家長としては釘を刺さずにはいられない。
「あんた一人で、から揚げ食べ尽くすんじゃないわよ」
「わ、わかってますって……。お、この赤いの、トカゲ肉なのになんだかマイルド。すごいすごい」
トマト煮込みに舌鼓のエウィンだが、その目は次の獲物としてから揚げに固定されている。
女性陣二人もそれぞれのペースで料理を口に運ぶも、団らんという意味でも会話は途切れない。
「モーフィスに聞いたわよ? エウィン、あんたアゲハに負けたって」
「う! まぁ、その、模擬戦ですし……。ルールがこれまた、僕に不利でしたし……」
午前中は他の若者に交じって、体を動かしている。
モーフィス指導の元、強くなるために試行錯誤しているのだが、今日はエウィンとアゲハで戦わされた。
ハクアは里長として報告を受けるのだが、眼前の当人に尋ねずにはいられない。
「ルールって、リードアクターが禁止なだけでしょう? あぁ、アゲハはワスレナグサも……」
「いえ、アゲハさんはパワーアップありです。そんなの……、そんなの勝てるわけがない! もぐもぐ」
負け惜しみの如く吠えるも、から揚げを頬張ることは止められない。
野菜スープをすすっていたハクアも、その反論には同情してしまう。
「あぁ、それはきついわね。アゲハも見違えるように強くなったし、本当、あんた達って何がきっかけで成長してるのかしら?」
「え? 僕は筋トレですけど」
「はいはい。あ、モーフィスに言われたんだけど、あんた明日から、ご飯を今までの倍以上は食べなさい」
「え? そんな贅沢、許されるんですか⁉」
「うるさ……。贅沢とかじゃなくて、体づくりの一環よ。あんたが人並しか食べてないって話したら、全然足りーんって吠えられてね、耳障りだったからぶん殴ったけど……」
「あー、さっき見かけた時に死にかけてたのはそういうこと……」
いかにモーフィスが頑丈な男であろうと、里長の打撃にはお手上げだ。
殺人事件に発展しなかっただけありがたいのあろう。エウィンはそう考えながら、白米を口に運ぶ。
その姿を眺めながら、ハクアとしても補足せずにはいられない。
「あんた用の大きなどんぶり用意するから、今後は食えるだけ食いなさい」
「貧困街にいた頃はお腹がいっぱいになったことなかったから、こんな幸せが許されるのか逆にドキドキです」
具なしのおにぎりと干し肉を一切れ。これが以前の夕食だった。
アゲハと出会い、稼げるようになってからは幾分改善されるも、二人分の食費が必要となったことから、やはり遠慮せずにはいられなかった。
しかし、ふと気づいてしまう。
「と言うことは、アゲハさんも大食いに?」
この瞬間、居間に沈黙が訪れる。
空気が凍り付いた理由は明白だ。ハクアだけでなく、アゲハもまた箸を止めてしまった。
「わたしは、その、そんなに、食べられないから……」
どぎまぎと言いつくろうアゲハだが、エウィンを納得させるには至らない。
「はっはっは、またまた~。普段から僕と同じくらい食べてて、しかもお菓子的なものもちょこちょこつまんでるじゃないですか。ふくよかな体がその証拠ギャー! 目がー!」
「もう!」
痴話喧嘩が傷害事件へ発展した瞬間だ。
アゲハは会心の目つぶしで愚か者を黙らせるも、その顔は依然としてトマトのように赤い。
今回は完全にエウィンが悪いため、年長者は見守りながら肉を頬張り続ける。
「このトマト煮、本当に美味しいわね。作り方覚えたし、次は私が作ってみるわ」
しかし、反応はない。
エウィンは床で悶え苦しんでおり、アゲハは現在進行形でご立腹だ。
から揚げと白米を交互に口へ運びながら、ハクアは毒されつつある自分に気づく。
(マリアーヌ様を回収出来てから、私は幸せだった。だけど、こういった喧騒もこれはこれでいいものね。ちょっと、うるさすぎるけど……)
事件性のある悲鳴だ。日中よりは静かな時間帯ゆえ、近所迷惑なことは間違いない。
エウィンの失言が招いた事態ながら、ハクアは渋々フォローする。
アゲハは肥満ではない、と。
さらには、肉付きは良いがそれくらいが男心をくすぐる、とも。
その結果、加害者は機嫌を直し、治療も行う。
少年の眼球が復元されたことで、穏やかな夕食は再開された。
サラダ、から揚げ、白米の順番に頬張ったエウィンが、新たな話題を提供する。
「ふと思ったんですけど、セステニアは不死身なんですよね?」
「そうよ。だから、オージス様ですら倒せなかった」
ハクアの魔眼が、すっと左手付近へ向けられる。
テーブルの上には所狭しとと皿が並ぶも、それだけではない。
純白の古書が置かれており、表紙は制作途中のように真っ白だ。
ハクアが撫でるそれは白紙大典。マリアーヌという女性の魂が宿った本だ。
エウィンは箸でから揚げをつまみながら、疑問を投げかける。
「僕がどれだけ強くなっても、やっぱり勝てないんじゃ?」
一度しか死ねないエウィン。
何度でも死ねるセステニア。
このような前提条件で殺し合えば、結末は考えるまでもない。
そのはずだが、赤髪の魔女は否定する。
「いいえ。あんたも少しは強くなったし、そろそろ教えてあげる。あいつの秘密と、殺し方を……。おそらくはオーディエンだって知らないはず。わざわざ部下に、自分の弱点を教えるはずないもの」
「じゃ、じゃあ、ハクアさんだけが知ってる?」
「私とマリアーヌ様だけね。この魔眼で千年前の戦いを見たからこそ、後になって気づくことが出来た。その違和感に、あいつの秘密に……」
ハクアが左手を白紙大典に乗せながら、大きく息を吐く。
その様子を見守りながら、エウィンはトカゲ肉のトマト煮込みを咀嚼する。新メニューということで、箸が止まらない。
「体のどこかに弱点があるとか?」
「いいえ。アゲハはどう思う?」
興味なさげに野菜スープをすすっていたアゲハだが、突然の振りに固まってしまう。
しかし、思考は一瞬だった。漫画やアニメから得た知見を披露する。
「可能性は、二つ……」
「へぇ、二つも思いつくんだ。エウィンと違って聡明ね」
「え? なんかバカにされ……、ま、いいんですけど……」
エウィンが拗ねようと、議論は継続だ。
左手のお椀をテーブルに置きながら、アゲハが予想を述べる。
「不死が、天技とかでないのなら、からくりが、あるはず……。例えば、そういうことが、可能な場所。そこから出たら、不死じゃなくなる、とか……」
「なるほど、面白い考え方ね。もう一つは?」
「命の、ストック……。やり方は、わからないけど、残機をいっぱい、増やした……」
日本人らしい思考だ。
しかし、ハクアは首を傾げてしまう。
「ザンキ?」
「あ、その、死んでも大丈夫な、回数かな……」
ゲーム用語と言えば良いだろうか。
アゲハ自身はそういったものに興味を示さなかった。
一方で、インターネットを介した動画や配信の類を日常的に見ていたことから、知識だけならある程度持ち合わせている。
人間の命は一つだ。一回とも言い換えられる。
もしも、その回数を増やせるのなら、疑似的な不死が実現可能だ。保険が二回や三回では心もとないが、二桁、三桁ともなれば話は変わって来る。
ハクアが赤髪を揺らしながら腕を組むも、すぐには口を開かない。
代わりに驚いたのが、ここまで黙っていた四人目だ。白紙大典が久方ぶりに音色を奏でる。
「すごーい、ほとんど正解じゃない?」
この本は食事を必要としない。
それでもテーブルの上に鎮座する理由は、ハクアがそうするためだ。彼女にとっては大事な家族であり、除け者にするつもりなどない。
「そうですね。さすがアゲハと言ったところかしら。エウィンは、まぁ、黙って食べてなさい」
「言葉の暴力⁉ 言われなくても食べ尽くします」
「ちょっ⁉ 私のトマト煮! 取るな!」
新たな喧嘩が勃発しかけるも、アゲハは至って冷静だ。
彼女の発言が二人を黙らせる。
「ハクアさんには、ううん、ハクアさんだけは、ストックの仕組みが、見抜けた? でも、なんで? あ、そうか、魔眼……」
正解だ。
事実を言い当てられたことから、家長の怒りがすっと静まる。真っ赤なトカゲ肉を一切れ奪われてしまったが、それよりも今は返答したい。
「その通りよ。セステニアが何度でも蘇る理由……、死なない理由とも言えるわね。あいつは魔源を担保に生き続けるの。私の魔眼は、魔源の総量を視認出来る。だから、セステニアの不死を見破れた。でもまぁ、あの時はそのことに気づけなかったのだけど。不思議な魔法を使ってたから、魔源の消耗と不死を結びつけるのに少し時間がかかったってわけ。ただの言い訳だけどね」
魔源は魔法を発現させるための燃料だ。人間だけでなく、魔物もその体内に内包させている。魔法を使えないエウィンを含めて、誰もがその身に宿すエネルギーだ。
例外はアゲハだけ。彼女は地球人ゆえ、魔法を使えないばかりか魔源そのものを持ち合わせていない。
そうであろうと、セステニアの不死について完全に把握を終える。
「魔源が尽きるまで、何度も、何度も、やっつければ……」
「そうそう。本当に理解が早くて助か……、ちょっと! から揚げ全部食べないの!」
「もぐー!」
叱られようと、エウィンの箸は止まらない。大皿を舐めまわす勢いで食い続けた結果、顔がリスのように膨らんでしまう。
その顔がさらにハクアを苛立たせるも、白紙大典は気にも留めずに語りだす。
「誰もハクアを責めたりしないよー。わたしだって、当事者ながらもあたふたするしかなかったしー。あの女が自由を取り戻す前に、こうして対応策を思いつけただけでも立派立派」
光流暦千十八年において、赤髪の魔女を唯一なだめられる存在が白紙大典だ。
そのハクアだが、から揚げを頬張りながら年甲斐もなく照れる。
「あ、ありまふぉうふぉざいまふ」
「食べるか喋るかどっちかにせい。話しはまだ終わってなくて、何回殺せば倒せるかと言うと……」
不死の仕組みは解明出来た。
だからと言って、殺しきれるかどうかは別問題だ。
白紙大典からのパスを受けて、ハクアが口の中を空っぽにする。
「んぐ。正確な回数はわかってなくて……。概算で、十時間から二十時間は殺し続ける必要が……」
まさに、絵に描いた餅だ。
エウィンの左手も、野菜スープを取ろうとして固まってしまう。
「そんなの絶対無理です」
「無理でもやるしかないの。あいつは百回どころか千回殺されても問題ないだけの魔源を有してる。それでも勝つしかない。最後の一回まで、殺し続けるしかない。さもないと、私達だけじゃない、この世界の人間がもれなく殺されるの」
残念ながら事実だ。そうような未来は、そう遠くない時期に訪れてしまう。
エウィンがうなだれるように背もたれへもたれかかる中、アゲハが新たな疑問を問いかける。
「でも、途中で、逃げられるんじゃ?」
「そうね、その可能性は十分考えられる。だけど問題ないわ。そこだけは私とマリアーヌ様でなんとかするから……」
「うむ! 任せてー」
つまりは、逃がさない。
ハクアほどの強者が言い切る以上、エウィンとしても胸を撫で下ろす。
「ハクアさんが手伝ってくれるなら百人力ですね。マリアーヌさんは……、まぁ、その、応援だけしててください」
「ちょっとー、お姉さんのこと見くびり過ぎー」
「そうは言いますけど、ふわふわ浮きながら目の前をうろちょろされても邪魔なだけなんで……」
エウィンの言う通り、この本は生前と異なり戦えない。
ハクアを依り代にすることで、相手を結界内に閉じ込めることは可能だ。
しかし、それがセステニアには通用しない。
千年前はオージス・イダンリネアという天才がいたからこそ実現出来た。
ましてや、その時の結界は、マリアーヌにとって生涯一度きりの奥の手だ。
残念ながら、二度目はない。
イダンリネア王国の存亡、ひいては人間が生き続けるためには、セステニアを今度こそ滅するしかない。
そのための逸材を、ハクアは何百年かけて探し続けた。
その結果がこの人選だ。
エウィン・ナービス。十八歳の若き傭兵。
イダンリネア王国の片隅で、一人孤独に生き続けてきた。
しかし、今は違う。
ここは遠く離れた森の奥地。
対面には、真っ赤な髪を必要以上に伸ばした魔女が座っている。
テーブルの上に並べられた夕食も、半分程度が彼女の手料理だ。
「あんたねー、マリアーヌ様は本当にすごかったのよ。少しは尊敬なさい」
呆れるように、ハクアが思い出を語る。
彼女にとって、千年前の戦争は思い出の一つに過ぎない。
この発言を受けて、テーブル上の本が威張り出す。
「そうだそうだー、年上は敬えー」
白紙大典。この名前は初代王が感謝の意を込めて贈った。
本名はマリアーヌ。巨人戦争に参加した五人目の英雄ながら、その事実は後世に語り継がれていない。
しかし、段丘地帯にその名が与えられたことから、この時代においても知らぬ者はいない。
「はいはい。あ、いっぱい食べて良いってことは、おかわりが許されるんですか?」
「あ、ごめんね。今日は、用意出来て、なくて……」
アゲハが頭を傾けた結果、長い黒髪がそっと揺れる。毛先が青い理由は、当人さえもわかっていない。
彼女の謝罪にエウィンがうろたえる中、ハクアは里長として釘を刺す。
「明日からはたらふく食べて構わないから、その分、働きなさいよ」
つまりは、ミファリザドを一体でも多く持ち帰れ。
その重量は二百キロにも達するのだが、エウィンは当然のように首を縦に振る。
「わかってますって。モーフィスさんに鍛えてもらって、筋トレもして、ご飯をいっぱい食べて……。どうなんだろう? 僕ってまだまだ強くなれるのかな?」
不確かだ。
それでも、確定していることがある。
この少年に限界はなく、だからこそ、神ですらその到達点を見極められない。
全ては、千年前から始まった。
巨人戦争。もはやおとぎ話でしかないのだが、当事者にとっては仮初の終戦だ。
つまりは、いつ再開されてもおかしくない。
その引き金には、オーディエンの指がかかっている。
もしも、弾丸が発射されたのなら、未曾有の災害は間違いない。
防げるか否かは、この傭兵次第だ。
彼の名前はエウィン。隣に座るアゲハのために、その命を燃やすつもりで生きている。
母を見捨てたという負い目がそうさせるのだが、この少年はまだ知らない。
己の可能性を。
際限ない、その成長を。
そして、いつの日か成し遂げる。
真の超越者として、一万年の呪縛を解き放ってみせる。
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